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ベーコンレタスな旦那様  作者:
公爵家編
4/8

4

「お姉様‼︎」


邸の扉を出た途端、フューリーがアルサンドラの腕に抱きついてくる。


「早く‼︎ 遅刻しちゃうわ‼︎」


公爵家に来てから一週間が経った。

フィルイール公爵家にはアルサンドラと同い年の息子と二つ年下の娘がいた。始めこそ、ぎこちなかったが、あっという間に打ち解けて、娘のフューリーに至っては姉と慕われている。


「もう行くから少し待って」

「待てないわ、授業に遅れちゃうもの」


そう言うと、フューリーはぐいぐいと腕を引っ張って馬車に乗り込む。


「落ち着きがないぞ、フュー」


馬車の中には既に公爵家長男のショーザックが乗っており、カバーのかかった本を読んでいる。


「お待たせして申し訳ありません、ショーザック様」

「いいのよ、お兄様は馬鹿みたいに早いんだから。それより、お姉様、制服お似合いね」


隣に座ったフューリーも同じ制服を着ている。

今日からアルサンドラは学院に通うのだ。

西領の貴族の子女が通う学院の一つ、ジバード学院高等部である。

アルサンドラが今まで暮らしてきた東領には学院はなかった。

貴族の令嬢が三年間だけ通う塾と子息が通う寄宿学校はあったが、女子は家にあるものという考えが強く、男女が平等に学べる機会などなかったのだ。


「そういえば、お姉様、トゥーファイズ様からお手紙は来た?」


急にフューリーが尋ねる。

公爵家に来た翌日、第二王子のフェノリアンからは何故か手紙が来たのだが、トゥーファイズからは音沙汰なしのままだ。


「いいえ、来てませんよ」

「へぇー、噂は本当なのね」


噂と聞いてアルサンドラはどきりとする。

まさか、男色家って噂じゃないよね?

恐る恐るフューリーに聞いてみる。


「噂って何ですか?」

「トゥーファイズ様はとても堅物だって噂よ。お兄様方と違って華やかではいらっしゃらないけど、やっぱり王子様でいらっしゃるもの。何人かに言い寄られたそうだけど、見向きもなさらなかったらしいわ」


男色家の噂ではなかったことにほっとする。

登校初日から男色家の婚約者として注目されるのはごめんだ。

ということは、現段階で男色家というわけではないのだろうか。

二世見である従姉のメニリーの手紙には、またいずれ詳しく知らせると書かれていたので何も知らない。


「フューリー、私、トゥーファイズ様についてあまり知らないんですけど、何か知ってます?」

「ええ、学院で有名でいらっしゃったもの。それより……」


試しに探りを入れてみると、フューリーは口を尖らせる。


「敬語はやめてって言ったのに。他人行儀で嫌だもの」

「ごめんなさい、でもお世話になっている身だし、そういう訳にはいかないんですよ」


やんわりと断るが、フューリーは食い下がる。


「フュー、アルサンドラ様にも立場というものがあるんだ、控えろ」

「でもっ……」

「私がけじめをつけられないという勝手な都合だから気にしないでください。そのうち、やめるかもしれませんし、ね?」


仏頂面のショーザックが介入し、兄妹喧嘩になりそうだったので慌てて止める。


「ショーザック様も同い年なんですし、敬称も敬語も結構ですよ」

「しかし、あなたも敬語でいらっしゃるし……」

「私も本当はもっと打ち解けたいんですが、自分の立場を忘れてしまいそうなんです。だから、せめてショーザック様に仲良くしていただきたいんです」

「……分かった」


出来るだけ愛想よく笑って言うと、ショーザックは本に目線を落として呟いた。


「……ただし、俺のこともショーザと呼んで欲しい。学院では友人はみんなそう呼ぶ」


はい、と返事すると、それきりショーザックは何も言わなかった。


「それで、トゥーファイズ様のことを聞いてもいいですか?」

「ええ、といっても私もそんなに知らないのよね。六つも上だもの。学院の高等部は十三歳から十八歳だから、一緒に通ったことがないわ」


アルサンドラは十六歳、二つ下のフューリーは十四歳なので、トゥーファイズは丁度二十歳ということか。


「今は高等部を卒業されて近衛に入っていらっしゃるんですか?」


そう尋ねると、フューリーが驚いたように目を見開く。


「どこで知られたのか分からないけど、それはあまり知られていないわよ。トゥーファイズ様は大学部と近衛の訓練を両立していらっしゃるの。私はたまたま伯父様とお父様が話してらっしゃるのを聞いたんだけど……」


