smile39「花火」
今日も相変わらず暑い日だった。最高気温は三十度を余裕で越えてるし、平均でも越えてるし、ニュースでは水分をよくとって熱中症に注意してくださいと耳が痛くなるぐらい言っていた。私はあんまり外に出ないから暑い辛さはあんまりわからないけど、この灼熱地獄の中で働いている人は本当に凄いなって思って頭が下がります。
そんな暑い一日だったけど、それも夜になると少しはマシになるね。熱帯夜の日もあるけど今夜はまだマシかな。少し風もあるから心地良い。雨の心配もないから、無事に開催されるだろうし嬉しい。やっぱり雨が降って中止になるのはテンション下がるからね。屋上には結構人がいるから、皆楽しみにしていたんだなって。私もその一人なんだけどね。
「ひなちゃん、花火もうすぐだよ!」
「楽しみだね。まいちゃん、来てくれてありがとう」
「いえいえ! 来るに決まってるじゃん。友妃奈ちゃんとも友達になれたから良かったよ」
「友達? 友妃奈はまだ認めてないよ。何かくれたら友達になってあげるよ」
「……ねえ、ひなちゃん。この子はいつもこんな感じなの?」
「うん。でも悪気はないよ。友妃奈ちゃんなりの照れ隠しだよ」
「あっそうなんだ。照れてるんだ。可愛いね」
「照れてないから! 友妃奈を子ども扱いしないでくれる。ひなお姉ちゃんも調子乗りすぎだから」
ぷくっとほっぺたを膨らませた友妃奈ちゃんは、別に怒っているわけではない。まいちゃんという新しい友達、いやいじり対象ができてむしろ喜んでいると思う。私を子どもと思って近づいたのが運の尽きよ、と心の中で笑っていそう。ああ怖い怖い、本当にそんなことを考えていそうだから尚更。これはあくまでも私の想像ですが。
それにしても二人とも浴衣似合ってるな。まいちゃんは青の浴衣で、あちこちにある白っぽい花が可愛い。友妃奈ちゃんの浴衣は赤色で、これでもかってぐらい派手派手な感じで着こなすのが難しそう。回りを見ても浴衣を着ている人は多い。ここが病院の屋上だと一瞬忘れそうなぐらい、笑顔が沢山ある。花火大会が皆を笑顔にしている。
「ひなちゃんもさー。もうちょっと明るめの浴衣着たら良かったのに」
「ホントそうだよ。友妃奈を見習って派手なやつとか着たら良かったのに」
「私は普通でいいよ、普通で。派手なやつはあんまり似合わないと思うからさ」
私が着ている浴衣は二人と比べたら地味だ。黒の浴衣で落ち着いている。大人っぽいといえば聞こえがいいけど、地味といえば地味。浴衣を着る機会なんて滅多にないから、恥ずかしいとか似合わないだろなとか、そんな感情はポイッと投げ捨てて、明るめの浴衣や派手な浴衣を着れば良かったのかしら。夏だからちょっとぐらいはしゃいでも許されるのよ、と早苗さんは毎年パーティーピーポーに変身するけどさ。なかなかそんなのできないよ。サッと出来たら何か怖いよ。
明るめの浴衣や派手な浴衣を着てみたら、思ってるよりは恥ずかしくないし案外似合うのかもしれないけどね。いいのよ別にそんなのは。無理して着ても楽しくないからね。やっぱり楽しむのが一番だから。回りに合わせることなんてなくって、楽しめたら良いんだからさ。それでノリが悪いなぁと言われたらしょうがないね。その時は笑って誤魔化すしかない。笑うのは得意だから余裕だよ。
笑っていたらどんなことだって乗り越えられそう。辛いことも、悲しいことも、忘れたいことも。それらがいつしか楽しいことに変わってくれたらいいね。笑顔は幸せを引き寄せる。私はそれを信じているから。だから笑おう。今日は楽しい花火大会だから、いつもより多めに笑ってもいいね。綺麗な花火が空で輝くたびに、それを見ている人達にも笑顔が輝く。大勢の人が笑顔だと幸せも沢山引き寄せられるのかな。それいいね、幸せの食べ放題って感じで。
そんな食べ放題があるなら、大行列になること確実だね。皆幸せになりたいだろうし。私だってそうだから。幸せになりたくない人なんていないよね。不幸せのほうが良いですっていう人は、変わってると思う。幸せという幸せを手に入れて、もう食べられませんお腹いっぱいっていう人は、逆に不幸せを欲しくなるかもしれないけどさ。そんな人っているのかしら。幸せをいらないなんてとても欲張りだよね。ていうか偉そうだね、だんだんムカついてきたよ。
