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ひなちゃんは笑っている  作者: ネガティブ
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smile1「休み明け 」

 ゴールデンウィークが終わっていつもの日常に戻る人達。みんな何だか元気がないように見えるのは私だけかな。


 しっかり休んで、いっぱい楽しいことをして、思い出というものをたくさん作ったんだから幸せなはずだ。それが終わって寂しいのはわかるけど元気を出してよ。


 私だってさ、みんなみたいに楽しいことをいっぱいしてみたいんだから。私にはみんなみたいに思い出というものなんて無いんだから。


 それは何故かというとこの辺りが弱いから。そうこのあたり、この柔らかいものの奥にある大切なものが弱いの。これが弱いから私はみんなみたいに普通の毎日をおくれない。


 弱いとはどれぐらい弱いのかと先生に聞いたことがある。先生はしっかり答えてくれたけど、何だか難しい言葉をいっぱい並べられて全く理解できなかった。


 誰でもわかる言葉で教えてください。そう言えば先生は教えてくれたと思う。でも私のここはそんな簡単に説明できるぐらい単純だから弱いのか、と思ってしまいそうだからやめておいた。


 世の中難しいことだらけだ、わからないことだらけだ。ネットで検索するとそれらは意図も簡単にわかってしまう。でもわからないほうがいい時だってある。全てを知って笑っていられるのかなんて検索してもわからないのだから。


 私ってなんて不幸な人間なんだろう、何で私なのよ私以外の誰かでもいいじゃない、私だけこんな思いをするのは最悪だよ。そういう後ろ向きなことは考えないようにしている。だってそんなこと考えても意味ないから。


 そりゃ私もみんなみたいに普通の毎日をおくりたいよ。でもそれができるのならもうとっくにそうなっているはず。朝起きたら自分の家の自分の部屋で、ハンガーにはセーラー服がかけてある。机の上には教科書が開いていて、その横には各教科のノートが重なっている。


 そんな普通の朝の出来事が羨ましくなんてない、そう言えば嘘になるけどできないものはしょうがない。普通の毎日をおくりたい、と駄々をこねてもしょうがないだけ。


 前の通りを制服を着た同年代の子達が通りすぎていく。みんなそれぞれ表情が違うから面白い。眠そうに目をこすっている男の子、笑顔で何かの話をしている女の子、休み明けで学校に行くのがキツイのか足取りが重そうな男の子、ヤバイ朝練という声を出しながら走っていった女の子。


 皆普通の毎日をおくっている子どもたちだ。私とは違って、自由に空を飛び回ることができる。私は鳥籠に入れられて自由に飛ぶことはできない。


 鳥籠に入った私を見て、誰かがかわいそうと声に出したことがある。それは同情してくれてるのかな、それとも哀れみなのかな、なんて考えてしまうことはしばしば。


 普通の毎日をおくれないから心がひねくれちゃったのかな。それとも私という人間がそもそも嫌なヤツなのかな。自分のことはもう飽きそうになるぐらいわかったはずなのに、まだまだわからないことがあるのは楽しい。


 私は手首に巻いてある時計を見た。まだ少し時間はある、もう少しここで普通の毎日を見ることができる。ここから見える世界はそんなに広いものじゃないけど、それでも私は満足している。


 この空の向こうには何があるのかとか、あの曲がり角の先には何があるのかとか、そこまで私は狭い世界で生きていない。たまにお出掛けもするし、ネットで色んな景色を見ることもできるから。


 お出掛けといってもあんまり遠いところには行けない。近くの公園に行ったり、近くのレストランに行ったり、近くの広くて大きなショッピングモールに行ったり。あれ、私は狭い世界で生きてるのかな。


 とにかくここからたまに出ることができる。ここがとても窮屈ってわけじゃない、でもやっぱりここではない違う場所に行くのは気分転換になるし楽しいし普通って感じがして良い。


 みんなと同じようなことをしてる時が一番楽しい。その時はこの柔らかいものの奥にある大切なものが弱いなんてことは忘れてしまう。だからちょっとはしゃいで、しんどくなって、迷惑かけるんだけどね。


 ごめんなさいって私は言うけど、お父さんもお母さんも怒ることはなくて笑顔だ。私は怒ってほしいんだけどな、迷惑をかけたらしかられるのが普通だと思うから。気を使ってるのかな。


 また前の通りを同年代の子達が通りすぎていく。みんな今日はどんな授業を受けるのかな。得意な教科だったり苦手な教科だったり、リズム感がないと難しい教科とか手先が器用じゃないと上手にできない教科とか、色んな授業が朝から夕方まであるよね。


 私は学校というところに通ったことがないから、毎朝前の通りを通りすぎていく同年代の子達が羨ましい。学校に行くなんて無理だとわかっているから、せめて同年代の子達と友達になりたいとは思う。それぐらいのワガママは許されるよね。


 たまに私の視線を感じてこっちを見てくる人がいる。そんな時はニコッと笑顔だ、そしたらあっちも笑顔になる時がある。何の表情も反応もなく歩いていく人、苦笑いで頭を下げてくれる人、何故かイラッとする人、色んな人がいて面白い。


