過去の知識、出番です!
小学生といえど、多少グループに分かれている。
みんな、それなりに遊んだりはするが、高学年になればなるほど、そのグループ分けは少し目立つようになってくるものだ。
例えば、大人しいグループ。
例えば、派手なグループ。
例えば、さわがしいグループ。
例えば、部活仲間で揃ったグループ。
俺は、一応、中間地点のようなグループに所属している。
クラスで目立つ派手なやつらとも話すし、大人しいやつらとも話す。
それぞれと仲がいいから、ペアを組む時に困ることもない。
女子とも、それなりに話すし、別に男女別だと特別意識することもなかった。
そう、今日、この日までは。
◇◇◇
「あれ、芹菜ちゃん?」
「おかん……?!なんで、ここに……っ」
「料理の本を借りにきたんだけど、そっちこそ、なんでここに?」
「……別に」
「ん?どうしたの?」
「どうでもいいでしょ、放っておいて」
「え、」
「何よ」
料理の本が借りたくて、授業が終わった後に図書室に来たら、クラスでも一番派手な女の子。
山瀬芹菜ちゃんに遭遇した。
常にクラスの中心にいて、明るい彼女は、いつも笑顔で楽しそうだった。
運動することが大好きで、オシャレも大好きで。
だいたい、いつも誰かと一緒にいる彼女が、一人でいることはとても珍しい。
ましてや、図書室にいるイメージなんて、全くと言っていいほどなかった。
本が好きだという話も、聞いたことがない。
それなのに、彼女は大人しく図書室の端の方で、体操座りをしていた。
「えっと、」
「早く、どっかに行って。こっちに来ないで」
今まで、数回話す機会はあったけど、彼女にこんな態度をとられたのは初めてだ。
そのせいか、少しショックだった。
「あのさ、何かあったの?」
「別に……おかんには関係ない」
「でも、顔色悪いよ?」
「ほっといて!!あっち行って!!」
ほぼほぼ、涙目になって叫んだ彼女を見て、いよいよただ事ではないと思った。
明らかに拒絶しているし、本来ならこの場を立ち去るのがいいんだろう。
でも、こんな場所で一人でいさせるのは心配だった。
俺が、そう思っていると、急に芹菜ちゃんが頭を押さえた。
「うっ……ッ痛」
「芹菜ちゃん……っ」
「やだ、来ないで……っ」
「体調悪いなら、保健室に、」
「だめっ、だって、そうしたら、っやだ」
「何が嫌なの?一体、どうし……血?」
「……ッ!」
その時、芹菜ちゃんのスカートに血がついているのが見えてしまった。
これは、ひょっとして……。
「うっ…ひっく、ぁ……っ」
「あっ、ごめん、ごめんね、俺、無神経で、」
「おかんに、ばれたっ……うっぁ、」
「ごめん、ごめんね、芹菜ちゃん、」
俺は、泣きじゃくる芹菜ちゃんの頭を何度も撫でた。
つまりは、そういうことだ。
いきなり、生理になってしまって戸惑っていたのだろう。
授業で習っていたとはいえ、最初は誰でも怖いはずだ。
「生理、用品なんて、持ってないし、歩いてたら、スカート汚れたの、ばれちゃうから、歩けなくて、ひっく、」
「そうか、それでずっとここにいたんだね」
「保健室、行くのも、怖くて」
「そうだよね、いきなりなったんだし、てんぱっちゃったんだよね、よしよし」
「うぅー……っ」
さくらの為に、勉強していた知識が、よもやこんなところで役に立つとは思わなかった。
そりゃ、誰にも近づいて欲しくなかったよな。
本当に、申し訳ない。
「もう、授業、終わったから、保健室も、しまっちゃって」
「うん、そうだよね、」
「職員室には、男の、先生、いっぱいいるし」
「入っていくのは、怖いよなぁ」
「もう、どうしたらいいかわからなくて、ずっと、怖くて」
「うん、辛かったね、」
泣きながら説明する芹菜ちゃんを見て、俺は女の子がいかに大変なのかを思い知った。
「芹菜ちゃん、俺と帰ろう?家まで送っていくから」
「でも、っ」
「俺の上着貸すから、腰に巻いておけば、パッと見ただけじゃ、わからないよ」
「おかん……」
「白いスカート穿いてるから、余計に目立って嫌だったんでしょ?」
「……うん、」
「体調は、きつい?」
「少し、ふらふらする……」
「じゃあ、手繋いで歩こう」
