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IF 皐月が就職できなかったら 後編

「それでは、手順に沿って下ごしらえを始めてください。わからないことがあったら、すぐに質問してくださいね」


 はい、とやや不揃いな返事が教室内に響き、各々が動き出した。

 バイトを辞めた俺は、開き直って花嫁修行として、お料理教室に通うことになった。と言っても、本格的に習ったことなんてなくて、家庭科の経験しかないからって、初心者向け誰でも簡単と言う口コミのお料理教室に通ったんだけど、あんまり習うところは今のところない。

 全10回の教室でまだ3回目だけど、あんまりにも周りのレベルが低い。だって包丁の持ち方から教えてもらって、前回はレタスとプチトマト、キュウリの細切りのサラダだけだ。そして今日はやっと料理らしきもの、と言ってもジャガイモに皮を剥いて切り、ウインナーに切れ目を入れて、フライパンで焼く。そしてご飯を炊飯器で炊くだけだ。


 こんなの、いきなり作れって言われた中学生でもできる、と思うけど、周りのレベルが低すぎて、先生も生徒も大真面目で結構な質問の手が挙がっている。なんでだよ。ピーラーで皮むくとか、説明を受けて一回で分かるし、なんなら受けなくても見ただけでわかるわ。


「はぁ」


 徐々にレベルが上がるとは思うけど、これならレシピ本でも真面目に呼んだ方がましだ。小学生の時からできた自信がある。辞めたい。でももう結構な金額の授業料を全部払ってしまった。七海がここがいいって評判聞いて前払いしてくれたのだ。

 嬉しいけど、ありがたくない。七海も料理上手だし、実態知ってたら絶対申し込まなかったけど、改めて初歩から習いたいと言ったのは俺だ。でも初歩過ぎる。


 もっとこう、火加減とか調味料とか切り方とか、そういう初歩を習いたかったのであって、持ち方とか、ウインナーの切れ目の入れ方とか、コンロの火のつけ方とか、どうでもいいよ。せめてウインナーでも切れ目を入れてライオンの作り方とかにしてほしい。斜めにちょっとだけ切れ込みいれてとか、普通過ぎ。


「あのー、滝口さん」

「ん? なに?」


 ささっと工程を進めていると、隣から声をかけられた。隣の女の子は大学生で、親から言われて参加しているけど何もできない。前もめっちゃ教えてあげた。


「すみません。ちょっと教えて欲しいんですけど」


 そうだと思ってた。それに、先生も忙しそうだ。どうせ、早く作っても冷めてしまうだけなので、また彼女に付き合ってあげることにした。


「それはね、まず左手でジャガイモ、ってかその前に洗った?」

「あ、まだです。野菜は最初に洗うんですよね?」

「そうだね。そう覚えたらいいよ」


 皮を剥いてからでもいいけど、前のサラダの時のそう言ったし、統一したほうがいいだろう。洗った方が汚れないし。


 そのまま教えてあげて、同じペースで仕上げて、出来立てを食べてこの日のお料理教室も終わった。


「滝口さん! さようなら、またお願いしますね!」

「あ、うん。またねー……」


 また来る前提で言われたけど、まだ辞める踏ん切りもつかなくて返事をした。まぁ、辞めるにしてももう一回は来るか。直前に言うのは仕入れとかもあるだろうから先生に悪いし。とりあえず七海に相談しよう。


 家に帰って、夕飯の支度をする。実はこのお料理教室、夕方まであるんだよな。それで希望者は事前申請しておけば複数人分つくって、持って帰って夕ご飯にしていいよってことなんだけど、今のメニューで仕事で疲れてる七海に出すわけがない。

