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ひなちゃんは笑っている  作者: ネガティブ
17/50

smile17「さまーばけーしょん」

 病院の前の通りを見れば、世の中のことがほんの少しだけわかったような気になる。今まさに私は、ほんの少しだけわかったことがある。それは何かというと、どうやら学生は、夏休みというものを楽しんでいるということだ。


 だってさー。数日前には見かけた、制服を着た同年代の子が全然歩いてないもん。それってつまり夏休みになったからだよね、学校がお休みだから前の通りを歩いてないんだよね。体操服を着た子は見かけるけど、これは部活動だよね、暑いから熱中症に注意してほしい。


 夏休み……何て羨ましい響き! 夏休みはねー家族で旅行するんだ、宿題をさっさと澄ませて遊びまくろうぜ、とにかく難題なのは読書感想文だよねこれがホントにやっかい、ラジオ体操って参加する人いるのかなー、などなど学生たちの間で盛り上がってるに違いない。私もそんなこと言ってみたいな。


 そう思いながら、テーブルの上に置いてある問題集を見つめる。何故か勉強ってやつが嫌になってくる。勉強よりも、夏休みのことを羨ましいというのが上回っているから。私の頭の中は、夏休みでいっぱいかも。


「でも外は暑そうだな」


 その通り。カーテンの向こうは晴天で、日差しがキツくて、ミンミンミンミン蝉がうるさくて、暑くて汗が出るし喉も渇くし、肌が日に焼けてしまう。夏の嫌なものを想像してみたら、夏休みに対する思いが少しは離れるかなって。


 ちょっとは離れたかもしれないけど、そんなのすぐに羨ましいに変わる。晴天でも、日差しがキツくても、蝉がうるさくても、汗が出ても喉が渇いても、肌が黒くなっても、どれもこれも羨ましい!


 日の光に当たっちゃいけないってことはない、蝉の声を聞いてはいけないってことはない、汗が出るのは体温を下げるためで喉が渇くのは体が水分を欲しているからだ。でも手とか足とか、日に焼けて黒くなるのはちょっと嫌かな。白すぎる肌だから不健康に見えるけど。


「でも海とか肝だめしとか、かき氷とか焦る宿題とか……」


 そういうの良いなぁ。ここでも勉強はしてるよ、病人だからって勉強は免除されるとかないから。ちゃんと勉強しないと、退院した時に困るからね。そのために勉強しないと、しっかりとしないと、提出日までに間に合わせないと。私は遅れたことなんてないよ。サボったってこともない。勉強は嫌じゃなくて楽しいかな。


 普通の子は勉強なんて嫌で嫌でしょうがないと思う。私の場合は勉強をしてると、普通の子と同じでいれるから、学校の教室で授業を受けているように思えるから、だから全然嫌じゃなくってむしろ楽しいのかも。って私どんだけ学校に通いたいのよ!


 はぁ、何だか勉強する気がなくなった。扇風機の向きを私のほうにして、涼しい風を真正面から独り占めする。髪がばさっと浮くけど、元からセットしてないしお出かけもしないし、別にぐちゃぐちゃになっても気にしない。ていうか髪の毛長いかな、そろそろ切ったほうがいいかな。


 ニュースで今年も暑いって言ってたけど、この部屋は風通りいいし冷房をつけなくても扇風機でじゅうぶん。冷房はちょっと寒いよね。羽織るものがほしくなる。それでも暑いときはあるし、その時は冷房をつけるよ。


 扇風機涼しいな。ずっと風が当たってるのはよくないけど、涼しいからやめられない。羽がぐるぐる回っている、ずっと見てたら目が回りそう、口を近づけて宇宙人になってみようかな。ワレワレハウチュウジンダ、チキュウノミナサンコンニチハ、ワレワレトナカヨクシマショウ。


「ひなお姉ちゃん扇風機の前で何してるの?」


 その時、後ろから可愛い声が聞こえた。この声は友妃奈ちゃんだ。振り向いた私は、猫の有名なキャラクターの服を着ている友妃奈ちゃんと目が合った。ニコニコしていて可愛い。だから私もつられて笑う。


