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会長様はちび3

 弘美と手を繋いで部屋をでた。弘美はぎゅうっと自分の手が痛いんじゃないかってくらいに、俺の手を握っている。


「弘美、何があったんだ? 話したくないならいいけど、ちょっと落ち着けよ」


 ぽんと、繋いでるのと反対の手で弘美の頭を叩いてやると、弘美ははっとしたように、俺の手を握る力を緩めてから、また強めに握り直した。それでもさっきよりはだいぶ弱い。

 弘美が少し落ち着いたことに安心して、俺は並んでゆっくり歩き出す。


 弘美は真っ青な顔を少しだけましにして、苦しそうに嫌そうに、眉をよせて吐き捨てるように口を開く。


「詳しくは何も言われなかったけど、あの女……私の産みの親が、私とあんたに会いたいって」

「ふぅん? そうか。そりゃ大変だな」


 弘美は母親を毛嫌いしている。その癖逆らえないと言う、ちょっと複雑な状態だ。俺と連絡をとってる分には、普通に弘美を心配してるみたいな素振りだったけど、演技だと言われれば見抜けてないだけかも知れない。


「そうよ。大変よ。要は、あんたのことが、バレたのよ」

「俺?」

「何を他人事みたいな顔してるのよ。あんたが女で、付き合ってないってことをよ」

「え? なんでそうなるんだ? 何も言ってないんだろ?」

「馬鹿ね。男のあんたは、この女学園に普通はいないのよ。なのに当たり前に呼ばれたの。ここまで言ってもわからない?」

「なるほど」


 それは俺がここにいる、つまりここの生徒だと確信していると言うことで、嘘がバレての呼び出しと言うことだ。うん、大変だ。

 まさかこんな日にとは思うけど、逆にこれ以降、弘美が一人で話をするよりましだろう。


「まあ、安心しろ。俺がついてる」

「……頼りにならないけどね」

「失礼なやつめ。お前を抱えて逃げるくらいしてやるさ」

「……手を、離さないでね」

「わかってる。離さないよ」


 俺の返事に弘美はきっ、と前方を睨むような目付きになって、歩くスピードを早くした。気合いが入ったようだ。

 弘美はそうじゃなくっちゃ!


 俺もいざって時は例えお母さんでもぶっ飛ばしてやる! と気合いをいれて、弘美の手を強く握った。



 すぐに学園長室には到着した。何度か来たことがあるけど、いつもより重厚なドアに見えた。

 こんこん、とドアノッカーでノックする。室内から学園長の返事が帰ってきて、弘美と頷きあってからドアを開けた。


「二人とも、こちらへどうぞ」


 学園長が、入ってすぐの部屋から向かって左手側にある、両開きのドアが開いたままになってる応接間を指し示した。

 俺は足取りが重くなった弘美を連れて、応接間へ移動する。すぐに中にいる弘美のお母さんと顔があう。


「お久しぶりです、お母様。弘美と私にお話があると言うことですが」

「久しぶりね、二人とも。座ってちょうだい」


 お母さんの向かいにあるソファに二人揃って座る。お母さんは不機嫌そうな顔をしてる。


「お茶ですよ」

「ありがとうございます」


 学園長がお茶をいれてくれたけど、さすがにこの常態で飲む訳にはいかない。弘美も黙ってるし。


「それで、お話とは?」

「ええ、あなた、嘘をついたわね」

「はい」


 まあ、とりあえずここで嘘を重ねても仕方ない。俺が女であることは、紛れもない事実だ。できるだけ貫きたかったけど、さすがにずっと婚約者では結婚しないのはなんでだってなるし、死ぬまでこのままで誤魔化せるとは思ってなった。


