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地獄行き

いつの時代にも流行が存在する。映像、音楽、食べ物、ファッション、とジャンルは様々だが、1年もつワードがあったならそれは流行りではなく、定番化されることが多いきがする。あくまで僕の主観だけども。そんな世の中で、現在の流行りが『瀬名一族』である。冬も間近だという頃、一つのコマーシャルが話題になった。それはファッションブランドsenaの新作ダウンジャケットの宣伝だ。ジャケットは実用性も十分に兼ね備えた熱を逃しにくく、肌触りのよい素材を使用している。それに加え、senaブランド特有の斬新なデザインで唯一無二の服になっていた。しかし特に注目を浴びたのはそこではない。そのモデルにあったのだ。透き通る肌に映える、美しく切りそろえられた髪型は、生まれ持った素材がないと出来ないだろうと思う。異様に長い手足はすらりと伸びており、モデルになるべくしてなった体型だと思った。クールで儚げな雰囲気を纏った青年は、どこか現実離れしていてすぐさまその名が知れ渡った。

その名は「マコト」。チャームポイントは知性の伴ったメガネだ。年は17歳。


僕と同じ名で、僕と同じメガネをかけ、僕と同じ年。どこかで身長は186cmと聞いたが、僕は168cmである。つくづく腹の立つやつだ。しかも瀬名家のご子息であり、金持ちというスペック。せめて同じ名前でなければこんなにも恨めしいことはなかっただろう。そんな僕にとって恨めしいマコトが何故かいま目の前にいる。










担任から紹介をうけたコイツは真っ先に僕の隣にきた。教室中の注目の的となっているが、僕がいるせいか誰も近づいてきたりはしなかった。いっそのこと誰かが連れ去ってくれることを期待していたのだが、僕はそれ程までに近づきにくいらしい。


「はじめまして、瀬名(せな) (まこと)です。聖って漢字珍しいでしょう?母が誠とか真琴~だとありきたりだからって、付けたみたいでさ。お陰でみんなからはひじりとか、せいー、とか呼ばれて。あっ、まだ君の名前聞いてなかったよね」

僕の机にぴったりと自分の机を寄せてきたと思えば、こちらに身を乗り出して、僕の机に誠、真琴と落書きし始めた。ありきたりで悪かったな。僕はこの無粋なマコトに苛立ちを覚えながら、力強く消しゴムを擦り付けた。

「……篠宮(しのみや)

名乗るのがなんだか癪で名字だけで止める。そんな抵抗も虚しく、無神経で空気の読めないマコトは案の定な返しをしてきた。

「下の名前はなんていうんだい?」

にこにこと悪意のない笑みでこちらを見つめてくる。それがなんだか余計に腹ただしくて、思わず語気が荒くなった。

「まこと。お前と一緒だけどありきたりなほうの(まこと)だよ。」

誠の字が書かれていた机を指で叩いた。

目の前のマコトは目を瞬かせ、まこと、と小さく復唱した。

「だから名字で呼べよな。僕もお前のこと瀬名って呼ぶから」

そう言って思い切り机を離した。僕の机だけ列から外れているが、そんなことは気にしない。まったく、面倒なやつが転校してきたものだ。窓の外に目を逸らすと、耳障りな雑音が結構な音で右側から響いてきた。びっくりして音の方に目を向けると、再びぴたりと付けられた机があった。

「誠!!誠誠誠誠っ!!」

無駄にデカイ声で僕の名を呼ぶ彼の顔は紅潮していた。

「な、なに?」

本能的に後ずさる。なんなんだ、こいつ……ていうか本当にこれがあのマコトなのか?

