噂話は、ほどほどにしてください。
次の日、俺が学校に着くと、クラスの色々なやつらが俺を見てひそひそと噂話をしていた。
普段、俺がこんなことをされることは、滅多にない。
何の噂話をしているんだ?
と、首を傾げていると、よっちゃんが、俺の元へと走ってきた。
「おかん??!!どういうことだ?!!!」
「何が?」
「おかんが、芹菜と付き合ってるって!!朝から、みんな噂してるぞ」
「あー……」
その言葉で、全てを理解した。
朝から、突き刺さっているこの視線の意味にも納得だ。
つまりは、昨日のあれを誰かに見られていたんだろう。
少なくとも、図書室には俺と芹菜ちゃんしかいなかったはずだから、帰り道で見られたのか?
だとしたら、手を繋いでいたところを見て、誤解したということか。
「それで!」
「それでって、何が?」
「付き合ってるのかって、聞いてるんだよ!というか、手を繋いで帰ったって、本当なのかよ?!」
「……」
さて、どうしたものか。
手を繋いで帰ったのは、本当だ。
俺の性格上、嘘をつくことはできない。
だけど、彼女が生理だったから心配で手を繋いで帰ったなんて言うことも、もちろんできるはずがない。
芹菜ちゃんと約束したしな。
誰にも話さないって。
でも、誤解されたままなのは、困るよなぁ。
「なんで、黙ってるんだよ~~~、おかん~~~!!」
「あ、ごめん、ごめん。ところで、芹菜ちゃんは?」
「もうすぐ来るだろって、もういたーーーー!!!」
「おかん……」
「おはよ、芹菜ちゃん」
俺がニコッと微笑むと、芹菜ちゃんは、困った顔をしていた。
うーん。そうだよね。
朝から、俺たちはこの視線の中心にいるんだから。
「あの、昨日は、」
「大丈夫?」
「へ?」
俺は、わざとそう言った。
一瞬、芹菜ちゃんがビクッとしたので、俺は安心させるように微笑んだ。
「昨日、急に頭痛くなっちゃったんだよな」
「へ?芹菜が?」
「うん、だから家まで送ってったんだ。手を繋いでたのは、体調が悪かったからだよ」
「なんだ、芹菜、風邪だったのか?」
「え、あ、その、……うん、体調悪くて、」
生理、という単語が出なかったことにホッとしたのか、芹菜ちゃんの顔が緩んだ。
おそらく、これが一番良い誤解の解き方だろう。
そのままにしたら、付き合ってると思われるだろうし、本当のことを言い過ぎるのも、間違っている。
まぁ、嘘はついていない。
俺が、この話はこれでおしまい!って感じで話を終わらせようとした、その時。
後ろから、美由紀ちゃんが話に入り込んできた。
「でも、手を繋いで帰ったのは、本当なんでしょ」
「え、美由紀ちゃん?」
「付き合ってないとも否定してないじゃん……!」
美由紀ちゃんの言葉に、俺はサラッと返した。
「付き合ってないよ?」
「あっさり、否定したーー!!?」
「ちょっと、黙ってて、よっちゃん」
「はい」
よっちゃんを静かにさせて、美由紀ちゃんと向き合う。
彼女は、少し怒っていた。
「美由紀ちゃん?」
「なんで、手を繋いだの?」
「なんでって、体調が悪そうだったから、」
「おかんの嘘つき……っ」
「嘘?俺、嘘なんてついてないけど」
「だって……っ、おかん、前に私が告った時に、誰とも付き合わないって言ったじゃん!」
いや、だから、付き合ってないんだってば。
おかしいな……説明の仕方が悪かったのか?
俺が首を傾げていると、何故か周りが騒然としている。
というか、嫌な視線がさらに増えたのは、何故だ。
そう思っていると、よっちゃんが、その俺の疑問を解決してくれた。
「え……美由紀って、おかんに告って、たの……?」
「あ、」
そこか。
しまった。
別のところに集中してたから、すっかりそこをスルーしてしまった。
というか、バラしてよかったのか?
いや、本人は全く気にしてい無さそうだけど。
「えっと……」
「いいよ、バラして。告って、振られたのは、事実だし」
待ってくれ。
確かに、断ったけど。
今このタイミングでそれを言うのは、ちょっと。
あの、違うと言いますか。
その、……困った。
「美由紀ちゃん……何度も言うけど、俺、誰とも付き合ってないよ」
「でも、手を繋いでたって、」
「手を繋いだら、恋人ってわけじゃないでしょ?」
それなら、俺は町内会のおばちゃんたち、みんなが恋人ってことになってしまう。
「でも、手を繋いだら……好きになっちゃうよ!」
「そんなことないよ」
「あるもん!」
「あるもん、って言われてもなぁ、」
実際、手を繋いだらスキになるって、そんな。
小学生じゃあるまいし。
「そうね、好きになっちゃったかも」
「へ?」
「ほらぁ!」
……そうだった。
俺たちは、小学生なんだった。
美由紀ちゃんが、涙目で俺を責めてくる。
俺の後ろで、今、その話を肯定してしまったのは、まぎれもなく渦中の人物だ。
そう、芹菜ちゃんが、アップを始めました。
「今、なんて……?」
「だから、おかんを好きになっちゃったかもって言ったの」
「それ、俺の前で言っていいの?」
本人ですけど。
と言うか、その爆弾発言のせいで、隣のクラスからも人が集まって来ちゃってるんだけど。
「別に、おかんを好きになっても、それは私の自由でしょ?」
「でも、おかんは誰とも付き合わないって……!」
「付き合うか、付き合わないかは、おかんの自由じゃない」
「んぐっ、……!」
バチバチと火花が散っている。
スポーツ万能、ポニーテールで、女子男子共に、人気の美由紀ちゃん。
VS
クラスで一番派手なオシャレ女子、芹菜ちゃん。
周りは、一歩下がって、二人の戦いを見ていた。
俺も、そっち側に入れて欲しい。
と言うか、俺、どうしたら、いいの?
