嫁に行く気は、さらさらありません。
「付き合ってください!」
「そうきたか!」
「へ?」
「いや、ごめん。こっちの話」
歯を食いしばるところだった。
正直、焦った。
どうやら、殴られることはなさそうです。
「驚いた……急に呼び出すから、何事かと」
「ごめんね、さっきの見てたら焦っちゃって」
「さっきの?」
「加奈ちゃんとのやり取り!」
「何か焦るようなことあった?」
意味が分からず首を傾げていると、美由紀ちゃんが「もう!それよ、それ!」と憤慨した。
「おかんは、モテるんだから!」
「いや、モテないですけど」
「モテるよ!みんな、おかんのこと大好きだし」
「それって、お母さん大好きみたいなもんじゃないの?」
「まぁ、大半はそうかもしれないけど!」
ほらみろ。
というか、フォローするなら最後までしてくれ。
自分で言ってて、切なくなる。
「でも、おかん、何でもできるし」
「何でもは、できないよ」
「優しいし」
「普通だと思う」
「女子力高いし!」
「それは認めてません」
ハッキリ言うと、目の前の美由紀ちゃんが、しょんぼりした顔になった。
美由紀ちゃんは、どちらかと言うとスポーツが得意なサバサバ系女子だ。
バスケ部では活躍してると話に聞くし、友達も多い。
ポニーテールで、いつも笑顔で可愛らしい彼女は、男友達からも人気だ。
けど正直、恋愛とかにはそんなに興味がないタイプだと思っていた。
「おかんのこと好きだから、どうしても付き合いたいの」
「うーん、そっか。でも、ごめん、俺今やることいっぱいだから一緒に遊べないし、メールもそんなにできないと思う」
「それでもいいもん!!」
「んー…でもなぁ、」
告白されるのは、これが初めてだ。
だから、内心凄く嬉しい。
だけど、今の自分の生活状況から考えても、付き合う時間なんて作れそうにはなかった。
「すごく気持ちは嬉しい、ほんとだよ?でもね、俺やっぱり今は付き合えない」
「ううっ」
「泣かないで、なるべく俺からも話しかけるし、何かあったら相談にものるから」
「おかんが、他の女の子と話してるのが嫌なの」
「そっか…でも、友達は大事だからなぁ」
彼女が望んでいるように、これからは女子と一切話さない!なんて、約束はできない。
俺は、みんな大切な友達だと思ってる。
けど、泣いている美由紀ちゃんをこの状態のままにしておくこともしたくなかった。
「ごめんね、美由紀ちゃん……」
「おかんは、好きな人いないの?」
「いないよ、というか、いたことないかな」
「ええっ!恋したことないの?!」
「うん。だって、八歳まではよくわからなかったし、母さん死んでからはそれどころじゃなかったから」
「そっか……」
そう言うと、美由紀ちゃんが涙を拭いだした。
どうやら、泣き止んではくれたらしい。
「おかん、今まで通り接してね。急に無視したりしないでね?」
「するわけないよ」
「あと、他の女の子といきなり付き合ったりもしないでね?」
「当分は、ないんじゃないかな」
少なくとも、小学生のうちは絶対ないと思う。
美由紀ちゃんは、そんな俺の答えに満足したのか、涙を拭いて、ニコッといつもの笑顔に戻った。
「だったら、いいや!」
ふっ切れてくれた美由紀ちゃんを見て、俺も安心する。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん!」
「美由紀ちゃんの家、ここから近かったよな?送るよ」
「え!すごい!彼氏みたい!」
「……」
女の子は強いなぁ、と感じながら、帰り道は普通に話して帰った。
美由紀ちゃんを家まで送り届けて、その後、急いで自分の家に向かう。
買い物は昨日のうちに済ませておいたけど、肝心の下ごしらえは何もしていなかった。
父さんもさくらも、すぐに帰ってきちゃう。
そう思いながら、帰り道を走っていると、ちょうど家の中に入ろうとしている父さんたちと鉢合わせした。
「あ!父さん、さくら!おかえり、あ~~~ごめん、ごはんまだなんだ!」
「お、そうなのか!じゃあ、今日はこのまま食べにいこうか」
「え、今から作るよ!」
「そんなに急いで帰ってきて、疲れただろう?いつも、かんたに作ってもらってばかりだから、たまには、かんたも家事楽しちゃおう?」
父さんにそう言われ、俺は少し申し訳なく思いながらも、外に食べにいくことに賛成した。
さくらもお子様ランチにとても喜んでいたので、よしとする。
帰り道、お腹いっぱいになって眠ってしまったさくらを背負って歩く父さんの隣で、俺はふと疑問に思ったことを父さんに投げかけた。
「ねぇ、父さん」
「ん?どうした、かんた」
「母さんに恋したのって、いつ?」
「ぶふぉっ!げほっ、ごほっ……へ?」
「父さんから、告白したのは知ってるんだけど……」
「え、ちょっと、待って誰から聞いて」
「母さん」
キッパリ告げると、父さんは恥ずかしそうに顔を片手で覆っていた。
「いきなり、そんな質問なんてしてどうしたんだ?……ハッ、まさか、かんたも恋を?!」
「してないよ。今日、告白されただけ」
「告白……だと?そんな、俺のかんたが嫁に……?!」
「いや、何十年過ぎても嫁になる気は一切ないから」
「結婚式のことを考えたら、父さん今から鬱になりそう」
「気が早すぎるよ」
「バージンロードを歩く、俺とかんた……」
「待って。それ何か違う」
「綺麗だろうなぁ……ぐすっ」
「やめて。俺を脳内で勝手に花嫁にしないで、怒るよ」
俺が父さんの横腹をつねると、流石に父さんも嫌な妄想の世界が戻ってきてくれた。
「それで?父さんの恋は、どうだったの?」
「えっと、どうだったかなぁ」
「父さんからの熱烈アプローチが凄かったって言うのは聞いた」
「あー……うん、父さんが母さんにべた惚れでね。大好きで、大好きで仕方なかったんだ」
「でも、そんな父さんのことが、母さんは最初から大好きだったんだって」
「え?!」
「でも、父さんが人の話を聞かないから、両想いになるまで、随分時間がかかったって言ってたよ」
「う、嘘!俺、それ知らないんだけど、えっ!百花?!え!!」
「それで、父さんは母さんにいつ恋をしたの?」
「かんたくん、お母さんって俺のこと、他に何か言ってたり……」
「さーてね。教えてあげてもいいけど、父さんが色々話してくれた後かな」
少し意地悪を言うと、父さんは耳まで真っ赤にしながら、帰り道、ぽつぽつと母さんとの恋話を語ってくれた。
俺には、まだ少し早い話かもしれないけど。
いずれ、父さんと母さんみたいな恋ができたらなと思う。
満月の夜の下で盛り上がる。
そんな恋の話だった。