逆ハーマジ勘弁にかかわる物語。~残念ながらリロイは今日もシスコンです。~
それは幸せな二人のはなし。
残念ですが、婚約は解消いたしました。またのご縁は金輪際ございません。
従者の観察日記。
お前心が奪われたとしても、私の一言だけ肝に命じとけ。な?
と、繋がりがあります。
私の両親の話をお聞きになりたいと。
そうですね、
あなたもご存知のように父はかの有名な公爵家の嫡男で、母は貧乏な子爵家の娘でした。
これだけ聞くと、身分違いの末の大恋愛の結婚に見えるでしょう。
ですが、実は違うのです。
父は確かに公爵家の生まれですが、学問が苦手で武人の道に進んだ人でした。
いくら功績をあげても、文官として確かな地位を築いて久しい実家では肩身の狭い思いばかりでした。
まぁ弟はそこそこ優秀であるからそちらが継ぐものと父は思うようにして仕事に邁進し、いつしか実力で将軍にまで登りつめました。
そんなとき出会ったのが母でした。
学園を女の身でありながら首席卒業し、文官になった才女でした。
本来ならば政治の中枢を担う宰相や国王付きの文官になってもおかしくはないほど優秀でしたが、
周りのやっかみと男社会のあれこれで荒れくれものの多い兵士達を相手に人事の手配や会計監査をする雑用の職に追いやられました。
年若い母は、同じく年若い父の元につけられました。
父のまとめる隊は実力はあってもくせ者ばかりの隊でした。
若い女性に勤まるとは思えず、辞めていくだろうと誰もが思っておりました。
それを狙っていたのでしょう。
しかしながら母は耐えに耐え、日に日にやつれながらも必死に仕事をこなしました。
最悪な事に父は書類仕事が苦手で、壊滅的でした。
来る日も来る日も、母に誤字脱字、不備等を指摘されては直す日々。
とうとうキレたのは母の方。
こんな簡単なこともできないのかと鬼のような形相で詰め寄った母に、
父は公爵家なのに出来損ないですないと頭を下げたのでした。
地位も名声もありおまけに顔まで良いのに、貧乏貴族の生意気な美しくもない女に頭を下げる父に母は驚きました。
なんだか毒気が抜かれた母は何が分からないのか、どこがどう駄目なのか懇切丁寧に教えてあげたのでした。
きっと首になるだろうと母は思い、少しでも父が困らないよう悟りの境地で教えてあげたそうです。
深夜になるまでかかり、やっと終って母が帰ろうとすると父は笑顔で礼をいって、寮まで送っていってくれました。
学園でさんざん身分ある男たちから、
女の癖に子爵の癖にと蔑まれてきた母は父のように笑顔で礼を言われることも、女性として心配されたり送り届けてもらうなんてされたことがありませんでした。
父は剣を握れば鬼でしたが、普段は心が広く優しい人でしたのでそれは当然の事。
しかしながら母はそんな風に扱われたことも優しくされたことがなかったから、
あっさり父に落ちてしまったのです。
恋に落ちるきっかけなんて、ほんの些細な出来事だったりするでしょう?
恋を知った母は思いました。
この優しい人の力になりたいと。
確かに文官として政治を取り仕切るほどの頭はない人でしたが、強さと優しさで皆を確かに護ってくれる人だから…と。
母は、この恋が叶うなど思いもしませんでした。
身分差もありましたしね。
ただ、優しさには優しさを還したいと、そう思えるようになりました。
それから母は出来ないなら分かるまで教え、時に相談に乗り、父だけでなく多くの人に対しそうしていくようになりました。
そんな風に変わった母は、皆に頼りにされるようになり、好かれるようになりました。
軍部にはもちろん、関係する部署にはなくてはならない、といわれるまでになった母は外国でも話に登るほど優秀さが知れ渡り、王にも一目置かれるほどとなったのです。
女性文官という道もあることが、一般にも知れ渡るきっかけともなりました。
「いつもありがとう。
君は優秀な上に優しいし、親切だ。いつも助けられてばかりだね。」
どんなに忙しくても、父に頼まれたり声をかけられれば直ぐに駆け付け手助けする母に、父はある時礼を言いました。
感謝しつつも、それに比べて自分は…と、少し落ち込みながら。
「私こそ貴方にはいつも感謝しているの。
私が優しくて親切に見えるなら、それは貴方が優しさをくれたからだわ。」
柔らかく笑う母に、今度は父が落ちました。
お互い思いあっているのに、通じ会わない二人は両片思い。
周りの人は相当やきもきしたそうですよ。
父は武人で公爵家では出来損ないでしたが、ひとつ誰にも負けない事がありました。
それは薔薇を育てる事でした。
父の公爵家には小さな領地があるのをご存知でしょう。王家御用達の花を育て、それが特産となっている領地。
他にはないミニチュア薔薇が人気ですよね。
私も父に幼い頃、贈られたことがあります。