「ところでさー。ひなちゃんと川端君って友達だったんだね」
「えっ! うん。そうだよ」
「吉田もびっくりしてたよ。川端とひなちゃんが友達だったことに」
「そんなにびっくりすることなのかなぁ。っていうかあの男の子、吉田って名字だったんだ」
「言ってなかったっけ? 何処にでもいる普通の名字だよ」
「それは失礼だよ。それより川端君と吉田君、友達だったんだね」
「川端君ああ見えて人気あるんだよ。吉田も人気あるみたいだけど、子どもっぽいからね」
「男の子って子どもっぽいほうが可愛いと思うんだけどな」
「吉田の場合は子どもすぎるのよ。くだらないことを考えてるし、発言するし、行動するし。とにかくお子様なのよ」
「何か吉田君に対して当たりが強くない?」
「そうかしら。気のせいじゃないかな。ていうかその吉田と川端君の二人は、何こそこそ話してるのかしら」
まいちゃんはそう言いながら視線を動かした。私も同じ方向に動かしてみる。私達から少し離れたところで、川端君と吉田君は浴衣姿でお話している。別にこそこそなんてしていないけど、二人がどんな話をしているのかは気になる。ここからじゃ二人の話し声は全然聞こえてこないからね。それにもうすぐ始まる花火で、屋上には大勢の人がいるからわいわいがやがやと喧騒も凄いし。ホントにここは病院なんだよねと思わず考えてしまう。
ここには病院に関係している人しかいないはず。入院患者だったり、通院患者だったり、患者さんの家族だったり友達だったり彼氏彼女だったり。病院関係者もいるよ、看護師さんにドクターも。ここは実は花火がよく見えるからね。しかし一般の人はここには来れない。それでもこの大勢の人だから、花火大会の影響力凄いなぁ。時計を見て、まだかなと何回も確認している人があちこちにいる。
早くお話終わらないかな。夏で花火ってシチュエーションはとてもドキドキするからさ。そんなの漫画や映画の中だけの世界と思っていたからね。リアルに存在しているとは知っていたけど、その夢のような世界にまさか私がいるなんて……びっくりするよ! ドキドキするよ! だから吉田君、早く川端君の隣からどいてくれないかなぁ。吉田君に恨みはないけど、川端君の隣にいたいのは私なのよ。君は早くまいちゃんの隣に行きなさい。今すぐに。
そうお願いしたら、思いが伝わったのか、吉田君は川端君とのお話が終わったのかこっちに歩いてきた。私と目が合った吉田君は手を振ってくる。私は振り替えした。その向こうにいる川端君とも目が合った。私はニコッと笑っておいた。だってもうすぐ隣に行けるから。すると袖を軽く引っ張られた。それは友妃奈ちゃんで、ニコッと笑って頑張ってね言われた。
「お待たせ。俺がいなかったから寂しかっただろ?」
「……寒っ!」
「寒いの? じゃあ建物の中から花火見るか」
「そういう意味じゃないから。何でわからないかなぁ、吉田は察しが悪いのよ」
「わからねーよお前の気持ちなんて。お前っていうか、女の気持ちなんて謎だよ謎」
「吉田にわかられたら終わりだね。ずっとわからなくてもいいからね!」
「何だよそれ。そんな怒るなよ。ひなちゃんだって、友妃奈ちゃんだって戸惑うだろ」
そう言って吉田君はこっちに助けを求めてきた。何だか面白くって、笑い声が出てきた。友妃奈ちゃんも笑っている。ホントにこの二人仲良しだよね。でも付き合ってはないんだよね。びっくりするよね。この距離感が二人にとってちょうど良いのかな。それならそれで楽しそうだけど。
私は仲が良い友達で終わるのは嫌だな。好きな人が隣にいるのに、特別な存在じゃなくってただの友達だなんて寂しいよ。人の恋愛に対してとやかく言うのは駄目なんだけどね。好きな人と、川端君と彼氏彼女の関係になれてとても嬉しいからさ。あのまま私達も友達の関係が続いていたら今頃どうなってたんだろ、と想像してみようかな。いやそんな想像はいらないね。遅かれ早かれ、私と川端君はギュッと手を繋いでいたからね。
