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 手を引かれて森の中を走っていた。前方の彼女たちの楽しそうな笑い声と、後方の彼らからの呆れた声。

 彼女たちが指差した先、木々を抜け開けた草原に大きな屋敷が佇んでいた。この森の主でも住んでいそうな。

 彼女は手を放して屋敷の正面まで行くと、両手を広げて丸ごと紹介するように満面の笑みを浮かべる。

 ここが、今日から──。

 “ようこそシユ、あたしたちの家へ! これからよろしくね!”




「っ!」


 弾かれたように目が覚める。衝撃で飛んでしまった部分はあるが、何となくの場面や雰囲気は頭の中に残っているような。

 手を引いてくれていた、翻される衣服も髪も赤を印象づける彼女は──。


「……」


 そこまで考えて、シユは首を振った。一瞬、ほんの一瞬思い出せたと思えば、それを確認できずに消えてしまう。そんなもどかしさもありながら、それを追うことで混乱してしまっていたため、切り上げる。




「シユ、この後ちょっと付き合えよ」

「……何をですか」


 口の中のものを飲み込まないうちに思いついたから言ってみた、といった様子のアシュウに、シユはどうも嫌な予感しかしないと少々刺々しい返しをしてしまった。


「憂さ晴らしみたいなもんだよ」

「……また喧嘩でも?」

「今回は真剣勝負だったっての、ただ……やっぱりむしゃくしゃするからよ」

「真剣勝負だったんならそこは堪えろよ」


 二人で思っていたことが食い違っていたのか、ラシュウは冷静に指摘する。真剣勝負だと言いながら、負けたことに関してはいつも通りで、潔くは受け入れようとしない。


「それでシユちゃんに当たるって……」

「いくら俺でもそこまでひどくはねぇからな!?」

「どうだか」

「だってお前、そういうの得意そうだろ? 少しくらい試したっていいじゃねぇか」


 シユ以外はそういうことか、と遠回しなアシュウの魂胆を理解した。誰よりもシユに手を出し、誰よりも直接痛い目に遭っているからこそ、純粋に手合わせのようなものをしてみたいのだろう。多少は邪な気持ちもあるだろうが。


「ですから私はそういう方向は得意ではないと──」

「あ? 毎度俺にやってんだろ、あれ」

「……あれは、攻撃のうちには入らないもの、です」

「結構な力持ってるくせに勿体無ぇ奴だな……じゃあお前何が得意なんだよ?」


 最初も今までも、同じことを述べてきたはずであるのに、シユは何気ないその返答に疑問を覚えた。アシュウの不満に答えなければいけないものの、今更引っかかるその疑問にシユは装飾を揺らして考える。


「私は支援するものの方が得意ですね……」

「へ~ぇ……」

「元より得意でもありました、から──アシュウ?」


 頬杖をついて悪事を思いついたように不適ににやついているアシュウに対し、シユは説明の言葉を切った。いや、もう悪事を思いついて面白がっているような生易しいものではない。

 今シユの言ったことを彼なりに噛み砕いてみた結果、とても酷いものにたどり着いたような。


「ならそうだな、シユ、お前は俺をサポートしろ!」

「……はい?」

「俺はそれでラシュウに仕返ししてやる」

「はっ、きったねぇやり方……」


 選択の余地もない、何とも清々しい程の我が儘っぷり。フォークごと指を突き付けてくるアシュウに、シユは首を傾げてしまう。その端ではラシュウが馬鹿にしたような独り言を呟くが、アシュウは気にもしていない様子だ。これからの時間が楽しみで仕方ないのだろう。


「よし、食休み時間はくれてやる! 裏庭に来い、いいな?」

「……行ってやるよ」


 仲は悪いのだろうが、やはり双子である以上気は合うのだろう。乗り気なように口の端を上げたラシュウは受けて立った。彼の場合は勝敗などは関係なく、ただ単にシユの扱う力を見てみたいだけなのだろうが。

 シユを含め、残された面々は一様に溜め息を吐いた。






 何故、今まで気が付かなかったのだろう。当たり前だと思っていたことが今更疑問になるとは。

 シユは部屋のドアを閉めて寄りかかった。装飾を眺めて。


「知らない、はず……なのに……」


 生まれ育った雪の町。自分の力を聞きつけた者が次々と会いにやってくる日々、それを申し訳ないと思いつつ断り続けた日々。

 その頃は、装飾など持っていなかった。


 攻撃となる魔法は得意ではない、代わりに元から困難とされる支援の魔法は扱える。──では何故それを知っている?

 持っているはずのない装飾、これ程までの種類の魔法など扱うことのできなかった日々の記憶。残っている記憶と、思考に食い違いが生まれる。知り得ないことが当然であるかのような、無意識にこの装飾を扱えてしまうのは何故か。


「っ、う……」


 突然、降りかかる激しい頭痛。正に殴られたかのような衝撃に、シユは頭を押さえて両膝を付いた。

 あの眩暈とも違う、いや、比べられるようなものではない。それを思考することを拒絶している。考えてはいけない、思い出そうとしてはいけない。


「……」


 長く震えた息を吐いて、シユは頭から手を離した。これが、拒絶反応。初めて起こった、精神が削られそうになる頭痛に少なからず恐怖を覚える。

 しかし、それは思い出したくないものではないと思う気持ちはあった。思い出してはいけないもの。

 新たに決意を示してみせてからの、この恐怖、抵抗。何があっても構わないと思った、その強く持ったつもりだった思いが覆ってしまいそうだった。

 記憶が戻ってしまった私は、どんな思いをすることになってしまうのだろう、と。

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