smile7「中庭でお話」
初めての反抗はなんだかドキドキして、悪いような気がして、でもとっても気持ちいいものだ。自分一人でどうにかするんだ、誰の助けもいらないんだ、そんな風に思えてきてカッコイイから。みんなカッコよくなりたいから反抗するのかな。
なんてことを考えながら院内を散歩している私は、花が沢山咲いている中庭にいる。花の種類は沢山あってどれも可愛くて美しくて、でも精一杯生きていて太陽の光を浴びている。
私もここに咲いている花達のように、精一杯毎日を生きている。この柔らかいものの奥にある大切なものが弱いけど、様子を見ながらゆっくり歩いている。空を見上げると青のなかに雲が漂っていて、あの青を泳ぐと良い景色見れそうだなとたまに思う。鳥は青の中から何を見ているんだろうね。
眠い顔で駅に向かう人達、日陰でくつろいでいる猫、子どもたちをむかえる学校、小さな光と共に生きる私。鳥は色んなものを青の中から見ることができる。良いことも悪いことも、何だって見えてしまう。
私も色んなものを見たいな。この世界には私が知らないことが沢山あるし。病気のこともあるから私の世界はここだけといってもいいからね。なんてちっぽけな世界で生きているんだ私は! とガックリしたことがあるなー。でもまあここでも色んなものを見ることができるから楽しいよ。
変化のない毎日だと思ったでしょ? そんなことないよ。どこにいても好奇心さえあればそこはテーマパークへと変貌するのだよ。行ったことないけどあのネズミのキャラクターが有名なとこみたいな、形は違うけどあんな感じに見えてくるの。
昨日は楽しくて時間が足りなかったな、今日はどんなことがあるのかな、明日どんな素晴らしい一日になるだろう。そう思っても何もない日だってある。そんなときはため息なんてついたらダメだ。また明日があるのだから、明日で終わりってわけじゃないんだから、今日は今日で良かったじゃんかと笑うんだよ。
私は笑っている。何にたいして楽しいのか、おかしいのか、そんなの関係ないのかも。笑ってたら何か面白いことが起こりそうな気がするんだよね。笑顔が何かを引き付けるような、そんな気がするの。
「なに笑ってるんだよ」
突然聞こえたその声に私は横を向いた。
「川端君!」
「何か楽しいことあったの?」
「んー別にないよ」
「無いのに笑うのかよ」
「うん。笑っていると幸せを呼び寄せるかもしれないからね」
「なんだそれ」
「悲しいことがあったら泣く、嫌なことされたら怒る、これって普通のことでしょ。でもね悲しいことがあっても、嫌なことがあっても、どんなことがあっても笑うと気持ちが楽になるよ」
「まえもそんなこと言ってたな」
「川端君も笑おうよ。泣いてる顔よりはカッコイイよ」
「お願いだからそのことは忘れてくれ!」
「ふふ、忘れないよ。私の心の中にあるアルバムに大事に保存したから」
「……いじわるだ」
川端君はそう良いながら笑っている。笑顔カッコイイじゃん、やっぱり笑顔というものは良いね。なんていうかドキっとする。
川端君はそこにあるベンチに座った。こっちに来いと私に向かって手招きをする。私はベンチへと腰をかけることにした。
あれ、今日って平日だよね。学校は大丈夫なのかな。ひょっとして休んででもおばあちゃんの様子を見てきなさいと親に言われたのかな。
そう思いながら川端君のことを見ていたら、何かを感じ取ったのか川端君がこっちを見た。川端君の目可愛いな小さいなキラキラしてるな。なんてことも思っていたら、目をそらされた。
「今日はテストなんだよ。今日っていうか明日も明後日もあるけど」
「そうなんだ」
「おばあちゃんも大丈夫だよ。話もできるし」
「よかったね」
「うん……」
頬のあたりが赤くなってるような気がする川端君は、私に顔を見せないようにあっちを向いている。何で赤くなってるのか気になる。でも聞かないことにする、なんとなく。