 そういえば毎日見る男の子を今日はまだ見てないな。休み明けで寝坊でもしたのかな。きっとゴールデンウィークは家族と旅行とかに行ってたはずだから。みんなだいたいそんな感じだよね、私はゴールデンウィークもここだったけど。


 時計を再び見ると時間がもうあまりない。タイムリミットまでに男の子を見たかったけど今日は見れないかもしれない。もうすぐ看護師の早苗さなえさんがやってくる。


 早苗さんは若くて可愛くて私のお姉ちゃん的な存在。お父さんやお母さん、先生に言えないことや言いにくいことを早苗さんには言えたりする。何であんなにも色んなことを言えるのか不思議だ。


 本当のお姉ちゃんだったら良いのになと何回も思う。早苗さんは優しいし、可愛いし、たよりになるし、賢いしカッコいいし抱き締めたくなるから。あー私が男だったら早苗さんを彼女にしたい! 早苗さんと結婚したい!


 私は一人でふふっと笑った。こんなところ誰かに見られたらあいつヤバイやつだなと思われるかもしれない。いやいや私は何もヤバくないですよ、ヤバイのはここだからこの柔らかいものの奥にあるコレですから、私という人間は普通に憧れる女の子ですから。


 ……何焦ってるんだろ。別に誰も見てないのに、ていうか笑って何がおかしいんだよムスッとしてるよりはマシだよ、だから気にすることなんてないよそうだよ笑えよもっとニコニコ。


 私がこんなことを考えていても世界は動いている。空を見れば雲が流れているし、前の通りは通勤や通学をする人達が歩いていくし、この前まで桜が綺麗だったあの木はもう緑の葉っぱになっているし。


 私は小さいときから何も変わらない毎日をただ続けている。決まった時間に起きて、決まった時間に体温や血圧を計られて、決まった時間に検査して、決まった時間にお昼や夜ご飯を食べて、決まった時間に眠る。


 みんなも毎日のなかで決まっていることは幾つかあっても、少しぐらい変化というものはあるよね。私には変化なんてあんまりない。お出掛けする時か、私の体調が悪くなった時ぐらいだ。


 だからといって別に決められた毎日が嫌というわけではない。慣れてしまえば楽なもんだし、あれが終わったらお昼だとかあれが終わったら自由だとか時計を見なくても何時ぐらいかわかるから。


 ていうか時間なんて私にとってはどうでもいいこと。時間が解決してくれるならいくらでも待つし、そうじゃやければ気長に待つだけ。焦ってもしょうがないし良いことなんてないから。でも男の子のことは毎日見たい、これだけは絶対に。


陽奈ひなちゃん、そろそろお部屋に戻ろうか」


 そのとき後ろから早苗さんの声が聞こえた。あー今日はもう時間だ。見たかったな、あの男の子を見ると何か元気になれるんだよね。何でかわからないけど。


「ねえ早苗さん、ゴールデンウィークは楽しかった? おじいちゃんの家はどうだった」


「おじいちゃん元気だったよ。畑が幾つかあるんだけど、もうずっと畑で仕事してるの。おばあちゃんとか、おじさんとか、皆少しは休めと腕を引っ張るけど言うこと聞かないのよ」


「ふふ、おじいさんいつも元気だね。せっかく孫が遊びに来てるのにそれじゃああんまりだよね」


「そうなんだよねー。おばあちゃんも言ってたけど、孫が来てる時ぐらい家でゆっくりできないのかって。でもまあ私に美味しい野菜を食べさせたいからずっと畑にいるんだよね」


「優しいおじいさんだね。私にもおじいちゃんがいるけど優しいよ。おじいちゃんというのは皆優しいのかな」


「優しいっていうか孫には甘いのかな。私はもう子どもじゃないっていうのに子ども扱いしてくるし。お年玉とかくれるしさ、まあ貰って嬉しいものだから返さないけどね」


「野菜は食べたの? 美味しいんだろうなー、病院食とは全然違うんだろうなー」


「病院食も美味しくなったんだよ。昔はホントに不味かったらしいんだけどね。おじいちゃんが作った野菜はとても美味しかったよ、あれなら野菜嫌いの子どもでもパクパク食べられるかも」


「いいなー私も食べたいな。元気になったら早苗さんのおじいさんの家に遊びに行こっと!」


「いやいや陽奈ちゃんのおじいちゃんの家に遊びに行ってあげなよ」


 私は笑っている。この柔らかいものの奥にある大切なものは弱いけど、だからといって落ち込んだり、後ろ向きになったり、悲観的になったり、悲しげな顔ばかりしていたり、そんなことは全然ない。いつか治ると思っているから、いつか普通の毎日をおくれると願っているから。


 早苗さんがじゃあ戻ろっかと車椅子を押し始めた。うんと私は名残惜しそうに答える。男の子とは今日は会えなかった。いや会うというか見るといったほうが正しい。向こうは私のことなんて気にしてないだろうから。


 何で私は男の子を見たいんだろう。ひょっとして私は男の子のことが好きなのかな。お話したこともないのに、どんな人か全くわからないのに、ただこの前の通りを歩いていくだけなのに。


 私は何となく振り向いた。早苗さんがどうしたのと聞いて車椅子を止めた。前の通りには誰も歩いていなかった。何でもないと私は顔を元に戻した。男の子とは明日会えるよ、いや明日見れるよ。

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