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IF 皐月が就職できなかったら 前編

「ただいま帰ったわよ」

「おかえりー」


 ドアが開く音と声に、俺は火を止めて玄関まで迎えに出た。

 相変わらず、仕事帰りだと言うのにスーツ姿はびしっと決まっていて格好いいなぁ。えろいし。


「お疲れさま。鞄貸して」

「ありがと」


 七海から鞄を預かり、誘導するかのように室内へ戻る。そのまま居間を通り越して、仕事部屋まで行って鞄を置き、七海が脱ぐ端からスーツをハンガーにかけていく。


「悪いわね、いつも。着替えまで手伝ってくれなくてもいいのに」

「言うなよ。無職の居候で、肩身が狭いんだから」


 そう、俺は現在無職だった。タイミングが悪かったのだと言いたい。結局、これぞ!と言うものを見つけられなかった俺は、七海指導のもとそこそこの大学に入り、四年目にはちゃんと就職活動をした。

 したんだけど、全然ひっかからない。いくつか二次までいったけど、結局駄目だった。世間は不況の波で倍率はあがっていたし。まあ、他の同級生はだいたい就職してますけどね。


 自分でもわかってる。やっぱり一番の理由は、きっと俺の意欲が足りなかったのだろう。何がなんでもこの職業につきたい!と思ってなくて、とりあえず就職、なんてのが透けて見えたんだろう。


 そんな訳で大学を卒業した俺は、実家を飛び出して七海のところで厄介になっている。学生の間は半分同棲みたいな形で、卒業と同時に来いと七海が言うので、お言葉に甘えさせてもらってる。

 一応、就職活動をしないとな、と言う思いはあるけど、七海がもう奥さんみたいなものだし、無理しないでいいわよ、なんて甘やかすので、ついつい、卒業から2ヶ月たった今も無職を続けている。


「そんな言い方はやめてちょうだいと、何度も言っているでしょう。私の妻である自覚が薄いのではなくて?」

「そんなことはないけど……」


 現在、実際に籍をいれたりはまだなんだけど、七海は結婚した気持ちでいて、式のことも頭にあるみたいだし、俺としてもやぶさかではない。

 だから同棲してる現在、妻かどうかはともかく、七海と結婚してる気分でいるし、支えたいとは思っている。


「じゃあ何よ。私が、夫として甲斐性なしだと言いたい訳?」

「そ、そんなことも言ってないって」

「ならいいじゃない。あなた、掃除も洗濯もちゃんとしてくれるし、料理も結構いけるわ。就職なんていいから、もっと精進なさい」


 結構いける、と言いながら精進しろって、暗にまずいと言ってるのか? まあ、七海のことだから向上心は忘れるなよ、ってことだろうけど。


「……でも、やっぱりさぁ」

「皐月、疲れているの。食事にしましょう」

「……はーい」


 ううん。別に、この生活が悪い訳じゃないけど、やっぱり女同士で籍入れてないし、対外的にはヒモだ。それにどっちかと言うと、稼いで七海を養いたいなって願望もある。

 だからちょっと、このままって言うのは抵抗があるんだよなぁ。


 部屋着に着替えた七海と夕食をとる。食事を終えたら、休憩をしたらすでの沸かしてるお風呂に入って、のんびりして寝るだけだ。


 と言いたいけど、七海はお仕事を持って帰ってきたようだ。食べ終わってすぐに、お風呂は私が先に入るから待ってなさい、と言って仕事部屋へ入ってしまった。

 仕事部屋と読んでいるが、七海専用ではなく、俺も勉強机を置いてて、履歴書とかそこで書いてて、着替え類もそこに置いてる。個人部屋はなくて寝室が別途あって同じ部屋だ。


 しかし、お風呂を先に入れと言うならともかく、先に入りたいとはまた珍しい。よほど何かあったのかな?