まさか秘密だとは知らなかった。

うっかり言ってしまったのが、元々知っていたフューリーでよかった、と安心する。


「この間、晩餐の時間を伝える時にヒトハチマルマルって言いかけていらっしゃったから、もしかしてそうなのかなと思ってたんです」

「ヒトハチマルマルってなぁに?」


フューリーがきょとんとする。


「十八時のことですよ。数字で書くと一八零零だから」

「お姉様はよくものをご存知なのね」


こちらに来る前に少しは政や国のことを知った方がいいだろうと付け焼き刃で勉強したのが、少しは役に立ったようだ。


「近衛ではそういう言い方をなさるのね。近衛にはあまり知り合いがいないから」


聞けば近衛に入るのは、代々近衛で幹部を勤める一族などの例外を除いて、多くが次男や三男、下位の貴族の出身らしい。


「私はいつも女の子のお友達と一緒にいるので、あまり殿方とは話さないんです。話したいんですけど、どんなお話をすればいいのかも分からないですし」


自分から話しかけることはあまりなく、たまに話しかけられる程度。しかも、話しかけてくるのはフューリーを妻にと視野に入れている上位の貴族の長男ばかりだとか。


「確かライザル伯爵家が近衛の幹部の一族でしたよね?」


付け焼き刃の知識では、確かそうだった気がする。


「……お兄様の同級生にご長男がいらっしゃるんですけど、苦手なの」


フューリーが眉根を寄せて、嫌そうに言う。


「たまにすれ違うと、美しい髪ですねって馴れ馴れしく話しかけてくるのよ」


フューリーの髪はこの国では見られない、青色がかった黒髪だ。母親の公爵夫人がシルファイド帝国の貴族なので、そちらの血が強く出たらしい。フューリーは友人と違う髪色を気にしているのだが、ライザル伯爵子息はそれを分かっていないようだ。


「それで、トゥーファイズ様のことなんだけど、臣下に下られるかもって……」

「フュー‼︎」


今まで黙っていたショーザックが大声を出す。


「余計なことを言うな。まだ決まったことじゃないだろう」

「でも、お姉様だっていつか知られることだわ」

「それは殿下の口からお伝えすべきことだ」


フューリーは不満そうに引き下がると、髪をいじり始めた。

だから、なのだろうか。

以前からの疑問にアルサンドラは納得する。

代々、両朝の王女をお互いに輿入れするとはいえ、王太子妃はおろか、全員が妾腹の王子の妻になっていた。

今回だって、西朝から東朝に輿入れした王女は妾腹の王子の婚約者だ。

自分だけ第三王子とはいえ、正式な王妃の子と婚姻と聞いてアルサンドラ自身が一番驚いた。

ガタン、と音を立てて馬車が止まる。


「お姉様、着いたわよ」


フューリーがアルサンドラの手を取って真っ先に馬車から下りる。

顔を上げると、上品な茶色の門の先に同じ色の大きな校舎がそびえていた。

正面には塔が三つ立ち並び、その左右に対称な建物がつながっている。


「向かって左側の南校舎が一年生から三年生、右の北校舎が四年生から六年生よ」


お姉様は四年生だから北校舎の四階よ、と言ってフューリーはアルサンドラを連れて行こうとしたが、ショーザックに止められる。


「お前は南校舎だろう。自分の教室へ行け」

「お姉様は初めてで不安だろうから私が案内して差し上げるの‼︎」

「俺が案内するからいらない」


フューリーは拗ねるように頬を膨らませる。


「かっこいい先輩方も見たいんだもの‼︎」

「余計ダメだ、帰れ」


お兄様のむっつり馬鹿‼︎ と昇降口で叫ぶと、フューリーは友達と一緒に南校舎に去って行った。

嵐が去って行ったような静けさにしばし沈黙し、ショーザックは北校舎へ歩き始めた。


「フューがうるさくてすまない」

「いいえ、むしろ楽しいくらいですよ」


一言二言言葉を交わすと、すぐに教室にたどり着いた。

教室の入り口に『四ー六』と札が掛かっている。


「アルは四年六組だ」


と、言いながら、ショーザックがこちらを見る。

何だろう、と見返すと、口ごもりながら尋ねられる。


「その、アルと呼んでもいいだろうか……?」

「ええ、勿論」


笑みを浮かべてそう返すと、ショーザックはアルサンドラと反対側の方に首をぐりんっと回す。

口元を押さえているが、気分でも悪いのだろうか……。

と、アルサンドラは心配するが、ショーザックはそのまま続ける。


「俺は隣の七組で、七組にはカル……カリシュードもいる。何か分からないことがあったら来てくれ」


西朝王家の養子になったカリシュードもここに通って来ているようだ。


「カルと仲がいいんですか?」

「三日ほど前に転入して来て、すっかり打ち解けている。アルもその……実の姉弟ではないのに仲がいいんだな」

「従姉弟同士なので。小さい頃からよく遊んでますし、輿入れ前に王城にいた時にしゃべったりしましたよ」


妾腹の王子だからなのか、監視の目も甘く、しょっちゅうアルサンドラの部屋に遊びに来ていた。


「そうか。そろそろレンシ……朝の連絡指導の時間だから教室に戻るが、六組のユリアも多分助けてくれると思う」


六組の教室の中へ「ユリア‼︎」と叫び、それじゃあ、とショーザックは自分の教室へ戻ってしまった。

ユリア……というからには女子なのだろうか。

アルサンドラが教室の中を見渡すと、うしろから肩を叩かれた。


「あなたがアルサンドラですか?」


男子にしては高い声が後ろから聞こえる。


「ええ、あなたは……」


と言って振り返ると、声の主はにこりと笑った。


「僕がユリアです」


よろしく、と手を差し出した彼の髪が揺れる。


「兄の婚約者でいらっしゃいますよね、ユリアン・エク・ドゥールと申します」


握った手は白く滑らかで、その肩のところで切りそろえられた髪は王家のしるしとも言える銀色で。


何より、その顔と髪形に見覚えがあった。


謁見の間で一番右に並んでいた王子と同じ顔だったのである。


新たな登場人物をば。


ショーザック・フィルイール

……フィルイール公爵家長男。詳しくは次回、彼の視点での閑話をお送りする予定です。


フューリー・フィルイール

……フィルイール家長女。人懐っこいが、男子はあまり得意ではないよう。



いよいよ、学院に通い始め、公爵家編が本格的に始動です。

コメントや評価を頂けると大変嬉しいです。

今後もよろしくお願いします。


……婚約者王子はそのうち出て来ます。

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