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大人になった妙ちゃんはあの夏休みの宿題から知った平和の大切さの為に世界で働く…

 月日の流れは早いものです。 

季節は変わって学校では二学期が始まりました。


今日はいよいよ、あの宿題を皆の前で発表する日です。三階の妙ちゃんの教室、三時間目の授業はもう始まって居ます。


木村君がお豆腐屋さんのお婆ちゃんから聞いた東京大空襲の話しをしています。


火の海を逃げ回った話にみんな聞き入って居ます。


戦争の恐ろしさが伝わって来ます。


木村君の発表が終わるといよいよ、妙ちゃんの番です。


開け放たれた教室の窓から、風が吹き込んでいます。

外はまだ夏の暑さが残っていて、教室の中はかなり温度も高く、座っていても汗ばむ程でした。『次は、妙ちゃん。』先生が呼びます。

『はいッ』   

妙ちゃんは、元気よく返事をして立ち上がりました。


書き上げた原稿用紙の束を広げて、背筋をピンと伸ばし、よく通る声で話し始めました。

『私は夏休みの間、田舎のお祖父ちゃんに電話をして戦争の事をいろいろ教えてもらいました、私のお祖父ちゃんは第二次世界大戦の時にパイロットとして戦争に参加して中国大陸や東南アジアを中心にして活躍した陸軍の軍人です。

お祖父ちゃんは戦争時代の事を手紙にして送ってくれました。


その手紙に書いてあった事をまとめたので、これから読みます。』

妙ちゃんは、お祖父ちゃんの手紙に書いてあった悲惨な出来事や戦争の為にどれだけの人の命が奪われたのか、その中には大勢の子供達が居たこと、そして妙ちゃんはその死んで行った子供達の中には、大人になれていたら日本や世界の為に活躍したかもしれない子が絶対に居たという事を訴えました。

教室のみんなは、妙ちゃんの話に引き込まれていきます。


幾つかのエピソードが語られ、教室は静まり返っています。

『私のお祖父ちゃんに、今度の宿題の事を相談した時、一番最初に言われたことは、戦争は絶対にやってはいけないと云う事でした。


戦争に仕方の無い理由などは無いと思います。


戦争のために使うエネルギーを、戦争を止めるために使うなら、きっと世界を平和にする事が、出来ると思います。 

世界中の国の人達は誰も戦争をしたいなんて思ってはいないと私は思います。


兵隊さん達だって、戦争がいい事だなんて、絶対に思ってはいないと思います。


それなのに、いつも世界の何処かで戦争が繰り返されています。 

そして、弱い立場の人たちが一番最初に犠牲になります。

私はまだ小学生です、だから大人の社会の事は判らない事だらけです。

大人は言います、子供には判らないんだって、難しい事は判らなくても、戦争が悪い事で平和が大切な事ぐらいは判ります。


私はこれから一生懸命勉強して、歴史や、政治や、世界の文化や、考え方の違いなどについて、知識を深め、世界を平和にする為に役に立てる人間に成ります。

お祖父ちゃんはこんな事も言いました。


何故戦争が起きたのかを知ることよりも、未来の人たちの心に戦争を憎む思いを植え付ける事が大事だ、私もその通りだって思います。 

私が大人に成った頃、世界はきっと戦争の無い社会に成っています。


私達、未来の大人達にその責任があるのだと思います。』 


妙ちゃんは、ひとつだけ嘘をつきました。


戦争を憎む思いを―この話は、お祖父ちゃんの手紙の中には書いてありませんでした。


妙ちゃんが見た不思議な夢の中で出会った、若い頃のお祖父ちゃんが話した事でした。


みんなに、そんな話しても誰も信じてくれないだろうし、全部が嘘っぼく成っちゃうような気がしたのです、だから妙ちゃんは、お祖父ちゃんの手紙に書いてあった事にして、話しました。

でも妙ちゃんは、あの夢の中の若いお兄さんは、絶対にお祖父ちゃんに間違いないと思っているし、あの夢自体が、ただの夢ではなく何かよくは判らないけど、あの不思議な時間は間違いなく現実だったと確信していました。

妙ちゃんは、将来の目標や夢迄しっかり考えた、素晴らしい内容に仕上がった宿題の発表を終わりました。


教室の中は、クラスの仲間達の拍手の音が、いつまでも鳴り響いていました。


汗だくに成った妙ちゃんでしたが、心は晴れ晴れとして清々しい気分でした。


学校が終わったら、仲良しとの寄り道も今日は辞めて、早く家に帰ろう、それで今日の事お祖父ちゃんに報告しなくては、と思った妙ちゃんでした。


お祖父ちゃん、喜んでくれるかな?