 洗い物を済ませてから、テレビをイヤホンつけて静かに見ていると、突然イヤホンをはずされた。


「! な、七海か」

「私しかいないでしょう」


 驚いて振り向くと、七海がにんまりと悪戯っぽく微笑んでいた。


「そりゃそうだけど。いきなりでびっくりした」

「ふふ、良いわよ。私、あなたをびっくりさせるの、好きよ」

「趣味が悪いな」

「趣味がいいのよ。それより、ちゃんと言いつけ通りお風呂には入っていないみたいね。感心感心」


 七海はイヤホンを抜いて片付けながら、そう言って俺を褒めた。褒められて嬉しさ半分、そのくらい守れるってとちょっと拗ねる気持ちが半分で、俺ははいはいと相づちを打った。


「どーも。ほら、早く行って、ゆっくりしてこいよ」

「相変わらず鈍いわね。あなたも入るのよ」

「ん?」


 七海はゆったりと微笑んだまま、左手を俺の座る椅子の背もたれにかけて、右手で俺の頬を撫でてから顎をくいっと持ち上げる。


「あなたと入りたいから、待ってなさいと言う意味よ。素直に言うと、あなた先に入るでしょう?」

「そ、んなこと、ないけど」

「あらそう? なら、一緒に入って何をしてもいい、と言うことでいいわね?」

「そこまで言ってな」


 キスで黙らされた。強引すぎる。いや、そりゃもちろん、嫌ってわけじゃないけどさ。


「さ、入りましょう。今日は疲れて、むらむらしているから、ゆっくりしたいのよ。その為に仕事も急いで終わらせたのだから」

「す、ストレートに言うなぁ」

「その方が、あなたにはいいじゃない。ほら、早く支度なさい。それとも、私に服を脱がせてほしいと言うおねだりのつもりかしら?」


 可愛いわね、と七海は右手を離して、すすっと首もとをつたって襟元に下りてきて、器用に片手でボタンを外し始めた。


「そ、そんなこと言ってない。七海はいつも、俺の発言を先取りしようとしすぎだ」

「そんなこと言って、抵抗していないじゃない?」


 俺は手を動かさず、七海のなすがままで、早くも下着が見えるまでになった。その状態で七海は胸の谷間を人差し指でつついてきた。


「そうだけどさ」


 七海は結構、こうして俺を脱がせたりとか、世話をするのが好きだしよくやりたがる。もう今更だし、抵抗はしないけど、恥ずかしいものは恥ずかしいからな。

 俺は視線をそらしつつ、右手で七海の指先を掴んだ。


「ふふ、可愛いわよ」


 七海は俺の鼻先にキスしていた。

 俺のどこが可愛いって言うんだ。七海の審美眼はどうかしてる。でもどうかしてるおかげで、俺のことを好きでいてくれるんだから、いいんだけど。


「うっせー、お前のが可愛いわ」


 でもやっぱりちょっと恥ずかしいから、悪態をついて、お返しとばかりに七海の服を脱がしてやった。








「いらっしゃいませー!」


 無職期間も2ヶ月半を過ぎ、七海にも焦っておかしな会社に行くくらいなら家に居ればいいと再三言われたので、この際正社員とは贅沢を言わず、アルバイトをすることにした。 

 これなら時間も短いから、家事を疎かにすることもないし、もし合わなくてもすぐやめればいい。


 そう言うわけで、とりあえず近くで通えるところと言うことで、自転車で通える大通りにある、ファミレスに入ることにした。


 就職に難航したのが嘘みたいにあっさり決まったのは少し驚いたが、考えたら飲食店なんて、アルバイトの方が人数は多いもんな。


「ご注文がお決まりになられましたらお呼びください」


 バイトも今日で三日目。言い回しもよくあるものだし、接客自体は期間は短いけど昔やってたこともあるので、すぐに感覚をつかむことができた。

 もちろんメニューとかも覚えないといけないし、まだまだだけど、まずまずの滑り出しではないかと思う。


 くくく、ちゃんと俺は、社員登用があることを分かってるんだぜ! 目指せ、正社員! ま、駄目だったらやめればいいしな!


「ありがとうございましたー!」

「声でけぇ。元気な新人だな」

「ういっす!」


 レジを済ませてお客様へ挨拶すると、お皿を下げてて通りかかった先輩が苦笑混じりに声をかけてきたので、褒められたと解釈して、これまた元気よく返事を返す。


「いい返事だ。3番は下げたから5番頼むぞ」

「ういっす!」


 食器いっぱいのお盆を持った先輩に送り出されて、レジ裏のお盆を持って5番テーブルに食器下げに向かう。比較的お皿は少ないから、ちゃちゃっとまとめて、エプロンポケットからだしたテーブルクロスで机を綺麗にして、調味料やメニュー表を綺麗に並べる。


