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 学校の中庭、今日ばかりは緑に埋もれるようにして、シユは休んでいた。風が揺らす葉音が心地良い。

 膝の上に乗せられた手に指輪は見当たらなかった。全て首飾りにして服の中にしまってある。


「シユ、か……?」


 シユがゆっくりと目を開いた先、面食らったようなレーヴェンが立ち止まっていた。どこかに移動する途中でもあったのか、通路から中庭に下りてくる。

 胸が締まる感覚がして、シユは上手く笑うことができなかった。


「レーヴェン……」

「元気がないな、それとも疲れてるのか?」

「……少しだけです」


 タイルの通路を挟んだ向かい側、レーヴェンは腰を下ろしてシユの顔色を窺う。

 あの夢を、確かな記憶と認めたが言うほど気にしているわけでもなかった。関係する思いが押し寄せ、今はただ静かに気を休めたい気分だっただけのこと。

 このことをきっかけとして箍が外れた感覚もあることから、少しずつでも端々の記憶も垣間見ることがあるのではないかと。望んでいないことではないが、強烈でもあった今回であるからこそ、心が追い付くための備えをしなければならなかった。


「……装飾はどうしたんだ?」

「今日は全て首飾りにしてあります、気にせずゆっくりしていたかったので」

「何か、あったか……」

「心配をかけてしまってごめんなさい……ない、と言ってもきっと通じませんよね」


 シユも嘘が通じるとも思っていなかったし、レーヴェンもそれを真に受けるつもりはさらさらなかった。誰が見ても明らかだが、それ以前にシユのことをある程度は分かっているからこそ、レーヴェンは話くらいは聞いてやりたいと思っていた。ただ聞いているだけだとしても。


「嘘だっていうのはまる分かりだな。とりあえず装飾、見せてもらえるか?」

「……構いませんが」


 そうは言ったものの、レーヴェンは手を軽く差し出したまま動こうとしない。首から外した装飾を手に、シユは首を傾げてしまう。まさか、と思いレーヴェンの目を見てみれば頷かれる。

 “投げろ”と言っているようなものだった。


「……っと、悪いな」

「い、いえ」


 三つの指輪がちょうどいい重石になったのか、投げた装飾は上手い具合にレーヴェンまで届いた。彼はそれを横から掻っ攫うようにして受け取る。


「あの後ウェイニーがな、いつの間にそんなに仲良くなってたんだって文句を言ってきたんだ」

「そうなんですか?」

「ああ、って言っても、俺たちも言うほど話してるわけじゃなかったよな」


 シユは頷いた。すれ違えばそれなりに挨拶はするも、都合を合わせてまでこうして会話などしたりしなかった。ウェイニーと最初に会ってからの自分たちの雰囲気が違ったのだろうか。

 レーヴェンはシユの装飾を小さなところまで確認するように眺めている。話すときは穏やかな顔をしているが、装飾を見ているときの目は真剣そのもの。


「久しぶりに使ったか?」

「はい、昨日……」

「そうか……問題はなさそうだが少し調整はした方がいいな」


 今度は手渡しに来たレーヴェン。小さな音を立てて手に納まった装飾を見て、シユはまた首を傾げることになった。


「ええと、調整……?」

「ああ、調整は俺がやってるんだ。ウェイニーがまた次の休みにだとか騒いでるからな、また来るだろ?」

「はい、伺いたいとは思っています」

「お前が乗り気なら何も言う必要はないか」


 また向かいに戻り腰を下ろしたレーヴェンは思い出し笑いでもしたのか、ふっと俯きがちに笑う。先の言葉の意味を考えながらレーヴェンを追っていたシユはつられて口元が緩んだ。


「毎週のように騒がしい奴に誘われてたんじゃシユも参るだろうから、休ませてやれって言ったんだよ」

「そんな、私としては嬉しいです」

「ああ、それを分かってても、あいつはここに通いたいとも言い出したからな」


 参った、とレーヴェンは首を振る。

 一瞬呆けてしまうシユだったが、確かに、よく思い出してみればウェイニーは学校に通っているとは考えにくかった。放課後の行動を見ている限り、そう見える。


「俺が毎日お前に会ってるのが狡いらしい」

「ふふ、何だか想像できます」

「それでもあいつの頭じゃ、ここでの生活は難しそうだな……」


 決して馬鹿にした言い方ではない、彼が体験して感じたことを独り言のように呟いただけだった。ウェイニーの年齢ではまだ通うべき頃だろうが、何かしらの事情が絡んでいるのだろう。レーヴェンの口ぶりからそれなりの経緯はありそうだ。


「ま、何にせよ次の休みだな」

「はい」

「きっとどこかの日でふらっと来るだろ、その時はよろしくな」


 立ち上がって軽く手を上げたレーヴェンは変わらない様子で立ち去って行った。ただ単に見かけたシユの様子を見に立ち寄ってみただけらしい。

 シユは改めて装飾を眺めてみるが、レーヴェンが見て取った異常らしきものを見つけることはできなかった。彼が詳しいだけなのか、自分では本当に分からないだけなのか。

 装飾を首にかけ直し、深く息を吐いて落ち着く。シユも午後のために立ち上がった。






「シーユっ!」


 翌日の放課後のことであったが、ウェイニーが待っていたとばかりに寄りかかっていた門から飛び起きる。いつもの満面の笑みを携えて。

 会話こそしていなかったが、たまたま連れ立って歩いていたシユとレーヴェン。知らなかったのか、ウェイニーの姿を認めた途端にレーヴェンは頭を抱えて溜め息を吐いた。


「元気がないって聞いたものだから来てみたの」

「あ、ありがとうございます」

「全く、昨日知らせてくれたらすぐ行ったのに。馬鹿よ、馬鹿」

「行動が早すぎるんだよ、お前は……」


 だから言わないでおいた、というレーヴェンの言い分が滲み出ているようで。ウェイニーは不満いっぱいに親指を立ててレーヴェンの腕をつつく。


「だって暇だもの、すぐにだって行くわ!」

「余りシユを引っ張りまわすなって言ってるんだ」

「えー、シユ、そんなに迷惑かしら?」

「い、いいえ!」


 シユが否定するわけがない。

 ウェイニーはレーヴェンを黙らせるためにわざわざ確認したも同然だが、彼女自身そこまで意識してやったことではなかった。レーヴェンもそれを理解しながら呆れて首を振るしかない。


「でね、気分転換にこれからちょっと出かけましょうよ」

「これから、ですか」

「ええ! シユがこの後何もなければ、の話でもあるけど」

「そうですね……」


 確かに、この後は帰るだけである。不思議と誘いに乗りたいと思う気持ちが強くなったシユだが、それでもすぐに頷けないことがあった。

 先日から気にかけられることが多くなったからこそ、踏みとどまってしまう。


「時間を考えろよな……」

「だったらあんたは帰っていいわよ、二人でゆっくりもできないし」

「放って置けるか、危ない」

「それなら荷物持ち決定ね!」


 仁王立ちで生き生きと酷い宣告をしたウェイニー。だがレーヴェンは引く気はないらしい。シユは勿論のこと、ウェイニーは危なっかしくて放っておけない。これでは保護者のようだ。


「……シユ、貴女が自由に決めていいのよ?」

「……」

「たまにはがっつりと言ってみなさいよ! ね?」


 まるで魔法の言葉のよう。シユは口を開いた。

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