あさがおが咲いて、笑顔も咲きました。
「見てー!学校で、花もらってきたのーー!」
さくらが小学校で、朝顔の鉢を貰ってきた。
「懐かしいなぁ、俺も前に育てたっけ」
「かんたの育てた花は、すくすく育ってたよなぁ」
そりゃ、そうだろう。
なにせ、母さんが生きていた時の話だ。
なかなか花を咲かさない朝顔を見て、しょんぼりしていた俺の為に、母さんはあの歌を毎日のように歌ってくれた。
そのお陰で、俺の朝顔は、もはや売り物のように大きく鮮やかに咲き誇っていたのだ。
「この朝顔も、あの時みたいに綺麗に咲くといいな」
「うん、そうだね」
父さんは、もちろん母さんの歌のことを知っている。
俺がその歌を歌えることは、知らないんだけどね。
父さんは、母さんの歌が好きだった。
――だからこそ、怖かった。
父さんは母さんが死んでから、母さんのCDを一度もかけていない。
母さんが入院していた頃は、父さんも家でよくそのCDを流していた。
それなのに、母さんが死んでからは、一度たりとも聞いたことはない。
CDがどこにあるのかは、俺も知っている。
かけようと思えば、俺でもかけれるけど……。
もしかしたら、父さんは、わざとかけていないのかもしれない。
そう思うと、自然と手が止まった。
さくらも、母さんの声を思い出して寂しがるかもしれない。
俺の声は母さんに似ている。
俺が歌ったら……父さんも、さくらも、泣くかもしれない。
思い出して、悲しむかもしれない。
だから、歌わない。
そう決めた。
だけど……。
◇◇◇
「かんた~……さくらは?」
「泣き疲れて寝ちゃった」
「うっ、うっ、」
「父さんまで泣かないでよ、もう」
「あさがお、元気ないもんなぁ」
「うーん、花屋の友達にも聞いてみたんだけど、やっぱり花でも個性があるみたいで、弱い花だったりすると、きちんと花が咲かなかったりするみたいなんだ」
先日、仲良くなった薺からは、そう言われた。
鉢にさす栄養剤なんかもあると言っていたが、それで必ずしも咲くとは言い切れないのだそうだ。
俺は、落ち込む父さんも慰めて、自分のベッドに入った。
そこで、枕の横にたてかけてある、母のおしえノートを開く。
「……おしえノート、12ページ」
【 うたをうたうときは、あいにこえをのせる 】
これは、母さんが歌う時に大切にしていたことなんだって。
俺も母さんと一緒に歌っていたから、この言葉の意味はわかる。
愛情は、目には見えない。
だけど、確かにそこに存在している。
空気と同じだ。
見えないけれど、感じることはできる。
愛に声を乗せるのは、難しいかもしれないけれど。
空気や風に、音を乗せるイメージと言えば、わかりやすいかもしれない。
母さんは、言っていた。
あの歌は特別だけど、あの歌で無くても、奇跡は起きるって。
どんな歌でも、愛に声を乗せれば、必ず届くんだって。
空の一番高いところまで。
ノートを閉じて、枕につっぷす。
さくらを元気にしてやりたい。
花も咲かせてやりたい。
だけど、それはこの家で、あの歌を歌うことになる。
父さんがいない時、さくらがいない時を狙えばいいのかもしれない。
そんなチャンスはいくらでもある。
だけど……。
自分の考えに、頭を悩ませながら、その日はなかなか寝ることができなかった。
◇◇◇
「さくら……」
「……」
翌日になっても、さくらの機嫌は直らなかった。
それも、そのはず。
朝顔は、まだ咲いていないのだから。
「父さんが明日、お花のお薬、買ってくるからな??」
「そしたら、治る…?」
「治るさ!……多分な」
父さんも自信なさげだった。
でも、それは仕方ない。
花屋の息子の薺も言っていた。
薬だけでは、どうにもならないこともあると。
結局、その後。
さくらを、何とか慰めて、寝かしつけた。
「父さん、さくら寝たよ」
「ん、ありがとうな、かんた」
父さんは、パソコンを開きながら《 あさがお 育て方 》で検索している。
何とか、咲かせてやりたくて、父さんも必死なのだ。
そんな姿を見て、俺は、グッと拳を握りしめた。
「ねぇ、父さん…」
「どうした、かんた?」
「黙ってて、ごめんなさい」
「――…え、」
父さんが何かを言う前に、俺は声を出した。
それは、母さんの歌。
ずっと、秘密にしてきたものだった。
部屋中が、俺の声に包まれる。
父さんの前で、初めてこの歌を歌った。
死にかけていたはずの朝顔が、みるみるうちに元気を取り戻していく。
そして、一輪、一輪と大きな蕾をつけていった。
部屋にあった観葉植物も育っていく。
台所にあったかぼちゃも、大きくなっていく。
曲が終わる頃には、家中の草木が成長していた。
花瓶に活けていた花も満開だ。
俺は恐る恐る、父さんを振り返った。
「……あ、」
「――ッ!」
父さんは、泣いていた。
俺の思った通りだった。
「ごめんなさいっ!」
「……え、」
「ごめん、ごめんなさい、もう歌わないから……ッ!」
「違う、何を言っているんだ、かんた…?」
「ごめんなさい、歌って……」
俺が必死に父さんに抱きついて謝ると、父さんは俺の身体を引き剥がして、俺の目をジッと見つめた。
「なんで、かんたが謝るんだ?」
「父さんを……泣かせたから、」
「違う、かんたのせいで泣いたんじゃない…!これは…!」
「わかってるよ、母さんを思い出したから泣いたんでしょ……俺の声が、母さんに似てるから、」
