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ひなちゃんは笑っている  作者: ネガティブ
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smile3「友妃奈ちゃんの相談」

 長い休みからもう何日たったのかな。カレンダーに何日もバツマークを描いたから。そのバツマークは男の子を見なかったしるし。バツマークが増えるたびに溜め息が増えていくのは何故だろう。


 因みに今日も見なかった。毎朝思うのは、今日こそ見れるから笑顔でいようということ。この前の通りを歩く名前も知らない男をただ見るだけにこんなにも思うのは変かな。それでもいい、それでいい。


 見れたからって何が変わるとか、何が起こるとか、何が始まるとか、そんなことは何も無いかもしれない。でも男の子は私にとって生きる糧になってる。いやそんな大袈裟なものじゃないか、もっと別のものだね。


 とにかく男の子を一目見たらここがポンと弾む。それは痛いとか苦しいとかそういうのではない、もっとこう違うやつ。なんていえばいいのかな、難しいな表現するのは。


 暖かいのかな、それとも熱いのかな、寒くはないし冷たくもなくて爽やかな感じがする。よくわかんないな、ひょっとして新たな病気か何かなのかな。そうだったらもう見ないほうがいいのかな。


 男の子のことを考えないほうがよかったりして……考えるからここがポンとする、見たいからここが弾む。男の子は私にとってウイルスなのかな。そうだとしたらもう見ることも考えることもやめないといけない。悪いものは取り除かないと。


 ほら先生が言ってたじゃない──悪いものが体に少しでも残っているだけでも取り返しのつかないことになる。それは少しずつ体を蝕み、少しずつ心を削っていく。だから色んな検査をして調べているんだよ──そういって先生は聴診器をあてたっけ。


 ここに長いこといるから色んな病気があることは何となくわかっている。脳神経疾患、公害病、感染症、がん、消化器病、アレルギー疾患、呼吸器疾患、性行為感染症、食中毒、肝炎、循環器病、免疫病、発疹。他にも沢山あるけどわからないや。


 私は先生や看護師ではないから。昔からずっとここで入院しているだけだから。この機会に病気のことを勉強してもいいかな。興味が出たならその時がチャンス。後回しにしたら興味が引いてしまうからね。


 私はけっこう何でも興味が出てしまう。雑誌やテレビで何かの特集をしていたら、そのことについてまわりの大人に聞きたくなるしネットで調べたくなる。そしてへーとかなるほどねーとか、そのことについて色んなことを知ってとても楽しくなる。


 楽しいと時間が経つのが早く感じる。変化のない毎日だから何か楽しいことがあったほうが刺激になる。あんまり強い刺激だとこの柔らかいものの奥にある大切なものに悪いけどね。


「ねえねえ陽奈お姉ちゃん。ぼーっとしてるけどどうしたの?」


「……あ、ごめん。で何だったっけ?」


「もーしっかりしてよ。友妃奈ゆきなの相談にのってくれるんでしょ」


「あれそうだっけ。勉強教えてほしいんじゃなかったの」


「それはもう終わったよう。陽奈お姉ちゃん今日は何か変だよね」


「変かな? 顔に何か付いてるかな」


「そういうことじゃなくってさ……とりあえず何か飲んでスッキリしてよ」


「うん、そうする」


 私は立ち上がると、冷蔵庫まで真っ直ぐ歩いて一日分の野菜と書かれた紙パックの飲み物を手にとってストローをさした。野菜は好きでも嫌いでもなく普通だけど、これを飲めば一日分の野菜をとれるなら簡単で楽だ。食べたらいったいどのぐらい量になるのかといつも考える。


 床に横になった友妃奈ちゃんは難しい顔をしている。そんな顔してどうしたのと聞こうと思ったけど、何やら相談したいことがあるみたいだからきっとそのことについて考えているのだろう。そんなに難しい相談なのかな、私が解決できればいいのだけど。