 お母さんに弘美が見合いを嫌がっていて、俺が無理矢理婚約者として立候補したことを説明する。

 途中、弘美が俺の手を強く握って顔をあげたけど、親指で弘美の手の甲を撫でて黙らせる。


「……よくも、そうもあっけらかんと言えるわね。お見合いを壊しておいて」

「確かに、お母さんには嘘をついて、悪いことをしました。だけど私は弘美さんと友達で、彼女の味方です。だから、間違っていることをしたとは思ってません」


 弘美母は明らかに不快そうに眉をさらにつり上げて、とんとんとソファの肘おきに置いていた右手の人差し指で意味もなく肘おきを叩いた。


「……まあ、済んだことはいいでしょう。結果的にだけど、今年になって少し業績が下がってきているから、悪い選択ではなかったから」


 お、そうなのか。それはちょっとほっとする。単なる我が儘から始まったけど、弘美が結婚させられてたら不幸になってたなんて、それを防げただけでも嘘をついたかいがあると言うものだ。


「事情はわかりました。二人とも、もう下がっていいわ」

「はい」


 左手をふって退席を促す母親に、弘美は従順に頷いて立ち上がるけど、俺は腰をあげずにお母さんを見つめる。


「ちょっと待ってください。話したいことがあります」

「!? さ、皐月、様? 何言ってるの?」


 信じられない、とばかりに弘美は俺を振り向いて、手を引いて立たせようとするが、俺は頑として動かず、弘美を向く。


「一度、腹を割って話をしてみたらどうだ?」

「な、何、言ってるのよ。話は終わったところじゃない。話すことなんて、ないわ」


 明らかに動揺している弘美。この状態で話せと言っても無理か。だけど、やっぱり今日しかない。俺だけでも、腹を割って話そう。


「俺はある。悪いが、一人で先に戻っててくれ」

「!? 話すことなんて、ないって言ってるじゃない! 勝手なこと言わないで! だいたい、ヒロと一緒にいてくれるって、手を離さないって言ったじゃない!」


 必死な形相に、弘美の言うように戻った方がいいのかも知れないと思った。たとえどんな理由で母親が冷たいとしてもきっと弘美は傷つく。

 だけどこのままじゃ弘美はこれからも母親と会う度にあんな顔をする。卒業したから、その時に必ず一緒にいてあげられる保証がない。

 せめて少しでも改善すればいい。もし無理で、本当に酷い人なら弘美と二度と会わせたくないし、確かめたい。こんな機会はもうないかも知れない。

 だから俺は弘美の手を振り払った。


「ごめん、嘘ついた」

「っ、死ねっ!!」


 絶望したように涙目になった弘美は、俺に思いっきり平手打ちをして出て行った。バタンと大きく学園長室のドアが閉まる音がした。

 真正面だから避けれたけど、あえて受けた。はっきり言ってかなり痛かったけど、弘美の方が痛いんだと思うと胸の方が痛かった。


「すみません、勝手に決めて。今いいですか?」

「…構わないわ。痛かったでしょう? ごめんなさいね。あんな気性の激しい子ではないのだけど…」


 いや、気性は元々激しいですとは言えなかった。というか、やはりというか、とても普通だ。とても酷い人には見えない。


「皐月さん、これで冷やしてください」


 学園長がハンカチを濡らして俺に渡した。冷たくて気持ちいい。


「すみません」

「いえ。話があるなら私は席を外しますが?」

「あ、いえ……学園長にもお尋ねしたいことはありますから、いいですか?」

「はい」

「それで皐月さん、話というのは何かしら?」


 二人に見つめられ、どう言おうかと思案する。具体的にプランがあったわけではなく、完全に勢いだ。


「あの…お母様は、弘美のこと好きですか?」


 思い切って、直球で聞いてみた。弘美は『あの人はヒロのこと嫌い』と言っていたから、これが否定されたら弘美が大きく勘違いしてる可能性がある。


「……自分の子供を嫌いになる人がいないとはいわないけど、その人はもう親とは言えないわ。そう思わない?」

「じゃあ…」