テストかー。私もここでテストを受けるけど、学校で受けるテストとはどんなものなのかな。漫画やドラマで見たような感じかな。前の席から答案用紙と解答用紙が渡されて、チャイムが鳴るまで絶対に見てはいけないってやつ。
クラスのなかには何人か不正を働くヤツがいて、そのやり方は実に様々でそれを見つけるために先生はこれでもかと目を光らせる。しかし何人かの生徒はそれをどうにかかわして、不正で得た情報をもとに解答用紙に正解を書き込むのだ。テストとは生徒と先生による闘いなのだ。
教室という戦場で繰り広げられるものは、血や涙は流れないけどもっと違うものが存在する。テストによってその人の価値を決められるのだ。点数を付けるとはイコールそういうことなのだと思う。点数だけで人を判断してはいけないと思うのだけど。
学があっても性格最悪な人、学はないけど性格最高な人。その全く違う両者は、それぞれ全く違う人生を送ることになる。そのどっちが幸せなのか、不幸せなのか、それは決めることなのかそうじゃないのか。
一方は学があることを武器に世界中を驚かすようなものを作り続けて歴史にその名を残すことになるが、最悪な性格によって家族友達仲間上司部下から嫌われてみんな離れていく。最後は一人でただ寂しく、誰からも気づかれることなく永遠の眠りにつく。
一方は学がないことが足枷になって思うようにいかない毎日を送ることになる。しかし最高な性格によってその人の素晴らしい人柄をみんなが評価して、思うようにいかなかった毎日が徐々に明るくなっていく。人が集まり、色んな事業にも手を出せて、苦楽をともにした家族仲間上司部下は良い顔をしている。最後はみんなに見守られて、盛大におくられて永遠の眠りにつく。
……いやいやそんなことないでしょ! でも無いとは百パーセント言い切れないから少しはあるのかなあ。でもそんな未来の話より今だよ今。どちらにしても不正を働いたらその人のためにはならないね。ズルをしても何も得られるものはないよ。
川端君はそんなことはしないと思う。真面目に、みんなと同じように、真剣にテストと向き合っているはずだ。勉強が好きか嫌いかわからないけど、ていうか勉強を好きって言う人は変な人だと思う。悪いことじゃないけどなんかね。
「あーテストだるいよー」
「川端君はテスト嫌いなの?」
「テスト好きなヤツなんて変だよ」
「良い点数とりたいとか、良い学校に行きたいとか、そういうのはないの?」
「んービミョー。そりゃ良い点数のほうがいいし、良い学校のほうがいいに決まってるし」
「だよね」
「でもさ何が良くて何が悪いのかよくわからなくって。とくに将来の夢なんてないし、今は子どもだからまだそんなの考えなくてもいいかなとか思うし」
「将来の夢ないんだ?」
「陽菜……ちゃんはあるの? 将来の夢」
「そりゃあるよ、私は世界を見たいからね。夢は大きくでかくだよ!」
「そっか……なんか凄いな。将来の夢がある人はその夢に向かって進めばいいから簡単だよね」
「何もない段階から将来何をしようって悩むよりは簡単だけど、将来の夢を叶えられる人なんてあんまりいないと思うよ」
「なんか後ろ向きだなー! 陽菜……ちゃんは前向きの人なのに」
「後ろ向きっていうよりそれが現実だよ。夢物語はしょせん夢なんだよ」
「じゃあ陽菜……ちゃんは諦めるの? 世界を見るっていう夢を」
「諦めないよ。何で諦めなくちゃいけないのよ」
「えっ、どういうことだよ。てっきり諦めるのかと思った」
「それぐらいの気持ちじゃないと立ち向かえないってこと!」
「あーそういうことか。強い気持ちを持ってたら、どんなに高い壁でも乗り越えてやるって思えるから?」
「そうそう、わかってるじゃん川端君!」
「あ、ありがとう……陽菜……ちゃん……」
あっまた頬が赤くなった。何なんだろうこれは、風邪でも引いてるのかな。だから頬が赤くなるのかな。でも見たところ元気そうだしな。男の子ってよくわからないな。
