閑話 ショーザック・フィルイールの事案帳 Ⅲ
※冒頭でR15に抵触する過激なシーンがありますので、苦手な方は飛ばしてください。
ショーザックが顔を近づけると、彼女は怯えるようにぎゅっと目をつぶった。
大丈夫だよ、と蜂蜜色の髪を撫でると、彼女は目を少し開けて僅かに微笑む。
愛おしい。
笑みを返して口づける。
唇を弄ぶように何度もついばんで、やっと解放すると、彼女は頬を上気させて息を吐く。
接吻で息を止めるほどに彼女はまだ初々しい。
耳に唇をつけて、口を開けてほしいと囁けば、肩が跳ねてまた目を強く閉じる。
耳でも感じるのか、とからかうように言うと、顔がますます紅くなる。
唇に軽く触れて、開けるように促すと、恥ずかしがりながらもショーザックの言葉に応えようと口内がのぞく。
その開き具合が、また、たまらなくショーザックの劣情を煽る。
舌を差し入れて口腔のあちこちに触れるたびに、彼女が吐息混じりの声を上げた。
春本にあるような派手な嬌声と違うそれは、欲望を十二分に呼び起こす。
深く口付けたまま、艶かしい塩梅に服が脱げかけた肌に手を伸ばした。
彼女を気遣ってそっと膨らみを握ったつもりだったが、やっ……と声を上げて彼女が首をすくめる。
痛かったかと問うと、彼女は泣いているような眼をして首を横に振る。慣れていないだけだから、と。
指を絡めるようにして手をつなぎ、もう一方の手に再びそっと力を入れる。
雲をつかんでいるかのように頼りない感触しかなくて、やわらかい。
一方、色づいた先端は確かな触感で、指の腹でつまむと、彼女の身体が跳ねて、高い声が上がった。
思わず上げてしまった声に彼女は恥ずかしいのか、いっそう赤くした顔を背けた。
かわいいよ、と耳朶に唇を落とし、そのまま徐々に下へ降りていく。
ちゅっと音を立てるが、彼女は声をこらえているのか、荒い吐息を零すだけだ。
だが、それすらもが艶っぽい。
滑らかな柔肌に強く吸い付くと、こらえきれなかったのか、彼女が喘いだ。闇の中でつけた紅痕が白い肌に映える。
いくつか痕をつけて、木苺のような先端に唇を寄せる。
羞恥の滲んだ喘ぎ声に理性が揺さぶられる。
俺の大切なアルサンドラ。
大事にしたいのに壊したくなる。
吸ったり甘噛みをしたりするのと同時に声が上がる。
ヤバい、限界が。
何よりも大切にしたいのに。
かけがえのない妹なのに。
妹?
後頭部が鋭利な刃で撫でられたように冷たくなった。
* * * * * *
最悪だ。
自らの過ちに気づいて目が覚めたショーザックは前髪を強く握る。
夢の中とはいえ、義理とはいえ、妹にあんな不埒な真似をするなんて。
リアルな夢だった。夢だとは思えないほど、感触が手に残っている。
アルサンドラのあのあられもない表情も……。
夢の中の顔を思い出して、シューと音が鳴りそうな勢いで熱くなる。
本当にクズだ。俺は本物のロクデナシだ。妹を欲望の対象に見るなんて。
ベッドの上で頭を抱える。
そもそも、何でこんな夢を見たのか。心当たりはある。
枕元に手を伸ばして取ったのは一冊の本だ。
『俺に妹なんていない』の二次創作の小説だ。
原作の既刊は二巻まで読んだのだが、これも面白いぞとキルモの他にも読んでいるクラスメイトが貸してくれた。
内容は主人公デリックと義妹チェリーの想いが通じ合った後の話だ。結ばれた後が見たいという読者の要求を自己解決する形で書かれ、裏で出回っているとか。
結ばれた後が見たいと言っても純粋な要望だけでなく、低俗な要望もあるため、濡れ場がしっかりと描写されている。
素人が書いたにしては巧みな文章で、そのクラスメイトは一粒で二度美味しいとだらしなくにやけていた。
寝る前にこんなものを読むからだ。
手に持っていた本で頭を激しく殴り付ける。