「あのさ、二人とも落ち着こう?とりあえず、そろそろ授業始まるから」
「「おかんは、黙ってて!!」」
「……はい」
さっきのよっちゃんみたくなっている。
まさか、俺が「黙ってろ」と言われる日がくるなんて。
大人しく、自分の席に座ると、よっちゃんが、慰めるように俺の肩を叩いてきた。
オイ、その同情の目つき、やめてくれ。
「おかん……モテ期かな、はは」
「いや、そんなんじゃないと思う」
「そうだよな、第一次世界大戦勃発って感じだもんな……」
「女子って、凄いな」
「こえーよ、ほんと」
俺とよっちゃんが話している後ろで、美由紀ちゃんと、芹菜ちゃんが激しい口論を繰り広げている。
女の戦いに、男が出る幕は殆どない。
「私が一番先におかんに告白したんだもん!」
「恋愛に、順番は関係ないでしょ!」
「私だって、おかんに家まで送ってもらったことあるし!」
「ふーん、それって、手を繋いでもらって帰ったの?」
「繋いで~~、貰っては、なかったけどぉ……っ!」
「私は、ずーっと繋いでいたけどね」
「も~~~~~!!おかんの浮気者!!」
誰が、浮気者だ。
誰が。
昔、そういえば、さくらにもそんなこと言われたっけ。
誰とも付き合ったことない俺が、何で人生で何度も「浮気者」扱いされなくちゃいけないんだろう。
人生は、理不尽だ。
「とにかく、私は、これから全力で、おかんにアピールするから」
「なっ!芹菜ちゃん、健太くんのことが好きなんじゃなかったの?!」
「今は、おかんにメロメロなの!それに、うちのお母さんも、おかんのことすっごく気に入ってるし」
「なっ、いつの間に親公認?!」
送り届けた時に、挨拶しただけです。
結婚の挨拶をしたみたいな雰囲気になってるな、これ。
「誰を好きでいるのも、好きだって言うのも自由でしょ?私は、我慢なんてしたくない」
芹菜ちゃんの、その言葉に、俺はピクリと顔をあげた。
芹菜ちゃんは、リンっと背筋を伸ばして、腕を組んでいた。
その姿は、やっぱり普通の女子よりもたくましく感じる。
「私、おかんが好きよ。多分、これからもっと好きになるわ」
「芹菜ちゃん……っ」
「一回振られたくらいで諦めるなら、その程度なのよ」
「な、諦めてないわよ!!」
え、諦めてなかったの?
「おかん、初恋もまだだって言ってし、私にだって、まだチャンスはあるって、思ってるんだから!!」
「へ?」
「あ、」
「……」
美由紀ちゃん……。
今、ポロッと言っちゃったな。
まったく、もう。
仕方ないんだから。
「はい、そこまで」
俺は、いい加減二人の間に入った。
このまま、黙っていてもよかったけど、流石にもう限界だ。
ここらへんで、止めないと。
「あの、ごめん……おかん、私、今、言っちゃった、」
「うん、聞いてた。別にいいよ、本当のことだから」
俺は、芹菜ちゃんの前に立った。
「美由紀ちゃんの言う通り、俺は初恋もまだで、誰かと付き合うとか、今は考えられない。さくらや父さんのこともあるし、付き合うとか、誰かに恋ができるようになるのは、もう少し先の話になると思う」
「わかってる。でも、好きだと思うのは、自由でしょ?」
「それは、自由だと思う」
キッパリと言うと、目の前の芹菜ちゃんも少し驚いていた。
「俺も、好きなものは好きって言いたいし、我慢するのは良くないと思うから、芹菜ちゃんの意見に賛成だ」
「おかん……」
「付き合えないけど、好きって言ってくれたことは嬉しかった。ありがとう」
そう言って、芹菜ちゃんの頭をぽんっと一度撫でた。
そして、そのまま振り向いて、美由紀ちゃんの頭もポンッと手を置く。
「美由紀ちゃんも、好きって言ってくれて嬉しいけど、芹菜ちゃんと喧嘩腰になるのはダメだよ」
「う~……っおかん~っ」
「仲良くすること、いい?」
「はい、ごめんなさい……!」
「よし、いいこ」
そう言って、手を離す。
これで、一件落着か。
と、思った、その時。
後ろから、グイッと引っ張られた。
そこには、ニヤケ顔のよっちゃんが。
あ、これ、何か企んでる顔だ。
「ごめん、美由紀!芹菜!おかんのことは、諦めてくれ」
「は?」
「へ?」
「よっちゃん、何言って、」
「おかんは、俺のものなんだ!なぁ、ハニー!!」
「は?お前、ちょっと、うわぁっ!」
あろうことか、よっちゃんは俺の頬に思いっきりキスをかましてきた。
その瞬間、断末魔のような悲鳴が教室に響く。
今日一日で、俺はいくつもの噂を抱える羽目になった。
「まぁ、これで少しはおかんの荷も軽くなるんじゃね?」
「……お気遣い、どうも」
どうやら、俺に気を使ってくれたらしいが、もう少しやり方はあったと思う。
俺は、よっちゃんにエルボーをかまして、席に着いた。
朝からこれじゃあ、先が思いやられる。
心身ともに疲れ切った身体で、一限目の授業を受けることになったのだった。




