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 ただいま帰りました。

 シユが夜野邸に戻れば、ちょうど湯気の立つマグカップを持ったイユリと鉢合わせる。


「あー! おかえり、楽しかった?」

「はい、とても有意義な時間を過ごせました」

「ふふ、それはよかったよかった」


 まるで自分のことのように満足気に数回頷いたイユリ。それから一変、横目に眉を顰め暗い顔になる。


「カイル兄さんが何か話したそうなんだよね……私はシユちゃんが行きたいって出かけるの、すごくいいことだと思うんだけど……」

「イユリ……」

「何か、あるのかな」


 確かに、今までのカイルとは行動が丸きり違うように思えていたのは、シユだけではないようだ。シユとてたった数ヶ月の付き合いでも、それは感じていた。レーヴェンと最初に接触した日からだと思われる。偶然という割にはあまりにもタイミングが合いすぎるし、何かを知っているようなことをほのめかし、それなりに干渉してくる。

 以前の彼なら、そんなことでは干渉などしてこない。むしろあまりにも放任しすぎていた。


「あのカイルがここまでするというなら、相応のことがあるのでしょう……行ってきますね」

「うん……」


 カイルが何を知っているか、何を話したがっているのか。分からないが、話を聞かなければならない気がして、シユは真っ直ぐにカイルの部屋を目指した。






「何か分かったのか?」


 部屋に入るなり、そんな言葉がぶっきらぼうに飛んでくる。窓の前に立ち、シユに背を向けていたカイルは側にあった椅子に腰かけた。


「俺は、そこまで急がなくてもいいと思うがな」

「……私、は……急いでいるように見えますか?」

「……」


 何も言わず、カイルは視線だけを寄越した。考えの読めない目。

 以前なら続ける言葉もなくなってしまうものだろうが、今のシユは負けていられないという芯があった。


「自身の謎を探るのは、そんなにいけないことですか」

「痛い思いをしたくないなら、深入りしすぎない方がいい。俺はそう思ってる」

「一体貴方は──」


 何を知っているんですか。

 表情は変わらないものの、その瞳の鋭さが増したような。けれどカイルはただ静かに首を振っただけだった。


「何も知らないから言ってるんだ」

「……」

「お前は、記憶を取り戻すことに抵抗はないのか?」


 シユの場合は特殊も特殊。比べることはできないが、失った記憶を取り戻す上での拒絶反応は同じ部類に入れることはできるだろう。自分から飛び込みに行っているシユは、それがないのかと。


「……ないと言えば嘘になります」

「そうか」

「思い出して後悔するかもしれません、怖いですが……思い出さなくてはならないという思いの方が強いのです」

「……」


 今初めて、シユのこんな強い目を、気持ちを見た気がする。カイルは強い意志の込められた瞳を見て、多少ではあるが目を見開く。あんなに迷子のようだった奴が、と。


「きっとあいつらは、お前の失くした記憶に用があるはずだ」

「……分かって、います」


 ドアの前に立っているままだったシユの元へカイルは歩み寄り、彼の予測であり真実を伝える。そのために彼らは接触してきている。シユも分かっていなかったわけではなかったが、いざ言葉として聞けば胸が騒ぐ感覚がする。自分の特殊性を知っているから。


「その記憶が、いいものである保証はどこにもないんだぞ」

「はい」

「思い出して、お前とあいつらの置かれた状況は絶対に変わる」

「それでも……!」


 この騒めいている心は何に対してなのか。自分のこの力を巡った日々か、それとも目の前の問題、記憶なのか。

 何故、こんなにも感情的になってしまうのか。シユはカイルの放つ尤もな言葉の羅列に必死になっていることが変だとも思い始め、上げた顔を俯かせ首を振った。


「……珍しく、イユリもお前のことは好きみたいだからな」

「……何を」

「これは俺たちも似たようなものだがな、必要以上に苦しむ姿は見たくないはずだ」


 あの馬鹿二人は知らないけどな、と。

 引っかかる物言い。まるでこんな状況を何回も経験してきたような。


「過去にもこのようなことが?」

「ああ、何せ、親父があれだからな。それでもお前の場合は特例もいいところだ」


 過去にもあった。あのミスカラルドのことだ、あり得ない話ではない。もう一つの顔を知っているシユだからこそ、それは彼が見ている他の世界にも言えることだろう。調和を図る彼がこうして動くことで、小さな噂話が出てくる。

 しかしその真実は渦中の者しか知ることはない。


「まあそれはいい……先が分かっていても、お前は記憶を諦めないんだな?」

「はい」

「あまりにも酷いことになるなら、俺は俺の判断で止めに入る」

「……」

「何があっても、傷つかない覚悟でいろよ。それがあいつらのためにもなる」


 温かいのだか、冷たいのだか、よく分からない。何も知らないと言ったカイル。けれどあのような素振りでは知っていると言っているようなものだ。一体、何を知らないのか。それを尋ねた方が早いという気さえしてしまう。

 最後の一言、最大の忠告でもあるそれを冷たい目を以って言い放ったカイルは、そのままシユに背を向けて窓辺に戻る。もう用は済んだとばかりに。

 シユは退室の挨拶と、カイルは見てもいないが礼をし部屋を出た。

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