 味付けとか仕込みはしてから出てきているので、ささっと手早く済ませて、洗い物も済ませるとちょうど七海が帰ってきた。


「ただいま帰ったわ」

「おかえり、七海」

「いい匂いがするわね、さてはスペアリブね」

「あたり。早く食べよう」

「ええ」


 喜んでくれてるみたいでよかった。昼に仕込んでおけば、温めるだけだし、余熱で火が通って味がよくしみた柔らかい仕上がりになるんだよね。

 ちなみに昔、母さんが手羽でよくつくってくれた料理でもある。昔は母さんも忙しかったから煮込み系の料理が多くて、その中でも肉がメインで味が濃いスペアリブは好物のひとつだった。鶏肉は今でも大好きだけど、今はやっぱり豚で食べたい。


 七海の荷物を受け取り、着替えも手伝って、ささっとご飯をよそって食卓につく。


「いただきまーす」

「いただきます」


 うん。我ながらいけるけど、七海に言わせるとちょっと大味らしい。許容範囲とは言われたけど、どうせなら七海の好みにしたい。でも単に薄味にしただけだと駄目らしい。難しい。

 だから習おうと思ったんだけど。


「あのさ、七海。ちょっと相談があるんだけど」

「あら、なに?」

「うん、料理教室なんだけど、何というか、こういうこと言うのはあれなんだけど、簡単すぎるし、他のとこに変えられないかなと思って」

「? 初歩から習いたいと言っていなかった?」

「そうだけど、包丁の使い方から習って、3回目でウインナー焼いてるくらいだし」

「うーん。確かに、かなり簡単ね」

「でしょ? 払ってもらってるから、行く気ではいたけど、返金とか無理かなって」


 そう言ってみたけど、七海は少し考えるように眉を寄せて、口の中の食べ物を飲み込んでから首を横に振った。


「それはちょっと難しいわね。紹介してもらったわけだし。でも、行きたくなければいかなくてもいいわよ? そういうのはよくあるようだし」

「それはもったいないから、じゃあ行くよ。どうせ暇だし。後半に期待していくよ」

「そう? 無理しなくても、たいした金額ではないし」

「たいした金額だから」


 金銭感覚おかしすぎるだろ、合計10万以上してるのに。週一回の10回で三か月近い趣味としても高すぎ。自分でお金稼いで新米教師二年目のくせに、なんで感覚おかしいんだよ。……あれ、もしかして私立だし、俺が思ってるよりもらってる?


「そう? まぁ、節約家な嫁をもらったと、喜んでおくわ」

「あ、うん……嫁って、なんか照れる」

「そう? 可愛いわね。可愛いお嫁さん、今夜も可愛がってあげるわね」

「う、うっせぇ。まだ晩御飯中だぞ」

「あら、ごめんなさいね。ちゃんと味わっているわよ」


 ……恥ずかしい。なんでこんな話の流れになるんだよ。だいたい、七海を支えて家事をするのは全然抵抗ないけど、それを嫁って定義されると、めちゃ恥ずかしい。お嫁さんと言うパワーワードを意識してしまうせいだと思うけど。


「時間はあるのだし、好きにすればいいわ。他に習い事をしたいって言うなら、そうしたらいいし」

「簡単に言ってくれて、ありがたいけど」


 でも養われてる身だし。とか、口にはしなかったのに七海にはお見通しらしくむっとした顔をされた。

 それからにっと口の端を上げて、悪そうな顔をする。


「あなた、まだ、私の妻と言う自覚が足りないようね。明日はお休みだし、たっぷり教えてあげるわね」

「あ、えっと、お手柔らかに、お願いします」


 い、嫌ではない、もちろん、うん。

 俺がそう答えると、七海は満足そうに笑みを深めた。七海が満足なら、いいかな。と思ってしまう俺は、そろそろ夫の地位を諦めるべきなのかもしれない。









 そんなこんなで、俺はお料理教室に通って、隣の女子大生の飯島さんに教える日々は続いて、ついに最後の授業の日がやってきた。


「先生、今までありがとうございました」


 とお礼を言うと、むしろ飯島さんとか他にも近くの人に教えていたのは知られていたようで、逆にお礼を言われた。あ、はい。うん。後半難易度があがるほど質問とか手取り教えて欲しい人多かったし、先生大変だったもんな。

