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ひなちゃんは笑っている  作者: ネガティブ
16/50

smile16「夜の病院」

 部屋は真っ暗で、カーテンの隙間からチラッと見える外も暗くて、ブンという冷蔵庫の音に少しびっくりしたけどここは私の病室だ。なんだ、目が覚めたのかと体を起こす。


 時計を見たら零時を少し過ぎたところだった。暗くても数字と針が光ってるからわかりやすい。夜は眠ってるから光る時計なんていらないよ、とお父さんに言ったことがあるけど初めて役に立った。


 私は眠ったら朝まで起きない。トイレに起きるって人がいるけど、トイレは眠る前に行ってるから大丈夫。怖い夢を見てそこから逃れたくて起きるって人もいるけど、怖い夢を見たことがないからそれもない。見たことがないから興味はある。でも見たくて見れるわけではないよね。


 見たい夢のことを眠るまえに想像すると、その夢を見れると聞いたことがあるけどホントなのかなぁ。例えばアイドルになりたい、アイドルになって皆からちやほやされたい! と眠るまえにこれでもかと想像すれば、アイドルになった夢を見れるのかな。


 試したことがないからホントなのかウソなのかわからないけど、それでもし見たい夢が見れるならとても楽しいね。夢の中で何だってできてしまう。普通の中学生になれる、病気なんてない健康な女の子になれる、皆と同じように学校に通える。


 それはなんて素敵なことだろう。何でもありって感じで良いな、何でも出来てしまうところが良いな、現実ではモブの私も夢の中では主人公になれるって良いな。何でもっと早く気づかなかったんだろう? 夢の中ってスゴいじゃん。


 なんか余計目が覚めてきた……ちょっと興奮したからだ。新たな遊びを発見してしまったからだ。発見は良いことなんだけど、何もこんな時間に見つけなくてもねー。早く眠らないといけないのに。


 でも起きちゃったし、スッカリ目が覚めたし、これじゃあ羊を数えたところで眠れないだろう。ずっとここで、こうやって座ってるのも暇だから夜の病院を見てみようかしら。この生活長いけど、夜の病院を見たことがないからね。いい機会だ、こんな時しか見れないかも。


 布団から出て床に置いてある靴に足を入れる。この靴は世界の多数の国で販売されている、軽い合成樹脂製でできたものだ。今の時期だとこの靴をはいて出かける人や、海水浴などでもはいてる人が多い。そんな靴をはいて、チラッと外が見えるカーテンに手を伸ばす。


 外は暗くて、強いモンスターが出てきそうな雰囲気だってある。等間隔に並んでいる外灯が病院まで続いていて、それが何だか戦いで傷付いた冒険者への道しるべのような感じがした。ここで回復して、また冒険へと出かけよう! みたいな。


 暗いといっても、病院の回りは明かりがあるからそんなに暗くない。これがもし明かりなんて一つもなくて、真っ暗だったらと思うと怖い。真っ暗では何も見えない。だから足元に何があるのか、前方に何があるのかもわからない。そんな真っ暗な世界に明かりがあると、足元も前方もわかるから安全だ。明かりって大切なんだなー。


 カーテンを閉めて、回れ右をした。怖いのはむしろ外ではなくて病院の中、私の視界に入っている、その固く閉ざされているように見える扉の向こう側。夜の病院のイメージは、真っ暗で、静まり返っていて、電気がチカチカ点滅していて、白い服の女の子を見たり首から上が無い人を見たり人体模型が歩いていたり……あんまり良いイメージはないね。


 そんなの怖い怖いって思うから、余計怖くなるだけ。白い服の女の子とか首から上が無い人とか歩く人体模型とか、それも怖い怖いって思うからそう見えるだけだよ。白い服なんて先生や看護士さんが着てるのを見間違っただけ、首から上が無いのも見間違い、人体模型は歩かない。何も怖いことなどない。


 私は固く閉ざされているように見える扉へと手を伸ばす。ここから先は地獄だぞ、もう戻ってこれないかもしれない、それでも進むというのか? というナレーションが入ってることにする。ええ進むわよ、私は後ろなんて見ないから、前しか見ないひなちゃんだから! と心の中で演じる。


 ならば進むがいい、このダンジョンを攻略してみせろ! というナレーションのあとに、音を鳴り響かせながら扉がゆっくり開いていく、というのがお決まりのパターン。自分で扉を開いて、夜の病院の廊下へと足を踏み入れる。