「扇風機の前で何か喋ると宇宙人になれるんだよ」


 私は笑っている。夏休みのことを一人で考えるよりも、友妃奈ちゃんとお話してたほうが楽しいから。そういえば友妃奈ちゃん、病気になる前は学校に通ってたんだっけ。それじゃあ夏休みを楽しんだことあるんだ。


「なにそれ? 扇風機の羽危ないから離れたほうがいいよ」


「ありがとう。でもね扇風機で遊べるんだよ、宇宙人になれるんだよ」


「扇風機は涼しい風を出す家電だよ。宇宙人はちょっとわからないな。ひなお姉ちゃん、夏バテしてるの?」


「えっ私おかしいかな。熱はないし、バテてもないし、いつも通りなんだけど」


「でも変なこと言ってるよ。普通じゃないよ。やっぱり夏バテじゃないかな?」


 そっか友妃奈ちゃんは知らないんだ。宇宙人になれることを。最近の扇風機は羽が無いやつもあるからね、そんな扇風機では宇宙人にはなれないから。これどうやって説明しようかな、ていうかこの話はもういいか、もっと違うことを話したほうがよさそうだ。


 とりあえず私は、友妃奈ちゃんに座ってもらうように椅子をすすめた。私はベッドに腰を下ろす。何を話そうかな、話したいことは幾らでもあるけど、いざ話そうと思うと意外と出てこない。何でこうなるんだろう。話したいことが多いから悩むのかな。どれを話せばいいのかって。


「そういえばね。友妃奈が転院する日が決まったよ」


 やけに大人びたような声で、さっきの子どもっぽい声とは違う友妃奈ちゃんは、静かにそう言った。まるで私に考える時間を与えないかのように。


「そうなんだ……いつになったの?」


「夏の終わりだよ」


「えっ」


 思ってたよりも早い。夏の終わり、つまり夏休みが終わると友妃奈ちゃんは転院する。なにそれ何かの小説なの? もしくはドラマなの? そんなサヨウナラ、まるで友妃奈ちゃんが夏の思い出の一つみたいじゃん。なんか切ないじゃん。


 転院するのはわかってたけど、それはまだ先の話だと思っていたから、突き付けられた現実がやけに冷たくて非現実的だ。しかし転院するのは現実で、このまま私のそばから離れないというのは非現実的で、その狭間で友妃奈ちゃんはいつも通りの可愛い笑顔をしているように見える。


 友妃奈ちゃんだって寂しいはずだ。だから私ばっかりが寂しがっていたら、お姉さん的にはものすごくカッコ悪い。カッコ悪いお姉さんなんて嫌だ、嫌すぎる。年下の子の前ぐらい、カッコいいお姉さんでいたい。私の身近なお姉さん、早苗さんだって年下の私の前ではカッコいいから、だから私だって!


「一生会えないわけじゃないよ」


「うん……でもひなお姉ちゃんには毎日会えないよ」


「メールしよう、電話もしよう、だから寂しくない」


「……うん、怖いけど頑張る!」


 まだ小さい友妃奈ちゃん。小さいけどしっかりしてて、だからたまに同い年ですかと思うときがある。けど心も体もまだ子ども。私も子どもだけど、友妃奈ちゃんよりは少し大人。私は手を伸ばしてそっと頭の上に置いた。


「何も怖がることなんてないよ。怖い、怖い、と思うから余計怖くなる」


「ちょうど今はそういう季節だから、別の意味でも怖いかも」


 夏というのは楽しい反面怖いところもある。先祖や、亡くなった人たちの霊が、この世に帰ってくるから、それがお化けを連想してホラーに繋がるのかな。確かに悪霊とかは怖いけど、別に人に何の害も与えない霊もいると思うし。まあ霊さんとお話をしたことがないから、詳しくはわからないのですが。


