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会長様はちび4

「だから電話をかけたわ。あの子の我が儘なんて初めてで、叶えるしかないじゃない。弘美に、パパすぐ帰ってくるからねってあやしながら、待ってたわ。だけど、帰っては来なかった」


 そう言った目を伏せたおばさんは泣きそうで、少し黙った、


 話が始まってから、想像がつかなかったわけじゃない。何となくわかっていた。でも、言われてしまうと、わかってても悲しくなって何を言えばいいのかわからなかった。


「……それを、隠すために嘘を?」

「最初は、隠す余裕なんてなかったわ。私も若かったから、気が動転して泣きながら、帰ってくる途中で事故に遭って死んでしまったとありのまま言ってしまったの。馬鹿だったわ。弘美はすぐにごめんなさいって、私のせいでパパが死んじゃったって、泣きだして、それでようやく、私は言ってはいけないことを言ったと気づいたの」


 それは…仕方ないと思う。その時はおばさんも若いし、何より大切な人が死んで動揺しない訳がない。混乱して何も考えずに言ってしまったんだろうと思う。


「慌ててそれは違うと宥めたけど、弘美は熱にうなされたままごめんなさいと呟きつづけて、泣き疲れて眠ってしまったわ。次の日、弘美は少し熱が高くなっていて、ご飯を食べようとはしなかったわ」


 弘美がどんな気持ちだったのか、俺にはわからない。父親のことは殆ど覚えてないし、さらに熱で体調も最悪になったこともあんまりない。ただ同情した。あんまりにも可哀相だ。


「お医者様は精神的ショックで熱があがっているのだろうと、ちゃんと栄養をとれば大丈夫と言われたわ。でも次の日も弘美はご飯を食べなくて、点滴もうって、食べなさいって言ったけど、食べなくて…」


 おばさんが泣きだした。俺も何だが泣きそうだった。

 思いつきの軽い気持ちで尋ねたことを少し後悔した。だけど、こんな事情があるからこそ、放置することはできない。おばさんを傷つけたことも、弘美を傷つけるだろうことも申し訳ないけど、俺は最初の意思を曲げるつもりはない。


「……」


 今度は促さずに、ただおばさんを見つめて続きを待った。


「っ…ごめんなさい。少し、思いだして。はぁ…弘美が苦しんでいるのを見て、私は……弘美の耳元でこう言ったの。『パパが死んだのはママのせい。ママは財産目当ての嫌な女で、パパを無理矢理働かせて、出張に行かせて、事故に遭わせた。全部全部ママのせい。弘美は何も悪くない』って。熱でもうろうとした意識ならごまかせるかと思ったのよ。まだ小さかったから」

「それで、ああなったんですか…」

「すぐには無理だったわ。でも一晩中囁いたらいい加減効いたみたいで、目が覚めた弘美はご飯を食べたけど、以前とは違うよそよそしい態度になったわ」

「……正直、おばさんの前ではまだいい子ぶってます。効き過ぎです」

「お義母様から聞いてるわ。暗示が効いてるならいいのよ。私が我慢すればいいだけだし。でも、どうしてか私の前では従順なのよね」


 無意識に覚えているのかも知れない。いくら小さい時でも弘美は頭がいいし、簡単に暗示にかかるとも思えない。

 完全に推測だけど、弘美自身が楽になろうとしてそれを受け入れて、自分自身に暗示をかけたんじゃないだろうか。だから無意識に母親に八つ当たりなのはわかってるから、従うんじゃないだろうか。都合のいい妄想だけど、そんな気がした。


「…話してくれてありがとうございました」

「いえ…いいのよ。疑問に思うのも当然だわ。私が弘美につれなくすればよかったんでしょうけど、どうしても出来ないから距離を置いたのだけど……気になってあなたには頻繁に聞いていたから、それは気づくわよね」

「すみません」

「謝らなくてもいいのよ」

「いえ、謝らなければなりません。だって、弘美に言うつもりですから」

「え…?」

「失礼します」

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」


 立ち上がると慌てたおばさんが俺の手を掴もうとしてくるから手をひき、すっと半回転しておばさんを避けながらドアに向かってもうダッシュ。


「待ちなさい!!」

「ほんとすみません!」


 ドアを開けた。









「だって、弘美に言うつもりですから」

「え…?」


 名前を出されてようやく我に返った。だけど以前として頭の中はぐちゃぐちゃで、泣きそうだった。

 逃げなければ、とどこか本能が叫び私は走り出した。


「? 弘美様?」


 美幸は無視した。早く、早く!


