女子力じゃありません、生活力です。
「おかーーーーん!!」
「どうした、よっちゃん」
教室に着くなり、血走った目の友達が駆け寄ってきた。
「おかん、宿題見せて!」
「見せない。代わりに教えてやるから、今からやるぞ」
「えええ、そんなこと言わずに!」
「ダメだ。見せたら、お前の為にならない」
宿題を広げると、一人、また一人と周りに集まって来た。
みんなでノート広げながら、休み時間に何とか宿題を終わらせていく。
先生もギリギリまで頑張ったならばと、よっちゃんの途中までの宿題も大目に見てくれた。
「おかん、ありがとう!」
「どういたしまして」
「おかんって、ほんと母ちゃんみたいだよな!」
「なんか、落ち着く」
「うわ、マザコンかよ」
「ちげーし!!」
周りが色々言っているが、俺は生暖かい目で見守るだけだ。
そもそも、同じ歳の子どもを産んだ覚えはない。
「おかん~!裁縫道具持ってねぇ?!」
「持ってるけど、どうした、慶太」
というよりも、家庭科の時間で使うので大抵のやつは持ってきてると思う。
そう思いながらも、ソーイングセット一式を取り出すと、慶太は俺の前でパンッと手を合わせた。
「頼む!この鞄縫い合わせてくれ!振り回してたら千切れた!」
「あーあ、見事に切れてるじゃん」
「引きちぎったことが母ちゃんにバレたら、今度こそ雷落とされるんだよ!!~~ッ頼む!」
「別にいいけど……俺より女子の方が上手いんじゃないのか?」
「そんなことねーだろ!!おかんがこのクラスで一番女子力高いっての!!」
「は?!」
その言葉には、納得がいかなかった。
女子力?
なんだ、それは?
頭の中で混乱しながらも、慶太の鞄を縫っていく。
「いや、高くねーし」
速やかに否定すると、周りにいた女子たちが話に急に割り込んできた。
「そんなことないよ!おかん、料理だって上手だし!」
「まぁ、毎日作ってるから……」
「洗濯物だって自分でやってるんでしょう?」
「必要に駆られて……」
「お掃除だって上手だし、家庭科の成績はいつも二重丸じゃない!」
「……いや、それは生活力だから。女子力は違うでしょ?もっとこう……なんていうか」
俺が言葉に詰まらせていると、隣の席のまさやんが俺に聞いてきた。
「じゃあ、逆にお前の中の女子力ってなんなんだよ」
「え、俺の中の?……そうだな、周りのことを気遣えるとか」
「おかんがクラス一番の気遣い屋だと思う人―?」
周りの奴らが無言で挙手をした。
なんだ、これは。
どこかで口裏合わせているのか?
「あとは、可愛いものに詳しかったり……?」
「おかん、女の子のキャラクターものに詳しいじゃん」
「それは、妹がいるからで……!」
「花の種類にも詳しいし」
「親戚に花屋がいるから……」
「私花の名前なんか、たんぽぽと朝顔くらいしかわからなーい」
「私も、バラとひまわりとか?」
「…………」
喋れば喋るほど、墓穴を掘っている気がした。
だが、女子力に関しては何としてでも否定したい。
「あ、ほら、女子力高いって言えば、こう髪型とか?」
「髪型?」
「俺は無頓着だから、いつも髪なんてそのままにしてきてるぜ?」
これなら、誰も反論できないだろう。
なんといっても、俺の髪型は黒髪短髪、ワックスなんてつけたことない、真っ新な髪型だ。
これならば、女子力の欠片もない。
そう思って、自信満々のドヤ顔で言えば、前にいた加奈ちゃんが、思わず身を乗り出した。
「でも、さくらちゃんの髪型って毎日おかんが結ってるんでしょう」
「げっ……なんでそれを、」
「私の弟もさくらちゃんと同じ保育園なんだけど、さくらちゃんの髪型がいつもおしゃれさんで可愛いからって、周りのお母さん方も褒めてるって噂よ」
「え、そうなの?」
自分のことはどうあれ、妹が褒められているのは純粋に嬉しい。
そう思って、思わず顔を綻ばせると、目の前の加奈ちゃんの顔が何故か少し赤くなった。
それを見て不思議に首を傾げていると、隣にいたまさやんがガシッと俺の肩に腕をまわしてきた。
「決まりだな!このクラスで一番女子力高いやつは、おかんってことで!」
「なっ、俺は認めたわけじゃ……!」
「そう言いながらも、もう慶太のバック縫い終わってんじゃん」
「まだ、糸切ってないから!つーか、針持ってる時に肩組んだら危ないっつーの!」
まさやんを引き剥がしながら、口で糸を切る。
慶太は嬉々として鞄を抱きしめていた。
そんなに大事なら、もう引きちぎるなよ?
なんやかんやと話している間に、休み時間はとっくに終わってしまっていた。
女子力の話で、少しばかり体力を使ったけれど。
まぁ、この話もしばらくは出ないだろうと思った……その時。
「――……?」
なにやら、背後から視線が突き刺さっていることに気付いた。
振り返ると、クラスメートの美由紀ちゃんがどうも俺のことを見ていたようだ。
だが、すぐ目を逸らされてしまった。
何か言いたいことでもあったのだろうかと思いつつ、授業が始まったので気にしないでいた。
だが、その日の放課後。
俺は、美由紀ちゃんに呼び出されることになる。
「おかん、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「いいから!!」
美由紀ちゃんの物凄い剣幕におされる。
もしや、俺、シめられるのか?
俺、美由紀ちゃんに何かしたっけ?
校舎裏に来いとかいう奴か?
内心びくびくしながら、彼女の後ろをついていく。
連れて来られたのは、誰もいない音楽室。
彼女は、何やらぶつぶつと念仏のように何かを呟いていた。
静かな音楽室に二人きり。
少し、ホラーだ。
「おかん」
「……はい」
「覚悟はいい?」
「……」
父さん、さくら。
どうやら、俺は殴られるみたいです。