smile13「ナースステーションでトーク」
ナースステーション、そこは病院の病棟において、病室のあるフロアに設置されている看護師が常駐している場所のことをいう。男性の看護士もいるが、男女関係なく呼び方はナースなのだ。ほら、そこに男性の看護士さんがいるよ。
女性の看護士さんとの壁などはなくて、みんな普通に話しかけるし頼るし貴重な男手なのです。ひと昔まえと比べたら男性の看護士さんも増えたといいますが、昔からの名残なのでしょうかね、まだまだ看護士さんは女性が多いです。
年配の人はナースさんのことを、看護婦さんと言いますからね。間違ってはないけどナースは男性もなれるから、男性のナースさんに対して看護婦さんと言うのはちょっとね。だから看護士さんと言うのがもう普通なんだよ、と何回も教えるんだけど。そんな難しいことわかるか、あらまそうなの覚えておくわ、とその反応はバラバラ。
まあ覚えなくても別にいいんだけど。それで嫌な顔をする男性の看護士さんはいないから。でも若いこが好きなおじいさんは、ナースコールを押して男性の看護士が来たら突然体調が良くなることがあるらしい。何でだろう、それならナースコール押さなきゃいいのに。私は誰が来てもいいんだけどな、この人苦手とかあんまりないし。
あ、でも研修生はちょっと嫌かな。やっぱり早苗さんと比べたら至らないところが多くて、比べちゃいけないんだけど比べてしまって、だから危なっかしいというか怖いというか命の心配しちゃうというか。私のほうが詳しかったりするから、そこはそうじゃなくてこうですよとか口を挟んじゃったり。
そんなことしたらあんまりよくないんだけど、こっちだって命は失いたくないから。まあ後ろで先輩看護士さんが厳しい目で見ているから大丈夫なんだけどね。それでもつい言ってしまうのは私の悪い癖だ、これいい加減直さないとな。命の危険があんまりなさそうな時は黙っとくかー。
「それでさー、何て言ったと思う? 白衣の天使ってもっと可愛いと思ってた、とか言うのよ」
「それは夢を見すぎね。可愛い子もいるけど、そこは現実を見てほしい」
「うんうん、空しくなるけど事実だから仕方ない」
三人の看護士さんたちがお話し中だ。その内容は先日の合コンのことで、男たちは白衣の天使=可愛いやら綺麗やらと思っていたらしくて、合コンに参加した一人の看護士さんのその姿を見て一瞬時が止まったかのように静かになったらしい。明らかにテンションが低い男たちにイライラしつつも、せっかく時間を作ってくれたんだからとお話を頑張ったらしい。
しかし男たちは我慢の限界を超えたらしくて、看護士さんに対して失礼極まりないことをどんどん言ったみたい。お酒を沢山飲んでいたらしいからそれの影響もあったと思うけど、でもだからって女性に対して傷付くようなことを言うのは最低なんだよう。その場にいなくて、看護士さんたちのお話を聞いてるだけで私もイライラしてきた。
その看護士さん、男たちが言うようには見えないんだけどなぁ。何でそんなことになったんだろう? 聞き耳をたてよう、聞き逃さないように。別にそんなことしなくても看護士さんと同じテーブルでお茶してるけど。
「はぁーだから嫌だったのよ。友達がどうしてもって言うからさ、あんなにお願いされたらしょうがないじゃん」
「だから言ったじゃない、アパレルの店員ばかりの中にアンタは場違いだって」
「見事に引き立て役にされたね。お疲れ様でした」
「まあ別にいいんだけどさ、おかげでブランド物のバッグとか服とか貰えるから……それだけでも価値あった。ありがとう友達!」
「その友達も悪いやつだなー。それでも嫌にならないアンタの人間味凄いよ」
「それは人間味なの? ブランド物欲しいだけなんじゃ。ひなちゃんはどう思うかなー」
「えっ!?」
急に私に話をふってきてびっくりした。看護士さんたちが話していることは私にとっては縁がない世界で、そもそも子どもの私にはまだまだ早くって、なんて答えたら良いのかよくわからない。男の人とお話をするってだけでもドキドキしそうだ。
三人の看護士さんはドキドキしないのかな。男の人とお話しすることはとても簡単なことで、なんにも難しいことではなかったりするのかな。大人ってみんなそうなの? こんなことをいちいち考えたり、悩んでたりするのが子どもなの? 大人と子どもの境界線ってそこなのかしら。
でもドラマとかで、恋に臆病な大人を描いたやつやってるよね。だいたいこういうドラマの主人公は恋に悩んでたりするから、それなら大人と子どもの境界線はこれではないのか。大人だって考えるし悩む。恋愛とはそういうものなのかな。
「もしもーし。ひなちゃん大丈夫?」
「……あっ、うん。ちょっとぼーっとしてた」
「びっくりしたなー。私たちの仕事が増えると思ったじゃない」
「で、ひなちゃんはどう思うかなー?」
だからどうも思わないよう。っていうか何もわからないと言ったほうが正しい。私は子どもだからわからないことが多い、なのでわからないと言えば許される。都合の悪いことはそうやって横に流す。大人になったら都合の悪いことでも、しっかりと受け止めないといけないよね。大人の世界ってなんか怖いような、凄いような、そんな気がする。
でも時々大人に憧れる時がある。こんなこともできないのはきっと私が子どもだからだ、あんなこともわからないのは私がまだ子どもだからだ。そんな感じで子どもだからと何もできない、何もわからないと思う時がある。だから大人になりたい、大人なら何でもできるし何でもわかる、そう思う時がある。