ぐしゃりと音がした気がするが、そんなことはどうでもいい。
確かに好みだった。
誰にするでもなく、言い訳を並べる。
元々原作が好みの画風で、二次創作の挿絵もそれに近かった。
あけすけに乱れるのではなく、清純な恥ずかしそうなチェリーの反応が動作の描写も勿論だが、乱れたときの台詞までもがかなりグッときた。
だからといって、アルサンドラに重ねていいわけではない。
ベッドから下りると、壁に何度も頭を打ちつける。
そもそも、俺は真の漢にならなけらばならないのだ。
ゴンッともう一度頭をぶつ。
そのために図書館で調べた写経とやらをしようと思ったのに。
精神の鍛錬のためには何が必要なのかを調べたら、古代に大陸の東の国で考案されたという写経がよいと本に書かれていた。
その本によると、古文書の内容をひたすら書き写すだけでいいらしい。何度も何度も心静かに書き写すことで、精神が統一されるのだとか。
本当は昨日からしようと思ったのだ。
また言い訳をしていまい、こんな卑劣さが悪いのだとまた頭をぶつける。
ただ、夕食の席で思ったよりも会話が弾んだ。明日は学院を案内してほしいと言われ、給仕には仲がよろしいですねと言われ、浮かれていたのだ。
明日のために早く寝ようとベッドに入ったはいいが、楽しみすぎて寝付けない。
本でも読めば眠くなるか、と手に取ったのがあの本だったのが運の尽きだったのだ。
確かに内容は知らなかった。
貸してくれたクラスメイトはにやにやと笑うだけで、「読んだらお前にも分かるぜ……。そのときは語り合おう」と言うだけで肝心の内容は教えてくれなかった。
読み終わった後は確かにこれは語り合いたいと重々しく頷いたものだが、そんな気の緩みがあの夢に繋がったのだ。
朝食まではまだ時間がある。
ショーザックは廊下に出て洗面所へ向かい、顔を洗う。
部屋に戻ると制服に着替え、鞄から図書館で借りた写経の本を取り出す。
筆箱から無意識にアルサンドラにもらったペンを取り出すが、首を横に振って元に戻す。
代わりに取り出したのは安いペンだ。持った感触も書き心地もいいとは言えない。
このペンのインクを使い切り、インクの切れたペンがたまるごとに、俺の精神は強くなるのだ。
ノートを開くとペンを紙につけ、いざ、と厳かに写経を始めた。
* * * * * *
いつもより随分と早くに馬車に乗り込み、中で本を読みながら二人を待つ。
カバーがかかったその本は『これであなたも真の漢に』という自己啓発本だ。
俺は強くなる。
と、決意を新たにしていると、アルサンドラとついでにフューリーも乗り込んできた。
落ち着きがないとフューリーを一喝すると、
「お待たせして申し訳ありません、ショーザック様」
と、アルサンドラが謝る。
あなたに怒っている訳ではない。むしろ、あなたにならいくらでも待たされたい。
とは口に出せないので心の中に止めておく。
「いいのよ、お兄様は馬鹿みたいに早いんだから。それより、お姉様、制服お似合いね」
肝心のフューリーには軽く流されてしまったが。
確かに似合っている。ワンピースも似合っていたが、制服もなかなかそそる……ではなく、可愛らしい。
「学院モノもいいぞっ」と、例の二次創作を貸してくれたクラスメイトが脳内で親指を突き出してくる。
何がだ。何の学院モノだ。
ちなみに、彼はよく春本も貸してくれる。
悪魔め、退け‼︎
と、彼を追い払い、『肝を太くするために』という章に集中する。
なるほど、もう一人の自分を持つことが大切なんだな。
しかし、もう一人の自分とはどういう意味だろう、と読み進めていると、アルサンドラとフューリーが第三王子の話を始める。
どうやら、あまり王子のことを知らないらしい。王子もアルサンドラのことをよく知らないだろう。