「え?!でも、もし誰かに、見られたら……誤解されるかも」
「別に悪いことしてないんだから、いいよ」
「私、みんなに生理だって、バレるのは、嫌だよ……?」
「誰にも話さないよ。大丈夫、」
「おかん……」
「行こう、芹菜ちゃん」
俺は、芹菜ちゃんの腰に自分の上着を巻いて、その手を自分からギュッと掴んだ。
別に、恥ずかしくなんかない。
ふらふらしている女の子を、一人で帰らせる方が恥ずかしいと俺は思うから。
そのまま、芹菜ちゃんに構わず、手を引いて帰った。
「おかん、ごめんね……あっちへ行けなんて言って、」
「ううん、俺こそ、ごめん。無神経だったな、って反省してる」
「そんなことない、おかんがいなかったら、ずっとあそこで泣いてた……」
クラスで見るいつもの芹菜ちゃんとは、全く別人のようだった。
よほど不安だったのか、まるで小さな子猫のように大人しい。
「よかった、」
「え、」
「一人で泣かせなくて済んだ。芹菜ちゃんにとっては、恥ずかしかっただろうし、嫌だっただろうけど、あのまま、あの場所で一人で泣かせてたら……俺、すごく後悔してたと思う」
「おかん……」
「俺さ、妹いるじゃん」
「うん」
「それでさ、母さんはいないじゃん」
「……」
「だから、妹のために、前、保健室の先生に聞きにいったことがあるんだ。その……女の子の成長期のことについて」
「え?!そうなの?!」
「うん、凄く恥ずかしかったけど、さくらが大人になった時、一人で悩ませて困らせるのが嫌だったんだ」
俺がそう言うと、握っていた手を、ギュッと強く芹菜ちゃんが握り返してきた。
「おかんは……気持ち悪くないの?」
「何が?」
「生理……だって、血が出るんだよ、」
「気持ち悪いわけないよ、」
「でも……ッ」
芹菜ちゃんが不安そうな目で見てきたので、優しい目で見つめ返す。
気持ち悪いなんて、あるわけない。
だって、これは必要な事なんだから。
「大丈夫だよ」
「おかん……」
「知る前は、恥ずかしかったけど、知った後に、あぁ、これは俺たちの身体にとって必要なことなんだなってわかったんだ。もちろん、他人には知られたくないことだろうし、べらべらと話すことではないと思うけど……そうなったからって、気持ち悪いとか、変だとか、そんな嫌な気持ちになることはないんだよ。普通なことなんだ」
「……うぅ、」
「いきなり来て、ちょっと戸惑っちゃったんだよね」
「……びっくりしたの、」
「わかるよ、」
「あ、おかん、ここ……私の家」
「よかった、無事に着いたね」
話しているうちに、芹菜ちゃんの家まで辿り着くことができた。
中から、彼女のお母さんが出てくる。
芹菜ちゃんが事情を説明すると、お母さんは何度も俺に頭を下げた。
「かんたくん、本当にありがとうね、この上着も、今度洗って返すからね」
「あ、本当に気にしないでください、それよりも、少し頭がふらふらするって言っていたので、芹菜ちゃん、お大事にしてください」
「まぁ、まぁ、なんてしっかりした子なんでしょう……!噂通りの素敵な子なのね」
芹菜ちゃんのお母さんは、今度改めて御礼をすると言っていたけど、俺は最後まで首を横に振りながら帰った。
帰り道。
芹菜ちゃんが不安がっていた顔を思い出す。
「やっぱり、男子と女子って、違うんだな……」
あれだけクラスでは明るい芹菜ちゃんでも、やっぱり生理の時には不安になるものなんだ。
うちのさくらも、きっと最初は凄く戸惑うだろう。
小学校四年生にあがる前に、それとなくそういうことは教えられたらと、俺は思った。
芹菜ちゃんには、明日、何事もなかったかのように、接しよう。
もし体調が悪化しそうだったら、保健室に連れて行くことも視野にいれておかなければ。
生理になったことが、クラスの、それも異性の俺にバレてしまったことは、相当ショックだっただろうけど……。
俺も、放っておけない性格だからな。
芹菜ちゃんも、最終的には拒絶しないでいてくれたし。
見守るくらいは許されるだろう。
だが、そう思っていた俺の考えは、甘かったのだ。
この時の俺は知らなかった。
俺と、芹菜ちゃんが手を繋いで歩いていたところを、クラスの子に見られていたなんて。