 小学生の女の子の相談だ。そんなに難しいものじゃないと思う、だから私にも解決できると思う。謎の自信がどこかから湧いてきた。年上として年下の面倒をしっかり見たいからなのか。


 看護師さんはちょっと離れたところでこっちの様子を伺ってる。陽奈ちゃんに任せたわよ、私はここからあたたかく見守っているからね、助けを呼んでも私は行かないわよここは陽奈ちゃんが頑張るところなんだから。そう言われてるような気がする。


 私もいつまでも子どもじゃないということだね。少しは人の役に立たないと、無理をしない程度にね。無理をしたらしんどくなっちゃうから。そうなったら穏やかな時間が全部吹っ飛んじゃうから。


 私は笑っている。友妃奈ちゃんの相談が難しいかそうじゃないのかわからないし、そんなことはすぐにわることだ。笑っていたら安心する、難しいことでも少しはやわらかくなるような気がする。


「喉を潤してスッキリしたよ」


「それ野菜ジュース? 友妃奈はトマトのやつが好きー」


「冷蔵庫にあったよ。取ってこようか?」


「あとにする。今から相談するから、終わってからにする」


「その相談したいことは何? お姉ちゃんに言ってみな」


「うん……あのね……」


 友妃奈ちゃんは真剣な顔になっている。今までこんな顔は見たことがない。やっぱり難しいことなのなのかな、相談する相手が私でいいのか不安になってくる。


「……あのね……えっとね……」


「うん」


「んー……ちょっと待ってね」


「いいよゆっくりで」


「ありがとう陽奈お姉ちゃん」


 友妃奈ちゃんは何かをとても真剣に考えている。その何かは友妃奈ちゃんにとってとても大事なことで、だからこんなにも悩んでいるんだ。適当な言葉なんて言えない、私も真剣にならないといけない、そのつもりだけどプレッシャーみたいなものがのしかかる。


 私は誰かの相談にのったことなんてない。今がはじめてだ、だからどうしていいのかよくわからない。私の相談に乗ってくれている先生や看護師の皆さんがとても大人に思えてきた。いや実際年齢的にも大人なんだけど、なんていうのかな。精神的に大人というか。


 先生や看護師の皆さんのことを思い出せば何のプレッシャーもないかな。皆さんいつも真剣に聞いてくている。つまらないことから難しいことまで。どんなに小さいことでも真剣に。


 その時は全然気にしてなかったけど今ならわかる。相談されるっていうのはとても力がいるってことに。相談者のパスがけっこう重くてキツい、だからそれをしっかり受けてまた向こうに返すのは大変だ。


 まだどんなことを私に投げてくるのかわからないのに、まだ友妃奈ちゃんは投げる前だというのにこれで大丈夫なのかな私は。私は落ち着いていないと、じゃないとちゃんとパスができないから。


 チクタクと時計の音がやけにうるさい。普段はこんなこと気にしないのに今はとても気になる。ここってこんなに静かなところだったかな? とびっくりする。ここは子どもたちが多いからいつも騒がしいのに。


 そういえば今日は友妃奈ちゃんしかいないな。他のみんなは自分の部屋で大人しくしているのかな。いやいやいくらそれぞれに病を抱えていたとしても、みんなとても元気でいつも笑っているから学校に通ってる子達と何も変わらないよ。


 そう見せているだけ、辛いのを隠している、みんなの前では笑顔。そんな子はなかにはいるし辛くないわけがない。私はもう辛いと思うとかそういう感覚は消えてしまったけどね。何年もこの体と一緒だから慣れるんだよ。


「……ねえ陽奈お姉ちゃん」


「友妃奈ちゃんどうしたの?」


「あのね……私ね……」


「うん」


「こことは別のところに行くんだ。だからさ……寂しいの……」


 友妃奈ちゃんの相談は別の病院に転院することだった。私は転院はしたことがない、ずっとここでお世話になっている。だから違う所に移るということがどういうものかわからない。でも友妃奈ちゃんがここからいなくなるというのはわかるから寂しい。


