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父の教えもありました。


ご飯を美味しく作るポイントは、目的を作ること。


例えば、誰かに食べさせたいだとか。

例えば、ダイエット食を作りたいだとか。

例えば、単純に料理上手になりたいだとか。


そして、もう一つのポイントは、少しだけ手間をかけること。

面倒だと思うことも、ちょっと省かないでやる。


下味をつけること。

下処理を抜かさないこと。


それだけで、味が格段に変わる。

味噌汁でいうなら、ダシをとることだったり、煮物なら味が染み込むように切る時に細工したりすることだ。


母さんの料理が好きだった。

体調が悪い時は、ベッドの上から離れられなかった母さんだけど、元気な時は、嬉々として嬉しそうにごはんを作ってくれていた。

美味しい、大好き、そんな気持ちをたくさん込めて作った料理はやっぱり美味しかった。


卵焼き一つにしても、思い出の味だ。

俺の家は少し甘めだったけど、それは俺とさくらの大好物だった。


でも、俺が、同じものを作ろうとしたらスクランブルエッグになったことがある。

今となっては、少し形になってきたものの、美味しい卵焼きへの道は遠い。


母さんのような味を、いつか出せるようになりたい。


そう思いながら、俺は今日も食材を選ぶ。

昔は籠が歩いているのかと思ったとよく言われたが、今では片手で籠も持てるようになった。

商店街の常連だけに、今ではたくさんの「主婦友」がいる。

みんな、俺にいい野菜の選び方や、美味しい調理法をよく教えてくれた。


そのせいか、商店街の中では、俺はすっかり有名人だ。

道を歩けば声をかけられる。

たまに、知らない人からも声をかけられるぐらいだ。


ちゃんとしている。

しっかりしている。


それが周りからの、俺の評価だろう。

だけど、実際はそんなことはない。

そう見せてるだけだ。


母のおしえノートにも書いてある。


【 あるくときには、せなかをのばす 】


つまりは、姿勢を正そうってこと。

それだけで、結構ちゃんとして見えるはずだ。

母さんは、よく背伸びをしていた。

お天道様に近づくだけで、世界がちょっとだけ広く見えるようになる。

高いところに上ると、下の景色が良く見える、そんな感じだ。

背伸びした、わずか1センチ、2センチでは、見える景色はそんなに変わらないと思うかもしれない。

だけど、少し背筋を伸ばすだけで、世界が少しだけ違って見えるのは本当だ。

試しにやってみれば、わかる。

目線が高くなれば、きっと。

視界に入るものも変わってくるんだ。


広い世界には見たこともない常識がたくさんある。

どんな時も背を伸ばして歩くだけで、お天道様は貴方を見つけてくれるのよ。


母さんは、そう言っていた。

お天道様に、どれだけ近づくのかはわからない。

けど、小さい頃からそう言われていたせいか、歩く時の俺の姿勢はどうも綺麗らしい。

俺がさくらにもそう教えたから、そのうちさくらも姿勢が綺麗だね、と褒められるようになるのかな。

そうだと、嬉しい。



◇◇◇



「おかーん!」

「あ、よっちゃん、ひろふみ、どうした?」

「おかん見つけたから走って来た!買い物?」

「そ、後はトイレットペーパーを薬局で買ったらおしまい」

「トイレットペーパー!買ったことねぇ!」

「流石、おかんだぜ!!」


買い物帰りに、商店街を抜けると、クラスの友達が声をかけてきた。

両手にぶら下がっている買い物袋を見て、二人とも拍手している。

何が流石なのかはわからないけれど、何かに感動しているらしい。


「遊んでたの?」

「今から原野公園で遊ぶ!!おかんも来ねぇ?買い物終わったなら、時間あるんじゃねぇの?」

「うーん、そうだなぁ…」


今日は、少し早めに買い物が終わった。

父さんたちが帰ってくるまで、時間もあるし。


「1時間くらいなら……いいよ」

「マジで?!」

「薬局行ってから、荷物だけ、家に置いてきていい?」

「おう!!全然いい!!」

「やった!絶対来いよ!!他の奴らにもおかん来るって言っとくから!!」


久しぶりにOKしたせいか、よっちゃんたちのテンションが一気にあがる。

飛び跳ねながら公園へと走っていく二人を見ながら、俺も気持ち足を速めた。





「来たよ」

「お!ほんとに来た!」

「何して遊ぶんだ?バスケ?」

「バスケ!!」


人数からして、どうやら3on3をやるつもりらしい。

授業以外でバスケをするなんて、久しぶりだな。

相変わらず、公園のバスケットゴールは高かった。

チームを決めて、早々にゲームを始める。

夢中になって、ボールを追いかけた。


そして、ちょうど1時間が過ぎた頃。

俺は、だらだらと流れてくる汗を拭った。


「そろそろ、帰るわ」

「えええ、早くね?!まだいいだろ!」

「晩御飯作らないとなんだよ」

「そっか~~~、じゃあ諦める!!」


うむ。素直でありがたい。

俺は、全員とハイタッチした。


「また、遊ぼうぜ?」

「絶対だぞ!」

「うん、それと、みんなも六時には帰れよ?」

「わかってるって!」

「じゃあな!おかん!」

「またな!」

「おう、また明日な」



◇◇◇



家に帰ると、すぐに台所へと向かった。

夕飯を作りながら、今日一日を振り返る。


久しぶりに遊ぶと、やっぱり楽しかった。


だけど……どうも、俺はこうして家族のためにご飯を作ってる時が一番好きらしい。

所帯じみてると自分でも思う。

でも、この時間が一番落ち着くんだから、仕方ない。


「ただいま!!かんた!」

「おかえりなさい、父さん、さくら」

「ママにい、ただいまぁ!」


家族三人で揃って、温かいごはんを食べる。

もしかしたら、他の家では普通のことなのかもしれないけど、俺の家では、普通ではなかった。

だからこそ、この時間が大切だった。


お腹いっぱいなって、風呂に入ると、さくらはすぐに布団に入った。

今日は、たくさん遊んだらしい。

俺と一緒だった。


「かんた、いつもありがとうな」

「父さん?」

「かんたの料理本当に美味しいし、さくらの面倒も見てくれて、父さん、凄くかんたに感謝してる」

「当たり前のことだよ?」

「当たり前のことじゃないさ。あのな、当たり前なんてないんだよ、この世には、絶対なんてないんだ。だからこそ、感謝するんだよ」

「そうなの?」

「うん、そうだよ。当たり前だったら、何でも当たり前になるだろう。料理を作ってくれるのも、当たり前だったら、料理をしてくれるかんたに感謝ができなくなる」


父さんは、優しく俺の頭を撫でた。

それに、少し泣きそうになる。


「しあわせだな、嬉しいな、って思った時、自然に出てくる言葉がありがとうなんだよ。だから、俺は、家族といる時、いつもありがとう、って思ってる」

「そうなんだ」


頭を撫でてくれている父さんの手に、自分から頭を擦り付けた。


それなら、俺だって。

いつも、ありがとうって、思ってるよ。


「父さん、いつも仕事頑張ってくれてありがとう」

「かんた……」

「早く帰って来てくれて、嬉しい。ありがとう」

「俺の、息子が、世界一かわいい…!!」

「それ、口癖なの?もう、」


抱きしめてくる父さんの腕の中で笑う。

何度だって、ありがとうが出てきそうだった。


父さんの教え。


当たり前なんかない。

絶対なんてない。


だから、感謝ができる。


その言葉は、俺の心に深く刻まれた。


うん、父さんのおしえノートも作ろうかな。



もちろん。

父さんには、内緒でね。







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