「っよし」


 後はお盆をさげるだけだ。おらよっと。


 楽勝楽勝。おっと、2番テーブルもちょうどお客様レジしてるぞ。こっちも同じように下げて、と。

 ちょっと重いけど、なんのこれしき。七海より軽い軽い。


 そのままお盆をさげて、レジ横から下げようとすると、ちょうど2番テーブルのお客さんのレジをし終わって見送っていた先輩がぎょっとしたように俺を見た。


「ちょっ、一気に持ってきすぎだろ! お、落ち着け。ゆっくり俺に渡すんだ」

「え、大丈夫ですよ? 私力持ちですから」

「いいからゆっくりとだ!」


 先輩は強引に俺のお盆をつかんでくる。ぐぬぬ。男だからって、俺を舐めやがって。とちょっと悔しいけど、まあ仕方ない。先輩命令だ。そっと手を離して渡した。


「おっも! くっ」

「先輩、ふぁいと、おー!」


 先輩は若干危うい足取りだったが、問題なく洗い場まで下げた。


「おい新人、お前、力自慢か知らんが、女の子なんだから無理すんなよ」

「はーい、すみませんでした」


 けっ。何が女の子だからだ。お前より力あるわ! と思いつつも、正面から女の子扱いされると照れるな。

 私とか言えるし、スカートも多少気恥ずかしくもはけるし、髪も少し伸ばして、初対面で男だと思われなくなったけど、それと女の子扱いされるのは別だ。


 俺は頭をかきながらも謝罪した。

 仕方ない。絶対転んだり落としたりせずに運ぶ自信はあるけど、他の人にはわからんし、信頼されるほど働いてない。心配かけない程度の量でやっていこう。








「ふー、疲れたー」


 今日はお昼から夕方17時までのシフトで、昼ピーク初だったのもあり、バイト中は気にならなかったけど、制服脱いだらどっと疲れた。

 夕食の材料を買って、家についたのは18時すぎだ。いつも七海が帰ってくるのは19時すぎなので、急がなきゃ。


「おかえりなさい」

「って、七海!?」


 急いで帰ってきて玄関をあけると、七海が普通にいて驚く俺に七海は平然と、むしろ微笑みながら言葉を返してくる。


「何を驚いているのよ。まずは挨拶でしょう」

「あ、えと、おかえりなさい」

「ただいま、でしょう?」

「あ、そうか。ただいま」

「はい、おかえりなさい」


 いつも七海を迎える立場なので、つい玄関口にいるのは俺なのにおかえりって言っちゃった。習慣ってこわいねー、ははは、ってそうじゃない!

 なんでもういんの!? いや悪くはないけど、まだ夕食全然できてないし!


「今日早かったんだなっ。急いで作るからっ」

「いいわよ。もう出来てるから」

「!?」


 なにぃ!?

 中にはいると、いい匂いがする。ぬ。美味しそうだ。


「なによ、その不満そうな顔は」

「う、いや。ごめん。ありがとう。その、自分が不甲斐なくて」

「そんなことないわよ。でもそう思うなら、別にお仕事やめてもいいのよ?」

「え?」


 いや、そこまで話は飛ばさないよ? シフトを午前だけにしてもらえばいいし。

 部屋に入りながら首をかしげる俺に、七海は俺から買い物鞄を受け取りながら、ちょっと唇をとがされた。


「別に? もちろん? あなたが働くのを反対すると言うわけではないわよ? 私はあなたの生き方を尊重しますわ、ええ」

「う、うん」


 おや? 何だろ。七海の様子がいつもと違うぞ? アルバイト決まったって時は普通だったし、もしかして今日は早く帰ってきて、俺がいなくてちょっと寂しかったとか?