しかしただ大人になっただけじゃ何もできないし、何もわからない、それはもう知ってしまった。ただ単純に大人になれば不可能なことは何もないと思っていたことが恥ずかしくなる。いいんだよ別に、それは多分みんなそうだからさ。現実を知るなんて全然面白くないじゃんか。
子どもなら子どもらしく、単純にそう思えばいいのよ! それが浅はかだったのか、夢物語に終わるのか、現実を知ってガックリするのか、そんなのどっちにしろ後々そうなるんだから。ただ単純に夢を見て、キラキラしているものを見ればいい。私もまだ子どもだからそうするしそうしたい。現実を知ってしまったけど関係ないよ。
「んー難しい」
私の答えをまだかなまだかなとニコニコしながら待っている三人の看護士さんの後ろに、腕を組んでじーっと三人を見ている早苗さんがいた。いつからそこにいたの、と聞いてみたいけど三人は全く気付いていないみないだから考えているふりをしよう。
「まだひなちゃんには早かったかな? でも小説とかよく読んでるならわかるんじゃないかな」
「ひなちゃんとアンタを一緒にするのはどうなのよ。全然違うよ、一緒なのは性別だけだよ」
「酷いこと言うねー。まあその通りなんだけど」
「二人して何を言ってるの? ひょっとして私ディスられてるかな」
「ディスってなんぼでしょ。ストレス社会なんだし」
「まあ特定の人を集中砲火するのは良くないけどね」
「まあいいけどね、私は昔っからそういうキャラですから。愛されるいじられキャラで生きてくよ」
「いじるのとディスるのは違うんじゃない? 愛されるいじられならもっと違うような」
「どっちでもいいけど、集中砲火はよくないからね」
キャハハハと三人は笑っている。その後ろで鬼のような顔で三人を睨んでいる早苗さんが怖い。何これ、まるで私が睨まれているかのよう。別に私は何も悪いことはしてないけれど。ていうかむしろ早苗さんが悪いことしたんだけど!
どうやら私は根に持ってるみたいだ。この前のアレのことで。別に内緒にするのはいいんだよ、知らないほうが良いことだってあるんだからさ。でもこの前のは知らないほうが嫌だったよ、知っておきたかったよ教えてほしかったよ。撮影してるってこと内緒だったのかな。
「そんなことより私たちって全然花がないわね。笑っちゃうぐらいね」
「アンタに言われなくても、そんなこととっくに知ってますけど」
「とはいえこの中でも順位はあるよ?」
「優劣をつけるのはよくないよって、学校の先生に教わらなかったの? そんなんでよくナースになれたね」
「ナースにはやる気があればなれるんじゃないかな。そのやる気が結構キツイけどね」
「学校は給食を食べるところだよ、そんなことも覚えてないの?」
「あ、そっちの学校ね。そっちは私も給食を楽しみにしてたなー。不味い不味いと言われてたけどそうでもないよね、みんな舌が肥えすぎなんだよ」
「なんか話が脱線してる気がするけど……いつものことだから気にしないのね」
「まあ学校のはあんなものよ。世の中には美味しいもので溢れている! ひなたゃんもそう思わない?」
「そうだね。私はあんまり外食しないけど」
あっごめんね、と申し訳なさそうに頭を下げられたけど別に気にしない。この病院の外にある美味しいものを、食べることができないというわけではないから。お出掛けの時に食べれるから。だから気にしてないよと笑っておく。そんなことより早苗さんがヤバい。
見せてはいけないような物凄い顔になっている。そろそろ三人に教えたほうがいいかな、ホントは三人が気が付いてくれたほうがいいんだけど、女性が集まるとお話しが止まらないから。でももうすぐ強制的に止められるね。
「楽しそうなお話しね。是非私も参加したいわ」
早苗さんは三人の真後ろでそう言った。三人は体をビクッとさせて、恐る恐る振り向いた。その声は悪魔のように聞こえただろう。だってほら、三人の体が急に震えだしたし。さっきまでの楽しい雰囲気はもうここにはない。
それを奪ったのは早苗さん。悪魔のような顔で三人を叱るその姿はいじめっこにしか見えない。三人がいじめられっこに見えてきた。まあ時間を忘れてお話ししてるのが悪いんだけど、患者さんにこんなところ見られたらどうするの。すでに私が見てるんだけどさ。
さてと、部外者の私はそろそろ部屋に帰りますか。早苗さんの怖い顔見たくないし、三人のこんな姿も見たくないし、仕事の邪魔をしてはいけないし。ごちそうさまでした、と空になったマグカップに言って椅子から立ち上がった。
ナースステーションを出たところで、ひなちゃんと声をかけられた。この声は早苗さんだ。私には怖い顔しないでよと思いながら振り向く。
「もう終わったの?」
「いや、まだだけど。それより言いたいことがあってね」
「なに?」
「この前は内緒にしてごめんね。上から言われてたのよ、だからしょうがなかったのよ」
「なんだそんなことか。別にいいよ、全然気にしてないから」
私は笑っている。私にも早苗さんに内緒にしていることがあるから。それはあの先生に会いに行ったこと。別に内緒にすることでもないんだけどね、でもあえて内緒にしておく。面白くなりそうな気がするから。ならないかもしれないけど。
「そっか、よかった。じゃあまたあとでね」
早苗さんは、笑顔から悪魔のような顔に変えてナースステーションに戻った。それにしても器用だ、あんなことできるなら女優さんにもなれるんじゃないのかな。早苗さん可愛いし。
部屋に向けて歩こうとしたら、三人のスミマセンという声が聞こえてきた。早苗さんの怖い声も聞こえてきた。私は大人になるのはまだいいやと思った。