なんかまた偉そうになってるな私。川端君が彼氏になってから心に余裕ができたのか、物凄く調子に乗ってる気がするよ。これって悪いことなのかな、それとも別に悪いことではないのかな。心に余裕が出来たと実感しているから悪いことではない気がするけど。だからって調子に乗るのはやっぱり駄目だよね。気を付けなくちゃ、いつか痛い目をみるかもしれないから。痛い思いはあんまりしたくないからね。この柔らかいものの奥にある大切なものが痛くなると、皆に迷惑をかけることになるから。
「何で二人とも笑ってんの。俺そんなに面白いギャグ言ったかな。そんなの言った覚えはないよ」
「二人はね、吉田があまりにもしょうもないから笑ってるの」
「それってつまり俺の勝ちだよね? 人を笑顔にするのって難しいんだぞ。俺のギャグで人を笑わせた、これって素晴らしいことだよね」
「はぁー? それ真面目に言ってるの?」
「いつでもどんな時でも真面目なのですがー。何故それに気付かないのかな」
「気付くとか気付かないとか、そんな問題じゃないわよ。何だか頭が痛くなってきた……」
「やっぱり体調悪いんじゃん。無理するなよ、マネージャーはお前しかいないんだからさ」
「何カッコつけてるのよ。マネージャーは私を入れて三人いますけど」
「そんなのどうでもいいじゃん。とりあえずほら、おんぶしてやるよ」
「いいってば。体調悪くないから」
「無理するなって。強がってんじゃねーよ」
「……あーもう、うるさいな。ひなちゃん、私達向こうで花火見るから友妃奈ちゃんよろしく」
まいちゃんは吉田君におんぶされて、建物のほうへと移動する。ホントは体調なんて悪くないけど、吉田君があまりにもしつこいからおんぶされたんだね。何この二人、可愛くてヤバイんですけど。見ててこっちが恥ずかしくなってくる。この二人と比べたら、私と川端君は落ち着いてるなぁ。何か負けてる気がしてきたよ。
あっちで川端君と三人で花火見よっか? と隣にいる友妃奈ちゃんに声をかける。しかし友妃奈ちゃんはいなかった。あれ、何処に行ったのかな。ひょっとして迷子になったとか。この人混みだからね。どうしよう、もうすぐ花火始まるのに。
友妃奈ちゃん、何処! と私は回りを見渡す。そこにいるのは浴衣を着た女の子や男の子、おじいさんやおばあさん。私服の人達に看護師さんやドクター。人混みに慣れていない私では、この中から友妃奈ちゃんを見つけるのは難しい。大声を出してみようかな。急に大声を出したら回りにいる人達がびっくりするだろうけど。迷子になっていたとしたら、とても寂しいと思うから。楽しい花火大会だもん、友妃奈ちゃんと一緒に見たいから。
「何処にいるの! 友妃奈ちゃ────」
その時、空へと花火が打ち上がった。私の声は花火と重なった。皆歓声をあげて、空を見上げている。その目はとてもキラキラしている。皆笑顔で、下を向いている人なんていない。私も空を見上げる。空には次々と花火が打ち上げられて、綺麗な花が咲いていた。
凄いなぁ、綺麗だなぁ。大きな音を響かせながら咲く花はすぐに消えてしまう。一瞬だけ咲く花。だからこそ花火って美しいのかな、綺麗なのかな。その美しい花々に見とれてしまう。色んな花が次々咲いて、そして消える。切ない、美しい、儚い、その三つが混ざって感動してきた。
手には柔らかくてあたたかい感触があった。何だろうと思って確認してみたら、誰かが私の手を繋いでいた。その誰かが誰なのかすぐにわかった。だからギュッと少し力を入れてみる。するとギュッと少し力を入れ返された。ふふ、何か楽しい。
「綺麗だね」
「えっ、なに? 聞こえないよ?」
「綺麗だね!」
「全然聞こえないよ! 川端君声が小さいよ!」
「実は聞こえてたりして」
「何も聞こえませんよ! なんて言ったの?」
「聞こえてるじゃん。ひなちゃんいじわるだなぁ」
「へへへ。花火綺麗だね!」
私は笑っている。川端君と手を繋ぎながら見る花火はとても綺麗で、この光景は忘れないと思う。夏の思い出となってずっと心に残ると思う。