 でも、最後はこうして、時期的なクリスマスに合わせたローストチキンとカップケーキと、ちゃんと料理になった。この言い方は失礼だけど。


「皐月さん……」

「あ、飯島さんも、今までありがとうございました」


 お礼を言われることしかしてない気もするけど、可愛い後輩みたいな感じでそれなりに仲良くしてた。これっきりとなると、ちょっと寂しい気もするけど。


「う、うう。皐月さんと別れるの、悲しいです」


 いつの間にか名前で呼ばれてるけど。うん。


「そうだな。でも、今日はほとんど一人でつくれたし、大丈夫だよ。頑張ったね、雪ちゃん」


 最後だし、名前で呼んでもいいか。七海が嫉妬するかもだけど、今日はクリスマスだしな。

 褒めると雪ちゃんは真っ赤になって、うるんだ瞳になった。そんなに感動してくれるなんて、頑張った買いがあった。正直嬉しい。七海が先生になった気持ちが少しわかったかもしれない。


「はいっ。あの、また会えたら、私の料理を、食べて、くれますか?」

「もちろん」


 会うことなんてないだろうけど、会えたなら、また料理の出来栄えのチェックくらいしたっていいだろう。まだまだだと向上心がある子は、教えていて気持ちいいし、うん。いい子だ。

 雪ちゃんは嬉しそうにはにかんで、笑顔で別れた。よかった。頑張ったかいがある。今日は七海の分もつくったし、行かせてもらったお料理教室の結果を見せて、用意しておいたプレゼントも出して、ふふふ、楽しみだなー。


 意気揚々と帰って支度していると、いつもより心持ち早く七海が帰ってきた。


「お帰りっ」

「あら、今日はいつもより元気ね」

「へへ。今日はクリスマスだからな」

「そうね。いい子にしてたら、今年もサンタさんからプレゼントがあるわよ」


 え? それって去年したサンタコスプレでの夜中の奇襲がまたあるってことですか? そりゃ今年こそ明日休みだけど、えぇ。今年はお返しで俺がしようと思っていたのに。


 いつものように荷物をもって、着替えを手伝う。


「今年も雪降らなかったなー」

「そうね。お陰でスノータイヤに交換する手間が省けたわ」

「手間って、自分ではしないだろ」

「時間がかかる、と言うことよ」


 いやわかるけど、雪降ったらいいのにって俺の台詞に対して言うことがそれか。夢がないなぁ。


 ピンポーン

 食卓に付こうと席を引いたところで、ドアベルがなった。宅配便かな。


「ん!? え、なんで!?」


 壁のインターホンを見ると、そこには宅配便でもないし、サプライズで登場しちゃうような友達でもない人が映っていた。

 思わず驚く俺に、七海も立ち上がって隣まで来て覗きこむ。


「知っている人?」

「う、うん。今日まで同じ教室だった、飯島雪ちゃん」

「ふぅん? ……まあ、いいわ。何の用かしら? まさかあなたが招いたわけではないでしょう?」

「まさか。と言うか、なんか、いやな予感がするなぁ」

「そう? 別に普通に見えるし、何か間違ってあなたのものでも持って帰ってしまった、なんて風にも見えるけれど。でも、そもそもあなた、家教えたの?」

「あ、教えてない」

「怪しいわね」


 確かに。そこまで気が回ってなくて、なんか笑顔だけど嫌な感じだなーとあやふやに思ってたけど。でも、言われてみればおかしすぎる。何だか怖くなってきた。


 ピンポーン、とまたドアベルが押された。このまま無視するわけにもいかない。もしかしたら、本当に何か理由があるのかもしれない。七海と顔を見合わせてから、そっと応答のボタンを押す。