 じっと期待をこめて見つめると、お母様はため息をついて足を組んだ。


「ふう…わかったわよ。電話に付き合ってもらっていたし、とことん付き合うわよ。あ、弘美の婚約者が嘘なんだから、もうお母様はやめて。おばさんでいいわ」

「え…でも、おばさんというには美人ですし…」

「ありがと。でも友達の母親なんておばさんで十分よ。弘美のことはもちろん好きよ。可愛い子供だもの。当然でしょう?」


 にこっと微笑んで言われた。その笑顔は機嫌のいい弘美に似ていて、ああ、やっぱり親子なんだなぁって今更思った。


「でも、弘美には言っちゃダメよ。私のことは嫌な女と思わせておいて」

「え? な、なんで、ですか?」

「……あなたは卒業するし、付き合うって言ったからもう話すけど、絶対に弘美には言っちゃダメよ? もし言ったらあなたの口を縫うから」


 真顔で睨まれながら言われてビビりつつ頷く。


「わかりました」


 後でそれとなく弘美に伝えることを心に誓いながら、必死で視線を合わせる。嘘だとばれたら話してくれないだろう。

 しばらく見つめあってから、俺の気迫を感じたのかおばさんはため息をまたついた。


「あの子の父親が死んでるのは知ってるわよね?」

「はい」

「その原因、私ということになってるから。だから私は財産目当てで結婚したあげく殺した最悪な女って思われてないと困るわ」

「……ん? ……んー…すみません、よくわからないんですけど」


 勘違いをさせてる? 悪く思われなきゃ困る? どういう状況だ?


「つまり……どう言えば最も効率よく説明できるかしら。お義母様に話した以来だから、どう説明すべきか…」

「あの、効率とか良いので、話せるだけ話してくれませんか?」

「……そうね、そうするわ」









 早くここから離れたかった。あの女と話なんかしたくないし、皐月様にもして欲しくない。

 なのに皐月様は、私に先に帰れなんて言う。


「私と一緒に…、いるって、言ったじゃない」


 皐月様の手を引きながら言う。返事はわかってた。皐月様は決めたらすぐに突っ走る馬鹿だから、断るってわかってた。


「ごめん、嘘ついた」


 それでも断られて泣きそうだった。一緒だって言ったくせに。嘘つき。


「死ねっ!!」


 泣きそうになりながら、でも涙は見られたくなくて、私は皐月様を叩いて部屋を出た。


「っ」


 開け放しの談話室を飛び出し、一直線に学園長室のドアを開けたその瞬間、何かとぶつかりかけて慌てて足をとめた。何かは慌ててのけ反ってこけた。

 私はその間抜けな姿に涙を引っ込めて、ドアを閉めた。


「…なにしてんの?」

「……盗聴?」


 立たせてやって小声で尋ねると美幸はいやーあははと愛想笑いをしてから、小さな声で言った。


「……」

「…すみません」

「聞こえた?」

「え、はい、耳をくっつけたら何とか」


 私はすかさず反転して耳をあてた。美幸も隣で耳をあてた。なんだこいつと思ったけどバレたらめんどいから無視。

 学園長室自体は実は防音ではない。何かあった時に悲鳴が通らないといけないからとか聞いた。代わりに奥の部屋が防音だけどドアが開けっ放しだから防音が機能していない。


「ーい?」


 少しくぐもっているが、何とか聞こえる。しかし聞こえにくい。ん、そうだ。

 私は鍵穴に耳をあてた。


「ふう…わかったわよ。電話に付き合ってもらっていたし、とことん付き合うわよ」


 よし。小さな穴だけど空間が繋がってるから、音量は小さいけどクリアに聞こえる。古い鍵穴で助かった。


「あ、弘美の婚約者が嘘なんだから、もうお母様はやめて。おばさんでいいわ」

「え…でも、おばさんというには美人ですし…」


 …なに普通の世間話してんのよ。そんなことがしたかったわけ? てか、普通の人みたい…そういう会話できたんだ。


「ありがと。でも友達の母親なんておばさんで十分よ。弘美のことはもちろん好きよ。可愛い子供だもの。当然でしょう?」


 ……え?

