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会長様はちび5

 あ、やばい。と思った時には遅かった。


「ごふぅっ!」

「あ、ごめっ、美幸!? なんでここ、いやどうでもいい!」


 人に全力でドアをぶつけておいてどうでもいいとか!? いや確かに私が悪いけど!


「!! 弘美!? 待て!」


 皐月様は弘美様を捕まえたかと思うと、連れて逃げた。


「皐月さん!?」

「ホントにすみませんー!」


 え、ええぇぇー…なんだこの状況。


「……」


 とりあえず盗み聞きしてたことはバレバレだよね。ど、どうしよう。


「追いかけます!」


 弘美様のお母様とか面識ないし、学園長とか恐れおおい! ていうか今は呆然とされてるけど我に返ったら怒られる!

 私は慌てて二人、というか皐月様を追った。遅れたけど、人一人担いでる皐月様に追いつけないわけが……


「……いない」


 階段を駆け降りて外を見たけど誰もいない。まさかもう向こうの校舎に!? いや、最後まで降りてない可能性とか、その辺の茂みに行った可能性とか………やばい、あの人の脚力の場合ガチで向こうの校舎まで走ってそう。

 いったいどこに行ったんだ。ていうか、探しに行って……いいのかな? ガチで見つけたら見つけたでどうすれば……このまま淑女室に戻っても誰も気にしない気がする。


「……はぁ」


 好奇心に負けて盗み聞きした罰か……。いやだって、気になったんだもん。

 帰るのも……気になる。すっごく気になる。あんなふらふらの弘美様初めて見た。皐月様はいつも通りだけど。とにかく弘美様が心配だ。

 適当にその辺の空き教室で時間を潰して、二人が戻ったころにまた戻って、盗み聞きを……いや、いけないことなのはわかってるけど、本当に、心配だし待ってはいられない。最悪なにも話してくれない可能性もある。

 私は弘美様のことをなにも知らないことに、今更気づいてしまった。


「はあぁぁ…」


 ため息が出てしまう。だって女の子だもん。……我ながらキモい。


 私は二人が戻ってきたらすぐにわかるよう、階段の隣の部屋に-


「は?」


 入ろうとしてふいに聞こえたのはたった一音だけど、誰かすぐにわかった。聴力には自信がある。私はすぐにしゃがんでドアの隙間に耳をあてた。

 何やってるんだろうと思わなくないけど、弘美様の一大事で非常事態なんだから今回だけは神様も見逃してくれるはずだ。


「めちゃくちゃ好きだ」


 ……皐月様は頭おかしいのかな。前から馬鹿だと思ってたけど。

 とは言え出ていく訳にはいかないからじっと盗聴、もとい傍聴に徹した。


 皐月様の空気読まない発言とか、私は呆れて内心少し馬鹿にした。信じろだとか、よくも少年漫画みたいな台詞を平然と口に出来るものだ。


 だけど、弘美様はそう思わなかったらしい。


「……こんな最低な私でも、好き?」


 こんな台詞を弘美様が、しかも皐月様に言ったなんて、自分の耳を疑った。この間まで酷い時は王女様と下僕のようだったのに。


「好き」


 即答する皐月様は早過ぎて軽く聞こえる。弘美様の落ち込んだ気持ちを想定できないかのごとく軽い。


「……私も、好き」

「うん、知ってる」

「…馬鹿」


 恋人のようなやり取りなのに、皐月様は軽すぎるし、逆に弘美様は涙まじりなくらいの弱々しい声で、聞いていて悲しくなった。

 今のやり取りで弘美様が気持ちを持ち直したのはわかったけど、どうして持ち直したのか全くわからない。

 心揺さぶられるほど深いことは皐月様は言ってないはずだ。なのにどうして?


