会長様はちび2
婚約者? こん…こん、ダメだ。『婚約者』以外に字が思い付かない。
「ああ、そういえばそんなこともありましたねぇ」
「え…ごっこ遊びか何かですか?」
「一応事実よ」
のんびりした小枝子様の言葉に尋ねると弘美様がつまらなさそうに付け加えた。
いや、え? 女同士だし……いや、同性愛を否定するつもりはないよ? 私には関係ないし好きにすればいい。でも皐月様恋人いたじゃん。それに日本じゃ同性結婚認められてないし。どゆこと?
私が困惑してると皐月様が首を傾げた。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてません」
「実はかくかくしかじかなんだ」
「殴りますよ」
「……美幸は相変わらず、ツッコミが厳しいな」
そんなつまらない古臭いギャグでノリツッコミして欲しいとか調子にのらないで下さい。じゃなくて! 真面目に説明して下さい!
睨むと皐月様は肩を竦めた。欧米か!
「弘美、パス」
「小枝子様、トス」
「レシーブ!」
「いいから説明して下さい」
「あんたには関係ないでしょ」
「え、ここまできて隠すんですか?」
「ぶっちゃけ説明めんどい」
「小枝子様」
当事者二人が面倒そうにジュースとお茶飲んでて期待できなさそうだったので、良心に頼ることにした。
「では説明しましょう」
困った時の小枝子様は癖になりそうなくらい頼りになるから困る。
小枝子様の話はあんまり端的じゃないけど話し方が上手いから長く聞いてる気にならない。おかげで無駄に長い物語を最後まで聞いてしまった。紗里奈様なら要点だけ言ってくれるのに、何でいないかな。
「とりあえずまとめると、皐月様は色々あって男の戸籍があってお見合いから守るために偽装婚約してるんですね」
「はい」
3行で済むことを100倍で言ってくれたおかげで15分もかかったが、理解はできた。
ちらと二人を見ると小枝子様の説明と同時に始まったしりとりが佳境に入っていたー
「る……ルール!」
「ルーブル」
「る…るる、る…瑠璃色」
「…瑠璃は出たけど、まあセーフでいいわ。ロール」
「…る、るる…! ルミノール!」
「ルノワール」
「……」
もういいかな。それにしても相変わらず弘美様はしりとり強いな。
「しりとりやめて下さい」
「る責めすんなよ」
「一文字責めはしりとりの基本でしょ」
「話を聞いてください!」
「あ、ああ。終わった?」
「終わりました」
しかしこの二人、確かに仲はいい。今までは弘美様が上から目線だったからそこまで見えなかったけど、よく話してる。
「婚約なー、あの時は色々あったなぁ」
「そうね」
「弘美のお母さんは結構美人だった」
「まあ……血は繋がってるし」
皐月様の言葉に弘美様は妙に嫌そうな顔をした。……お見合いを無理矢理させられる間柄らしいし、仲が悪いのだろうか。
「てか、弘美が言うような悪い人には見えないんだよな」
「本当にあんたはすぐ騙されるわね。ただ外面がいいだけよ」
「んー、でも今もちょいちょい連絡来るし……あ」
「は? え? なに? 初耳だけど?」
「いや、あー……なんていうか、今のはなしで」
「ああ゛? 言えよ」
「……黙ってるよう言われてたんだけど」
弘美様に凄まれて皐月様は言いづらそうにしながらも話した。皐月様によると、月一くらいで弘美様と仲良くしてるのか、今後も頼むみたいな内容の電話がくるらしい。かなり弘美様の様子を気にしてるらしい。
「…そんなの、あんたと私を別れさせたくないだけよ」
「んー、つか…お前の悪口からうける印象とどうも違うんだよな。母親の話嫌うから今まで言わなかったけどさ、一回くらいちゃんと話した方がいいぞ」
「余計なお世話よ」
「…まぁ、強制はしないけどさ」