 突然聞こえた脈絡のない単語に、聞き間違いかと疑った。だって、文章がおかしいし、なによりあの女が、私を好きだなんて言うはずがない。


「でも、弘美には言っちゃダメよ。私のことは嫌な女と思わせておいて」


 意味がわからない。皐月様が理由を尋ねる。そのスムーズな流れに、だけど嫌な予感がした。

 今すぐにここを離れるべきだ。そう私の勘が言っていたけど、体は動かなかった。何か、もし何か私が勘違いをしていたというなら、私は真実が知りたい。


「あの子の父親が死んでるのは知ってるわよね?」

「はい」

「その原因、私ということになってるから。だから私は財産目当てで結婚したあげく殺した最悪な女って思われてないと困るわ」


 その言葉を聞いて絶望的な気持ちになった。思われないと困る理由はわからないが、つまりあの女は財産目当てでもパパの死因でもないということだ。

 おかしい。なにがどうなっているんだ。私は確かにあの女のせいだと記憶してる。いつもパパに酷いことを言っていたから、間違いなはずがない。


「小さい時の弘美は、今よりもっと小さくて可愛かったわ。素直で、私の言うことはなんでも聞いたし、信じたわ」


 呆然とするうちに、あの女が昔語りを始めた。

 もういい。帰りたいと心の何処かが弱音をはいた。このままここにいたら、きっと傷つく。だけど体が動かない。


「誕生日に何が欲しいって言ったら一緒にいてほしいなんて言う子で、淋しがり屋だけど父親が忙しい時に駄々をこねたりしなくて、クッキーの一つもつくってあげたら笑顔になってくれる、本当に手がかからない、いい子だったわ」


 嘘だ。嘘だ。嘘……嘘だ。だって、そんなの…そりゃ、昔のことだから懐いていたというのは不思議じゃないし、全部覚えてるとは言えないけど、あの女にクッキーをつくってもらってたなんて…。

 ……そういう夢、何度か見たけど、でもそれは、私の願望で…そんな、だって……過去の出来事を、夢に見ていた? あの女が私を嫌ってないなんてそんな馬鹿な話……。


 頭の中で信じられない気持ちと、何故か納得する気持ちが揺れ動く。だって確かに、私にはその記憶がある。夢と混同したのだと決めつけていたけれど。

 だけどそうだとして、どうして私がそんな思い込みで記憶まで捩曲げて認識するんだ。

 今すぐ中に入って聞きたいとも思ったけど、同時にとても恐かった。逃げ出したかった。でも、逃げたくない。

 私は初めて、あの人と向き合おうと思った。それでも飛び出す勇気がない私は、ただ静かに続きを待った。


「そんなある日、あの人は出張だったわ。仕事柄出張が多かったし、一週間の出張で短かったから家を出る時にも弘美は笑顔で見送ったわ」


 出張、そうだ。出張に行く日、お土産は何がいいって聞くパパに、あの人はなんでもいいけどセンスがないんだから誰かに聞くのよと言った。

 昔のこと過ぎて朧げになっていた記憶が鮮明になる。早く帰ってくるというパパに、急がなくたっていいわよ、いなくたって気にならないからと言う。そんな風に言われてパパは笑っていた。どうして笑っていたんだろう。全然愛情の感じられない言葉なのに。

 酷いことを言ったという怒りがわいてきたりはしなかった。ただ疑問だった。そう、パパは確かに笑ってた。パパはママを愛していた。当たり前なのに、忘れてた。


「それから5日目の夜、弘美が熱を出したの。お医者様にも見せたし、命に別状はないけど、ただ熱が酷くて弘美は寝ながら泣いていたわ」


 え? そんなこと、あったっけ? ……駄目だ。思い出せない。熱があったというから記憶が曖昧なのだろう。


「それで泣きながら、うなされながら、こう言うの。「パパ、パパ」ってね」

「……」


 何故か泣きそうになった。体が震えてとまらない。それでも、聞きたい。何があったのかを知らなきゃいけない。それを皐月様が望んでいるし、私もそうしたい。


「だから電話をかけたわ。あの子の我が儘なんて初めてで、叶えるしかないじゃない。弘美に、パパすぐ帰ってくるからねってあやしながら、待ってたわ。だけど、帰っては来なかった」


 息が、できない。











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