「わかってる。お前が離すまで離さないよ」


 はっ! しまった。ええっと、とりあえず階段の方へ。


「うわっ」


 慌ててたせいで一段目で足を踏み外した。滑って転んだ。階段にはいかず体を捻って床に倒れたのは我ながらファインプレー。


「……あんた何してんの?」


 さっきの可愛い声は幻聴だったのかと言いたいくらいの冷たい言葉に愛想笑いを返す。


「美幸、大丈夫か?」


 皐月様が弘美様と繋いでいるのとは逆の手を差し出してきた。さすが皐月様。優しい! 弘美様とは大違いだ。


「ありがとうございます」


 手を掴んで立ち上がる。


「美幸はドジだなぁ。気をつけろよ」

「いやぁ、えへへ」


 ドジってほどじゃない! 全く。一言余計です。


「てか、あんた盗み聞きもいい加減にしなさいよ。趣味なの?」

「趣味って。そんなわけないでしょう。こんなことしたの初めてです」

「嘘つくんじゃないわよボケ。すでに二回目のくせに図々しいわね」

「今回はって意味ですー」

「まあまあ、美幸も心配してたんだろ。ていうか弘美も盗み聞きしてたじゃん」

「私は自分の話だからいいのよ」


 うう。後ろめたさがないわけではないので弘美様のジト目が痛い。


「とりあえず行こうぜ。美幸も、全部聞いてたなら気になるだろ。最後まで付き合うか?」

「お願いします」

「えー、連れてく必要あんの?」

「また盗み聞きされるよりマシだろ?」

「……それもそうね」

「あの、反省してるのでそのネタは引っ張らないでくれません?」

「黙れ、盗聴野郎」

「野郎じゃないです」

「黙れ、盗聴女郎」

「め、めろう…?」


 よくわからないけど酷いこと言われてる気がする。いつもだけど弘美様刺々しすぎる。皐月様にはデレ弘美だったくせに。私にもデレろ!


 弘美様に邪険にされつつもついて行く。


「ただいま戻りましたー」


 家に帰るくらいの気軽さで片手をあげて挨拶する皐月様の図太さに脱帽。

 学園長にこの態度ってのもあるけど、あの後でよく平然としてられるなぁ。普段から度胸あるとは思ってたけど素直に尊敬する。


「はい、お帰りなさい。今お茶をいれますね」

「すみません」


 すみませんじゃねー!! 何平然と学園長にお茶いれさせてんの!? まだ弘美様は孫だとしてあんた誰だよ!?


「? 何してんだ? 美幸も座れよ」


 いやいや!

 半ば混乱しながら学園長を見るとにっこり微笑んで頷かれた。う…す、座ります。


「し、失礼します」


 というか、学園長室には来たことあるけどこっちの応接間はよく考えたら来たことない。き、緊張するなぁ。


「はい、どうぞ」

「ああありがとうございます」

「ありがとうございます」

「……」


 お茶を受け取るも、慌ててお礼を言う私、いつも通りの皐月様、ガン無視な弘美様と三者三様だ。ていうかアウトロー感がハンパない。

 一瞬おば様からされた何この子?みたいな疑問顔が頭から離れなくて冷や汗がとまらない。今は弘美様を心配そうに見て私とかアウトオブ眼中だけど。


「ん、はぁ。美味しいです」

「ありがとうございます」


 おっさんか、という勢いで一気飲みした皐月様は終始笑顔の学園長と笑いあってから、繋いだままの手を弘美様の太ももの上でとんとんした。


「ほら、せっかく学園長がいれてくれたんだから弘美も飲めよ」

「……うん」


 手を伸ばした弘美様の手は、誰が見てもわかるくらい震えていた。


「……ん」

「美味しい?」


 皐月様は弘美様を向いてるから顔は見えない。顔を覗き込みたくなるくらい優しい声で問い掛ける皐月様に、弘美様はほぅと息をついた。


「…うん。美味しい」


 震えはとまったように見えた。固まっていた表情も僅かに緩まり、空気もほぐれてほっとする。


「そうか。じゃあ、話せるか?」

「うん……あ、あの…ま……ママ、ヒロ……ヒロのせいで、パパ、死んじゃって…ごめんなさい」

「弘美のせいじゃない、とは言わないわ。言っても弘美は納得しないでしょう。弘美が風邪をひいたことは原因の一つだわ」

「っ…」

「でもね、弘美はひきたくて風邪をひいたわけじゃないでしょう? だから弘美に責任はないわ」

「でもっ」


 反論しようとする弘美様におば様は手の平を向けて制する。弘美はぐっと唇を閉じた。


「というか、一番悪いのは事故を起こしたパイロットだもの。本人死んで、会社も偉い人がやめたり賠償金だしたりして責任をとったわ。パイロットだって会社が働かせすぎたのか、もしかしたらパイロットの個人的事情で疲れてたとか、色々原因はあるわ。誰か一人が悪いと犯人にはできないの。それは弘美にもわかるわね」

