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ベーコンレタスな旦那様  作者:
公爵家編
2/8

2



数ヶ月前、突然父であるカシンガム公爵に呼び出された。


「明日から、お前の名前はアルサンドラ・ディ・ドゥールだ」


唐突に訳の分からないことを言われ、思わず本音が出た。


「耄碌していらっしゃるなら、お兄様に家督を譲られた方がよろしいかと……」

「耄碌してなどおらん‼︎」


即座に否定され、呆れた顔をされる。


「先日、王女殿下がご逝去あそばされたのをお前も知っているだろう」

「ああ、憎まれっ子世に憚るの反例でいらっしゃったアレですか」

「不遜なことを申すな」


セラドゥール王国東朝唯一の王女であったレイサンドラが数日前に急逝した。

王妹を母に持つ自分にとっては従妹にあたるが、仲がいいとはお世辞にも言えない関係だった。

王のたった一人の愛娘として甘やかされて育ったレイサンドラは典型的な我儘お嬢様に育ち、顔を合わせる度に悪意や嫉妬を向けられたものだ。


「嫌ですね、別に豆腐の角で頭を打って死んでしまえばいいと思うほど嫌っておりませんよ」

「何を訳の分からないことを……」

「散々嫌味は言われましたけど、もうすぐ厄介払い……じゃなくて、輿入れなさると伺っておりましたし」


そういえば、輿入れはどうなるのだろうか。

ふと、湧いた疑問に嫌な予感がした。


「まさか……」

「察したようだな。殿下の代わりはお前だ」

「はあっ⁉︎」


思わず公爵令嬢にあるまじき大声が上がる。


「私ですか? やっぱり耄碌されて」

「しておらん‼︎ 順当に考えてお前しかおらんだろうが」


母は王女で父は公爵。王家に多く見られる蜂蜜色の髪も持っている。

この髪のせいでいらぬ嫉妬を買ったことも少なからずあった。

が、今ほど、この髪色を疎ましく思ったことはない。


「王弟の御息女とかいらっしゃるでしょう?」

「残念ながら、皆髪色が王家のそれではない。身分が大して変わらぬなら、できるだけ王家の血が濃く出た者の方がいいだろう」

「私は王女ではないので西朝が納得するか……」

「その代わりに第六王子殿下も西朝王家の養子に入られる」


抗弁するが、覆らないことが言外に察せられるだけだ。恐らく東朝だけでなく、西朝も既に承知しているのだろう。


「お前の性格ならば、この件に向いているだろう」

「……一つ、宜しいですか?」


何だ、と父が尋ねる。


「私に何の役割が? 次第によってはもう何も申しません」


セラドゥール王国は約五百年前に世継ぎ問題で揉めた末に東西に王朝が割れた。

普通ならば、戦で統一されていそうなものなのだが、大陸全土を実質支配しているシルファイド帝国が発布した条約により戦は禁止されている。

以来、代々東朝の姫を西朝に、西朝の姫を東朝に輿入れすることが帝国から命ぜられている。

要は戦を起こさせないための人質だ。


「私が向いていると言うからには、ただの人質ではないのでしょう?」

「口を慎め。ただの輿入れだ。人質などではない」


少なくとも表向きはな、と父が付け加える。


「だが、お前は何もしなくていい」

「……本当に? ならば、何故私が向いていると?」

「妹のミルセイヌも候補だったが、あれは堪え性がない。向こうで何か問題を起こすかもしれん。お前ならば大丈夫だろうと、そういう意味だ」


眉を寄せて父を見るが、それ以上何も言わない。

先ほどの言い方では他に何かあるようなことを匂わせていたはずだ。重ねて追及しようとするが、父は早々にこの話を切り上げてしまう。


「で、どうする? 引き受けるか? まあ、今更断れんと思うがな」


西領に行くくらいなら自害する、くらいのことを言えば、拒めるかもしれない。

しかし、そのしわ寄せは妹か親戚にいくだろう。それでは寝覚めが悪い。

仕方ない。腹を括るか。

わざとらしくため息を吐く。


「お引き受け致しますよ」

「すまないな。……明日から、お前はアルサンドラだ。以前の名も立場も捨てるように」

「先刻承知です」


アルサンドラとなった娘を励ますように肩を叩くと、カシンガム公爵は部屋を出て行った。



西朝王家エク・ドゥール家に嫁ぐため、一度東朝王家ディ・ドゥール家に養子になり、形だけでも王家同士の婚姻という形にしなければならないらしい。

おまけに、西朝王家に嫁ぐ前に公爵家で花嫁修業として、また養子だ。

西領の暮らしになれるため、という名目らしいが、まるでたらい回しのようだとうんざりする。

しかも、東朝王家の王女には名前の最後に“サンドラ”をつけるというしきたりがあるため、改名もしなければいけない。


王城で慌ただしい日々を送るある日、“二世見”である従姉から手紙が来た。

未来を知る二世見は神殿で厳重に守られているといえば体はいいが、実質監視されている身だ。

そんな従姉からの手紙にはこう書いてあった。


『王女殿下が嫁がれる西朝の王子は男色家であると思われます』


と。

あくまで、可能性であるとは書いてあったが、かなり高い可能性であるらしい。

二世見とは前世の記憶があり、二世を見ているためにそう呼ばれる。従姉は前世でこの国が舞台となるゲームとやらをやっていたために何が起こるかを把握しているのだという。