「あのー、雪ちゃん?」

「あ! 皐月さん! よかった。おられたんですね」

「う、うん。どうしたの? 急に。私、何か忘れ物とかしちゃったかな?」

「いえいえ、違いますよー。ただ、クリスマスですし、お礼も兼ねてプレゼントをお持ちしました」

「あ、そうなんだー」


 棒読みになってしまう。言ってることはそんなにおかしくないはずだけど、なんでだろう。悪寒がする。嫌な予感がする。


「ところで、どうして私の家がわかったのかなー?」

「ええ? それはもちろん、後をつけたからですよ?」

「……そ、そうなんだー」


 やばい人だった。自分の感覚も、馬鹿にならない。さらっとストーカーしたとか言われた。やばい。急に怖くなってきた。

 ぞっとしたところで、そっと七海が俺の腰を抱いて、手を握ってきた。目が合う。七海がふっと笑ってくれて、肩の力が抜けた。


「はい。なので開けてくださーい」

「う、うん」


 とりあえず了解してドアフォンを切った。七海を振り向く。


「どうしよう、警察呼ぶ?」

「落ち着きなさい。あとをつけてきたと言うだけでは、顔見知りだし弱いわ。とりあえず、飯島さんの素性について確認しておくから、あなたはチェーンをかけた状態で開けなさい」

「開けちゃうの?」

「渡すものがある、だけならチェーン越しでいいはずよ。それで用事が終わって帰るなら、それまでよ。念のため引っ越すけど」

「え、ひ、引っ越し?」

「当然でしょ。準犯罪者にあなたを狙われてるのに」

「う、うん。とりあえず、出るね」


 案外、出てみたら普通の感じかも知れない。ドアフォン越しに会話ってあんまりしないから、変な感じなのかも知れないし。


 七海の存在に励まされながら、そっとチェーンをかけて鍵を解除した。途端に、ドアが開いた。うわぁ。


「あれ? どうしてチェーンかけてるんですか?」

「ごめんね。ちょっと散らかってて、お客さんを上げられる状態じゃないから、玄関だけで失礼するね」

「そんな。私の料理を食べてくれるっておっしゃったから、準備もしてきましたのに。まぁ、でも今日は元々はご挨拶だけですし、しょうがないですけど」


 今日は? 後日がある前提で話されてるし、そもそもまた会ったらって、今日その日に会いに来たのもカウントされるの?

 と言うか、直で話すほど、こいつヤバい感が半端ないぞ? やっぱり通報が先だったな。


「えー、それで、プレゼントって何?」

「はい。私の気持ちを受け取ってくださったお礼も入っているんですけど」


 とか何とか、わけのわからないことを言いながら、雪ちゃんは小さめの箱を取り出して、ぱかっとこっちに向けた。開けた。中には指輪が鎮座している。


「……気持ち?」

「はい。私の料理を毎日食べてくれるって、プロポーズを受け入れてくれましたよね?」


 いや、いやこれ俺のせいなの!? あんなんでそんな解釈されるって気づく方が無理じゃない!? もうやだ。このままドア閉めたいけど間から腕入ってるから閉めれない。


「ごめんね。そんなつもりはなかったし、お断りします」

「えっ!? ええっ!?」

「うん、ビックリだねぇ。うーん。じゃあそういうことだから、帰ろうかぁ」


 できるだけ刺激したくないので、優しく言いながら促してみる。雪ちゃんは驚愕、みたいな顔してちょっとふらつきながら、ゆっくりその腕を下げて、指輪をしまった。


「そんな。私、てっきり皐月さんもそのつもりでいてくれてるとばかり。それで、泊まる用意もしてきましたのに」

「え、住む気?」


 図々しい。でもすんなり諦めてくれそうでよかった。雪ちゃんは顔を上げて、うるんだ瞳を向けてくるけど、なんでかな。可愛いよりぞっとする。


「私の気持ちが伝わってなかったのは、残念です。でも、じゃあ、改めて言います! 私と付き合ってください」

「ごめんなさい」

「ええっ」

「なんで驚かれているのかわからないんだけど。将来を誓い合った恋人もいるから」

「そ、そんな……信じられません! いったいどんな人なんですか!?」

「えぇー。信じなくてもいいから諦めて帰ってくれる?」

「いえ、諦めません! 絶対その人より、私の方が皐月さんを幸せにできます!」


 何の根拠があって行ってるのかわからないし、そもそもどうしてあの付き合いで俺が雪ちゃんのこと好きって思えたのか不思議だ。俺、君に料理教えてあげてただけだよね。まず好かれたのも不思議だけど、好かれてると思われる素振り全くしてないと思うけど。