「………わかる、けど、気持ちとして…」

「うん、だからね、弘美も原因としましょう。パパを殺した原因の一つ。で、許します」

「……え」

「いや、そんなに驚かれても。話聞いてたならわかるでしょうけど、私、弘美のことあ…愛してるわ」


 急に照れたらしく、顔を赤くして視線を泳がせつつおば様はそう言った。


「ママ…」

「だから気に病まないで。すぐに今まで通りとはいかないかも知れないけど、もうあなたは事実を受け入れられるくらいに大人になったって信じてるわ。今まで嘘で隠していてごめんなさい」

「ううん…違う。ママは隠してたんじゃなく、ヒロを守ってたんでしょ。ありがとう。今まで、ごめんなさい」


 おば様がぐす、と鼻をすすった。ぽろぽろと涙をこぼした。大人の女の人がこんな風に泣くなんてドラマでしか見たことがなくて、何故かいたたまれなくなる。


「弘美、行かないのか?」

「……行く」

「いい子だ」


 皐月様はぽんと弘美様の頭を撫でた。弘美様は立ち上がり、名残惜しむかのようにゆっくり、ずっと白くなるまで握っていた皐月様の手を離した。


「ママ」


 弘美様はおば様の隣に立った。


「言葉だけじゃ、なんとでも言える。私はまだ、ママを信じきれない」

「ひ、弘美…」

「だから、信じさせて」

「何をすれば、信じてくれるの?」

「私を…愛してるなら、100%愛してるなら、ヒロを抱きしめて。力いっぱい、信じられるくらい抱きしめて」

「弘美!」


 言葉が終わらないくらいで感極まったおば様はソファから勢いよく立ち上がり、まだソファに片足を残したまま隣に立つ弘美様を抱きしめた。


「うぅぅ、ごめん、ごめんなさい。弘美、弘美弘美、愛してるぅ。ずっと…あなたを抱きしめたかった。大きく、なって、本当に……嬉しい。愛してる。世界で、一番、愛してるっ」


 泣きながらおば様はすがりつくように弘美様を抱きしめて、弘美様の体が持ち上がるほど強く抱きしめた。


「ママ…」


 弘美様はおば様の胸に顔をうずめる形になっているから、声がくぐもっているけど、それでもよく聞こえた。



「う、ううぅ…うわぁぁぁ!」


 大きな声で子供みたいに泣く弘美様は、いつもの暴君な面影なんてまるでなくて、ただの小さくて弱い女の子だった。


 しばらく二人の泣き声が応接間に響いた。数分、私はただ弘美様を見つめていた。

 二人は泣き止むとギクシャクした動きで抱き合うのをやめた。

 今まで距離をとっていたらしいし、弘美様の性格的にも当分ぎこちないままだろうなぁ。とても微笑ましい。


「み、見苦しいところを見せて、ごめんなさいね。あと、ありがとう、皐月さん」


 少し照れたようにはにかんでからおば様は皐月様を向いてそう言った。


「皐月さんがいなければ、私は弘美をずっと子供扱いして、いつまでも嘘をつき続けていたわ。本当にありがとう」

「そんな……俺はただ、自分がやりたいようにしただけですよ」

「そうね。私もあなたが部屋を出ようとした時はどうしてやろうかと思ったわ。手元に適当なものがあれば確実に投げてたわね。なくてよかったわ」


 それはわざわざ言わなくても良いことです。おば様、顔はあんまり似てないけど弘美様とやっぱり似てるんだなぁ。あ、逆か。


「皐月様」


 すすすとこれまたはにかみながら弘美様が元の席、皐月様の前に移動した。ていうかはにかみ弘美様とかめちゃくちゃ可愛い。とても年上には見えない。くぅぅ、私もこんな顔されたい。


「どうした?」

「…ありがとう。お、お姉ちゃん、愛してる」


 かっ…可愛い!!!

 う、わあああ、可愛すぎるでしょ! なに今の! 可愛すぎて鼻血でそう!!

 弘美様の満面の笑顔に悶えそうになるのを堪えていると、皐月様はにっこり笑って弘美様を撫でた。

 羨ましいぃぃぃ!


「俺も愛してるよ」


 そして弘美様の頬にキスうぇぇぇい!? ホワイ!? なに!? ここ欧米!?