手紙によると、男色を描いたものなのだとか。


『多くの困難に見舞われるかもしれませんが、幸せをお祈りしております』


幼い頃から仲のいい従姉からの手紙はそう結ばれていた。

愛されない結婚生活を従姉はひどく心配していたが、むしろアルサンドラは気が晴れた。

愛される努力をしなくていいんだ。

思ったより幸先がいいかもしれない、と手紙の最後に書かれた宛名を見ると、ここ数日呼ばれていない以前の愛称が書かれていた。


……この愛称で呼ばれることは二度とないんだ。


ふと、そう気づくと、王城で与えられたこの部屋が大きく感じられた。



* * * * * *



「……ましたね」


以前のことを思い出しながら、王宮の廊下を歩いていると、トゥーファイズに話しかけられた。


「はい?」

「先ほど、こちらを見ていらっしゃいましたね、と」


アルサンドラの少し前を歩く鋼の王子が言う。


謁見の間での挨拶が終わってから、王はトゥーファイズにアルサンドラを賓客室へ案内するよう命じた。

今日は王宮に一晩泊まり、明日から公爵邸で暮らすらしい。

今くらいしか話す時間がないだろうから、あとは若い者同士で、と謁見の間から送り出された。


「ご不快でしたら申し訳ありません」

「慣れているので構いません」


そっけなくトゥーファイズが返す。


「自分だけ黒髪ですので、昔からよく色々なことを言われます。不義の子でないのか、などと」


お前もそう思っているのではないか、と言いたげな声音だ。

地味なだけの王子かと思いきや、思ったよりも頑なだ。


「別にそのようなことは……」

「無理をなさなくても結構です」

「していませんよ。それに私も似たようなものです」


トゥーファイズが立ち止まって振り向いたので、笑みを返す。


「王族でもないのにこの髪ですので、よく嫌味を言われました」

「……何と?」

「髪だけはお美しいですね、と。私は地味な容貌で器量よしではありませんので、分かりやすい皮肉ですね」


お世辞でもそんなことはないと言えばいいのに、何と返せばいいのか分からないようで、トゥーファイズは目線を彷徨わせて黙っている。頑ななだけでなく、不器用でもあるようだ。


「傍系には滅多に遺伝しませんので、母と王の禁忌の子ではなどとも言われましたよ」


目元が公爵そっくりだったので、すぐに立ち消えた噂だったが。

そう言って笑うと、トゥーファイズは何も言わずにまた歩き始めた。


「あ、あの鋼色の髪、とても格好いいと思いますよ」


何となく気まずくなって話しかける。


「世辞ですか」

「いえ、本音です。だって、その、今日陛下の前に挨拶された方が銀髪でしたけど、そのお年を召されると、えーっと眩しいなと思いましたから。黒髪なら目立たないだろうと」


トゥーファイズが立ち止まった。こちらに顔を向けたので、眉間にしわが寄っているのに気づいた。

まずい、口が滑った。


「と義弟のカリシュードが申しておりました……」


明らかに分かる嘘で誤魔化し、罪をなすりつける。挨拶のあと、話す機会などなかったことは明白だ。

トゥーファイズはまた黙って歩き始めた。先ほどよりもさらに気まずいが、これ以上何も言う気にはならなかった。

無言のまま、賓客室に到着する。

中に入ると、侍女が紅茶を用意していた。カップは二つ。侍女は紅茶を注ぐと、すぐに部屋を出て行った。


「せっかく用意していただきましたし、一緒に如何ですか?」


扉の外に立ったままのトゥーファイズを誘うが、無表情で断られた。


「婚姻前の男女が二人で部屋に入るのは感心することではありません」


……私たち、婚約者ですよね?

喉元まで出かかった疑問を飲み込む。堅物なのだろうか、でなければ余程嫌われているのだろうか。

先ほどの禿げ発言がよくなかったのかも、と考えているとトゥーファイズが言う。


「この後、ヒトハ……十八時から晩餐ですので、十分前にお迎えに上がります」


恐らく、ヒトハチマルマルと言いかけたのだろう。近衛師団特有の言い方だ。王族なのに騎士なのだろうか。

だから、他の王子たちと違ってこんなに髪が短いのだろうか。

頭頂部から耳の上までは長めに残し、下の部分を刈り上げた髪型を見上げる。

よく見れば体つきもしっかりしているような。


「何が質問はありますか?」


トゥーファイズが尋ねる。

今日分かったのは、彼が頑なで不器用でおまけに堅物な騎士だということ。

ひとつ、悪戯のような質問を思いついた。


「殿下は両刀でいらっしゃいますか?」


堅物王子は訝しげな顔をする。


「……自分は一刀流ですが、何か」


予想通りの答えにアルサンドラは破顔する。


「いいえ、何でもありません」


トゥーファイズは慇懃に一礼すると、去って行った。

誰もいない部屋でアルサンドラはソファに座り、夫になる王子の先ほどの反応を思い出して、ひとしきり笑った。



トゥーファイズの髪型は前髪を左に流したツーブロックのつもりです。

長さは某兵長よりも短いくらい……です笑

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