けれども綺麗に咲かせるのはとても大変なんですよ、管理もね。
一年かけ真っ白なミニチュア薔薇を育て上げた父は母に贈りました。
「このバラのように大切にします。
来年も再来年もこの先ずっと、あなたが微笑んで過ごせるよう励みますから妻となってください。」
母は頷きました。
二人は結婚し皆に祝福されました。
しかしながら、めでたしめでたし……とはいかなかったのです。
有能な母に目をつけた公爵家は父に後を継がせ母に公爵家を取り仕切らせようとしたのです。
それはそれは揉めました。
確かに母は優秀でしたが、公爵家に縛り付けるのにはもったいない人材。
父は母がどんなに理不尽な思いをしたか、どんなに努力をしてきたか、どんなに必要とされているかよく知っていましたので、決して受け入れようとしませんでした。
そんなとき、公爵夫妻が相次いで病に倒れ、あっという間に帰らぬ人になりました。
誰が後を継ぐかで悩む父に、母は仕事を辞めて父が公爵家を纏めるのを手助けし、自分が領主となる事を決めました。
父が領の花を愛し人々を慈しんでいたこと、そして領民も父を慕っていたのを知っていたからです。
父は幼い頃から領地に足を運び、時に共に作業し、直接労っていたのです。そんな父が選んだ母が領主となることを皆喜びました。
公爵は文官の仕事の片手間で領地を治めていたので、代理の者にほとんど丸投げで無茶な要求をする事も多かったそうですよ。
残念ながら母は薔薇や繊細な花を育てるのには向かない人でしたので、
父のように作業を手伝ったりはしませんでした。
ですから母が贈られた薔薇はいつだって父が綺麗に咲かせ続けていました。
そのかわり、
家庭菜園はそこそこ上手で執務の合間にせいをだし家族や屋敷の者、父の部下や昔の同僚に食べさせてくれたり、持たせたりしてくれたんですよ。
母の手腕で取引先が増えたり品種改良も進んだりと領はかなり発展しました。
父も武人として皆のため国のため母のためしっかりと働きました。
順風満帆な二人に子どもが…私ですけど、生まれました。
色は父から貰ったのに顔は私に似てしまってと、当時母はがっかりしたそうでしたが、父はむしろ喜んでいたそうです。
それだけ母が好きだったのでしょう。
二人は幸せでした。
きっとこの幸せがいつまでも続くはずと信じて疑わなかったことでしょう。
私が五つの時、その幸せは崩れました。
母と私が流行り病に倒れ、母のみ帰らぬ人になったのです。
私が目覚めたときには、全て終わったあとでした。
残されたのは領主のいない領地と憔悴した父。
悲しみにくれてばかりだった父は半年後、
他国の式典に護衛として付き添い、襲撃事件にて命をおとしました。
襲撃者に、化け物と呼ばれるほど、鬼神のごとくといわれるほど、無茶苦茶な戦い方をして、護りきって、そして死んだのです。
全身傷だらけでしたがその表情はとても穏やかでした。
私も遺体と対面したから覚えています。
息を引き取る直前呼んだのは母の名前だったそうです。
大きな名誉をひっさげて、父は母の元に逝ったのです。
…私を残して。
あら、そんな顔なさらないで。
私のその後を知っているから余計にそう感じてしまうのでしょうね。
確かに両親が死に、悲しかったし理不尽なめにもあい泣いたこともたくさんありました。
なぜ生きて帰ってくれなかったのか。
なぜ生き残ってしまったのか。
なぜ死ぬのが私でなかったのか。
もしも…なんて考えても答えは出ませんね、そうなってしまったのですから。
…数年前に知ったことですが父は母の名前を呼んだ後、『すまない』とも言っていたそうです。
残される私の事もきちんと思ってくれていたのですね。
親になってみれば、そんなこと当たり前だとわかりますが、年若い娘の頃は分かりませんでした。
五年だけしか一緒にいられなかった両親。
五年だけしか共に生きることができず、どんなに無念でしたでしょう。
今ではそう思えます。
父は亡くなる前に私に薔薇をくれました。
母に贈った薔薇から分けたもの。
そうして言ったのです。
『いつかお前にもこのバラのように大切にしてくれる者に巡り会えるはずだよ。
だって私達の大切な宝物だからね。』
父から贈られた薔薇ですか?
今も庭にありますよ。
私の代わりに夫が大切に管理していてくれています。
私は母に似て、家庭菜園はそこそこ上手ですか、薔薇を育てるには向かないもので。
私達の縁を結んだのはあの薔薇なんですよ。
死してなお、私の幸せを繋いでくれた両親。
悲しい別れと終わりを迎えはしましたが、けれども二人の歩んだ道にはたくさんの幸せが溢れていました。
幸せな二人でした。
きっと死後の世界でも生まれ変わっても二人は共にいることでしょう。
だからこれは、幸せな二人の話。
リロイ君の姉君の本当の両親の話。