 困っていると、にゅっと背後から腕が伸びてきて、俺の肩に手を回して横から七海が出てきた。


「面白い話をしているわね」

「あ、七海。電話は?」

「確認して、彼女の親御さんにも連絡したから、そのうち迎えに来るわ」

「あ、そうなんだ」


 さすが、仕事が早いなぁ。

 って、七海に見とれていると、雪ちゃんが口元を抑えてわなわなしていた。ど、どうしたの、この子?


「そ、そちらが、恋人さんですか?」

「う、うん」


 何でそんな驚いているんだ? 女同士だけど、君もそうだし、今更そこ驚くとこじゃない、って、そうか。七海が美人過ぎて驚いているのか。なるほど。それなら納得だ。


「見てもらってわかると思うけど、こんなに美人な恋人がいるから、君のことは目に入りません」

「まぁ、ふふ。そういう訳だから、諦めてちょうだい」


 七海が得意げに笑って、ドアを閉めようと手を伸ばす。


「ずるいです!」

「え?」


 ドアノブに手が届く前に、雪ちゃんはドアを掴んでがっと最大限まで開いた。七海が思わず手を引くので、俺も反射的にその手をとった。


「なんで、何で女同士で普通に付き合ってるんですか! ずるいです!」

「え、そんなこと言われても」


 この子どういう感情でものを言ってるんだよ。七海を見ると、肩をすくめられた。


「とりあえず、放っておきましょう」

「え、それでいいの?」

「迎えが来ると言ったでしょう」

「ま、待ってください!」


 雪ちゃんが声をかけてくるけど、無視して七海が俺を促すので、そのまま玄関から離れる。

 今へと続くドアを閉めると、そんなに声は聞こえなくなった。


「ってか、なんで入ってこれたんだろう」

「たまたま人が通ったとか、なんとでもやりようはあるでしょう。向こうもそれなりの家の子だし、警察沙汰はまずいわ。示談で済ませることで話はついているし、慌てて引っ越さなくても、ご両親が注意してくれるわ。来月中に引っ越しましょう」

「どっちにしろ引っ越すんだな」

「当たり前でしょう」


 まぁ、七海が絡まれても嫌だし、しょうがないよな。むしろ、俺のせいでへんなことになって、申し訳ない。はぁ。せっかくのクリスマスなのに。


「ごめんな、七海。俺のせいで」

「何言ってるのよ。あなたが可愛すぎるからだけど、あなたのせいではないわ」

「可愛すぎるせいではないと思うけど」


 顔で惚れられると思わないけど。でも面倒に巻き込んだのは事実だ。ちょっとへこむ。

 だけど七海はそれほど気にしていないようで、にっと笑う。


「そんなに落ち込まなくていいわよ。私の恋人であるあなたが魅力的なのは当然だし、あなたが私を将来を誓い合った恋人として、平然と他の女を振る姿は、なかなか気分がいいわ」

「そ、そう」


 喜んでいいのか、微妙な気分だ。まぁ、七海の気分がいいならいいけど。


「さ、あなたが作ってくれた料理を食べましょう」

「うん。冷めたし温め直すね」

「大丈夫よ。まだそんなに時間がたっていないし。それより、あれを親御さんが回収したら、わかっているでしょうね?」

「え? な、なに?」


 あれって。そんでまだ向こうで何かをしゃべり続けている彼女が回収されたら、いったい何されるんですか。やっぱり怒るとかそういう事?