 そこは朝や昼に見る廊下とは違った。足元を照らすライトが、お洒落なのか不器用なのかそのどちらもなのか。歩くことに不便ではない、最低限の光が廊下に続いている。夜勤の看護士さん達はここを歩いているのか、怖くはないのかな。


 私はちょっと怖いかも。いつも見ているのに違うから、夜になっただけでこんなにも変わるものなのか。人の声が一つも聞こえないっていうのも怖い。いやこの雰囲気で、声が聞こえたほうがむしろ怖いかな。それなら耳を手で塞いだら聞こえない。


 ふと横を見た。固く閉ざされていた扉は開きっぱなしで、向こう側がよく見える。今なら向こうに行けるけど、引き返すってのもありだけど、深呼吸してゆっくりと扉を閉じた。今更後戻りなんてできないよ!


 そんなことしたら、何のために扉を開いたのかわからないじゃんか。私を馬鹿にするなよう、怖がってなんかないぞ、中学生なんだからこれぐらいのことではビビらないよ! と思いながら何となく胸に手をあてる。


 ドキドキしていた。これってここに悪いような、負担になってるなら今すぐに帰ったほうがいい。あとで困るのは私で、回りの人に迷惑をかけるから。淡いライトに照らせているなか、私は自問自答する。


 シンとした夜の病院はまるで別世界に来たかのようだ。ここではないどこか、アッチ側の世界、言い方は色々ある。今なら魔法だって使えるんじゃないのかとさえ思えてくる。そんなことあるわけないけど、このいつもと違う雰囲気が私をそうさせる。


 これが漫画脳ってやつか。小説脳かもしれないし、アニメ脳かもしれないけど。こういうこと考えるの好きなんだよー! なんかニヤニヤが止まらなくなる。次はああいう設定で、私はこんな感じの主人公で、敵がどこにいるのかわからない状況で、それから────ヤバいヤバい、だんだん楽しくなってきた。


 さあ勇敢なる冒険者よ、先に進むがよい。ここから先はお前一人だ、誰もお前を守ってはくれない。自分の身は自分で守れ。そのために武器を持っているのだ。その武器で敵を倒し、倒れることなく先へ進め。これまで培ってきたものを今こそ解き放せ。さもなけば命はない。というナレーションが心の中で聞こえる。


 なんて中二病なんだ。呆れてしまうよ、夜中に何やってんだよと笑われちゃうよ、それでもやめやれないし止まらないのが私なんだよ。女の子でこうなるのって別におかしくはないよね? オタクな女の子だって沢山いるはず!


 私は笑っている。夜の病院、いつもと違ういつもの場所、私の中のオタク魂。それらが混ざりに混ざって出来上がったものは、RPGのような世界観だったりファンタジー漫画の世界観だったり。とにかく楽しい、怖いとかもうどっかに飛んでいった。


 深夜テンションというやつはこれのことなのかな。この時間まで起きてることなんてなかったし、就寝時間にはちゃんと布団に入って目を閉じるし、それが当たり前のことだと思っていた。今も当たり前だと思ってるよ、でも今はもう完全に目が覚めてるからどうやっても眠れないと思う。


 私に残され道はただ一つしかない。それは夜の病院というダンジョンを歩くことだ。そんなこと改めて確認しなくてもわかっている。さあ進もう、心の中のナレーションも進めと言ってたじゃんか。それに素直に従おうよ。


 薄暗い廊下をゆっくり歩く。足元は光ってるから何か落ちていたらわかる。それにしても誰もいない。皆スヤスヤと眠っているんだ、それぞれの部屋で夢を見てるんだ。


 その夢は、どんな夢なんだろう。遊園地に行ってジェットコースターに乗ってる夢、何かの秘密を持っているからなのか謎の組織に追いかけられている夢、お花畑でシートを広げて美味しそうなお弁当を食べている夢、町へと出掛けていたら突然回りの人がゾンビ化してパニックになりながらも安全な場所に避難するために必死な夢。色んな夢があるけど、夢っていつももうちょっと見たいってところで起きるよね。それは何でなの?


