他所はよそ。家はうち。
大白崎かんたです。
あだ名は、おかん。
今日、他校の生徒から笑われました。
◇◇◇
「工場見学ってつまんねーと思ってたけど、意外と楽しいよな!」
「よっちゃん、自分の班はどうしたの?」
「ん?あっちにいる」
「後で点呼の時には戻りなよ」
「はーい!」
おかんのポジションだからと言って、別に小うるさく注意するわけでも、厳しく躾けるわけでもない。
そこは、俺の母さんと同じだ。
母さんは、自由に俺を育ててくれた。
社会にルールはあるけれど、いつもそれが正しいわけじゃない。
ただ、多くの場合一番楽な選択がルールを守ると言うことなのだ。
だから、ルールを破らなくていいなら守っておいた方がいい。
それでも、どうしても破らないといけないときは、破ってもいい。
母さん曰く、人殺しと盗みと自分が不幸になるような事だけしなければ、後は本人が選んでいいとのこと。
母のおしえでは、その事をまとめて
【 まよったら、じぶんがしあわせなほうをえらぶ! 】
と書いてある。
自分が幸せだと思うことが、正解なんだって。
だから、常に自分自身についてよく知っていないといけないと母さんは話してくれた。
自分に興味を持って。
自分の好きなものは何かを知っておくこと。
これが、悩んだ時の解決の糸口に繋がるらしい。
だからこそ、俺はそんなに友達を叱ることはしない。
甘やかしているわけでもないけど、普通に過ごしているつもりだ。
だけど、あだ名があだ名なだけに、相談されることだったり、頼られることは多い。
そう言うときは、俺は出来るだけのことをしてあげたいと思う。
それは嫌々ではなく、自分にできることがあるならしたいと思う。
ただ、それだけだった。
もちろん頼られるプレッシャーもある。
成績だったり、運動神経だったり、後は裁縫や料理の技術も、年々高いものを求められるようになるからだ。
だけど、それを全部頑張るのも俺の為にしかならないし、結局のところやったら俺が得するのだから、そこまで頑張ることは苦じゃない。
ただ、最近勉強に関しては少し不安があるけどね。
やっぱり、学校の授業を真面目に受けるだけじゃ限界がある。
そろそろ、家での勉強も増やしたいところだ。
色々考えていたら、あっという間に工場見学は終わった。
俺たちの後に、ぞろぞろと工場に入ってきたのは、近隣の学校の小学生たちだった。
おそらく、俺たちと同じ四年生だろう。
俺の学校の生徒も向こうの学校の生徒も、チラチラとお互いを見合っている。
その時、後ろの班だったよっちゃんが大声で俺の名前を呼んだ。
「おかーん!!帰りのバス一緒に座ろうぜ!!」
「ん?あぁ、いい…「プッ、おかんだって、聞いたか?」……よ」
他校の生徒は、クスクスと笑いながら俺を見ていた。
「おかあさーん、ってか?」
「しかも、今呼ばれたの男だろ?」
「すげー、ウケる」
聞こえてるぞ。
と言うか、結構大きな声で言ったから、周りの奴ら全員聞こえてたぞ。
大声でディスるのは、感心しないな。
だって、ほら見てみなよ。
俺の周りが全員戦闘体勢に入ってる。
「はぁ?!オメーら、今なんて言った?!」
「おかんのこと、馬鹿にしただろ?!」
よっちゃんと慶太が噛み付くように言うと、あっちの生徒も噛み付いてきた。
「はぁ?!言いがかりつけてんじゃねーよ!!」
「馬鹿にしてませんー!ウケるって言っただけですぅ」
おそらく世間では、それを馬鹿にしていると言います。
まぁ、あだ名なんて今更だし、別に嫌じゃないから恥ずかしいと思ったこともないんだけど……
喧嘩はよくないな。うん。
「おかん、すげーんだからな!!馬鹿にすんな!!」
「料理だって、裁縫だって、得意なんだぞ!」
「それが、どうしたんだよ!ただのオカマなんじゃねーの?」
「はははっ、おかんじゃなくてオカマかよ!きっもちわりぃ!」
どうやら悪口は、どんどんエスカレートしていくらしい。
ついに、オカマ扱いされた。
と言うか料理ができて、裁縫ができるのがオカマって……。
