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ひなちゃんは笑っている  作者: ネガティブ
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smile12「殺気立つ病院」

 冷房がかかっていて涼しい食堂には、お腹をすかせた先生や看護師さんが大勢いる。椅子に座った瞬間目の色を変えて獲物という名のお昼ご飯に食らい付くその姿は、まるで何日も何も食べていない猛獣のようだ。


 皆会話もせずにただ食らい付いている。お箸が食器に当たる音があっちからもこっちからも鳴る。リズムよく鳴り響いてるからまるで演奏しているみたいだ。目を閉じればコンサート会場に来たような気がする。


 それぐらい病院というところは忙しい所なのだろう。私はここにいて長いからそれもよくわかる、わかっているはずなのにこういう光景はあんまり見たことがない。こんなに皆殺気立ってるのは珍しい。


 お昼をゆっくり食べてもいられないぐらいに忙しい。これは何かあったんじゃないのかしらと私は思う。だってさ、いつも楽しそうな話し声が聞こえてくるナースステーションは、とても静かで皆忙しそうだったし。お話をする時間もないぐらいの出来事が何か起きたのかな。


 病院が忙しくなる時って何だろう。就職前や入学前の健康診断の時期はもう過ぎたから違う、だったら会社や学校の定期健康診断かなと思ったけどそんなにこの病院に集中しないよね。それなら人間ドッグを受けに来る人が多いのかな? 夏休みに受ける人は多いけどそれはまだもう少し先だけど、夏休み混むからその前に受けに来たのかな。


 それとも近くで大きな事故があったから多くの怪我人が運ばれてきたとか? でもそんなことニュースで言ってなかったしなぁ。先生の誰かが違法な手術をしてそれがマスコミに知られて対応に追われているとか、日本ではまだ成功例がないような難しい手術を見事成功させたから会見の準備に忙しいとか、この病院でドラマや映画の撮影があるから皆ソワソワだったりドキドキしてるとかもなさそうね。


 ホントにわからない。何故こんなに殺気立ってるのか。誰か教えてくれないかな? 早苗さんだったら教えてくれそうだけど、さっきから見かけないんだよね。私に見つからないようにどこかに隠れてるとかないよね。


 今お昼だから早苗さんもここにいるはず。しかし同じ服を着ている人がとにかく多くて、いったいどれが早苗さんなのかわからない。向こうが私のことに気付いてくれたらいいんだけどね。私はいつも通りの格好だから見つけやすいんじゃないのかな。


 そんな私はレモンティーを飲んでゆっくりしている。お昼ご飯はもう食べた、病院から出される病院飯をしっかりと食べた。だからこの食堂で何かを食べるってことはない。飲み物ぐらいは注文するよ。それぐらい注文させてよ!


 私の左右に白衣を着た先生が座った。トレーの上にあるものは二人ともカツ丼だ。二人同時に手を合わせていただきますと呟いて、目の色を変えてカツ丼という名の獲物に食らい付く。ゆっくり噛んで食べている時間はやっぱり無いのだろう。今日何かあるんですか? と聞いたところで答えてくれなそう。


 前の空いている席にも白衣を着た先生が座った。トレーの上にはカツ丼。私は先生たちに囲まれている、白衣に囲まれている。何か私だけ部外者のような気がしてきて、場違いのような気もしてきた。私は自分の部屋に帰ったほうがいいのでしょうか。


 そう思っていたら自然に腰を上げていた。先生たちはそんな私には何の興味も示さずに相変わらずカツ丼に食らい付いている。何故か恥ずかしくなってきて、レモンティーを持って歩きながらストローを思い切り吸って残りを飲む。


 飲み終えたレモンティーを返却口に返す。いつもはこの瞬間、ありがとうおばちゃんと言うのだけど今日は無理っぽい。はいよーという声は聞こえてこなそうだから。先生と看護師さんがまだ列を作っているから。


 ホントに何でこんなに人が多いの? 食べるところなら別にもあるのに。ここは広くて大きな病院だから幾つか食堂がある。ひょっとしてそのどれもがこんなに混んでいるのかな。この病院全体が殺気立ってるのかしら?


