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ひなちゃんは笑っている  作者: ネガティブ
10/50

smile10「朝の病室 その2」

 週間天気予報を見ると、雨や曇りマークから太陽のマークが増えていっている。もう季節は夏になるんだなあ。早いなあ。


 夏といえば海、かき氷、キャンプ、夏休み、沢山ある宿題、おじいちゃんの家に行ってお小遣いを貰う。あー早く夏休みにならないかな、夏休みが待ち遠しいよ! 宿題は嫌なんだけど、それ以上に楽いことが待っているからね。


 と朝の情報番組の街角インタビューで、学生さんにインタビューしているのを観て妄想してみる。皆楽しそうに夏休みの話をしてるな、私は海に行ったりキャンプに行ったりそんなことできないけど。


 何で私だけ、と思うけどだからって下を向いたりはしない。そりゃ私も海に行きたいし、キャンプしたいし、虫取りなんかもしたいし、夏祭りにも行ってみたいよ。体調が良かったら夏祭りぐらいは行けるかな。最近体調良いからそろそろお出掛けの許可出る気がするよ。


 その数少ないお出掛けというチャンスで、何をするのか何をしたいのかを考えると時間があっという間に過ぎていく。あれもしたいしこれもしたい、ここではできないことが外ではできてしまうから。だから私は悩みに悩むのだ。


 私は笑っている。まだお出掛けの許可が出たわけじゃないのに、そんな妄想をするだけでもじゅうぶん楽しめる。私の妄想もだいぶ危ないものになってきたな。でもそれでいいよ、妄想してても誰にも迷惑かけないから。


 妄想中に声をかけられて、声に全く気づかないってことがあるから気を付けないといけないけどね。さてと、妄想はこれぐらいにしてテレビに集中しますか。画面には出演者が勢揃いして、番組オリジナルのポーズをして次の番組が始まった。


 軽快な音楽、楽しそうな音楽、元気が出るような音楽。そして司会者の爽やかな笑顔。朝こそ笑わないとね、朝からむすっとしてたら幸せが逃げてしまいそうだから。何か嫌なことがあっても、この爽やかな朝が消してくれるよ。


「陽菜ちゃんおはよう」


 扉を開けてやって来たのは早苗さんだ。血圧と体温のチェックをするのだ。そして世間話。そっちのほうが長かったりするんだけど、むしろそっちがメインだったりするんだけど、早苗さん曰くただの世間話と見せかけて体調の変化をちゃんと見ているらしい。


 私の場合はどんな時でも明るいからそれを見分けるのは難しいみたいだけど、私は陽菜ちゃんのお姉さんだから任せてよと早苗さんは言う。言葉がなくても伝わるというアレかな、心と心が通じているというアレかな。誰にも気づかれないちょっとした変化がわかるというアレかな。


「うん大丈夫だね。はいこれ脇に挟んで」


 たまに早苗さんがとっても大きな存在なんだと思う時がある。いつもそう思ってるけど、それがいつもより強く思うことがある。改めて早苗さんに感謝してるのかな、凄いなって思ってるのかな。何でそうなるのかはわからないけど。


 もし私に何かあったとしても、早苗さんがいるから大丈夫だし平気だし、何も心配することないし何も不安になることもない。そう心から信頼しているのが早苗さんで、大好きで大好きでいっぱいなのが早苗さんで、早くこの柔らかいものの奥にある大切なものが良くなって早苗さんの手を引っ張って走りたい。


 その目標に向かって、夢に向かって、私は毎日歩いているのだ。目的地にはなかなか着かないけど迷ったわけじゃなくて、私の歩くスピードがただ遅いだけで確実に目的地には近づいている。


 沿道から聞こえてくる声。がんばれー、焦らなくてもゆっくりでいいよ、自分に負けないで、お腹減ったらちゃんと食べろよ。その声は私を応援してくれている。私の背中を押してくれて、元気付けてくれて励ましてくれて、心と体を潤してくれる。


「うん大丈夫だね。今日も元気でお姉さんは嬉しいよ」


「ありがとう、なんか褒められてるみたいで嬉しい」


「頭をナデナデしてあげようかー?」


「えっ、いいの!」


「……いいよ。まさかこんなに食い付くとは思わなかった」


「だって私の頭を撫でてくれる王子様なんていないから」


「あの男の子がいるじゃん」


「川端くん?」


「そうそう、その川端君は陽菜ちゃんの王子様にはなれないの?」


「……かつてはそうだったけど」


 前の通りを歩いている、ただそれだけなのに名前も知らない男の子は輝いているように見えた。あの時はドキドキしていたし、いつか声をかけたいなとも思っていた。それが実現して良かったんだけど、あの時のドキドキはもう無くなってしまった。


 川端君が嫌いってわけではない、幻滅したってわけでもない、好きなのかはまだわからないしそういうことは難しいという話なの。病院で会ったら普通に話しかけるし、川端君のおばあちゃんのことも心配だし、一人で背負い込む川端君のことも気になる。それが好きに繋がるのかは別だと思う。


 なんて言えばいいのかな。キラキラしたものは、本当の姿なんて見ないほうがいいってことなのかな。こんな人なんだろうな、と自分好みに勝手に妄想していって完璧な人間を作り出してしまったのかな。そんなことした覚えはないけど、きっとそうなんだ。


 ていうかその前にね、恋愛なんてわからないよ。そんなものとは無縁の毎日なんだから。言っててむなしくなるけど、恋愛よりまずここだから、この柔らかいものの奥にある大切なもの。ここが良くならないと恋愛なんて……。


 それを理由に逃げてるだけだよ、そうだよ! わかってるよ! 病人が恋愛しちゃいけないという決まりなんてないんだから。それなら川端君を本当に王子様にすればいい、私のなかの私がそう言った。


