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ひなちゃんは笑っている  作者: ネガティブ
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smile6「複雑なお年頃」

 私は食堂で甘いものを食べている。甘いものを食べて頭を癒してあげないと、休ませてあげないと、何だかぐちゃぐちゃになってしまいそうだから。


 そうなってるのは何故かというと、私が一方的に気になっていた男の子に会うことができたからだ。そのことが嬉しくてこんなことになってるのかな? 自分でもよくわからないけど。


 ひょっとしてこれが恋というやつなのか! 恋をしたことがないから、果たしてこれが恋というやつなのかサッパリわからないけど。私と同年代の子達はこの恋というやつをもう経験してるのかな。


 手を繋ぐことは別に特別なことじゃなくて、朝の挨拶のようにごく自然なことだったり……いやいやそんなことないよ、いくらなんでもそこまではないよ。そこまではないけど、何かは絶対にあるに違いない。


 その何かとはいったい何なのだろう。毎日顔を合わせる男の子と女の子。思春期という多感な時期には刺激的なことをつい求めてしまう。だからこそ毎日顔を合わせる異性に恋というものが生まれる。その恋は日に日に増していく、心にたまったこの思いをぶつけるべきかぶつけなきべきかを悩む毎日。


 そうしているうちに時間だけが過ぎていく。あの人に恋をし始めたのはまだ桜が咲いていた頃で、それから雨がよく降る季節になって蝉がよく鳴く季節になって、そして葉っぱが色付いて散って空から白くて冷たいものが降ってきた。気づけばもう年が変わっていて、もうすぐここから巣立つ時。しかし心にたまったこの思いは、まだぶつけていないまま。


 何故こんなにも思いをぶつけられないんだろう? 失敗するのが怖いから、思いをぶつけるのが怖いから。そうだ、私は怖がっているんだ。だから時間だけが過ぎていって、気づいたらもう次の春がすぐそこなんだ。


 これじゃダメだ。このままだと何もできずに春がやって来てきてしまう。その時はもう毎日顔を合わせる男の子と女の子ではなくなる。もうすぐここから巣立つ、春からはみんな別々の道へと進んでいくのだから。私だってそう、気になっている男の子だってそうだ。


 いつこのたまりにたまった思いをぶつけるの? そんなの今しかないよね。ほら勇気を出して声をかけて、そう自分に言い聞かして自ら背中を押す。そこにいるじゃない、友達と楽しそうにお話してるじゃない。ちょっと声をかけて、誰もいないところに呼べばいいのよ。そうだよ簡単だよ、思いをぶつけるだけなんだから。


「陽菜ちゃん! おーい、大丈夫ですかー!」


「……あっ早苗さん。どうしたの、そんなに覗き込んできて」


「どっか別の世界に行ってたからさ。それにそのスイーツ少し溶けてるよ」


「えっそうなの! こんなときに妄想するんじゃなかった」


 私は急いでイチゴパフェを食べる。アイスが少し溶けているけど、それがイチゴに付いて美味しくなったように感じる。イチゴの甘酸っぱさとアイスの冷たくて甘いものは、恋に似てるような気がした。


 早苗さんはランチをするみたいだ。もうお昼はちょっと過ぎたけど忙しかったからこの時間になったのだろう。トレーの上にはカツ丼とお味噌汁が乗っている。お洒落にパスタではない。がっつり食べないとへばっちゃうらしい。


 早苗さんは肉食系なのかな。カツ丼食べてるし肉食系だよね。そういえば早苗さんの恋の話とかあんまり聞かないな。こっちからもそういうこと聞いたことないかな。そういう話をしてみるのもいいかもね。私だって恋したいお年頃だから。


「ねえねえ早苗さん」


「なーに?」


「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「いいわよー。何だってお姉さんに聞きなさいな」


「早苗さんて彼氏いるの?」


 その私の質問に早苗さんの口からお米がとんだ。汚いよー! 何してるの! と注意したかったけど、まさか私からそんな質問が出てくるなんて思ってもいなかったからビックリしたんだ。ビックリさせたのは悪いけど、何だって聞きなさいと言ったのは早苗さんだ。


 早苗さんは水をごくごく飲んでカツ丼を流し込んでいる。ちゃんと噛まないとお腹は満たされないよ、満腹感が得られないよと言いたいところだけど黙っておく。こんな早苗さん見たことないから珍しい。ちゃんと見ておかないと。


「……ふぅ、ビックリした。まさか陽菜ちゃんからそんな言葉が出てくるなんて思わないよ」


「失礼だなー。私はもうそういうお年頃なんだよ」


「そうだよね、ごめんね。子どもはいつまでも子どもじゃないからね」


「そうだよ、私も日々成長してるんだからね。今度から気を付けてください」


「うん気を付けるよ。お米とばすのは汚いし、マナーに悪いし」


「またとばされたくないから、お話はお食事が終わってからにしよう」


「じゃあちょっと待ってね。食べ終わるまで妄想してていいから」


「わかってないなー早苗さん。妄想はタイミングがあるんだよ、今はそのタイミングじゃないんだよ」


「あらそうなの。じゃあ何を聞きたいかまとめておいてね」


「うん!」


 早苗さんに聞きたいこと……恋の話だったり、愛についての話だったり。つまり恋愛のことについて聞きたい。こんなことを聞きたい、そんなハッキリしたことはなくてもっと大雑把なやつ。恋とは何なのか、愛とは何なのか、そういうことが聞きたい。


 ずっと会いたかった男の子、川端君にたいして私が思ってるこの気持ちは恋なのかな。それとも愛なのかな。わからないなー、どっちがどれでどれがどうなってるのか。お年頃って難しいね。


