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五話 黒の少女、島村葉月


 異変は突如起きた。

 黒城が触手を使って拘束していた少女が、ふふ、と静かに笑いカッと目を見開いた。


「みんな……歪んで……『ダーク・ストーム』」


 少女の口からその言葉が紡がれた瞬間――彼女の周囲に黒い風が吹き荒れ、それに触れた周囲の建物が、死んだ人間と生きた人間が、そして彼女を拘束していた触手が腐り堕ちていった。


「ふふ……これが私の……」


 黒城は魔王なので何のダメージも無かった。幽霊男爵も即座に範囲外へと逃げていた。

 しかし――


「な……石の基礎知識は本当にあってるのか。神崎に続き……そもそも、あいつは人間じゃないのか!」


 神崎ならまだわかる――魔王の使い魔を名乗るくらいだから、

 ただの人間が闇魔法を使った――その事実に石の知識しかない黒城は大きな驚きと、僅かだが恐怖心すら抱いてしまう。


「イレ……ギュラー、か……」


 驚きのあまり思わず固まってしまった黒城に少女は歩み、近づいてくる。


「いくら闇魔法を使えるのだとしても僕は殺せない」


 少々焦りも含まれていた黒城の言葉に対し少女はふふっ、と笑って返した。


「いえ、私は感謝しています。やっと本当の私に覚醒められましたから――ふふ、私の真の姿を見いだせず、私に合わない四属性の魔法を教えていたクズ共。そんな無能の癖に私を虐め、罵倒していた奴ら、忌々しき家族が愛する民と街――全部壊してやる」


 再び少女はふふ、と笑って黒城に言った。


「ふふ……こんにちは、魔王様。私は島村卯月と言います。ところで一つ質問なのですが、魔王様のお手伝いをしてもよろしいでしょうか?」


 黒魔反転――その魔法の効果は人を悪の道へと堕とす事。

 その事実に黒城は身を焦がすほどの狂喜を覚える。

 これは最高だ……ああ、なんて素晴らしいんだ闇魔法は。

 今まで架空のモノでしかなかった夢が次々に実現していく。

 そして、少女の闇堕ち――もう最高でしかない。人を、それも可愛い少女を闇の道へ誘う事の何という爽快さ。

 それを外道と罵られようと、もはや自分は揺るがない――自分の在りたいがままの外道であり続ける。

 黒城は喜びに震え感動した後に、そう心に堅く誓った。


「魔王様、貴族の娘を捕まえたならやる事は一つだぜ。この地の頭を潰せば避難の指揮系統は混乱する」


 幽霊男爵が黒城の耳元で囁き、助言を与える。


「僕の配下になるならいいよ、島村葉月。じゃあ初仕事だけど、お前の実家に案内してくれないかな? 挨拶に行きたいからね」

「ふふ……はい。魔王様の忠実なる下僕、この島村葉月が我が家にご案内いたします」

 

 島村葉月は白いゴスロリとは対称的な邪悪な笑みを浮かべながら、誓いの言葉を口にした。

 それに対して、黒城は喜々とした声で返した。


「僕の下に来たこと、絶対に後悔はさせない。その体が朽ちるまで共に血と虐の限りを尽くそう」


 その言葉に対して、島村葉月は地に跪き、シンプルな一言で以って返事をした。


「はい、魔王様」


               ☆


 島村葉月は魔王黒城と共に、目についた人間やドワーフらしき小さな亜人を殺し、採掘施設を壊しながら数十分歩き自宅の正門へとたどり着いた。

 その屋敷は巨大で立派な土塀に囲まれ、本来なら守衛も大勢いるような立派な屋敷だった。


「気配察知の魔法によると中に沢山の人がいるようだ」

「やっぱりそうですか、流石はお父様ですね。一旦このバカデカイ屋敷に集めてから避難。ふふ……優等生のような賢明な判断ですね。実に大馬鹿……魔王の前では型に嵌った事など無意味なのに」


 葉月は自身の父親が相変わらず優等生な事に感心し、そしてその愚かさを心の底から嘲笑する。


「もう兵士は今までの戦いに出されて死んだかな?」


 二人は正門から堂々と屋敷に入るが、誰も出迎えが来ない。

 葉月は笑顔を浮かべながら魔王と一緒に屋敷の庭を破壊し続け、母屋へと向かってゆく。

 その間、葉月が抱いていた気持ちは喜悦のみであり、自宅が壊れてゆく悲しみなど一切存在しなかった。


「いえ……魔王様。来ましたよ」


 そんな事を思いながら葉月は進んでゆくと、真正面から兵士がやってきて武器を構えた。


「きやがった、だが……ってお嬢様。お、お逃げください」


 ――黙れ。それは『島村葉月』ではなく、『島村家の人間』に向けた言葉だろ。所詮は業務行動にすぎない。

 そんな怒りの感情が、葉月を黒城に先んじて兵士に反応させる。


「魔王様、ここは私に復讐の機会を――ふざけないで……黙れ。私は絶対に許さない、この家も家族も人々も」


 葉月はそう憎しみと恨みで煮詰まった声で言い放つ。

 ――みんな殺してやる。そして、全てをここで精算し、真の意味で私は新生する。

 葉月の心にあるのは、黒い喜悦を求める心と今までの悲惨な人生の全てを精算し、真の意味で生まれ変わる事。

 そして、その感情が形になったかのごとく彼女の周囲を邪悪な闇の魔力が渦巻く。


「ふふ、始めましょう――みんな殺してあげる、あなた達は絶対に逃さない」


 そして、魔王である黒城ですらそのあまりの禍々しさ故だろうか、驚きの表情を浮かべる。


「リブラ――来たれ、暗闇の使者」


 その瞬間、闇の力が形を成し、人らしき形をとった。

 闇精霊である。

 