何だか、意外だ。皐月様はもっとプライベートもぐいぐい突っ込んでくるタイプだと勝手に思っていた。皆さん仲がいいし、余計にそうかもだけど。
だから弘美様を助けはしても家庭の事情自体には食いつかないのは、意外な印象だ。皐月様も気をつかうんだ。
「ちなみに彼女さんはそのこと知ってるんですか?」
「ん? 婚約のことなら知ってるぞ」
「何も言われないんですか?」
「ないって。弘美と七海も仲いいしな」
「へぇ」
それにしても、婚約者と恋人が別人でみんな仲がいいとか、それだけ聞くと凄い関係だなぁ。
結構親しく付き合ってきたつもりでも、意外と知らないことばかりなんだなぁと思った、そんな日だった。
○
衝撃の婚約発覚から、二ヶ月ほどたった。昨日は卒業式だった。
一年未満の付き合いだけど、不覚にもうるっときてしまった。密度の濃い一年だった。
「いざ卒業となると、あんま感慨ないなぁ」
だと言うのに、一日たった今日は皐月様もみんなケロッとしてる。私の涙を返せ。何で当たり前みたいにいるんですか。いや、別にすぐいなくなって欲しいわけじゃないけど。
「さっきまで泣いてたくせによく言うわ」
「うーん…それは雰囲気で。よく考えたら、別にそう悲しいことでもないよな。進学も決まってるし」
「…ふーん、私と別れるのに平気なんだ」
「え? 拗ねんなよ。会いたくなったら会いに行くからさ。あ、美幸もな」
「ついでみたいに言われても……。まあ、たまには会えたら嬉しいですけど」
「美幸ちゃんは可愛いなー。ツンデレだね。付き合おうか」
「慎んでお断りいたします」
紗里奈様はちょいちょい告白してくるのがうざいのはいつものことだとして、弘美様はマジツンデレ。
「てか弘美様と一緒にしないでください」
「おい。あんたは本当に一年のくせに生意気よね」
「それはほら、敬愛する弘美様を見習ったまでです」
「……」
「弘美さん、言われちゃいましたね」
「…ちょっと、今のつまり私のことを生意気と思ってるってことよね」
「あ…すみません。口が滑りました」
「本音ですか。小枝子様マジ腹黒」
「ちょ、ちょっと美幸さん。もう…美幸さんの世代が心配です」
「どういう意味ですか」
習慣でツッコミはいれたけど、確かに自分が会長になった姿は想像つかない。というか中学でもあんまり偉そうにしなかったし、弘美様の立場になって果たして偉そうに振る舞えるだろうか。
「……ちょっと小枝子様、土下座してください」
「何でですか!? え!? そんなにですか!?」
「いえ、ただちょっと偉そうにする練習です。小枝子様なら怒らないと思ったので」
「……信頼されてると喜ぶべきなんでしょうか。それとも舐められてると怒るべきですか?」
「てか何で偉そうにする練習なんだよ?」
「だって私が会長になったら、弘美様みたいに偉そうにしなきゃいけないじゃないですか」
「おい。あんたそれマジで言ってる?」
「マジですが?」
「…おい、弘美。お前どういう教育したんだよ。馬鹿な子になってるじゃん」
皐月様がこそこそしながら弘美様に耳打ちすれけど、聞こえてますから。誰が馬鹿ですか。
「私のせいにしないでよ。ちょっと美幸、会長だからって偉そうにする必要ないわよ」
「そうなんですか?」
「逆に聞くけど小枝子様のどこが偉そうに見えたわけ?」
「え? 小枝子様が会長の時から弘美様が陰の会長だったんじゃないんですか?」
「うわ、否定できねぇ」
「否定しなさいよ馬鹿」
「だっていつも偉そうだったじゃん」
「単に私が偉いからそう振る舞ってただけよ」
「あー、はいはい。よしよし」
「…舐めてんの?」
「撫でてんの」
皐月様に頭を撫でられた弘美様は唇を尖らしてるけど満更でもないらしい。実に子供っぽくてよろしい。