だが‼︎
俺は彼女のあーんなことやこーんなことまで知っている‼︎ 給仕に仲がいいと言われたしなっ。
頬が緩む。
ダメだダメだ。集中しなければ。
目にぐぐっと力をいれて、読書を再開する。
すると、フューリーが敬語をやめてほしい、と我儘を言い始めた。
アルサンドラは困ったようにやんわりと断るが、フューリーは食い下がる。
ここは俺が。
「フュー、アルサンドラ様にも立場というものがあるんだ、控えろ」
「でもっ……」
ショーザックは我ながらナイスフォローだと自画自賛するが、フューリーはしつこい。
喧嘩になりそうだとアルサンドラが気を遣ったのか、止めに入る。
「私がけじめをつけられないという勝手な都合だから気にしないでください。そのうち、やめるかもしれませんし、ね?」
そして、思わぬ提案を示される。
「ショーザック様も同い年なんですし、敬称も敬語も結構ですよ」
「しかし、あなたも敬語でいらっしゃるし……」
「私も本当はもっと打ち解けたいんですが、自分の立場を忘れてしまいそうなんです。だから、せめてショーザック様に仲良くしていただきたいんです」
「……分かった」
低い声音で了承するが、内心では小躍りしている。
聞いたか‼︎ 俺と打ち解けたいと‼︎ 仲良くなりたいとそう言ってくれたぞ‼︎
喜びのあまり、思わず壁に頭を打ち付けたい衝動にかられるが、生憎手頃な壁がない。
それに妹たちの前で不審な挙動を取る訳にはいかない。
自分も打ち付けたい……ではなく、打ち解けたいのだという意を示そうと、ショーザックも言った。
「……ただし、俺のこともショーザと呼んで欲しい。学院では友人はみんなそう呼ぶ」
顔が崩れないよう本を睨みつけていたので表情は分からないが、アルサンドラははい、と返事をしてくれた。
これから、彼女の声でショーザと呼ばれるのか。
想像するだけで気分がいい。
ああ、でも、彼女も呼び捨てでいいと言ってくれたが、何と呼べばいいのだろうか? アルサンドラか?
いやいや、俺は真の漢になるのだ。本に集中せねば。
ショーザックが考えている横では、第三についての話が再開されていた。
見慣れた茶色の門が視界をかすめ、学院に到着する。
一度、フューリーの情報漏洩を注意したくらいで、それ以外はずっと本に集中していた。
昇降口に着いたところで、またフューリーが我儘を言う。
アルサンドラを案内したいというのだが、とんでもない。案内するのは自分だ。
「お前は南校舎だろう。自分の教室へ行け」
もっともらしい理由を言うが、相変わらずフューリーはしつこい。
「お姉様は初めてで不安だろうから私が案内して差し上げるの‼︎」
「俺が案内するからいらない」
フューリーは頬を膨らませる。全くみっともない。
「かっこいい先輩方も見たいんだもの‼︎」
「余計ダメだ、帰れ」
去り際にフューリーかまお兄様のむっつり馬鹿‼︎ と昇降口で叫び、心臓がビクリと飛び跳ねた。
いや、あいつの罵りに大した意味はない。大丈夫だ。
自分に言い聞かせる。
「フューがうるさくてすまない」
「いいえ、むしろ楽しいくらいですよ」
妹の非礼を詫びて歩き始める。
大きな校舎ですね、などと一言二言目話をするが、ショーザックは目下考え事の最中である。
アルサンドラのことを何と呼ぼうか、と。
集中しなければいけない本が手元にない今、ショーザックはそのことについて遠心分離しそうな勢いで頭を回転させているのだ。
やはり、アルサンドラと呼ぶのがいいだろうか。だが、サンドラは王家の名前だという。呼ぶ度に重圧になるかもしれない。
アルはどうだろう。親しげでいいかもしれない。
あえて違う呼び方をするとすれば……アルちゃんとかアル姫とか。アルお嬢様? アル先生?
