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「ようし、ちゃんと来たな」
屋敷裏、手入れが行き届き居るだけでも心地の良い、不思議な感覚がする庭。それでも所々の芝がはげていたり色が変わっているところを見るに、この双子の喧嘩の被害に遭ってしまったのだろう。
この庭に、ちょっとした争いのために出てくることは初めてだとシユは思った。
「シユちゃん、何で乗っかっちゃったの」
「たまには使わないといけないと思いまして……」
「もう、それでも怪我しに行こうとしなくてもいいのに」
庭に下りる階段に腰かけ頬杖を付き、むくれているイユリ。どうしてもそれだけが言いたかったらしく、手を擦りながら家の中へ戻ろうとする。
「真面目に相手しなくても大丈夫だからね?」
「そうですね」
「とりあえず私はそこの部屋から見てるから」
イユリが指差したのは左側、一階にある部屋だった。窓からソファーがいくつか見えている。
「おい、シユ! お前どんな感じにやってくれるんだよ?」
何やら剣を持ち出している二人。
シユはいつもどんな喧嘩をしているのかと思いながら、大声で手を振ってくるアシュウの元へと小走りになる。
「まさかいつも剣を?」
「そんな面倒なことしねぇよ、今日は突発的なやり合いじゃねぇしな!」
「で?」
肩に剣を預け、すこぶる楽しそうに上下に振るアシュウと、同じように剣を持つが意地悪そうに首を傾げるラシュウ。説明をしろと言うのか、早く始めろと言うのか。
「ええと、複数人に対処する方が私は慣れているのですが……」
「それじゃ意味ねぇだろ」
「はい、ですのでアシュウは自由にしていてください。私が様子を見ながら対処します」
シユの的確とも言えそうな指示に、アシュウは一瞬間の抜けた顔をするが、すぐに堪えきれない笑みに覆われる。今まで以上に口角が上がっているのは気のせいか。
「はっ! 勝てるな、俺!」
「そんな汚ぇ勝利で嬉しいのかよ」
「いいんだよ、これは」
おそらく、二人としてはもう勝負ということは頭にないだろう。シユの実力を見てみたいがためのただの手合わせ、それだけ。だが、主導権はアシュウにある。
「シユ、俺はいいからこの馬鹿に付き合ってやってくれ」
「……分かりました」
「よーし、じゃあ始めようぜ。シユ、合図出せ」
早々に位置に着こうとしたアシュウを眺めながら、ラシュウはシユに頷いてから位置に着く。
やはり嗜みはあるのだろう、遠目から見ているだけでも二人が剣を構え真剣な顔をしている姿は何とも凛々しい。普段の行いからは想像もつかない。
「では、この閃光を鳴らして消しますので、それを合図に。よろしいですね?」
度々、こんな合図を出していたとも思いながら、シユは対峙する二人の間に立ち、手の平に納まるくらいの光の玉を浮かべ中心へと放つ。
離れた光にかざす手はそのままに、シユは続けて二人に目配せをする。しっかりとした目は光の動きを見逃すまいと追い、剣の柄を握る手に少しの力が加わる。
一時の緊張。
「では──!」
ガラスが割れるよりは軽く柔らかい音が鳴り、光は弾けるように消える。
同時に地を踏みしめ蹴る音が。そして激しい剣戟の音。
久方振りの空気。シユは斬り合う二人に気圧されることもなく彼らと距離を取りつつアシュウの後ろへ回り込んで両者の動きを見、冷静に状況を確認する。
まだまだ始まったばかりであり、粗さは目立たない。シユは頭の中に術は巡らせるが、まだ援護するには早いと判断した。
「何だ? シユの奴何もしてこねぇな」
「まだ早いんだ、ろっ!」
「おっと! させるか!」
両者共に、見たところまだ楽しそうではある。周りを気にする余裕がある他、じゃれるように互いの剣撃を躱し続けている。この均衡が崩れた時、シユは一番の力を発揮する。
斬り合うこと数分、やや疲れが見えてきた二人。太刀筋も心なしか乱れてきているようにも見える。
思う通りに振るえないことに対する苛立ちが舌打ちになり、眉間の皺も濃くなる。
「ちっ……!」
「もらっ──!?」
「……」
体勢を崩したアシュウに最初の一本、止めに入ろうとしたラシュウは妙な手応えに目を見張った。寸でのところで受け身を取れたアシュウ自身も驚きに目を見開き、同時にシユを向く。
妙な手応えはシユの成したものであり、二人の剣の間に多少ながら隙間が生まれている。不確かでありながら、それ以上は押し進めることのできない壁があるかのような。
「おいおい、嘘だろ……?」
シユを向いた二人に一筋、冷や汗が流れる。情けないも情けないが彼女の余りにも真剣な表情に対して、一瞬背筋が凍る。その瞳にはこんな状況を何度も潜り抜けてきたかのような貫禄が伺えたから。
仕切り直す、アシュウは悪い笑顔を貼り付け、ラシュウは離れて口元を引き結ぶ。
「……ん? 何か軽くなったな」
「……はは、こりゃ洒落にならねぇな」
肩を回していたアシュウは身体の変化に振り向き、シユはただ頷いただけだった。いつもの柔らかな雰囲気はどこにもない。
ラシュウは珍しく追い詰められたように表情を崩した。完全に負けるための手合わせだとして、それでもこの状況を楽しみつつある自分に対する可笑しさも含まれる。
「楽しくなってきたなぁ、おい!」
「こっちは完全に負けるしかないけど、なっ!」
互いに火がついてしまったようでアシュウはシユの支援もあることながら、ラシュウも疲れを忘れたように笑みを浮かべながら再び斬り合いを始めた。まだやめない、まだやれる。一度こうなってしまった双子はそう易々と止まるものではない。
シユは集中を切らさないまま、終わらせるべき時間にも気を配りながら装飾に魔力を巡らせた。




