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異世界魔道士の冒険譚  作者: 牡牛座の虎
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シャルロット・アーレントの旅路②

1


 シャルロットは今朝も柔らかなベッドの上で目を覚ました。


 花の香りが付いた暖かいブランケットを丁寧に折り畳むと、鑑の前に座って髪を緩く編む。


 清潔な衣服に身を包み、冷水で顔を洗うと朝食の準備に取り掛かる。ファティナは朝が弱い為、朝食はシャルロットに一任されていた。


 レンガ造りの土釜に火を着けて、夕食の残りのコーンスープを温め直す。

 その間に朝取れたばかりの鶏の玉子とスライスしたベーコンを炒め、厚切りにした柔らかいパンと一緒に皿に乗せてテーブルに並べた。


「よし、ティナ様を起こさないと!」


 手際良く朝食の準備を済ませると、シャルロットはファティナの自室へパタパタと駆けて行き木造のドアを二度三度とノックする。


 ややすると、カチャっというドアノブを回す音が鳴り、中からファティナが現れると、――おや? シャル、随分と珍しいね?

 と、少しハスキーな優しい声音で妙な事を言いながら、シャルロットの髪を優しく撫でる。


「えと、何が珍しいんですか?ティナ様?」


 シャルロットは髪を撫でられたまま、はてと聞き返す。


 ――ん? 何がってあんたが私より寝坊するなんてどう考えても珍しいじゃないか。


「私、寝坊なんてしてませんよ! もう、まだ寝惚けてるんですか?」


 シャルロットは呆れたとばかりに腕を組んでファティナに非難の眼差しを向ける。


 「朝食の準備は済んでますから、早くお顔を洗ってきて下さい。まだスープを火に架けたままなので私は戻りますけど、二度寝しちゃダメですよ?」


 シャルロットはそう言うとファティナに背を向け、キッチンへ向けて歩き出そうとしたのだが、ぴくりとも身体が動かなかった。


 シャルロットはぎょっとしてファティナに助けを求めようとしたが、今度は声すら出す事が出来ない。


 するとシャルロットが大好きな、少しハスキーで優しい声が残酷な事実を突きつける。


 ――シャル、わかっているだろう? これは夢だ、すぐに起きなきゃいけないよ。


 ――……嫌です……なんで起きなきゃいけないんですか?


 ――ふふっ、シャル。拗ねちゃってまぁ、小さい頃みたいだね……良いかい? 夢は絶対に覚めなきゃいけないんだ、そうだろう?


 ――……嫌です! だって、目が覚めたらティナ様はいなくなってしまうじゃないですか! お家だって消えてしまうし……お腹だって空きました、もうずっと何も食べていないんです……


 シャルロットはもう堪えられず、ポロポロと泣き出してしまう。


 ――ずっとひとりぼっちで寂しいです……夜は寒いし真っ暗でとっても恐いし……丘の上のお家にだって帰れません! 目を覚ましたって良い事なんか何も無いじゃないですか!


 泣きじゃくりながら、辛い旅路の中で降り積もった不安を吐露するシャルロット。


 ――あぁ、シャル。今すぐ力いっぱい抱き締める事が出来たらどんなに良い事か……でもそれは出来ないんだ、ごめんよ。


 ――何でですか? 折角また一緒にお話出来たのにどうして駄目なんですか?……ティナ様と私がいて、お家があって、温かい食事があって……もう、夢で良いです。


 ――シャル、シャル、大丈夫だよ……私を信じな。目を開けるだけで良いんだ、約束する。あんたはいっぱい頑張ったから、辛い事はもう終わり。お腹いっぱいご飯を食べて、明るくて暖かい火の傍でぐっすり眠るんだ!


 ――でも、ティナ様……私、司教様達に言われたんです“末席のサイラス”を打たないとティナ様も私も帰るところが無くなるぞって。


 彼女はポツリとこの苦しい旅に出る事になった原因を口に出す。

 シャルロットにとっては、居場所が失われる事が何よりも耐え難い事なのだ。


 ――大丈夫だよ、あんたは何も心配しなくて良いからね。そんな奴らも“末席のサイラス”もきっとなんとかしてくれるさ。


 ――してくれる? してくれるってどういう事ですか?


 ――さぁ、もう時間だよ! 目を開けなシャルロット!


 シャルロットの質問に答える事なくファティナが叫ぶ。

 その瞬間、凄まじい突風が轟轟(ごうごう)と吹き荒れて、夢の中の家もろとも彼女を現実に吹き飛ばした。


2


 木々の凄まじいざわめきに思わずシャルロットが目を覚ますと、辺りの巨木はギシギシと音を立ててたわんでいた。


 この北の大陸の果てにある大森林“サイラスの墓場”にやって来てから精霊の加護を一度も感じなかったのだが、今吹き荒れる風は加護の力どころか“気まぐれのシェルフィール”の力そのものだ。


 余りにも凄まじい突風に、反射的に顔を背けるシャルロット。

 すると、何処からかその風に乗って運ばれて来た砂漠色のストールが彼女の顔面を覆う様に引っ掛かった。


「わぷっ」


 と、奇妙な悲鳴を上げたシャルロットだったが、ストールの肌触りはふわふわと柔らかく、なかなか上等な仕立ての物である。

 これがあれば夜の寒さも僅かに緩和されるかもとシャルロットは考えた。


 ……しかし、風が運んで来たのはそれだけではなかった。


 「おっと、こいつは驚いたね」


 ストールをひっぺがした彼女の眼前には先ほど迄には存在しなかった物が……いや、“者”が台詞ほど驚いた様子も無く、未だに目に涙を溜めるシャルロットを見下ろしている。


 突然の事に目を白黒させるばかりのシャルロットを余所に彼は「えーと、こういう場合は相手の目線に合わせると警戒されないんだっけ?」と膝を折り、彼が以前に動物ふれあいバラエティーで見た小動物に対する接し方を十六才の少女にやって見せる。


 そして未だに唖然とする彼女を前に


「はろー、まいねーむいず、“ナオシ ナガクラ”うぇあーいずでぃーす? あんどわっちゅあねーむ? ……通じてんのか、これ?えーと、どぅーゆーあんだすたん?」


と、謎の呪文を唱え始めた。

分ける必要無かったかな……

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