 そういえばしばらくお墓参りに行ってないなぁ。ご先祖様に線香をあげたい、手を合わせたい、お墓を綺麗にしたい。ご先祖様あっての私だからね。こういう気持ちは忘れちゃいけないけど、つい忘れがちになっちゃうよね。


「怖い話はやめようよ」


「ひなお姉ちゃんホラーとか苦手なの?」


「苦手っていうかさ、ほらここに悪いし」


「そっかホラーってびっくりするからね。じゃあ一緒にお化け屋敷行けないな」


「友妃奈ちゃんはホラー苦手じゃないの?」


「苦手じゃないけど、得意でもないよ。怖いのが好きなのかな」


「怖いのが好き? なんか変わってるね」


 その私の言葉に、友妃奈ちゃんはほっぺたをぷくっと膨らませた。どうやら少し怒っているようだ。ごめんね、より可愛いのほうが先に心のなかに出てきた。変わってるという言葉に反応したのかな。まああんまり良い意味ではないよね。


 変わってると言われて、ありがとうって笑顔になる人はやっぱり変わり者かも。個性的な人とか、独特な世界観を持っている人とか、普通じゃない人とか、変わってる人ってそういうのだよな。そりゃ怒る。怒るのも無理はない。


「ごめんね。変なこと言って」


「別に怒ってないし、私は変じゃないよー。ひなお姉ちゃんのほうが変だから」


「えー! 私は普通だよ。普通の中の普通だよ」


「だってよく変わった本を読んでるじゃん。あんな本を読んでるのって、変わってるね」


 友妃奈ちゃんはニコッと可愛く笑った。顔は可愛いけど、心はどす黒いように思えてくる。この子怖い! お化けとはまた違った怖さ。


「友妃奈ちゃんかわいそう。マニアックな本の素晴らしさがわからないの? それだいぶ損してるよ」


「えっ損してるの。ひなお姉ちゃんが読んでる変な本って、そんなに重要なものだったんだ!」


「重要かどうかは人それぞれだよ。まあマニアックな内容だから、役に立たない本もあるけど、勉強になったりなるほどと知識を得られたり、役立つことがあったりくだらなかったり面白かったり。とにかく楽しいのよ」


「そっかー、そういうものだったのかー。バカにしちゃいけないんだね! そんなことしてたら立派な大人にはなれないんだね!」


「んーそれはわからない。別に読まなくても大人にはなれるし。立派な大人かどうか、そこまではわからない」


「ひなお姉ちゃんがわからなかったら、友妃奈には難しいんだよ。どうしてくれるの! ちゃんと責任とってよ!」


「せ、責任? 私は別に何もしてないと思うよ。友妃奈ちゃんのことを傷付けてないよ」


「難しいことを言うから頭が爆発しそうなのー! だから責任とってよー!」


 友妃奈ちゃんはそう言いながら立ち上がって、私に飛び付いてきて、まるで子猫のようになついてくる。可愛い、あたたかい、離したくない。夏の終わりにはもういないなんて信じられない。


 だから寂しくないように、今のうちに思いっきり抱き締めてやる。子猫を可愛がっている飼い主だと思えば何も恥ずかしいことなんてない。そんな設定を、第三者にもわかってほしいぞ。


「ちょっとひなお姉ちゃん。キツくない?」


「友妃奈ちゃんが可愛いんだからしょうがないでしょ」


「それならしょうがないねー」


「そうそう。だからおとなしく子猫のままでいてね」


「子猫?」


 ミンミンミンミンという蝉の鳴き声がうるさい。この鳴き声が少なくなってきたら、その時は夏の終わりだ。しかしまだ夏は始まったばかり。可愛い子猫のお世話は、いや可愛い友妃奈ちゃんとの時間はまだいっぱいある。


「ひなお姉ちゃん友妃奈に甘えて赤ちゃんみたい」


「子猫と飼い主だよ」


「なにそれ?」


「ところで暑くない。何でだろう」


「友妃奈に甘えてるからじゃないかな」


「そっかだから暑いのか。まあ気にしないけどね」


「気にしてよ!」

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