「えへへ、うん、知ってる」


 弘美様は照れつつも皐月様にキスを仕返した。え、なに? この二人付き合ってんの? なにさらっとキスしてんの? え? なにこの状況。


「…ひ、弘美、その…ママにもキスしていいわよ?」

「え…恥ずかしいし……」

「……」


 皐月様には恥ずかしくないのかよ!? え、つまり二人の時はちゅっちゅっちゅっちゅっしてるからキスは恥ずかしくないってこと!?


「…まあ、どうしてもって言うなら、いいけど……」

「ど……ど…うぅ…や、やっぱりいいわ」

「弘美」

「う、だ、だって、皐月様はべたべたしてくるから慣れてるけど、ママは、慣れないから、は…恥ずかしい」


 この親子、じれったいなぁ。見ててにやにやする。

 ふと弘美様目があった。豹変して睨んできた。


「美幸、何にやけてんのよ、キモい」

「ぐ……ひ、弘美様、ちょっとくらい私にも笑顔を見せてくれてもいいんですよ?」

「は? あんたに笑う理由がないわ。脳みそ腐ってんじゃないの?」

「……」


 くっっそぉぉぉ……さっきの綺麗な弘美様を所望する! ていうかツッコまなかったけど途中自分のこと『ヒロ』とか言って極めつけに皐月様に『お姉ちゃん』とか可愛すぎるだろぉぉ!! 私にもお姉ちゃんって言えよ!!


「弘美、口が過ぎるわよ」

「うー」


 拗ねてる顔も可愛い………ていうか弘美様が可愛すぎて何かちょっとドキドキしてきた。

 はっ! ……もしかして、恋!?


「美幸? なんか変な顔してるけどどうかしたか?」


 皐月様うるさい。









 皐月様が弘美様と仲がいいのは納得した。仲がいいのは結構だ。皐月様のおかげで弘美様はおば様と仲直りできたんだし、そりゃあますます仲よくなるだろう。

 でも納得できない。


「こんなことくらいでない胸はってんじゅないわよ、あんたアホなの?」


 なんで私にはいまだにツン全開なんだ。さっきまで笑顔で皐月様と電話してただけに凄い不満。皐月様が特別なのはわかってるけど、ちょっとくらい、優しくならないかな。


「うう…でも今までよりずっと仕事できるようになってます。褒めて下さい!」

「私、スパルタなの」

「私は褒められて伸びるタイプなんです。そうだ。『ヒロ、美幸お姉ちゃん大好きっ』て言って下さい。そしたらやる気100倍になります」

「キモい」

「……」


 うぅぅーっ。私だって、結構頑張ってるのに。先輩方がいなくなった分超頑張ってるのに。


「てかそろそろ新入生見繕った?」

「あ」


 忘れてた。い、いや。でも新学期始まったばかりだし。まだ部活入ってない子とかいくらでもいるよね。


「はぁ。最近頑張ってると思ったら相変わらず抜けてるわね、前しか見えないとか猪みたいなやつ」

「! 今頑張ってるって言いました?」

「……あんた、あんまりそう言うと褒める気なくなるってわかってる?」


 そ、そうだったのか。


「とにかく、優秀なのに限ってさっさと部活入ったりするんだから、早く行きなさい」

「え、えっと、急に言われても…」


 いったい何を基準に選べば……顔? まさか一番最初に挨拶した人にするわけにはいかないし、だからって闇雲に出て生徒を見てもパラメータわからないし。


「ほら、とりあえず新入生の成績上位者と生徒会経験者のプロフィール。気にいったのに声かけてきなさい」

「え…わ、私のために?」

「自惚れんな。私が楽したいからに決まってんでしょ」


 私にはわかる。ちょっと目線そらしてるから照れてる! てことは私のためだ!


「弘美様ー」

「うざい、近寄んな」

「またまたぁ」

「ちょっ、調子にのらないで。頭撫でるな! あんた年下のくせに生意気よ!」

「弘美様が可愛すぎるからいけないんです! だから撫でます!」

「……あんたには呆れるわ」


 あんまりやって怒られたら困るので3撫でくらいで我慢しておく。

 ……なんだか、本気で弘美様のこと好きな気がする。撫でただけでちょっとドキドキしたし。……まさか私がロリコンとは。


「じゃ、早速成績が一番な子のとこ行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 顔は可愛いなぁ。どんな子だろう。目つきするどいけど、できれば優しい子がいいなぁ。


 私はわくわくしながら立ち上がった。弘美様は何故か苦笑していた。


 ああ、苦笑も可愛いなぁ!











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