 不安におびえる俺に、七海はふふ、と妖艶に笑った。


「決まってるでしょう? クリスマスプレゼントをいただくわ。まずは一緒にお風呂に入りましょうね」

「ちゃんと物品のプレゼント用意してるから」


 まぁ、そういうのはいいけど。元々、そう言うつもりでいたけどさ。クリスマスだし。

 俺はちょっとだけに焼けそうなのを我慢しながら早く、迎えに来てくれないかなーと思っていた。








 

「七海、今日は本当、ごめんな」

「ん? どうかしたの?」


 ご両親に引き渡した。なんか元々高校時代に女の子の恋人がいたのを、無理やり別れさせて花嫁修業させられていて、そんな中で会えた俺に運命感じたらしいけど、普通に付き合って同棲している状況に、今度は腹が立ったらしい。そんなわけでご両親からも嫌そうな顔をしながら謝られた。

 失礼な奴らだ。こっちはちゃんと、自分たちの親にもとっくに挨拶してるし、許可もらって同棲しているんだから、よそのことには口を出さないで欲しいものだ。


 七海も相当いらってきていたみたいだし、色々終わってベットで寝ている状況になって、不意に思い出したので改めて謝ってみた。


「だって、色々あったから。俺がお料理教室に行きたいとか言ったのが、元々の原因だし」

「そんなこと言ったら、あそこを紹介したのは私よ」

「でも、何ていうか、俺の対応も悪かったのかなって」

「やめなさい。何度も同じことを言わせたいの? あなたが可愛いから、仕方ないわ」

「そ、そういうのじゃなくて、うーん。なんというか、俺って働かないし、何もできなくて、迷惑だけかけちゃって、申し訳ないなって」

「本気で言っているなら、怒るわよ?」

「だって」


 ここまで言うつもりはなかったけど。でも、本当、お金を稼がずにつかいにいったのに、迷惑をかけるって、正直落ち込むよな。習った結果、得たものが迷惑何て。

 思わず背中を丸めてうつむく俺に、七海は両手で俺の顔を上向きにさせた。すぐ近くに、七海の綺麗な顔があって、そんな場合じゃないけど、ちょっとどきどきする。


「だってじゃない。お料理教室だって、私の為に、妻としての努力の為でしょう? これからだって、やりたいことがあればなんだってすればいいわ。あ、もちろん、私だけを見ることが前提よ」

「それは当然だけど」


 今更、そんな文言を最後につけなくても。本当に七海って、そういうとこ時々自信がないよな。


「あのさ、七海、ごめんな。なんか、ちょっと落ち込んで」

「きっと、疲れているのよ。あなたって、ちょっと繊細なところがあるから。大丈夫よ。私がいるから、怖いことなんて、何もないわ」


 そう言って七海は俺に軽く口付けて、抱きしめてきた。あったかくて、ほっとする。


「七海、大好き」

「ふふ。私も好きよ。だから、皐月はもっと、笑っていればいいわ。当分、外にもでなくていいし、私にだけ笑ってればいいわ」

「……本当は、ちょっと思うところもある?」

「そんなことはないけど、惚れられるほどあの子に笑顔を見せたのは、問題ね」

「……まぁ、しばらくは、習い事もやめておくよ」

「そうね。年末だし、休憩すればいいわ。あなたは十分に、家のことをしてくれているのだから」


 いつまでもこのままでいいとは思わないけど、とりあえず七海が笑ってくれるなら、しばらく専業主婦として、専念してみるかな。


「うん。そうする。七海、愛してるよ」

「まぁ、もう一回っていう、おねだりかしら?」

「う、うん」


 そんなつもりはなかったけど、笑う七海が魅力的すぎて、そんな気分になってしまうので、俺は照れながら頷いた。


「ふふ。可愛いわね。いいわ、まだまだ、夜は長いもの」


 七海は微笑んで、俺に深く口づけた。



おしまい。

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