 あれ、何だかドキドキしてきたぞ。やっぱり私は川端君のことが好きなのかな。わからないよそんなこと、誰かに教えてほしいよ。それは自分でどうにかしないといけないよね、わかってるよ! もううるさいなあ。


「おーい! 陽菜ちゃん大丈夫かー」


「あっ、ごめんなさい。ボーッとしてた」


「もうしっかりしてよ。まだ今日は始まったところだよ、一日は長いんだよ」


「一日は長いのかな、短いと思うけど」


「まあ人によるよね」


「仕事に追われてる人なんかは、一日がもっとあったらいいのにって思ってそう」


「それはあるかもねー。仕事の量にたいして、どう考えても時間が足りないこと。次第に眠くなってくるし、外は暗闇に包まれていくし」


「だからって一日が長いと、それはそれで嫌だよね」


「例えば一日が今の二倍になったらと考えるとゾッとするね。そのぶん仕事する時間も増えるってことだからね」


「そのぶん給料増えるんじゃない? 良いこともあるじゃん」


「陽菜ちゃんは甘いなあ、アマアマだなあ。そのぶん労働するってことだよ」


「あっ、そっかー」


「労働って漢字は、労うと働くで労働だけど、労って働くってなんか矛盾してないかと常日頃思う。その二つって正反対の場所にいると思うのよね」


「働いている人に、労うって意味じゃないの?」


「そうだと思うんだけど、ここから労われたことなんてあったっけ……」


「ないの?」


「お疲れさまでした、とかそういうのはあるよ。でもさそれってここが言ったことではないじゃん、だから本来なら上の人間が出てきてお疲れさまでしたと言うのが正しいんじゃないのかって」


「私に言われてもわからないよ。ていうか早苗さんここに不満でもあるの?」


「それはないよ。ただ世の中の不思議の一つとして、それがあるってだけ」


「なるほど」


「私は命を救いたいからここに来たけど、ここではない別の職種だとそれも違うじゃない。もちろんその仕事が好きなのは前提にあるとして」


「ふんふん」


「自分のために仕事してるのか、会社のために仕事してるのか。会社がないと仕事できないし、社員がいないと会社として成り立たない。どっちも必要だよね」


「うんうん」


「でも会社としては色んな考えがあるからねえ。人件費安くしたい、できるとこは節約したい、上の人だけ笑っていたい、働け働け死ぬまで働けって」


「……怖いね」


「怖いよね。そんなところばかりじゃないけどね。って朝からこんな話ダメだよね、私は馬鹿かバカなのか!」


 早苗さん何かあったのかな? いつもと明らかに違うよね。誰が見てもそのことに気づくよ、私じゃなくても気づいちゃうよ。何があったのかな、嫌なことでもあったのかな。


 早苗さんは私のことを、私は早苗さんのことを、何かあったらビビッと察知してわかってしまう。誰にも気づかれないちょっとしたことでも、この二人はお互いがお互いに気づく。


「早苗さん顔が怖いよ」


「それ悪口かな?」


「そういう意味じゃなくて、眉間に皺があるよ」


「えっ! ほんとに!」


 私はサッと早苗さんの顔の前に鏡を出した。鏡に写った自分の顔に、やだ怖いと早苗さんは呟いた。だから言ったじゃない、顔が怖いよって。


 ひょっとしてこの怖い顔でお仕事していたのかな。それって仕事に支障をきたさないかな。はーい血圧計りますよ、と怖い顔で言われたら血圧が上がりそうだ。はーい体温計ってください、と言われても同じようなことになりそうだ。


 この怖い顔で何人が被害者になったのかしらないけど、ここで気づいてくれてよかったよ。このまま気づかなくて一日が終わったら大変なことになりそうだから。さすがに一日が終わるまでには気づいてほしいよね。


「陽菜ちゃんありがとう、教えてくれて」


「誰か言ってくれなかったの?」


「皆もこんな顔だった気がする。だから気にしてなかったかも」


「みんな?」


「最近来た先生に皆困ってるのよ。だからストレスかな、それでこんな顔になっちゃって」


「患者さんには関係ないから気を付けて」


「そうだよね。本当に申し訳ございませんでした」


「顔上げてよ、私は気にしてないから。それより被害者のかたに……いや何でもない」


「被害者?」


「テレビのことだよ。この事件の被害者かわいそうだから、犯人が早く捕まってほしいなって」


「なんか話をそらされたような気がするぞ」


「気のせいだよ、ほら美味しそうなケーキが映ってるよ!」


「あー美味しそう」


「今度食べてきたらどうかな? たまには自分にご褒美あげないと。早苗さんいつも頑張ってるから」


「じゃあ一緒に行こうか」


「えっ?」


「このケーキ屋さんに、陽菜ちゃんも行こうか」


「……外出許可出たの?」


「出たよ。だからね一緒にお出掛けしよう」


「お父さんとお母さんに電話しないと! いやメールにしようかな、それともラインかな」


「落ち着きなよー。痛くなったら嫌でしょ」


「うん、そうだね。落ち着こう、深呼吸しよう」


 私はゆっくり息を吸った。そしてゆっくりと息をはいた。落ち着け落ち着け、落ち着けないのわかるけど落ち着け。久しぶりの外出だ、そんなの興奮するに決まってる。


 今日はいい日になりそうだな。皆からすればいつもと変わらない日でも、私にとってはいい日なんだ。朝に聞けて良かった、夜に聞いたら興奮して眠れなかったかもしれない。


 テレビを観るとアナウンサーが幸せそうな顔をしてケーキを食べている。私もあのケーキを食べたらこんな顔になるのかな。そう思ったらなんだか楽しくて、お腹がすいてきた。さっき食べたところなのに。

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