教室中に響いた彼の声に誰もが振り返った。そして僕と同じことを思ったであろう怪訝そうな顔をしている。

「運命!同じ名前の友達できた!俺!いえーい!」

唖然としている僕の目の前でくるくると舞い踊るコイツは、モデルの時とは大違いだ。

「……わけわかんねぇし……」

引き気味な僕の態度をよそに軽快なステップを踏みながら意味の分からないことを口にする。

「友達!!friend!!It’s庶民!!」

あの雑誌やテレビでみるクールな表情はメガネが担当しているのかもしれない。きっとメガネがないマコトはただの聖なのだ。

「……ていうか、あのメガネ伊達だったのか」

僕が、とくに意味は無く思ったままを口にすると、その言葉を聞いたマコトは凍りついたように動かなくなった。

「え、なに」

何かよくないことを言ったのだろうか。

「あっ、普通にコンタクトレンズ?……ってこと……ではないのか……」

ふと閃いたことを言ってみるがマコトは止まったままだ。

おい、瀬名ーーー、そう呼ぼうとしたとき口元を思い切り塞がれた。

「………………しーっ」

「…………は?」

声はくぐもっているが、僕の素っ頓狂な表情からこの思いは伝わっているはずだ。鼻ごと覆っている手は肉が薄くて冷たい。

「俺が、あの瀬名一家だってこと……君は気づいたんだろう?」

神妙そうな面持ちで耳打ちをしてくる。まさかコイツ……みんな気づいてないとでも思っているのだろうか。更に彼は小声でこう続けた。

「……誠。君とは友達だと思ってる。だからこそ。友達の君だからこそ頼みたい。」

もしかしなくてもコイツは。

「俺があのモデルのマコトだってこと。内緒にしてほしいんだ」

馬鹿だ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



今日は朝からなんだか騒がしい日だった。いつも通りの通学路をいつも通りの時間に歩いていると、いつも通りの友人が声をかけてくるいつも通りの日常。「おはよう、昨日のみた?」が開口一番の挨拶だ。

「おはよ、なんだ、『UMRの謎~先住民は知っている』か?それとも『タイムパラドックスと量子力学の変化』か?」

「ええ!!お前もうあの特番みたのかよ!!『異次元の扉』の裏番組だろ!まさか異ドアスルーしたかんじ?」

「録画」

「うっわ!ひでぇ!実家住みはこれだから……」

このSFオカルトオタクは僕の部活仲間だ。こうして番組の話をしながら登校するのがささやかな楽しみでもある。

「一人暮らしだって録画できるだろ」

その言葉の意味を勘違いしたのか、ムッとした表情で告げる。

「一人暮らしは色々とキツいんですぅ。録画機器なんて買ってらんないし」

「え、晴人(はると)持ってないの?僕のお古あげようか?」

ついこの間自分の部屋にテレビを設置したばかりで、それは録画機能もついた割と高めのものを買った。そのためDVDプレイヤーがいらなくなったのだ。

すると先ほどまで不貞腐れていた彼の顔がみるみるうちに明るくなった。

「ほんとに!?欲しい欲しい!」

喰いつくようにきた晴人に、現金なやつだ、と思いながらもこいつの素直な感情表現が僕は気に入っていたりする。

やったー、嬉しい、を連呼する彼の横顔は幼稚園の頃から変わらない無邪気なままだった。



上機嫌の晴人との登校を無事終え、それぞれの教室に入る。僕の席は一番端の後ろである。クラスに友達がいない僕にとって唯一の救いだった。隣の席もいないため気を使う必要もない。部活に行くまでの時間は僕にとってただの昼寝タイムだ。今日もチャイムギリギリに席につき、早速机に突っ伏す。チャイムが終わるのと同時に担任の福山(ふくやま)が入ってくる。有って無いような朝の出欠確認に片手を上げ答える。これがいつも通りの日常だ。しかし今日はチャイムが終わったのに誰も教室に入ってこない。顔をあげ辺りの様子を伺うと、コソコソ噂をするクラスメイトの声が響いていた。転校生、まさか、有り得ない、そんな言葉が断片的に聞こえてきた。もし転校生が来たならば、間違いなく僕の隣の席だろう。それだけはものすごく……。

「……嫌だなぁ……」


そんな僕の思いは荒々しい扉の音によってかき消された。生徒達の視線が一気に集中する。おはよう、と馬鹿デカイ声でズカズカと歩く福山が入ってくる。それに続くようにして華奢な青年がいた。スラリと伸びた身長に線の細い体。袖から覗く手首は折れそうな程に細く、女性のような白さだった。その姿をみた教室がざわめきはじめる。

「本物じゃん!?きゃー!」と黄色い声をあげる女子たち。不良ぶってる男子たちも「マジ?これマジ?」とめを丸くしている。黒板の中央にたちこちらを向いた青年はどこをどうみても 『 マコト 』であった。

しかしその顔には爽やかな笑顔が備えられており、メガネもしていなかった。視線を向けたマコトに射止められた女子たちが歓声をあげる。それを見かねた福山が「静かにしろー」と声をかけた。

福山と一瞬目が合う。嫌な予感がする。思わず視線を外すと、逃がさないと言わんばかりに張り上げた声でこう言った。

「今日から転校してきた、瀬名 聖君だ。席は篠宮のとなり。あとは篠宮頼んだぞ」

「え!?」

福山の方を見るとその姿はもうなかった。かわりに僕の目に映ったのは、綺麗な顔をしたコイツだった。こちらを見下ろす冷たい瞳。あぁ、コイツは間違いなく。

「よろしくお願いします。」

咄嗟に作り物のような笑顔を浮かべたマコトは取り繕ったようにそう言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