 数歩進んで転んだ。足ががくがく震えていることに気づいた。


「ごふぅっ!」

「あ、ごめっ、美幸!? なんでここ、いやどうでもいい!」


 音がして皐月様が出てきたのを察して私は慌てて立ち上がってまた走り出す。


「!! 弘美! 待て!」


 呼ばれて、立ち止まりたくなるのを堪えた。嫌だ。皐月様がいたらおかしくなる。今の私を見てほしくない。何を言うつもりかわからないけど、何も言われたくなかった。何をするか自分でもわからない。

 逃げなくちゃ、と訳もわからぬまま焦燥に狩られて私は足を動かす。


「弘美!」


 後ろから抱きしめられた。当たり前だ。皐月様が本気なら、こんなふらふらの私を捕まえるなんてわけない。

 抱きしめられた瞬間、体の震えがとまった。ほぅと息が口から漏れて、同時に体が熱くなる。

 ぐるぐると思考はループして頭は沸騰し、怒りがお腹の底から沸いていていらいらして叫びだしたいくらいだ。


「は、離して!!」


 それでも馬鹿みたいに吠えずに意味のある言葉だっただけまだ私は冷静なはずだ。


「離さない! 絶対離さない!!」

「っ……」


 あらゆる罵声が頭を過ぎる。どういえば離すのか、一瞬考えた。すぐに結論は出た。


「さ-」

「喋ると舌噛むぞ!」

「つ!?」


 だけどそれを言う前に、皐月様は私を抱えて走り出した。


「皐月さん!?」

「ホントにすみませんー!」


 皐月様は階段を飛ぶように駆け降りて一階の空き部屋に飛び込んだ。呆気にとられてるうちに狭い教室の机の隅に押し込まれた。ここなら入口からぱっと見えない。


 ふぅと息をついた皐月様にはっと我を取り戻し、私は言おうとしていた言葉の続きを口にした。


「…逃げないから、離して。苦しい」

「お、おお、すまん」


 力が弱まったので逃げる。


「おい!」


 皐月様を乗り越えようとしたところですぐに捕まってしまった。皐月様の膝の間にはまってより強く抱きしめられてしまった。


「お前、冷静すぎるぞ」


 当たり前だ。私は冷静だ。混乱して暴れたい衝動すらあるけど、それを自覚して我慢する程度には冷静だ。


「……離してよ。一人になりたいの」

「嫌だ。どこまで聞いてた?」

「全部聞いてたわよ。私のことは放っておいて」

「お前のせいじゃない」

「テキトーなこと言わないで!! ……慰めはいらないわ」


 私のせいじゃないだって? 馬鹿じゃないの。軽々しく、何の中身もない慰めを口にして、それで私が救われるとでも思っているのか。

 パパがどうして死んだかなんて、私のせいに決まっている。他に理由があるものか。そのあげく、ママに全て押し付けて、忘れて八つ当たりをして、我が儘放題に生きて、最低だ。

 私より最低な人間がいるものか。私なんて、生まれてこなければよかった。私のせいでパパも死んで、ママを苦しめた。何をしているんだ。


「それでもお前は悪くない」

「だからっ」

「お前が好きだ」

「……………………は?」

「めちゃくちゃ好きだ」

「……あんた何言ってんの?」

「お前のためなら何でもする」

「何がいいたいのよ」

「お前の両親も、お前がめちゃくちゃ好きだ。だから帰ってきたし、嘘をついた。それだけだ。お前が悪いんじゃない」

「そういう問題じゃないわよ! このウルトラスーパー馬鹿!」

「うん、俺馬鹿だ。何言えばいいか全然わからん。でもお前を離したくないのはホントだから、信じてほしい。俺、お前が好きだよ」

「だ、から……もう」


 意味がわからない。それが一体何になる。論点が違う。何もかも違う。


 とりあえずママには会わせる顔がないから離れられたのはいいとしよう。私だけではここまで来れなかった。皐月様の馬鹿のおかげで衝動的な気持ちや興奮は少し収まった。

 だけど、皐月様とだって話したくないのは代わらない。まだまだ考えはまとまらないし、憂鬱だし自己嫌悪で泣きそうだ。背中から抱きしめられていて顔をお互いに見れないのは幸いだ。