「お、お嬢様……い、一体それは。お、お気を確かに!」


 しかし、もはや葉月にとっては兵士も復讐すべき『島村家』の一部でしかない。

 狼狽する兵士に向かって、葉月はふふ、と邪悪な笑みを浮かべて返すのみ。


「闇の精霊……屋敷の皆殺しに。それからもう一つ――」


 葉月は無詠唱で闇の短剣を召喚し、兵士に投げつける。


「さっきの魔法と今の魔法……ふふ……私って闇の中でも特に、召喚と変質に適正があるみたい」


 今まで、葉月はまともに魔法を使えなかった――それは、本来人間が使う火水風土の四属性でなく、闇魔法の中でも召喚と変質にのみ才能があったから。

 ――みんなバカばかり。私が本来持っている才能には気が付かず、馬鹿や無能などと嘲笑って。


「ふふ……あはははは。私は人類唯一の闇の申し子。劣等達はみんな私にひれ伏せばいい」


 葉月は心の底から、家族を、故郷の市民たちや兵士までもを見下し、劣悪なクズと断じる。


「お嬢様、どうか正気に――」


 兵士は短剣投擲を回避。

 葉月の素人投擲なので当然である。


「ふふ……みんな私の闇に呑まれてしまえばいい」


 葉月は指をクイ、と曲げる。

 すると外れた短剣が空中で反転し、兵士の首を後ろから貫いた。


「ぐっわ」


 その時、葉月が感じたのは黒い喜悦だった。

 逆に本来、人が持つべき、殺しに対する罪悪感や忌避感など一切無かった。

 故に彼女は確信した――己が持つ黒き深淵が本当に解放されたのだと。


「ふふ、闇魔法については本での知識はありましたから。まあ普通は人間には使えないので、今までは試そうとも思わなかったですけど……さあ、もっともっと殺しましょう。あっ、そうだ魔王様。死体を放置するのは勿体無いですよね、本でしか読んだ事がないけど、死霊術使ってみようかな」


 葉月は笑顔で死者への冒涜を口にする。


 死霊術――変質の魔法のうち、死を冒涜する魔法の全てを示す言葉であり、闇以外の属性の魔法にも存在する。もっとも、一番強いのは闇の変質魔法による死霊術であるが。


「おっ、死霊術か? こりゃ面白い」

「ふふ……そういえば、あなたも死霊術の産物みたいですね}


 そして、自身もまた死霊術の産物だからなのか、おっさん幽霊がハッハッハ、と笑いながら笑って返す。


「そういや、今までは殺しても使った事なかった。というかそもそも、僕の力じゃ死体の損傷が激しくなるしね」

「じゃあ、これからは損傷が少ない死体は私が再生するから。魔王様は好きなだけ暴れまわられてください」

「たしかにそれがいいね。これからよろしくね」


 その瞬間――葉月は今までに感じたことの無い気持ちを抱いた。

 今までは虐げられ、罵られ、決して得ることのなかった気持ち――存在を認められる喜びを。


「では早速。リ・スト、我が意に従い、死従となれ」


 だから、葉月は笑顔で命令を遂行し、死体に闇の力を注ぎ込む。

 すると、死体は再起動したカラクリ人形のごとく再び動き出した。


「ふふ……この調子でどんどん行きましょう」


 そして葉月ら三人は屋敷の内部に進んでいった。

 現れた護衛や逃げる一般人は、時には黒城が適当な魔法で吹き飛ばし、時に葉月の闇精霊に集られ臓物を喰らわれながら嬲り殺しにされ、時に敵が減れば減るほどに増える死霊術の死兵に殺されていった。

 そうして進んでいくと、大きな木製ドアの前に辿り着く。

 無論、黒城がそれを破壊して中へ進み、葉月はその後ろについて行く。


「お、父様……お母様……」


 少し大きめの部屋には身なりのいい、マダムと言える雰囲気を放つ女一人と、その周囲で何やら荷造りらしき事をしている若い男二人、そしておっさんが一人いた。


「ふふ……、見つけた、やっと見つけた」


 見つけた――葉月は生まれてかつて感じたことのない喜びに絶頂を迎えそうになる。


「あはは、もう無能だなんて、屑だなんて、魔法が使えないなんて言わせない。ふふ、闇と狂気が私の魔法。それ以外に適正がなかったから役立たずだった。でも今は違う、あははは見て、見て、父上! 母上! 兄上! みんな、みんな、醜く殺してあげる!! パラスマモ――闇の虫よ、その欲のままに喰らえ」