 そんな殊勝なタイプか? うーん、でも何だかおかしいぞ。昨日までと違うのは確かだ。


 俺はいぶかしみつつも、七海について部屋に入り、手を洗って言われるまま食卓につく。


 夕飯は前に買っておいたいわしのみりん干しを焼いたものと、しょうが焼き、サラダとなっている。全く問題なく美味しい。


「美味しいよ、七海」

「有り合わせで作っただけよ」

「有り合わせでも、美味しいものは美味しいんだからいいだろ」

「ふん。口の上手いこと」

「ん? なんだ?」


 明らかにとげとげしい七海の態度。七海の突然のお怒りは珍しくもない。どうせ拗ねてたりするだけだ。

 でも意味がわからない。七海はわりと独自の世界観で生きてるので、どの辺が琴線に触れたのか全くわからない。


 とは言え、七海はぷんぷんしてもちょっと口調がツンツンするだけで、ご機嫌伺いをすれば大体がちょろく機嫌を直してくれる。引きずったりしないし、焦ることもない。

 食べながら様子を見ていこう。


「おいおい、どうしたんだよ? ツンツンしちゃって。可愛い顔が台無しだぞ」

「ふん。すぐ台無しになるような顔で悪かったわね」

「んなこといってねーって。美人美人。七海ほどの美人見たことねーわ」

「お世辞を言えば、私が機嫌を直すと思っているでしょう」


 別にお世辞ではない。実際に七海は、今この瞬間でもいつでも見惚れるくらい美人だ。贔屓目なしにしても世界一美人だと思ってる。

 とは言え、本人がお世辞だと思ってるなら、そこは訂正するシーンでもない。それより


「やっぱり機嫌は悪いんだな? よし、理由を話せ」

「……あなたに話すようなことじゃないわ」

「嘘つけ。絶対俺に関係あることだろ?」

「どうしてそうだとわかるのよ?」

「俺に関係ないことなら言ってくれるじゃん。言わねーってことは、俺関係だろ」

「……小賢しいことを。可愛くないわ」


 唇を尖らせて、可愛い顔で悪態をつく七海。悪態がいちいち嫌みっぽいやつだ。まあ、可愛いからいいけど。 


「ほんとに? 俺、七海から見て可愛くないか?」


 自分では可愛いとは思ってないが、七海がそう思ってくれてるのは知ってるので、じっと七海の顔を見つめながら尋ねる。

 七海はあからさまにうっと反応する。


「………嘘よ。嘘に決まってるじゃないっ。もう! あなたが可愛すぎるのが悪いのよ!」


 そこまで言ってないけど。可愛すぎるとか。そう言うこと言うお前のが可愛いわ。


「で、何だよ」

「……私は、あなたの生き方を尊重するわ」

「ん? うん」


 何かさっきも言ってたな。すごい大袈裟な言葉だけど、何。どんなどえらいこと言われるんですか?


 七海は珍しく言い淀みながら続ける。


「でも、その、なんと言うか……男性店員と距離が近すぎるのではないかしら? もちろんあなたを疑うわけではないわよ? だけどほら、相手はね、可愛すぎるあなたにくらっと来てしまうわ」

「んん? 男性店員? 確かに男も働いてるけど、別に距離は近くないから心配はいらないぞ」

「近かったから言ってるのよ」


 ん? 想像で心配になったとかじゃなくて、近かったって断定してるってことは、見に来てたのか? 全然気づかなかった。


「お前、バイト先に来てたのか」

「なによ、来たらいけない?」

「いや、声かけてくれたらいいのに」

「……かけようと思ったわよ。だけど、仲良くやってたじゃない」

「えー? そりゃ、悪くはないけど。男も女も、普通に先輩後輩で仲良くしてるだけだし」

「あなたがそう言うのはわかってるわよ。だから言わなかったのに、言え言えって言うから」

「あー、はいはい。俺が悪かったよ」


 て言うか、くらっと来るとかそんな訳ないだろ。てか、男に対して嫉妬するなんて、七海の中では完全に俺って女の子扱いなんだ?

 どうやっても七海が一番好きって思ってるのもあるだろうけど、バイトの男の先輩らとなんて、嫉妬されるとすら全く思ってもいなかった。


「何よ。その態度。私だって、言いたくないわ。あなたが頑張ってるんだもの。だけど、どうしても気になるのよ。まだ、籍だって入れていないし。不安なのよ……能天気なあなたには、繊細な私の気持ちはわからないでしょうけどね」

「いじけるなよ。俺が好きなのはお前だけだって」

「嘘ばっかり。誰にでも好き好き言うじゃない。弘美とか」

「む。あれは……意味が違うし。そう言う意味で愛してるのは、って言うか。あー、つか、ちょっと恥ずかしくなってきた」


 好きだって言うのは普通に言えるけど、愛してるってのは、素面でご飯食べながら言うのはちょっと気恥ずかしい。もちろんその気持ちに嘘はないし、今まで何度も言ってきたけど、こう言う場面で言うのはちょっと違うっていうか。気持ちが盛り上がってからじゃないと、なぁ?


 頭をかく俺に、七海はむっとした顔になる。


「私への愛を述べるのに恥ずかしがるなんて、愛情が足りないわ」


 ええー、そんな真面目な顔で言われる? わざと言ってるの?