 他に移るってことは友妃奈ちゃんの病気が……いやそんなこと考えるのはやめておこう。親の都合で転院することだってある、より良い治療環境を求めての転院だってある。それは私が考えたところでどうにかできる問題ではない。


 私はただ友妃奈ちゃんのお姉ちゃんであればいい。今までどおりでいいんだ、変に気を使うことは何だか失礼な気がする。だから私は私らしくニコッと笑えばいいんだ。笑っていれば寂しいことも少しはマシになるから。


「とりあえず笑っとこう」


「えっ?」


「友妃奈ちゃんは笑ってるほうが可愛いんだよ」


「でも……寂しいから笑えないよ……」


「私だって寂しいよ、友妃奈ちゃんがここから違う所に行くのは。でも泣いてたらよけい寂しくなるでしょ」


「そうだけどさー……寂しいのが止まらないよ」


「今すぐここから転院しないよね。まだ時間があるからそれまでは会えるよ」


「うん……」


「もーそんな顔しないの。友妃奈ちゃんのそんな顔はあんまり見たくないな」


「……可愛くないから?」


「そうじゃないんだよねー。友妃奈ちゃんの泣いてる顔を見たら私まで寂しくなってくるからなんだよ」


「陽奈お姉ちゃんも?」


「でもね私まで泣いたらカッコ悪いでしょ。お姉ちゃんだから、年上だからあんまり泣いちゃダメなんだよ」


「そっか……それは知らなかった。勉強になった」


「まああとで自分の部屋で泣くけどね。誰も見てないからカッコ悪いところ見られないし」


「陽奈お姉ちゃんかっこいいね!」


「そんなことないよーこれがお姉ちゃんの、年上にとっては当たり前のことなのさ」


「じゃあ友妃奈も泣くのやめる。あとで泣いたらいいんだよね? 誰もいない時に」


「そうそう。涙はあんまり人に見せるもんじゃないからね。ここぞって時に見せるものだから」


「ここぞ?」


「そのうちわかるよ。だから私が言うことじゃないの」


「そっかー気になるな。勉強になるなー」


「教えないからねー。そういうのは自分で見つけるもんだから」


「陽奈お姉ちゃんも自分で見つけたの?」


「そうだよ。みんな自分で見付けてると思うよ」


「へー知らなかったなー。友妃奈が知らないことを、陽奈お姉ちゃんはいっぱい知ってるね!」


「そうでもないよ。私もまだまだ子どもだから知らないことのほうが多いよ」


「陽奈お姉ちゃん子どもなの! こんなに背が高いのに? いろいろ知ってるのに?」


「そっか友妃奈ちゃんからしたら私はそう見えてるのか。私は友妃奈ちゃんと同じ子どもなんだよ」


「マジかー! 知らなかったー! 大発見だー!」


「今の友妃奈ちゃんとても可愛い笑顔だよ。この顔が一番好きだな」


「えっそうなの! 友妃奈笑ってるの!」


「うん笑ってるよ。寂しいことは少しはマシになったかな?」


「そういえば寂しい気持ち楽になったかも……これはすごい、学会に発表しなくては!」


「じゃあ相談終わったからトマトジュース取ってこようか?」


「うん! のどがカラカラー」


「ちょっと待ってね」


 私は立ち上がると、冷蔵庫まで真っ直ぐ歩いて一日分の野菜と書かれた紙パックの飲み物を手にとった。友妃奈ちゃんが好きなトマトのやつだ。早くこれを飲んで喉を潤してもらおう。


 ちょっと離れたところでこっちの様子を伺ってる看護師さんは、親指を上に立ててグッジョブと私に伝えてきた。私は人の役に立てたのかな、自分ではよくわからないや。


 トマトトマトという声が後ろから聞こえてる。早く持っていかないと泣かれても困る。せっかく笑顔の友妃奈ちゃんになったのにそれをやめてしまうのは嫌だ。私はもっと笑顔を見たいよ。

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