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今の今まで暖かい部屋で談笑していたため、外の冷たい空気は流石に堪える。シユもウェイニーも、腕を組んで体ごと丸め込むような体勢になってしまう。
「うー、寒い……! 風邪引かないかしら、これ」
「ウェイニー、送ってくださるのは嬉しいのですが、帰りは一人になってしまうのでは?」
「そんなのシユだって同じだし、今更よ。時間も早いし平気だわ」
ポケットに手を入れ、肩を縮こませて歩き出したウェイニー。シユが続けば振り返ってしたり顔をする。
「ふふふ、あたしはちょっと強いから平気よ。そこらの人になんか負けてられないわ」
「そ、それならいいのですけど……」
「でも心配してくれてありがと」
照れくさそうに笑ったウェイニーはわざとらしく空を仰ぎ白い息を吐きだす。ここではない遠くを見るような瞳、斜め後ろから見ているシユにとっても切なそうな表情に見える。
「今日は話せなかったけど、シユは装飾のことが気になるのよね?」
「はい」
「じゃあ次ね! ふふっ、今から楽しみだわ」
嬉しさをかみしめるような無邪気な笑顔を隠すこともなく、ウェイニーは上機嫌にスキップでもしそうな勢いで、もう近い公園を目指す。
途中、会話が切れただ二人で歩いているだけとなった時も、ウェイニーは空を見上げてはふと寂しげな表情を浮かべていた。
「さて、ここまでね……」
「今日はありがとうございました」
「あたしもありがとう……また、次の約束ができるっていうのはいいわね……」
「ウェイニー……?」
シユを優しい目で見ながら、眉は下がるように笑ってみせるウェイニー。数回しか会っていないが、誰よりもいろいろな表情を見せてくれる彼女。けれど、今のこの顔は何かを押し込めているようにも見える。
「何でもないわ、それじゃあ、気をつけて帰るのよ!」
「はい、ウェイニーもお気をつけて……」
今度はちゃんとした笑顔で、走り去りながら手を振っていったウェイニー。シユはしばしウェイニーの背を見つめながら立ち尽くし、先程の笑みを思い返す。
次の約束を楽しみにしていると言った、それなのにあんな寂しそうな笑みを。シユは小さく痛んだ胸に、目を閉じて首を振り、夜野邸へと帰る道を行った。
部屋に一つ、重たい溜め息が響いた。
「お前な、突然変異って阿呆にも程があるだろ」
「でもシユは何も言わなかったわ」
「馬鹿、お前じゃないんだ、気づいてないわけないだろ」
えぇー、とウェイニーは不満そうにソファーに沈んだ。その斜め隣ではレーヴェンが頭が痛いというように片手で頭を支えている。
「あいつは考え込む方だからな、余計な方向に行かなきゃいいが……」
「シユって、どこまでの記憶があるのかしら」
「まあ俺たちと会う前くらいなんじゃねぇのか?」
離れていたクィディーが戻り、レーヴェンの向かいのソファーにどっかりと座る。
「俺たちに関する記憶は一切ない、そう番人が言ってただろ?」
「ええ、本っ当! 余計なことしてくれたものね!」
「けど、それは仕方ないことだよな。きっとあいつは俺が来るのを分かってた」
だから彼はシユに干渉した。シユのためになるのだとしても、ここまでする必要があったのかと。
「……いや、待てよ」
「何よ、一人で」
「シユはどこで記憶を失くしたんだ──ああ、いや……」
「どこで、って……」
レーヴェンは突いて出た言葉を言い終わる前に自分の中で答えが出た。そんなの初めから分かりきっていたことだと。番人が介入し、先を見越していたとしたら当然のこと。それからシユは何から何まで失ったわけではないことも。
番人が番人である時はただの冷たい存在でも、個人が絡めばそれなりの情は見せてくれるだろう。
そう、思いたいだけではあるが。
「装飾は唯一の鍵にはなりそうだな……」
「ええ、それはあたしも思ったわ」
これで、何とか。
しかし、焦ってもいけないことは分かっていた。どんなに取り戻したくても、恋しくても、彼女を大いに傷つけ悲しませては意味はない。その思いを完全に取り払うことができないのは承知の上、ただ、それを覆えるくらいの想いをぶつけてやりたいと。
存在自体が少なく、いたとしても完全に紛れ、見つけることは困難だとされる。また、彼らは人間の言う“魔法”とはまた違うが、似た尋常ではない力を扱うことができる。ただやはり、秘匿して然るべきもの。
これが、ミスカラルドに聞かされた彼ら人種の詳細を、シユが自身で分かりやすく解釈したもの。それを基盤に、今日新たに聞くことのできた話を思い返す。
突然変異とは言っていたが、おそらくは何かをきっかけとして身体が変化してしまったと考えていいだろう。上手く言えないという雰囲気からウェイニーが絞り出すように答えを出したから。
次に話をする時、今日できず終いだった装飾の話をしようと言った、これをちゃんとシユに説明できるということは、勝手が同じものだという可能性が高い。
共通点がありそうでないかもしれない、シユと彼ら。知りたくても知らない方がいいと思ってしまう反面、シユはただ漠然と。
「……このままにして、いいわけがない」
知ることへの恐怖がないわけではない。ただ気になってしまうから、何より自分を優しい目で見てくれる彼らと、出会ってしまったから。それだけで、十分だと思えた。




