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とある非才の育児放棄(ネグレクト)

お隣以上、家族未満。

作者: 維川 千四号

 本拙作は、未完のまま終わります。

 そういったモノに納得できない方は、ご遠慮下さいませ。


※大変お手数ですが、詳しくはシリーズの説明をご覧ください。


 味噌汁の芳しい香り。包丁が奏でる心地良いリズム。

 窓から差し込む柔らかな光。いつまでも包まっていたくなるような温かい布団。


 そして――見知らぬ部屋。


 その瞬間、私の意識は完全に覚醒した。

 ――はいぃっ!? え、ここ、どこ!?

 部屋の造りは、私の部屋と同じ。だけど、どこからどう見たって私の部屋じゃない。だって私の部屋が、こんなに整理整頓されているわけがない。

 ということは、同じマンション内のどこか別の部屋、と考えるのが妥当なライン。

 だけど、何で? ここに知り合いなんていないし。

 ……というか、あれ? 昨日、私何してた?

 思い出せ、私。思い出すのよ、秋田(あきた)真子(まこ)

 昨日は確か、頭数が合わないからどうしてもって、仕事終わりに合コンに誘われてて……。

 だけど、あの後輩のおかげで余計な仕事が増えに増えて……。

 結局、一時間遅れで参加することになって……。

 直前のイライラがあったから、とりあえず中ジョッキを二口で飲み干して……。

 おかわりして、おかわりして、おかわりして、気分転換に一回だけカクテル挟んで……。

 その後は、焼酎お湯割りに落ち着いて……落ち着いて……落ち、着いて……。

 ……ダメだ、その先の記憶がな――


「あ、おはようございます」

「――おおおぅっ!」


 キッチンから現れた彼に、私はベッドから跳ね起きた。

 いやまあ、キッチンに人がいることは分かってた。ガチャガチャと食器を用意する音も聞こえてたから。

 だけど、まさかそれが男だなんて。それも、かなり若い。

 って、男ってことは――!?


「あ、ジャケットならアイロン掛けといたんで」


 反射的に自分の体を確認した私に、彼はいたって冷静に壁を指差した。

 つられて視線を移すと、そこにはハンガーに掛かった私のジャケット。彼の言う通り、五日連続着倒した感はそこにはない。

 だけど、それよりも気になる存在がその隣にあった。


「……も、もしかして君、高校生?」


 私のジャケットの横に同じく掛けられた、濃緑のブレザー。その胸ポケットを彩る刺繍は、近隣の名門校の証だ。


「はい。三年です」


 当然のことのように言う彼。いや実際、彼にとっては当然のことなんだろう。

 だけど私にとっては、最悪の答えだった。

 よりにもよって高校生って! 十コも年下じゃん!

 ていうか、もはや犯罪でしょ! 確かに、もう五年も彼氏いないけどさ!

 でも、そんな子を連れ込んだら――いや、私の方が連れ込まれてるのか――ってそんなことは今どうでもよくて、さすがにこの状況はマズいでしょ!

 と、私の社会人生命の危機を察してか、彼は笑みを浮かべながら言った。


「ああ、大丈夫ですよ。俺、オバサンを相手にする趣味ないですから」

「お、オバ――っ!?」


 よく見れば、それは見下した笑みだった。

 ――はァ!? 私、まだ二十代ですけど!?

 という反論は、残念ながら口から出ることは叶わなかった。その前に「もしかして、覚えてないんですか?」と、呆れたように訊かれてしまったからだ。


「昨日、ウチのドアの前でぶっ倒れて寝てたんですよ、あなた」

「……ドアの前?」

「ええ。ここ、807号室です。あなた、808の方ですよね?」

「は、はい……」

「ホント困ったんですよ。声掛けても起きやしないし、カバン漁って鍵探すわけにもいかないし。だから仕方なく、ウチに運ばせてもらいました。で、俺はキッチンの固い床にクッション敷いて一晩過ごしました。以上ですが、何か質問は?」

「……いえ。本当にご迷惑をお掛けしました」


 彼の話から推測すると、合コンの後、マンションまでは帰って来られたが、部屋まで辿り着けなかったということらしい。しかも、見ず知らずのお隣さんに面倒を見てもらうという始末。

 どうやら男子高校生に手を出すということはなかったようだが、社会人としてはかなりアウトに近い。

 しかし、そんな風に滅入っている私に対し、


「いえ、困ったときはお互い様ですよ」


 と、彼は微笑んでくれた。

 ――まあ、今どきの子にしては、なんて好青年なんでしょう。

 昨今、ゆとりだなんだと騒がれているが、こんな素晴らしい高校生もいるのだから世の中捨てたもんじゃない。さすがは名門校の学生さんだ。できることならあの後輩に、彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 と、感動が頂点に至るのを見計らったかのようなタイミングだった。


「だから、困ってる俺のこと、助けてくれませんか?」


 微笑みを浮かべたまま、彼は言った。

 そして、その笑みに潜む狡猾さに私が気付く前に、その言葉は放たれた。


「お願いします。俺の母親を演じてください」




『人物紹介』


★秋田真子(アキタマコ)

 仕事とお酒が恋人のOL。二十九歳。仕事はできるが家事全般が壊滅的で、部屋は荒れ放題。冷蔵庫には酒とつまみしか入っていない。大学時代には彼氏がいたが、互いの就職と共に自然消滅。最近の悩みは、定時には何が何でも帰る後輩女子(ただし、男ウケは抜群)と、早く孫の顔が見たいと電話してくる母親。漫画について熱く語る薫を、可愛く思う。


★春井薫(ハルイカオル)

 名門校に通う男子高校生。十八歳。成績優秀で家事もこなす優等生だが、かなりの腹黒二重人格。実は漫画家になるのが夢だが、両親には打ち明けられていない。実家を出て思い切り漫画を描くため、遠方の高校に入学し一人暮らし。専門学校に進学するために、三者面談で真子を利用しようと企む。真子の前だと素が出ていることに気付くのは、当分先の話。


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― 新着の感想 ―
[一言] 未完と書かれていましたがこれはこれでとても面白かったです。このあとふたりがどうなっていくのか自分で想像出来て楽しいです。
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