 まさかー……そわなわけ……ないよね? 誰も答えてはくれないけれど。私だけ仲間外れのこの感じはなに、今までこんなこと無かったからびっくりする。だからって別にいじめられてるわけではない。ただ先生と看護師さんが何かを隠しているというのはわかる。


 ベテラン入院患者をなめるなよう! とたまには悪ぶってみる。誰も何も教えてくれないからこれぐらいは許されるよね、私だってイラッとすることやムカッとすることはある。イラッとムカッは同じ意味かな。まあいいや。


 主人公だけ何も知らなくて物語が勝手に進んでいくっていう漫画や小説ってあるよね、映画もあるけど。私は別に何の主人公でもないけど、今のこの状況を例えるならそんな感じかな。この例えは物凄くわかりやすいと思うんだけど。


 それにしても人が多い。朝のラッシュってこれより凄いのかな。通勤するために電車に乗り込むサラリーマンやOLさん、通学するために眠い顔して吊革を掴む学生さん。それは毎日全国的に見られる光景で、珍しくもなんともなくてむしろ飽き飽きするぐらいで、生きていくために皆一生懸命働くし勉強しに行く。


 飽き飽きするぐらいの光景の中には色んな人がいる。仕事に慣れなくて電車に乗るのも嫌になってきた新入社員、次のテストで良い点取らなかったらスマホを没収される女子高生、俺オシャレでしょと言いたげなアパレル店員、何の仕事をしてるのかわからないけど高級そうなバッグを持っている女性。一人一人に今日があり明日があり未来がある。


 私はそこにはいないけど、朝のラッシュの電車に乗ってないけど、今日があるし明日もあるし未来もある。この柔らかいものの奥にある大切なものが弱いけど、ここが動き続ける限り私はこの世界を見ることができる。もしここが止まってしまったら? そんなことしらないよ、知りたくもないよ。


 その時、食堂へと入ってくる早苗さんの姿が私の視界に飛び込んできた。早歩きで、時計を気にしていて、何だか忙しそうだ。このままおとなしく部屋に戻ろうか──とは全くならない! 早苗さんに聞かなきゃね!


 早苗さんはパンを食べている。その回りには看護師さん達がいて何か話している。その話し声は私のところまでは聞こえてこない、食堂はいつもと違ってワイワイガヤガヤしてるから。だから私が早苗さん、と声を出したところで振り向いてはくれない。


 それならそっと近付いてみよう。抜き足差し足忍び足、忍者にでもなったかのようにゆっくり慎重に。こんなに慎重にならなくてもバレないと思うけどね。そっと肩に手を置いて早苗さんを驚かしてやる。皆して何か隠してるから悪い、誰も教えてくれないのが悪い、だから私も少しだけ悪になることにする。


 なんか最近よく悪になってるような気がするけど……世の中の中学生はみんな反抗期でしょ! だったら私もその反抗期なんだよ! 親に対してウザいんだよとか、先生に対してうるせーなとか、そんなことは一切言わないけど。


 でも反抗期なんだよ! これが私の反抗期。私の反抗はそんなに対したことじゃないのかもしれない。だからって何の反抗もしないのはつまらない。中学生なら中学生らしく反抗するのが普通なんだよ。もっと世の中の中学生らしい反抗をしたいけど。

 私は早苗さんの真後ろに立っている。ここまで来ても全く気付かない。パンを食べて、何かの資料を読んでいる。この資料に何か手がかりが書いてるかもしれない、そう思って覗き込もうとしたけどやめた。それより悪になることを選ぶ。


 手を上げて、早苗さんの右肩へと落ちていく。そんなに力は入れていない。肩に当たると同時に、早苗さんと大きな声を出して、私の悪は無事に達成した。わあっと声を出して、体をビクッとさせた早苗さんは、そこでようやく振り向いた。


「ひ、ひなちゃん?」


「さっきら呼んでるのに、全然気づいてくれないからさー」


「ビックリするからやめてよ……ホントに……」


「ごめんなさい。でも皆して隠し事するからさ、仕返ししたいなと思って」


「……か、隠し事なんて何もないよ?」


「ふーん」


 早苗さん嘘をつくのが下手だよ! 明らかに動揺してるよ、私と目を合わせてくれないしどもるし。それに看護師仲間の皆さんもどっか向いてるし。何このバレバレな嘘は、びっくりするぐらいわかるよ。


 何か隠してることがバレバレ、それでも隠したいことっていったい何なのよ。謎を解く手がかりが何一つ無いから解こうと思っても解けない。これがミステリー小説か何かなら、ヒントとなるようなものがどこかにあるんだけれど。


 ヒントといえばそこにある資料がとっても怪しい……これは見るしかないね。それを見たら全てがわかるような気がする、この殺気立ってる意味もわかるかもしれない、そうすれば私も気分よく部屋に戻れるというわけだ。よし、見よう!