それよりもさっきから気になることがある。川端君は何でさっきからああなんだろう。気にしなくてもいいかもしれないけど気になる。だって私のことだから。
「ねえ川端君」
「なに?」
「さっきから私の名前を呼ぶとき、何で謎の間があるの」
「えっ!」
「間があると変な感じするからさ、間は無しでお願い。川端君のことをかわ……ばた君って呼ぶと変な感じするでしょ?」
「……いや……でもそれは……その……」
「間が多いなー」
「……そんなこと言われても」
「私が何か川端君に嫌なことをしたなら謝るよ。私が気づかないうちに、川端君のことを傷付けていたかもしれないから」
「いや、そんなことはないよ! 俺は陽菜……ちゃんにそんなことは……」
「また間があった」
「……もういいじゃんかー」
「よくないわよ。ハッキリ言ってほしいじゃん、私の名前」
「だからそれができないんだってば」
「何で?」
「何でって……それはその……恥ずかしいからだよ」
「恥ずかしい?」
「うん」
「私の名前が恥ずかしい名前なの? キラキラネームじゃないから、別に恥ずかしいとは思わないけど」
「そういう意味じゃなくってー」
「じゃあどういう意味なの?」
川端君がまた私から目をそらした。そして頬はより赤くなったような気がした。いったい何をしたいのか、何を考えているのか、何を隠しているのか、何がなんだかわからなくなりそう。男の子って不思議だな。
その時サイレンの音が聞こえてきた。何かあったのかな、何かあったからこの音が鳴っているんだよね。サイレンは少しして遠くになって、そして聞こえなくなった。今聞こえるのは私のここの音と、そして――――。
えっ何でこんなに聞こえてくるの。ていうかこの音ってこんなに聞こえるものなの。空耳かな、幻聴かな、でもまあ聞こえたのはホントだからこの音ってそうだよね。川端君の音だよね。
「ねえ川端君」
「な、なに?」
「テストどうだったのかなって」
「あっ……そっちね。テストはまあまあかな」
「良くも悪くもないってこと?」
「まあそんなところ」
「難しかったのかな」
「いや、テストどころじゃなくって集中できなかった」
「そっか、そうだよね」
「うん。だからさー……再試したいよ」
「テストはまだあるんだよね。まだここから挽回できるよ」
「そんなすぐには気持ちを入れ換えることなんてできないよ。でもまあしょうがないよね、テストはまだあるし無理矢理頑張るしか」
「頑張ってね、川端君!」
「……うん」
またまた頬が赤くなってる。なんかだんだん可愛く見えてきたな、もっと赤くしたいなっていう悪い私が顔を出してきそうだ。でも出てくるなって蹴飛ばしておいたから大丈夫。今はそんなややこしいことはいらないからね。
それにしてもお腹すいたな。もうすぐ三時だしおやつなんか食べようかな。あんまり間食ってよくないけど、私は成長期だからとにかくお腹が空くんだよう。これは例え先生が止めても、看護師さんが止めても、反抗してやるぞ。
さすがに体重計に乗って増えすぎていたらひかえるけど。それも成長期の一つだとしたら気にしなくてもいいのかな。何でも成長期のせいにして何でもかんでも許すのは間違ってるかな。んーわからない。
「それよりさ、さっきから気になることがあるんだけど」
「ん、どうしたの?」
「陽菜……ちゃんが持ってる、そのコンビニの袋はなにかなって」
「あー!!!!」
「なに、びっくりしたなー」
「今の今まで忘れてたよ。さっき買ったのに何で忘れてたのかな」
「だから、なに?」
「川端君に一つあげる。ちょっとぬるくなってるかもしれないけど」
「おーシュークリームじゃん。ありがとう。ちょうどお腹空いてたんだよね」
そう言って笑顔になった川端君は、嬉しそうに袋をあけた。そして丸くてやわらかくて甘くて美味しいシュークリームにかぶりついた。川端君の顔はニコニコしていて、何だか私までニコニコしそうだ。これが貰い笑いというやつなのか。