花屋の息子、ぺんぺんです。
俺の学年で一番身長が高いのは、川崎 薺という男子だ。
空手が得意で、みんなからは「なずな」と呼ばれている。
みんなのように、よく喋るわけじゃない。
どちらかと言えば、聞く側に回ることが多いタイプだ。
何度か同じクラスになったけど、普通に会話する程度の仲で、特別仲が良い間柄というわけではなかった。
そんな薺と、俺は予想外のところで一緒になった。
それは……。
「おかん、お前、なんで、そんなところに?」
「あちゃー……」
いつもの俺の秘密の場所。
そう、誰も来ないはずの、雑木林から出てきたところでバッタリ遭遇してしまったのだ。
「何してたんだ?」
「えっと、探検?」
「おかんがか?」
「……」
まぁ、そうだよなぁ。
疑問に思うよな。
普段なら、真っ先にこういう場所に行くのを止める側だ。
危険、入るな、ぬかるみに気を付けろ。
そんな風に書かれたこの大きな雑木林の中から、さも当たり前のように出てきた俺を見て、同級生の薺は、目を丸くしていた。
「学校帰りだよな?」
「うん、」
「おかん、その右手に持ってるのって、」
「ん?あぁ、これは……」
しまった。
なんて、説明しよう。
俺が歌った後に咲いていた花で、珍しく綺麗な花が咲いていたから摘んできちゃったんだけど……。
「キンラン……なのか?」
「へ?」
「ちょっと、見せてくれ……!」
「わっ、」
薺が、思ったよりも勢いよく近づいてきた。
俺の右手ごと掴んで、花をマジマジと見つめている。
俺は、そんな薺の行動に、ただただ驚いていた。
「やっぱり、キンランだ、どこでこれを?」
「えっと、キンラン?って花なの?」
「あぁ、凄く珍しい花だ。ここらへんでは野草としては、もう殆ど咲いてないはずなのに」
「そんなに珍しい花なんだ?」
「絶滅寸前の花だと言われているくらいだからな」
「へー!薺、花に詳しいんだな」
俺が、手を叩く真似をしながらそう言うと、薺はキョトンとした顔で言った。
「なんだ。知らなかったのか?」
「へ?」
「俺ん家、花屋だ」
「えええええ!!」
初耳ですけど!
なんだか、凄く意外だった。
薺って、男の中の男って感じのイメージだから、花に詳しいなんて、ちょっとしたギャップなんじゃないか?
もちろん、いい意味でのギャップだ。
「薺が花屋だったなんて、知らなかったよ」
「そうか」
「だから、花に詳しいんだな」
「母さんがそういうの好きで、よく俺にしつこく言ってくるから……あ」
その時、一瞬、薺が「しまった……」という顔をした。
何を言いたいのかはわかる。
でも、そこまで気にしなくていいのに。
「大丈夫だよ、普通に母さんの話して」
「えっと、その」
「薺ってさ、意外に不器用なんだね」
「俺が器用そうに見えていたなら、そっちの方が驚きだ」
「そう?」
どちらかと言えば、器用に見えていたけど。
「薺の母さんと同じでさ、俺の母さんも花が好きだったんだ。だから、家で飾ろうかなって摘んできちゃったんだけど……そんな貴重な花なら、摘んだらまずかったかな?」
「いや、誰にも見られずに枯れるくらいなら、大事に飾られた方が花も喜ぶだろう」
「薺って、男前だな……」
俺の周りには、あまりいないタイプかもしれない。
薺が少し照れていたので、これ以上は言わないことにした。
「俺が驚いていたのは、その花が珍しいからというのもあったんだが……元々、その花は4月から5月に咲く花なんだ。今の時期に咲いているなんて、聞いたことがない」
「あ、あ~~……なんでだろうね、狂い咲きかな?」
「珍しいこともあるもんだ」
「はは、はは……」
まぁ、俺が咲かせました。
なんて、言えないよね。
薺は、良い奴そうだから、話しても問題はなさそうだけど……。
いやいや、だめ、だめ。
そういう問題じゃないんだった。
でも……咲いた花を見せるぐらいなら、いいかな?