……ダメだ、イメクラのようになってきた。
俺はまたいかがわしいことばかりっ、と自己嫌悪に陥っていると、教室に着いた。アルサンドラは六組だと昨日先生から聞いている。
クラスが違うのは残念だが、義理とはいえ兄妹だから仕方がない。
さて、クラスを告げなければいけないのだが。
俺は是非この機会に名前を呼びたい。
鉄は熱いうちに打て。思い立ったが吉日。
何でもいいが、早く呼ばないと、そのうち呼ぶタイミングが分からなくなる。
呼べ。呼ぶのだ。
「アルは四年六組だ」
平静をよそえているだろうか。
ポーカーフェイスのつもりだが不安だ。
アルサンドラが不思議そうな顔をして、こちらを見てくる。
まずい、馴れ馴れしかっただろうか。
「その、アルと呼んでもいいだろうか……?」
恐る恐る切り出すと、
「ええ、勿論」
笑顔と一緒に快い承諾を得られた。
やった‼︎ やったぞ、俺は‼︎
顔が雪崩を起こしそうだったので、手で口元を押さえて顔を背ける。
アル……アル。たった二音の響きが何と甘美なことか。
どうだ‼︎ と脳内に引っ張り出してきたユリアンに得意げにしてみせると「はいはい、よかったですね」とすげなくあしらわれる。
何故だ‼︎ お前ももっと一緒に祝福してくれていいんだぞ‼︎
器の大きさを示してやったつもりだったが、ユリアンは生温かい目をして脳内から去って行った。
何故だろう。
脳内ユリアンは体調でも悪いのだろうか、と思ったが、面倒だったので考えるのをやめた。
「俺は隣の七組で、七組にはカル……カリシュードもいる。何か分からないことがあったら来てくれ」
三日前に編入してきたカリシュードとは何故かすっかり仲良くなっており、昨日はユリアンとキルモも一緒に四人で昼食を摂った。
そのときにアルサンドラは何が好きかと尋ねたら、「夜に甘いものを食べるのが好きだ」と教えてくれたので、昨夜も菓子をあげた。
今日も夜に届けに行くつもりだが、何がいいだろうか。
カルと仲がいいと知ってアルサンドラは嬉しそうだ。彼女自身も小さい頃から親しいらしい。
「そうか。そろそろレンシ……朝の連絡指導の時間だから教室に戻るが、六組のユリアも多分助けてくれると思う」
名残惜しいがそろそろ時間だ。行かなければいけない。
ユリアンもきっとよくしてくれるだろう。
教室にいるはずのユリアンを呼んで、それじゃあ、と自分の教室へ向かう。
かわいいあの子とふふんふ〜ん、と鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、向こうから教室にいると思ったユリアンがやってくる。
どうしたユリア。顔が引きつっているぞぉ?
と思いながら機嫌良く挨拶すると、ユリアンはうんざりしたような顔をする。
嫌なことでもあったのだろうか。
「どうしたユリア。細かいことを気にしても仕方ないぞ。笑ってればいいことがある‼︎」
「……お気遣い、ありがとうございます」
また後でな、とスキップを始めようとすると、ユリアンが肩をつかむ。
「ショーザ、僕は疲れるので、君の妄想の中に呼び出すのはやめてくださいね……」
何故、脳内ユリアンのことを知っているのだろうか。
「まさかお前っ、俺の脳内を覗いて……」
「……そんな腐った花束を他人様に売り散らしたような脳を誰がっ」
「何か言ったか?」
首を傾げると、ユリアンはいつもの如く、いいえ何も? と爽やかな笑顔である。
ユリアンと別れて教室に戻ると、今日の朝から決意していたことを実行に移す。
「なんだ、もう読み終わったのか」
諸悪の根源である例の本をクラスメイトに返すと、彼がにやりと笑う。
「それでどうだったよ、ムッツリのお前の好みだったろ」
「そのことなんだがな……俺は金輪際いかがわしい本やその他諸々はもう借りないから、お前も貸さないでくれ」
「は?」
「お前も早めに足を洗った方がいいぞ。近い将来罪悪感に苛まれることになる」
訝しげな顔をしているので、お前にもいつか分かる時がくる、と肩を叩いて本を返した。
「は? お前どーしたんだよ……っていうか、これなんか折れてるぞ‼︎ 表紙にシワ寄ってるし‼︎ 裏ルートで手に入れたやつなのに……ショーザ、お前だろ‼︎ おい、聞いてんのか‼︎」
まだまだ皆若いのだ、とショーザックはしたり顔で自分の席に座った。
その夜、アルサンドラとフューリーと一緒に菓子を食べ、写経を終えたショーザックは棚からアルサンドラにもらった手帳を取り出した。
それに日記をつけようと考えたのだ。
表紙に『日記帳』と書こうかと思ったが、子供っぽいのでやめる。
事件簿……いや、事件は起こってない。
迷った挙句、『事案帳』と大きく書く。
中を開くと、早速今日アルサンドラの名前を呼べたことを書き始めた。
* * * * * *
少年はまだ知らない。
大人になってから、それが黒歴史として少年を苦しめることになると。
ブックマーク数とランキングに恐れ戦いております、ありがとうございます。
さて、これでようやく閑話が終わって次回から本編に戻りますので、今後ともよろしくお願いします。