「!!」
わかっていた。
こうなることぐらい。
だから、歌わなかった。
大失敗だ。
やっぱり、歌うべきじゃなかった。
後悔して、目をギュッと閉じた
その瞬間。
父さんが痛いくらいに、俺の身体を抱きしめた。
「かんた、頼む、俺の話を聞いて?」
「父さん……」
「歌わないなんて、そんなこと、どうして……」
「母さんを思い出させてしまうだろうから、ずっと歌わなかったんだ……だけど、どうしても、さくらの為に、あさがお咲かせてやりたくて、でも、やっぱり歌うんじゃなかった」
「かんた、俺は、お前が歌を歌ってくれて嬉しい」
「でも……!」
「確かに、母さんと似ていた。だけど、泣いたのは……かんた、お前の歌があまりにも素晴らしいものだったからだ」
「……っ」
父さんは、そう言って、俺の頭を撫でた。
「父さんは、母さんが死んでから、ずっと母さんの歌を聞かなかったじゃないか……!」
「それは、」
「母さんを思い出すのが、辛かったからじゃないの?」
俺がそう聞くと、父さんは真面目な顔で俺に言った。
その声は、少し震えていた。
「母さんを、百花を、思い出すだなんて、そんな馬鹿なこと」
「馬鹿なことって……っ!」
「父さんが百花を忘れたことなんて、一秒たりとも無い」
その言葉に、俺は目を見開いた。
「いつだって、心に百花がいる。だから、思い出すなんてことはしたことがない」
「父さん、」
「あのな、歌を聞かなかったのは、その、父さんも同じこと考えてたからなんだ」
「へ?」
「……かんたとさくらに寂しい想いをさせてしまうんじゃないかって、それが怖かった」
まさか、父さんも俺と同じことを考えていたなんて。
俺は、その場で腰が抜けたように座り込んだ。
父さんは、そんな俺の前にしゃがんで、俺を優しく抱きこむ。
「……さくら、俺のこと変に思ったりしないかな」
「思うわけないだろ?」
「でも、この力、普通じゃないし」
「かんたは、母さんがその力で歌を歌った時、変だと思ったのか?」
そう聞かれ、俺は大きく首を横に振った。
そんなことは、ありえないからだ。
すると、父さんが俺の顔の前で、人差し指を立てて言った。
「父さんな、母さんみたいな不思議な力はない。けど、これだけは予言できるぞ」
「予言……?」
「明日、さくらは飛び跳ねて喜ぶ」
「……ッ」
「そして、かんたが花を咲かせてくれたと知ったら、さらに大喜びするだろうな」
「父さん……、」
「父さんの予言は、当たるんだぞ?」
得意気な顔でそう言ってくれた父さんに、少しだけ安堵する。
俺にとっては、家族が全てだから。
その家族を傷つけたり、拒絶されることを考えると、怖くて仕方が無くなるのだ。
だけど、父さんは、そんな俺の不安を少しずつ消してくれた。
「父さんな、今すごくしあわせなんだ。もう二度と聞けないと思っていた歌を、最愛の息子が歌ってくれたんだから」
「父さん、」
「この歌は、大衆の前で歌うべき歌ではないと思う。だけど、家族の前では、もう隠さないでくれ。歌いたい時に、歌って欲しい。それに、かんたの歌、父さんはもっと聞きたいんだ」
父さんが、そう言ってくれたのが嬉しくて。
俺は、父さんの首に抱きついた。
ずっと、堪えていた気持ちが溢れだす。
俺は、そのまま愛に声を乗せて歌った。
「―――……っ」
歌うことを止められない。
今夜だけは、どうか。
俺が満足するまで、歌わせて欲しい。
愛に満ち溢れているんだ。
この愛に、声を乗せなきゃ勿体ない。
父さんは、俺の歌を聴きながら、ずっと嬉しそうに微笑んでいた。
母さん、聞こえてる?
母さんの元まで、届いてる?
俺の歌。
空の一番高いところまで、届いているのかな。
◇◇◇
翌日の朝。
花が咲いた朝顔を見て、さくらは飛び跳ねて喜んだ。
「ママにい!見て!見て!!花が咲いたの!!」
「あぁ、よかったな、さくら」
「お花が元気になった!!!うれしいっ!!」
俺がさくらの頭を撫でていると、隣にいた父さんがさくらを抱き上げて言った。
「実はな、その朝顔、かんたが咲かせたんだぞ」
「え!ママにいが?!どうやって?!」
「歌を歌ったのさ、かんたの歌には魔法の力が込められているんだ!」
「ちょっと、父さん……!」
「ママにいが、魔法……?」
さくらは驚きながら、俺をジッと見た。
その視線に、ドキドキと緊張する。
まだ幼いとは言え、流石にこれが普通ではないことは、さくらにもわかるはず。
受け入れてもらえるのか……。
そう思っていると、いつの間にか父さんの腕から降りたさくらが俺に抱きついてきた。
そのまま、目をキラキラさせて、俺を見上げてくる。
「ママにいすごい!ママにい、やっぱり魔法使いだったんだね!!」
「へ?」
「ママにい、だいすき!さくらも、幸せの魔法、覚えてるよ!」
「――……!!」
それは、俺が母さんから教えてもらった魔法だった。
そして、俺がさくらに教えた魔法。
幸せになれる「大好き」の魔法だ。
胸にあったかいものが込み上げた。
「はは、さくらも魔法使いだ」
「うん!!」
俺がさくらを抱っこして、そう言うと、父さんがさらに俺とさくらを抱き上げて言った。
「ほらな、喜ばれた」
「!!」
「父さんの言うことも、たまには当たるだろ?」
「たまには、ね」
俺は、父さんとさくらと、向き合って笑った。
父さんのドヤ顔が何とも言えない、しあわせな朝だった。