「あのさ、薺って、花好きなの?」
「……」
「え、何その顔」
薺は、何とも言えない顔をした。
「……嫌いじゃない」
「そんなに詳しいのに?」
「母さんが勝手に言ってきたのを覚えただけだ」
「ふーん、ならいいや」
「なんだ?」
「いや、花が咲いてるところに連れて行こうかと思ったんだけど、花に興味ないなら余計なお世話かな……って、あれ?」
俺が話している最中に、遮るように腕を掴まれた。
薺の方が、だいぶ身長が高いせいで、見上げる形になる。
薺は、しどろもどろになりながら、蚊の鳴くような小さな声で言った。
「……見たい」
「……!!」
「誰にも言うなよ」
「言わないけど……え、もしかして、恥ずかしいの?」
「それ以外に何がある」
「なんでさ、花が好きってだけだろ?」
「男がだぞ?」
「花屋の息子じゃん」
「それでもだ!」
薺が頑なに言うので、俺はやれやれと苦笑した。
どうやら、周りより少し大人に見えていた薺だけど、子どもっぽいところもあるらしい。
「いいよ、ついてきて」
そう言うと、薺は、目を輝かせて俺の後についてきた。
この場所に誰かを連れてくるのは、初めてだ。
まるで、秘密基地になったみたいだな。
内心、少し嬉しかった。
雑木林を進んでいく。
何度も来た道なので、俺は迷わずに目的の場所まで辿り着いた。
「ここだよ」
「……っすげぇ、」
ぽっかりと円状に開いた土地に、花が咲き乱れていた。
そこには、雑草から花まで、様々な植物が伸び伸びと育っている。
薺は、その場所である花を見つけた。
「あ、これ」
「ん?何?あ、ぺんぺん草のこと?」
「!!」
「そう言えば、これ、なずなって名前だっけ」
「……そうだよ」
「じゃあ、薺の名前もここから来てるんだ」
「……」
「え、また、その顔?なんで?」
「……誰にも言うなよ」
「何を?」
俺が聞き返すと、薺は恥ずかしそうに口元を覆いながら、俺に言った。
「俺、家ではぺんぺんって呼ばれてるんだ」
「ぺんぺ………っはは、そうなんだ!」
「笑うな!」
「いいじゃん、俺だって、おかんだよ?もう、みんな知ってるけど」
「知ってるどころか、俺もそう呼んでるけどな」
「なら、俺もぺんぺんって呼んでいい?」
「勘弁してくれ……」
いいあだ名だと思うけどな。
まぁ、本人が嫌がってるなら仕方ないか。
「親しみやすいあだ名になると思うけど」
「街中で呼ばれた時の俺の気持ちを考えろ」
「心中お察しします」
それは、確かに恥ずかしい。
でも、ぺんぺん草のことは、俺は好きだった。
だって、なんか可愛いし。
普段は物静かで、綺麗でリンッとしてて、薺って名前が良く似合うけど、あだ名がぺんぺんってところが何か凄く可愛いなって……。
「あぁ、そうか。名は体を表すってこういうことなのか」
「は?」
「いや、なんか薺って名前ぴったりだなって」
「なんだよ……それ」
「薺、ちょっとしゃがんで」
「しゃがむ?……こうか?」
素直に俺の前にしゃがんでくれた薺の頭を優しく撫でた。
すると、薺は凄い勢いで後ろの木に飛び退いた。
「なっ、は?」
「すげぇ、そんな焦ってるところ初めて見た」
「なんだよ、いきなり……!」
「昔、母さんから教えてもらったんだけどさ、薺って、撫でたいぐらいにかわいい花だから、元々は「撫で菜」って言われてたんだって」
「……え、」
「だから、もしかしたら、薺の母さんは薺が生まれた時、そう思ったから薺って名前つけたのかなって」
すると、薺の目が零れそうなくらいに見開いた。
どうやら、思い当たる節があったらしい。
「母さん、俺がどんどんデカくなっても……頭撫でるのだけは、やめねーんだ」
「そっか、」
「俺、恥ずかしいから、最近は撫でるなって、母さんの手避けたりして、」
「うん、」
「そうすると、母さん、なんか少しだけ寂しそうにしてて」
「うん、」
「罪悪感とかあったけど、俺、素直になれなくて、気付かないフリしてた」
「……そっか」
俺は、もう一度近づいて、薺の頭を撫でた。
薺は、今度は避けなかった。
「俺もさ、料理しててからかわれたり、買い物してて変な目で見られることとかたくさんあったよ」
「おかん……」
「でもさ、悪いことなんて何もしてないじゃん。俺は、料理することが好きだし、買い物だって楽しいよ。全然、恥ずかしいことなんかじゃない。花が好きなのだって、花に詳しいのだって、良いことだろ?母さんに撫でられるのが好きでもいいじゃん。甘えたとか、言いたい奴には言わせておけばいいし、そんなんで、親に寂しい想いさせる方が、俺は恰好悪いと思う」
「……ッ」
「花が好きでも、母さんに頭撫でられてても、薺が男らしいのは変わらないよ。空手だって、誰より強いし、背だって高いし、人の悪口だって言わないじゃん」
俺がそう言うと、薺は珍しく眉をハノ字に下げた。
「あんまりしょぼくれてると、俺もぺんぺんって呼んじゃうよ」
「……それは、困る」
「はは、なんてね。薺って名前、気に入ってるから、これからも“なずな”って呼ぶよ」
「……俺も」
「ん?」
「俺も、この名前、気に入ってる……」
小さな声で、素直にそう言った薺を見て、俺は嬉しくなって微笑んだ。
母性って、こういう気持ちを言うんだろうか。
薺の頭を撫でながら、俺は幸せな気持ちになった。
「あ、そうだ」
「なんだ」
「ここ、俺の秘密の場所だから、薺にも秘密にして欲しい」
「あぁ、絶対誰にも話さねーよ」
「ははっ、だから、そういうところが男前なんだって」
俺が笑うと、薺の顔にもようやく笑顔が戻った。
薺は、帰り道。
今日は、母さんに頭を撫でられても避けないと俺に約束した。
俺が、少しだけ意地悪して、今日は撫でられないかもよ?と言ったら、「だったら、俺から頭を差し出してくる」なんて、開き直ったように言うものだから、俺は、笑いが止まらなかった。
薺のやっている花屋は、小学校から少し遠い。
だけど、今度是非行ってみようと思う。
「さくらとモモの花の季節になったら……さくらも連れていこうかな」
あぁ、もちろん。
父さんも連れてね。