で、現在に至る訳だが。

何故か僕と瀬名の席はぴったりとくっつけられ列から大幅にズレている。そんな様子をジロジロとみるクラスメイトの視線が痛い。時々聞こえてくる「あれホントにマコト……?」という女子達の声。あぁ、みんな僕もそう思っている。はじめてクラスのみんなと打ち解けられた気がする。そう心の中で思いながら、隣のヤツに視線を移すと誰に向かって話しているのか、ペラペラと何かを説いている。時折「ね、誠!」の同意に対して適当に相槌を打つ。もうそろそろお昼休みになるというのに、朝の1件があってから、授業の合間ですら誰も近づいてこなかった。僕を友達判定したのが運のつきか。そんなことを考えていると右から「ほんとうかい!?」と弾んだ声が聞こえてきた。

「え」

全く話を聞いていなかった僕は視線を泳がせた。すると何を勘違いしたのか、瀬名はみるみる目を輝かせ、小さくガッツポーズをする。

「あー……えっと……おい瀬名」

「あぁ〜楽しみだなー!!庶民の餌!!」

人の話を聞く気がないコイツは教室中に響き渡るほどの鼻歌(鼻歌というかもはや歌)を轟かせていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



僕はいつも学食を利用している。そこなら部の仲間もいるし、何よりお財布に優しい。SFオカルト研究部の集まる席は決まっている。そこには一般生徒は決して近寄らない。オタクの集まりだ、とか、非リア充だ、とかいう勝手な推論から、服を洗わない、だとか、風呂に入るのは3日に1回だ、とか根も葉もない噂がひとり歩きし、遠巻きにされてるのが僕らオタ研だ。この名前もオタク集団だと勝手に決めたやつらがよびだした名だが、僕ら自身もわりと気に入っていたりする。馴染みやすく、呼びやすい、そして事実だからだ。僕らはオタクだということを恥じてはいない。別に趣味の一環なんだし、いいと思うのだけど、世間にはまだ オタク=変人 という概念が染み付いてるらしい。そんなわけでクラスからもバリバリ浮くこの僕が、なぜ廊下を歩くだけで好奇の目に晒されるのかというと。

「誠!あっちに人だかりがあるよ!うわぁ、大勢の人が群れてるね!」

スライド式のドアに張り付いて中を覗き込む姿は新作の玩具をねだる子供のようだ。うわぁ、すごいすごい、と本気で関心している彼を大勢の人が見ていた。



授業が終わった途端、さっさと学食に行こうと席を立った僕に「えっ、誠、どこにいくんだい?」と声をかけてきたのは言うまでもない。聞こえないふりをして足早に去ろうとした瞬間、手首を掴まれた。振り払おうとするが、それより先に痛みがこみあげてきた。

「いっ!!」

顔を顰める程度には痛かった。振り返ると手首にきりきりと爪が立てられている。

「おい、ふざけるなっ!」

手を引きはがし瀬名の顔を見る。するとーーー

「だって……一緒に行くっていったじゃん……」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったそれでも綺麗な瀬名がいた。

「………………は?」

目の前でぐすぐすと泣いているコイツをあの有名モデルマコトだとは誰も思わないだろう。意味がわからずじっとしていると、こちらをチラチラと伺う瀬名と目があった。

「なんなんだよ……」

ため息しかでてこない。どうしたものかと思案していると……

「…………さっき!」

「え?」

「さっき……学食、一緒に……いこって……いいよって……いったもん……」

どうやらさっきの会話はそういう事だったらしい。半分自業自得でもあるため居心地が悪い。こうして仕方なく学食まで連れていくことになった。



それにしてもコイツ……。

きゃっきゃとはしゃぐ瀬名を後ろから見ながら頭が痛くなる。なぜか好かれてしまっている。そしてもうクラスメイトは誰ひとりとして興味を示さない。

「終わったな……」

思わず漏らした言葉に「なにがよ」と天使の声が聞こえてきた。振り返ると、そこには天使が。

「誰が天使だっつーの、バカ言ってないではやく入れば?」

「え、声にでてた?」

「見ればわかる」

自信に満ちたこの笑顔は世界一可愛いのだ。スタスタとドアに近づく彼女は今日も凛としていて美しい。ぼうっと見とれていると彼女の前に立ちはだかる生徒がいた。

「はっ!!」

辺りを見回すとアイツがいない。学園のマドンナである碓原(うすばら) 梨花(りか)さんは僕のようなオタ研にも分け隔てなく接してくれる素晴らしい女性だ。だからこそ、アイツと会わせてはならない。あの迷惑の塊と。

「碓原さん!」

その名を呼んだ。しかし、時既に遅し。

「見ない顔ね。はじめまして、かしら」

あぁ、碓原さん、そいつはダメだ。声をかけられ振り返るアイツの姿はムカつくほどに綺麗だった。


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