「あの「おかんがオカマって言ったやつ、前出ろや」…あ、まさやん」
しまった。
振り返ると、まさやんが完璧にキレていた。
小学四年生の平均身長をとっくに超えている上に体重もあって体格がいいまさやんは、敵になったら脅威だ。
ほら、さっきまで前に出てた子たちが一歩後ろに下がっちゃってる。
先生たちでも呼んでこようかと思ったが、次の瞬間。
まさやんの手が出そうだったので、慌てて止めに入った。
「待った!まさやん!殴るのは、ダメだ!」
「なんでだよ!!こいつら、おかんを馬鹿にしたんだぞ?!」
「俺はオカマじゃないし、おかんってあだ名も恥ずかしいと思ってない。別に気にしてないから怒らなくていいよ」
「それじゃあ、俺が嫌だ!!」
うん。
怒ってくれてるのはありがたいけど、ここで殴ったらまさやんの方が圧倒的に悪くなる。
「なんだよ……料理とか、裁縫なんて普通はお母さんがやってくれるもんじゃん」
相手の学校の子がそう言い放った瞬間に、まさやんがブチッと切れた。
視線が、俺たちに集中する。
その時、まさやんが言った一言で、駆けつけてきた先生たちですら、固まった。
「おかんの母ちゃんは死んじゃって、もういねーんだよ!!」
そう言った瞬間、相手の子の目が見開かれた。
これは、おそらく自分でも悪いことを言ったという自覚が生まれたんだろう。
でも、母さんが死んでるからって同情されたくはないし、それで申し訳なく思われるのは何だか違う気がする。
それは、俺が嫌だった。
周りは、完璧に静まりかえっている。
ここは、俺がまとめるしかないかと覚悟を決めて、まさやんの前に出た。
「あ、あの……」
「料理も裁縫も、まだ俺下手くそなんだ」
「え……」
「でも、やってるのは、母さんが死んだからじゃないよ」
母さんが死んだのが、きっかけだったことは間違いないけれど。
でも、俺が料理をするのは、違う理由があるからだ。
「俺が作るとさ、父さんも妹も凄く喜んで食べてくれるんだ」
「……あ」
「だから、作ってる。嫌々やってるわけじゃない。俺がやりたくて、やってるんだ」
俺がそう言い切ると、周りの友人たちまでもが、驚いた顔をしていた。
こういう場で言うのもどうかと思ったけど。
こればかりは、誤解されたままじゃ嫌だから。
俺は、俺のしあわせのために、俺が良いと思う方を選んだ。
「オカマじゃないし、もし、俺みたいに裁縫とか料理やってる男子がいてもオカマだってからかってやるなよ?料理人は男の人の方が多いんだぞ」
「……」
「それじゃあ、俺はこれで」
「待った!」
「……ん?」
立ち去ろうとしたところで、手を掴まれた。
「ご、ごめん」
彼のその一言で、周りの雰囲気が一気に変わった。
俺は、ニコリと笑って、謝ってきた彼の頭を撫でた。
「へっ?!なんだよ?!」
「いや、ちゃんと謝れたから」
「お前、同じ歳だろ!」
「そうだけど、いい子の頭は、ちゃんと撫でてやらないと。よく出来ましたってさ」
そう言って笑うと、目の前の彼も吹き出して笑った。
「やっぱり、母ちゃんみてぇ」
「おかんって、あだ名なくらいだからな」
「いいな!おかんかぁ」
和やかに話していると、後ろから両腕を掴まれて引っ張られた。
「ダメだぞ!!おかんは、俺の学校のもんだからな!!」
「そうだぞ!!おかんはうちのクラスの母ちゃんなんだ!」
落ち着け。おまえら。
俺は、お前らの母ちゃんになった覚えはありません。
「そうよ!おかんも他所の子ばっかり構わないで!!」
「おかんは、うちのなんだから!」
他所の子って、まぁ他所の子だけど。
あれ?
俺、産んだことないよな?
そして、そんな第二次戦争を勃発しそうなところで、ようやく先生たちが間に入ってくれた。
それぞれを引き離して、俺たちはバスへと誘導される。
先生たちよ、見ていたなら早くきてくれ。
そう思いながらも、俺はみんなにズルズルと引かれてバスへと戻って言った。
バスでは、周りの友達がみんな俺をよその学校に渡してなるものかと息巻いている。
俺はやれやれと苦笑しながら、バスの窓から空を見上げたのだった。