「もし、お前が何もかも嫌で逃げるなら、俺も一緒に逃げるから、俺からは逃げるなよ。泣くぞ」

「泣けば」

「……ひでぇ」


 皐月様がうっとおしい半面、馬鹿みたいな話をしていればさっきのことについて考える脳みその割合が減るから、少しだけ楽だ。それにどうせ逃げられない。だから仕方なく、嫌だけど、会話に付き合ってあげることにした。


「どっちがよ。だいたいあんたみたいな嘘つき信用できないわよ」

「あー、さっきのはたまたまだから」

「何がどうたまたまなのよ」

「今度こそ本当にお前から手を離すまで離れない。ずっと一緒にいるよ」

「……嘘つき」

「嘘じゃない。俺を信じろ」


 よく、そんなことが言える。破ってすぐに同じ約束をして信じろなんて、誰が信じるんだ。


「……本当に?」

「本当だ。お前が逃げるっていうなら、地球の裏側にだって逃げてやる」


 馬鹿馬鹿しい。中身のないその場しのぎでテキトーなことばかりいう、そんな皐月様の言葉を信じるなんて馬鹿だ。

 そんなことわかってるのに、私は信じたいと思った。皐月様を信じたい。


「……もし、私が、逃げるって言ったら、ずっと一緒にいてくれるの?」

「もちろん」

「七海様は?」

「んー、まあ、地球のどこでも電波が届けば連絡だって毎日できるし、多分わかってくれるって」


 馬鹿。自分以外の女と二人で逃げることを許す恋人がどこにいるのよ。まして私と皐月様は血が繋がってるわけでもないのに。本気で言ってるからタチが悪い。

 皐月様は馬鹿で、その場その場しか見えてないし、楽観的で考えなしで嘘つきだ。

 でも、言っているその時だけは誰より本気だって知ってる。調子がよくテキトーなくせに、自分の気持ちには嘘をつかない。だから信じたくなる。今この瞬間には一つも嘘がないから、信じてしまう。


「……こんな最低な私でも、好き?」

「好き。お前が最低って思ってても、俺にとっては最高だよ」

「……私が最低じゃないなら、誰が最低になるのよ」

「じゃあ最低なお前が好きだ。最低最悪でもお前が好きだ」


 じゃあ、って、ふざけているのか。適当にもほどがある。そう思うのに、嬉しいと感じてしまった。

 最低に最悪を重ねて、自分で嫌いなくらいに嫌なやつである私を、皐月様は好きだと言う。口先だけのくせに、保証なんてないくせに、信じてしまう。

 皐月様は馬鹿だけど、私の方が馬鹿だ。それでも構わないなんて、救いようがないほど馬鹿すぎる。


「……私も、好き」

「うん、知ってる」

「…馬鹿」


 あまりにも簡単に、単純に、私の中で渦巻いていた恐怖や自己嫌悪は穏やかに凪いだ。自分を責める気持ちがなくなったわけじゃない。だけど皐月様がどんな私も好きだと言うなら、私は私のまま生きていける。


 自信過剰で傲慢で、こんなにいい加減な人が他にいるのかってくらいテキトーな癖に、私はこの人が好きだ。

 恋ではないだろう。今まで七海様に嫉妬したりはしていない。姉妹ごっこの家族愛なのかもわからない。ただ、皐月様が大好きだ。

 本当に困った時は本気で全力疾走して私のところに来てくれる。偶然でもたまたまでも、私にとって皐月様はヒーローだ。

 皐月様が単に馬鹿で、私の苦悩も罪深さもママの傷の深さもわからないだけだってわかっていても、私を許してくれて、当たり前に引っ張ってくれる皐月様は、私にとって救い主だ。


「……戻る」

「え、いいの?」

「最初からそのつもりなんでしょ?」

「そうだけど…まあいいか。善は急げだ」


 よいしょと皐月様は私を抱き上げて立ち上がり、私を降ろした。そして私の左手を握った。


「行くか」

「うん。……手、離したら許さないから」

「わかってる。お前が離すまで離さないよ」


 嘘つき。理由さえあれば簡単に離すくせに。本人は本気だからタチが悪い。皐月様なんて、豆腐に頭ぶつけて笑われればいいのよ。

 何もかも皐月様の思い通りだ。腹がたたないわけではない。でもそれを選んだのは自分だ。皐月様が私を本気で思ってくれるなら、私も本気で皐月様に応える。

 皐月様が望むならママと向き合う。それは恐いけど、一人じゃないから、きっと逃げずにできるはずだ。皐月様がいるなら例え詰られ罵られたとして、堪えられる。










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