「いつもは恥ずかしがる俺が可愛いって言うくせに」

「いつもはいつも。今は今よ」

「ずっるい。てかさぁ、わかってるだろ。あーいーしーてーまーすー」

「ダメ、言い方がいい加減だわ。もう一度」

「……愛してます」

「心がこもってないわ。もう一度」


 くそっ。もー、なんだよ。てか、趣旨かわってね? 仕方ないから言うけどさぁ。

 俺は咳払いしてから、心を落ち着けて真面目になってもう一度言う。


「愛してる」

「もう一度」

「愛してるっ」

「はい、もう一度」

「愛してる!」

「はい、ワンモア」

「愛してるぜー!」

「はい」

「超愛してるー!」

「はい」

「いや、もういいだろ。てか、言わせたいだけだろ」


 顔がにやけてるんだよ! 確かに俺ものってきたけど、もういいだろ。いつまで言わせるんだよ。


「ふ。いいでしょう。あなたの気持ちはよくわかったわ」

「ああ、そうですか。じゃあ、もうバイトしてても嫉妬しない?」

「………それは無理ね。あなたが私を愛していても、相手はそれを知らないわけだし、嫉妬しないのは無理だわ。でも、だからって辞めろと言っている訳ではないわ。私が慣れるまでは、嫉妬するわ」

「えー、慣れるまでツンツン七海ちゃんが続くのかよ」

「悪かったわよ。八つ当たりなのは自覚してるわ。控えます。それでいいでしょう?」


 うーん。七海は嫉妬深いなぁ。わかってたけど。そう言うとこ可愛いし、できるだけ合わせてあげようって思ってるけど。

 バイト先の全然親しくない相手でも嫉妬するかー。そうかー。正直ちょっとめんどくさいけど、それだけ思われてるのは悪くない気分だし、ちょっとにやける。


 本人もそれで仕事辞めろって言うのは理不尽なのわかってて、それで我慢しようと口をつぐんでたのはわかる。態度にでてたけど。


「いや、よくないな。バイトやめるわ」

「……は? え、いえ、せっかく雇ってもらったのに、勝手はいけないわ」

「お前の方が大事だ。店長には迷惑かけて悪いけど、ちゃんと謝ってくるよ」


 いやほんと、せっかく雇ってもらって、ものになる前に辞めるとか迷惑だろうなぁ。教える手間かけてもらってる間もお金もらってるわけだし。

 でも仕方ない。謝って、何ならお金もいいからなかったことにしてもらおう。


「……本気で言っているの?」

「おう。七海に我慢させるの嫌だし」


 正社員ならそうもいかないけど、バイトだ。バイト代で生活する訳でもない、養われてる立場でもある。なにより、好きだから嫌な思いをしてほしくない。不安にさせたくないしな。


 俺の答えに七海は右手で頬を押さえて、眉尻をさげた。にやつくのを抑えようとしてるんだろうけど、目元が笑ってるのでわかる。て言うか、別に隠す必要ないのに。


「………どうしましょう。すごく嬉しいのだけど、でも、皐月を束縛してるみたいじゃないかしら」

「まあ端から見たらそうだな。でもいいんじゃね? 俺らがそうしたくてしてるんだし」

「……皐月、愛してるわ」


 七海はとろけそうなほど優しい顔で微笑む。こんな顔されたら、惚れずにはいられない。全く。自分で美人だとわかってるわりに、俺に好かれてる自覚が薄いと言うか、すぐに心変わりを心配するんだから。

 こんなに美人で可愛い七海を、嫌いになることなんてありえないのに。


「知ってる。俺もだよ。だから、今後も嫌なことはちゃんと言えよ。そりゃ、何でもかんでも叶えてやるとは言えないけど、とりあえず我慢せずに言え。俺にも悩ませろ」

「……うん。ありがとう。ふふ。あなた、私のこと大好きね」

「だからそう言ってるだろ」


 なんで自分で言うんだよ。改められると気恥ずかしいわ。


「ええ。今夜は一緒に寝ましょうね」

「……話題が飛躍してると思います」

「そんなことないわ。愛ゆえよ」


 いや、いいんだけど。うん。別にね。でもそんなあからさまに唐突に、わざわざ言葉で露骨に挟んでくる必要ないだろ。


 とりあえず話は終わったので、しばらく止まっていた食事を再開させた。それからお風呂に入って、七海が押し掛けてきたりしたけど、特に問題はなかった。










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