 これ以上眠っていたら逆に疲れがたまっちゃう、だから起きなきゃいけないと目が覚めるのかな。睡眠時間は短くてもダメだし、長くてもダメで、それよりも質が大事と何かに書いていたかも。質って何なの? また新たな疑問が出てくる。


 冒険者よ、よそ見をしていて余裕だな。ここはこれまでの敵とは比べ物にならないぐらい強い。油断をしていたらあっという間にあの世行きだ。というナレーションが心の中で聞こえる。そうだ、私は冒険者でここはダンジョンだった。


 ゆっくり歩いているけど、足音がやけにうるさく響く。静かな廊下で、誰もいなくて、私一人しかいないからだ。角を曲がると光があった。その光の正体は自販機で、冷蔵庫みたいにブンという音を鳴らせた。


 ここはダンジョンだというのに、こんな現代的なものがあったら雰囲気が台無しだ。しかし私の中二病はこんなことでは止まらない。自分で言ってて痛いヤツだなと思えてきたけど先に進もう。


 この先はナースステーションだ。そこにはさすがに誰かいるだろう。誰もいない廊下を私が歩いていたらとても目立つ。すぐに見つかって、こっちに向かって走ってくる。そうなったら怒られるのかなー。こんな時間まで起きて、夜更かしして、ひなちゃん反抗期ね! という感じに。


 うん、反抗期になっちゃう年齢だからそれは正しいよ。でも残念ながら私は反抗期ではないのだ。お父さんとお母さんに反抗したことなんてないよ。最近早苗さんに内緒にしてることあるけど、これって反抗になるのかな。ならないと思うんだけどどうでしょう。


 まあ別に見つかってもいいや。だって私は何も悪いことなんてしてないんだから。ただ目が覚めて、眠れないってだけなんだから。堂々とナースステーションに向かうよ、こそこそばれないようになんてしない。こんな時間までお仕事お疲れ様ですとお礼を言わないとね。


 私は堂々と歩いて、そこを曲がれば目的地というところまで来た。しかし私はそこで足を止めた。それは何故かというと話し声が聞こえるからだ。耳を澄ませて聞いてみよう。


「……それホントなの? 見間違いじゃないの?」


「いやアレはホントなんです! だってこの目で、この視力2.0の私が見たんですから! 間違いはないはずです」


「視力が良いってことはわかった、でもだからってアレが動いてるなんて信じられない」


「先輩は心が汚くなったから見えないんですよ。私はまだ心が綺麗だから見えるんです」


「なんか今サラッと失礼なこと言われたような……」


「とにかく私はアレを見たんですよ! なので夜間巡回の時はくれぐれも気をつけてください」


「はいはい、気を付けますよ。でも巡回はあなたの番よ? さあ行ってらっしゃい」


「先輩酷い……アレを見たって言ってるのに、可愛い後輩に命令するなんて」


「アレは夏だからしょうがないじゃん。さあ早く行け、今すぐ行け」


 話し声はまだ続いてる。声は早苗さんと、もう一人は若くて可愛い看護士さんだ。名前なんだっけ。それよりもアレってなに? 超気になるんですけど!


 でも巡回って言ってたからこっちに来るし、部屋にも来る。いつまでもここにいてられない、看護士さんがこっちに来るまでに部屋に帰らないと。もうダンジョンとか、冒険者とか、それどころじゃなくなった。急げ急げ。


 音をたてないようにゆっくり歩く。でも気持ち早めに。後ろから足音が鳴り響く。ヤバい、思ってたよりも早い。でも少し離れてるし、少しぐらい急いでも大丈夫なはず。私は早歩き方で自販機を通りすぎて、角を曲がった。


 私を何やってるんだろ。結局こそこそしてるし、ばれないようにと願っているし。何も悪いことなんてしてないというのに。見つかったら、トイレに起きたと嘘をつけばいいだけなのに。自分がいい子すぎて恥ずかしくなってくる。


 さあ先を急ごう。まだゴールじゃない。部屋に戻って、靴を脱いで、ベッドに横になるまでがミッションだ。急げ急げ、足音が後ろから聞こえてくるぞ、急げ急げ。


 もう少しで私の部屋。そう思った時、数メートル先の足元を照らすライトに何かあった。何だろう落し物かな、さっきは落ちてなかったのに、見落としてたのかな、と私は歩きながら思う。いや何もなかった、落し物なんてない。


 私は嫌な予感がして止まった。後ろから近付いてくる足音も気になるけど、ライトが照らしているものはもっと気になる。だってそれは、さっき二人が話していたアレだよね?


「キャー!!!!」


 私はアレを見てしまった。もう眠れない、怖くて怖くて眠ってる場合ではない。目が合ったような気がするし、飛んできそうな感じもした。夜の病院って怖い。

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