 本屋さんで会ったときはこんなにここが痛くならなかった。あのときは別のことに頭がいっぱいだったから、そのことには気づかなかったのかもしれない。落ち着いたらここが痛くて、何故か頭の中には川端君がいる。


 私は川端君のことが好きなのかな。いやいやあんまりお話したことないし、前の通りを歩いていてそれを見てただけなんだよ。人ってこんな簡単に誰かを好きになるの? 関わり合いが深いとその人がどんな人なのかよく知れて、それでだんだん好きになっていくのはわかるけど。


 関わり合いが殆どないのに恋心は芽生えるものなのかな。んーわからない、恋ってなんだよ! 愛ってなんだよ! 好きになるってどういうことなのよ! これは難しい問題かもしれない。どんな難しいテストよりも何倍も。


「まだ足りないなー」


「えっ?」


「カツ丼だけじゃお腹は満たされないなー」


「……まだ食べるの?」


「看護師って仕事上体力使うからね。食べないともたないのよ」


「うん、それは知ってる」


「まあ何もなければ忙しくはないんだけど。その場合お腹が重いけど」


「それも知ってるよ」


「でもね看護師は暇なほうが良いんだよね。忙しいのは患者さんに何かがあるときだから」


「うん」


「それより私は何を食べたらいいかな?」


「食べたいものを食べるといいよ」


「決められないから聞いてるんだよ」


「じゃあ食後のデザートは?」


「まだ食べるからデザートはいらないよ」


「じゃあこれとかどう。病院で本格ラーメン、本場の味を食べられるなんてスゲー! って書いてるから美味しそう」


「それは昨日食べたよ。文字通り美味しかったよ、また食べたいけど今はいいかな」


「じゃあこれは。肉好きにはたまらないこの分厚い肉のハンバーグ、腹ペコのお腹を満たすのはこれしかない。いいんじゃないかな、美味しそう」


「それもいらないかな。肉は今食べたばっかりだからね。できれば肉じゃないものを食べたい」


「じゃあこれかな。毎朝港から取り寄せてます、新鮮なお魚を使った魚料理を召し上がれ! 魚セット。なんかネーミングセンスがないけど、美味しそうだよ」


「それだ!」


 早苗さんは突然走り出した。院内は走らないでくださいと書かれたポスターを無視している。こんなところ先生や看護師仲間に見られたらどうするのよ。それよりも患者さんに見られたら。まあ早苗さんはずっとこうだから、いちいち気にしてる人なんていないのかな。


 それよりもまた食べるのかー。私はいつになったら早苗さんと恋や愛についてのお話ができるんだろう。そんなに急がなくても、今日じゃなくても、いつでもどんなときでもいいんだけどね。自分の部屋でお話するほうが静かでいいかな。


 でもこの適度にワイワイガヤガヤしてるほうが逆に落ち着く。回りの声に混ざって誰にも話し声が聞こえないかなと思うから。静かなところでお話すると、その声が誰かの耳に届いてしまうかもしれないから。別に人に聞かれたら困るような話ではないけど、恥ずかしいから聞かれたくはないよ。


 同年代の子達は国語や数学や社会や理解や英語、音楽や体育や技術や美術に加えて恋愛も勉強しているの? 恋愛に関しては学校の先生に教わるものじゃなくて、自分自身が知っていくものだよね。みんなどうやって初めの一歩を出したんだろう。


 川端君ならそのあたり知ってるかな。川端君可愛い顔してたからモテそうだけど。彼女いるのかな、いたら何か嫌だな。だって会い辛くなるからね。おばあちゃんがここに入院してるから、川端君と会うことはあるだろうし。


 私が川端君のことが好きだとしたら、川端君は初恋の人になるのかな。初めての恋が川端君か。これって私にとってはとても特別なことだよね、そんなこと川端君には関係ないし知らないけど。でもそれを意識しちゃうと川端君がより良く見えてきた。


 なんかここが痛い。それは恋をしているから、恋の病ってやつだから? ナニソレそんなの実在したの、漫画や小説の中だけだと思っていた。それとも病気で痛いのかな。もしそっちだとしたら早く先生を呼ばないといけない。早苗さんに言おうかな、この柔らかいものの奥にある大切なものが痛いんですがって。


 この痛みが恋によるものだとしたら、ホントにややこしいよ! と叫んでやりたい。何でドキドキしたらここが痛くなるのよ、もっと別のところにしてくれないと間違うじゃないの。その間違いのせいで先生や看護師さんを巻き込むのは嫌だ。


 きっとみんな気にしてないよと言うだろう。でもわざわざ仕事を増やしてしまったことが情けないというか、恥ずかしいというか、なんて言ったらいいのかわからない。病気のことでさんざん迷惑かけてるからこれ以上の迷惑は増やしたくない。


 だったら早苗さんに頼らずに、自分でどうにかするしないということだ。そうだそうしよう。あんまり一人で考え込むのはよくないからね、と早苗さんに言われたことがあるけど反抗してやる。私はそういうお年頃でもあるからね。


「お待たせ。ちょっと待ってね、すぐに食べるから」


「ゆっくり食べてね。私は自分の部屋でゆっくり読書するよ」


「そうなの? 何か話したいことあるんじゃないの」


「そうだっけ、早苗さんの勘違いじゃないかな」


「んーそうかもね。その顔は何だか良いことあった顔だから」


「じゃあね。ゆっくり噛んで食べてね!」


「そんなの言われなくてもわかってますよー」


 私は笑っている。色々複雑なお年頃の私は、反抗期らしく反抗をした。何だか楽しい、癖になるかも。反抗というよりは嘘をついたって気もするけど。まあいっか、これは私の問題だから自分だけで解決しよう。

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