「そんなことよりさ、この本知ってる?」


「んー知らない。でも帯には、あなたは疑心暗鬼になるって書いてるからミステリー小説かな?」


「そうそうミステリーだよ。ちょっと残酷な描写もあるけど面白いよ、これをあげるから読んできなー」


「えっこの本くれるの? 誕生日でも何でもないよ」


「私とひなちゃんの仲でしょ、だからこれぐらいさせてよ」


「早苗さん!」


「喜んでくれて私も嬉しいわ。ひなちゃんのその笑顔大好きだからね」


 私は笑っている。世の中の中学生らしく、反抗期になってやると悪になって早苗さんを驚かしたのに、ちっとも怒ってなくていつも通り優しい早苗さんだから。しかもプレゼントをくれたから、誕生日でも何でもないのにくれたから。早く読みたくてしょうがない私がいる。


 あらすじを読んでさらに読みたくてしょうがなくなった──

中学の同窓会で十年ぶりに集まった三年一組の元生徒たち。それぞれの道を進み夢を叶えた人、夢に破れた人、夢を追いかけている人がこの時間だけは三年一組の元生徒として過ごす。楽しい時間が流れてもうすぐ終電でお開きというその時、十年前のあの話に触れたのは担任の先生だった。あの話は皆が忘れたい過去、記憶から消し去ったはずの過去。十年前のあの事件が大人になった三年一組の元生徒たちに襲いかかる──こんなの今すぐに読みたくなるのは当たり前だ。


 帯にはさっき読んだあなたは疑心暗鬼になる、の他にテレビドラマ化決定の文字があった。主演とヒロインらしき人の名前が書いてあって、その二人とも最近よくドラマや映画に出ている。原作を読んで、ドラマも観たいなと思いながら食堂を出た。


 廊下もいつもより人が多い。食堂と同じぐらいワイワイガヤガヤしている。こんなにうるさくていいのかなと思う、病院ってどちからといえば静かなところだから。まあそんなこともうどうでもよくなっている。早くこの本読みたいから。


 顔馴染みの先生や看護師さんとすれ違う、他の棟の先生や看護師さんともすれ違う、スーツを着た人や病衣を着た入院患者さんともすれ違う。そこで私は足を止めた。まあそんなこともうどうでもよくなっている、とはならない。


 あの服初めて見るな、とすれ違う入院患者さんの病衣をじーっと見る。新しいデザインになるのかな、それにしては派手になったな。今のは地味というかシンプルというか、まあここの病院は着るもの自由だから皆が同じものを着てるわけじゃないけど。


 さてと早く部屋に戻ろう、そう思って顔を前に戻した瞬間前から人がやって来た。私はその場に倒れた。どうやらぶつかったらしい。人の流れが激しいところで立ち止まってたからこっちが悪い。謝らないと。


 顔を上げて、ぶつかってしまった人の顔を見た。するとどこかで見たことがあるような顔がそこにあったけど、どこで見たのかはすぐにわからなかった。その人は私に手を差し伸べてくる。


「ごめんなさい、ぶつかって。どこか怪我はしてませんか?」


「いえ、私が立ち止まってたのが悪いんです」


「ぶつかったのはこっちです。ごめんなさい」


「頭を上げてください! 私が悪いんです、ごめんなさい」


「そういうわけにはいきません。あなたの名前を教えてください」


「な、名前ですか? ひなです」


「ひなさんですね、わかりました。今は急いでいるのでまた後日お伺いします」


 えっ後日? と思って顔を上げたけどもうそこにはその人はいなかった。いったいなんだったんだ、よくわからないけど私が悪いことに変わりはない。殺気立つ先生や看護師さんたち、ぶつかってしまった綺麗な声の人、今日はミステリーな日だな。


 そう思いながら何気なく早苗さんに貰った本を見た。何となく帯に目が行き、そこに書いてある女優さんの名前を見てビビッと全身に電気が走った。なるほどそういうことか。


 それなら早苗さん教えてくれても良かったのに、と頬っぺたを膨らませてみる。でも教えてくれない事情があるかもしれないからここは大人しくしておく。だってますます読みたくなってきたから。

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