学校帰りの妙ちゃんの足取りはいつもよりだいぶ速いようです。



その日から十五年の年月が経ちました。


内乱の続く中東の或る国。

妙ちゃんは、立派な大人の女性に成長していました、都賀妙子(ツガタエコ)、妙ちゃんの姓名です。

敵国の空爆が有ったり、自爆テロが有ったりする治安の悪いその地域で妙ちゃんは、国連の職員として戦争の被害を調査したり、民間人の救済などの仕事に従事して居ました。

妙ちゃんは、お祖父ちゃんとのあの日の約束を守ったのです。


十五年前の夏休みの宿題を発表した日、妙ちゃんはクラスメイトに、自分が平和の為に役立つ仕事して生きていくことを誓いました。その日から妙ちゃんの人生には、妙ちゃんにしか見えない一本の線が春か遠い彼方まで続いていて、妙ちゃんはその見えない白い線をたどって歩き続け、気が付けば、戦乱の続く外国で約束通り、平和の為の仕事をしています。 


危険な目にあった事も一度や二度では有りません。

その証拠に妙ちゃんの手足には、幾つもの傷跡が残っていますし、身体の中にも手榴弾の破片が取り出せてないままで残っています。 

恐怖に震えながら、爆撃の終わるのを物陰に隠れて待っていたことや、あまりにも惨たらしい戦場の光景を見て、やり場の無い怒りと悲しみに、瓦礫の中に立ち尽くして泣き続けた事も有りました。 

それでも、妙ちゃんは引き返すことはしませんでした。 


お祖父ちゃんとの約束を守りたかった、いいえそれだけでは有りません。


世界を平和にする為に自分の一生を捧げることが最高の生き方だと思ったからです。 


自分一人の存在がどんなに小さく、弱いのかは嫌というほど知っています、それでもその小さな砂粒の様な存在が、だんだん数を増やして行ったとき、間違いなく世界は変わる。

あきらめないで、その小さな一歩を踏み出すことを。


あきらめないで、どんなに先が遠くても。


世界中に散らばっている同じ心の人達が、いつかその手と手を繋ぎ合って歩き始めるその時まで、あきらめるな、あきらめるな、諦める事それは敗北、妙ちゃんは自分に、そう言い聞かせてここ迄来たのです。


砂漠の国の強い陽射しに、眼が眩みそうに成った妙ちゃんは、見上げる空の輝きの中から古い型の飛行機が姿を現したのに気が付きました。


『お祖父ちゃん…』 何故だか、妙ちゃんはその旧式の双発機がお祖父ちゃんの操縦する飛行機に思えたのです。


そんなこと有る筈もないことなのに、そう思ったのです。


『お祖父ちゃん…また負傷兵の人達を運んでるの?』


妙ちゃんは心の中でお祖父ちゃんに話し掛けました。


その時です、妙ちゃんの中でお祖父ちゃんの声が聞こえました、『妙子、立派に宿題をやり遂げたね、道は険しくても、どんなに遠くても、歩みを止めなければ、必ず目的地に着ける。もう少し、もう少し、妙子、もう少しだよ。』


妙ちゃんは、あの夢の中の砂浜時のように答えました。 


『うん妙子、頑張るね』


気が付くと、晴れ渡る空の何処にも、あの飛行機の姿はなく、妙ちゃんの目の前には、焼け爛れた戦車が一輛、地面にめり込むように放置されています。


そして、その戦車の上に何人もの子供達が、賑やかに遊んで居ます。


子供達の笑顔が悲惨な出来事を忘れさせくれます。


妙ちゃんは、世界中のこんな子供達が、安心して遊べる社会を造り上げなくてはいけないと、また決意を新たにしました。


そうです、合い言葉は


…もう少し。  





読了ありがとうございます。今も私達の住む世界は決して平和だとは言えない状況です。戦争だけではなく環境破壊や新種のウィルス等、地球的規模の危機が取り巻いています。こんな世界を変えるのは科学も政治も重要ですが、一人一人の人間の心に平和に対しての強い気持ちを育てることではないでしょうか。

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