それにしても、会長として威厳を保つため淑女会内では偉そうにしなければならないと思っていたけどどうも違うらしい。
「美幸ちゃんは馬鹿可愛いねぇ」
「まさか褒めてるつもりですか?」
「うん」
「皮肉のつもりだったのに……紗里奈様だけは今だに性格が掴めません」
というか、紗里奈様の真意が読めたためしがないんだよね。いつも笑ってるし。いい人ではあるけど胡散臭いなぁ。
「ま、美幸ちゃんは美幸ちゃんで何とかなるでしょ。あたしらには関係ないし、ガンバレ」
「紗里奈さん…いくらなんでも無責任ですよ」
「あっれー? なら小枝子は美幸がなんかしたら責任とるの?」
「……とりませんけど」
「あの、というか『なんか』ってなんですか。私そんなに信用ないんですか」
「美幸は真面目だなぁ。ただの冗談だから気にすんなって。まあ人数が少ないのは心配だけどな。二人いれたら半分新人だし、教育と同時進行しなきゃだし、美幸は真面目だけど弘美ほどできないし」
「……」
皐月様に言われたくない。言われたくないけど、弘美様より仕事できないのは事実だ。ていうか弘美様といい、紗里奈様といいやる気ない人に限ってハイスペックすぎなのよ! 小枝子様も割とできる人だし。私は凡人なだけです。
ぶるぶる。
文句の一つくらい言ってやろうかと口を開いた瞬間、携帯電話のバイブ音が響いた。弘美様の携帯電話が机に出しっぱなしだったせいでやたら音がしたらしい。
「ん、はい、もしもし」
誰だろう。
「ああ、え? 何で? ……は? 嫌よ。何で、え……はい、わかりました」
嫌そうに眉をひそめた弘美様ははっとしたように、表情を固めた。人形みたいな無表情になった弘美様なんて初めて見た。誰? 何があったの?
「弘美様?」
「何かあったんですか?」
「……皐月様、一緒に…来てくれる?」
私と小枝子様の呼びかけをスルーして、弘美様は皐月様を不安そうに見つめた。皐月様は真顔になって弘美様の頭を撫でた。
「当たり前だろ。どこにでも行ってやるよ」
「……ありがとう」
「馬鹿、当たり前のことで礼を言うやつがいるか。ほら、何処行くんだ?」
手を離してから弘美様の手を握って、皐月様は立ち上がった。
「…学園長室」
「お、そういや学園長にまだ挨拶してなかったな。ちょうどいい。行こうか」
「…うん」
大人しく、中身まで小さな女の子みたいな弘美様なんて初めてで、何も言えずに二人を見送った。
「…何があったんですか?」
一人平然としてる紗里奈様に尋ねると肩をすくめられた。
「さあ? 知らね」
「知らねって…心配じゃないんですか?」
「心配か心配じゃないかなら、心配じゃない」
「何でですかっ?」
紗里奈様が何かしたわけじゃないのはわかっているけど、どうしても責めるような口調になってしまう。へらへらした人だけど、肝心な時には頼りになる優しい人だと思っていたのに。
「心配しなくても大丈夫だよ。皐月と出て行ったんだから」
「…は? 皐月様がなんなんですか?」
「うーん…なんつーか、皐月ってめちゃくちゃだけど、なんだかんだで何とかなるんだよね」
「はあ?」
何だそのアバウトな信頼は。人格的にはともかく、皐月様に何ができると言うんだ。あんな青い顔の弘美様は初めて見たし、一人の力で何とかなるものなのか。そもそも何が起こってるのかわからないというのに。
「…まあ、そうですね」
「え、ちょっと小枝子様、納得するんですか? 心配しないんですか?」
「心配ですよ。でも結局皐月様が報告なりしてくれないと事態もわかりませんから、むやみにうろたえても仕方ありません」
いや、そ、それはそうだけど。……やっぱり心配だ。
「私、やっぱり様子を見に行ってきます」
「やめた方が…」
止められたけど、居ても立ってもいられなくて私は部屋を飛び出した。
○