 葉月は狂喜の笑顔を浮かべながら、闇のイナゴを呼び出す呪文を唱える。


「ふ、ふん……この弱虫が! 何故今になって魔法が使えるようになったかは知らないが、

お前はいつまでも弱虫だ。ああ、闇に引きずられ、魔王につくとはな。お前の本当に適正に気が付かなかったのは謝ろう。だが、絶望して全てを破壊するなど弱者のやることだ。貴族としても人間としても恥ずかしいぞ!! お前は今、正真正銘の屑となった!」


 島村龍は彼らしい『正しきあり方』をいつも通り語る。


「故に子の始末は親がつける――ブレ・ジャス・聖なる焔よ、邪悪を滅せよ!!」


 そして、火属性魔法を以って実の娘を滅殺しようとする。


「何が……悪? 何が……正義? お前たちみんな、死んでしまえ」


 葉月は父の言葉に言い表せぬほどの怒りを感じ、無意識のうちに噛み締めていた唇から血が流れる。


「ふふ……じゃあ、どっちの想いが強いか比べてみよ、お父様」


 それ故に彼女は迫り来る火炎に対し、回避ではなく闇魔法での正面突破でもって破ると決める。


「断絶――黒魔壁!」


 葉月は闇魔法で以って黒き壁を自身の目の前に召喚し盾とする。


「なっ、なんだと……」


 その結果は葉月の闇が正義の炎を打ち負かすというものであった。


「ふふ……本で知識だけは色々あるから闇魔法も色々知ってる。この世界は何度も魔王と戦っているんだから……。刈命――魔剣ブラド」


 葉月は闇の召喚魔法により切り裂かれた者の力を吸い取る闇のクレイモアを召喚し、その両手でしっかりと握る。


「私は……もう、魔法が使えない役立たずじゃない。真の私を誕生させてくれた魔王様にお前たち見る目なしの屑どもの命を捧げる!」


 闇のクレイモアを持った葉月は幽鬼のごとき、禍々しき歩みで一歩一歩実の父を殺すために近づいてゆく。

 そこに一切の迷いも葛藤もない――全てを精算し、生まれ変わる。

 島村葉月にあるのは、その一心。


「ぐっ……だが、負けん。貴族たるもの、邪悪を討ち、民を導く導とならなくては」


 無論、龍も無抵抗ではない。

 炎弾を数十発、葉月へとぶちこんでゆく。

 

「ふふ……あははは、弱い。これが私の本当の力なんだから」


 しかし、その全ては葉月による闇魔法の壁によって防がれる。


「くっ……」


 そして、葉月はついに龍の目の前まで接近。

 龍は魔術儀式用の短刀を抜いて応戦しようとするがもう遅い。

 葉月は手持ちのクレイモアを龍の心臓へ突き刺す。

 すると龍の体は白骨死体へと変化した。


「やったー、やったよ魔王様。もう、これで無能の屑じゃない。私は無敵だ、もう絶対にあんな思いはしなくていいんだ……」


 自分の在り方を否定してきた父と貴族の在り方。

 島村葉月はそれをついに滅殺し、名状しがたいほどの喜悦と生まれて初めて『心が満たされる』という感覚を味わった。

 そして、その余韻が冷めぬ内に葉月は次に他の兄弟と母親へとその顔を向ける。

 無論、その全てを血祭りにあげるために。


「暴食――黒き蝗王よ」


 闇魔法によって召喚された暴食の闇イナゴが生き残りに襲いかかる。

 葉月の兄達や母親も貴族だけあって炎弾や風の魔法でイナゴを倒していくが、いくら倒されても島村はどんどん追加で召喚していく。


 そしてすぐにイナゴは兄達や母の体に取り付き、その体を喰らっていく。


「い、いや……死にたくない」

「あはは、苦しめ、もがけ、絶望しろ! それでも私の心を満たすには足りない!」


 そして、数分間の絶叫後に暴食の蝗は消え去って、代わりに白骨だけが残った。

 父である島村龍を殺した時ほどではなかったが、葉月は全てを精算できた喜びでいっぱいであった。


「やった……やった……やった!!」


 そして、ついに自分を認めてくれなかった家族を全て滅殺し、葉月は歓声をあげた。

 葉月は魔王に駆け寄り、自分のやった事を報告する。

 

「魔王様、やりました。これでこの辺りを治める、貴族である島村一族は死に絶えました」


 葉月は殺し中とは対称的に、黒城に静かに報告する。


「よく殺ったな。だけど、島村一族は一人残っているはずだけど?」


 その魔王の問に対して、葉月は満面の笑みで返した。


「ふふ……私はもう『島村一族』ではありません。私は唯一無二にして人類最強の闇の申し子『島村葉月』。だから、どうかそんな劣等共と同じにしないでください」


 いきなり人類最強を自称する、その発言に流石の黒城も驚きを隠せず驚き呆れたような顔をする。


「へ、へえ……まあ、とにかくこれからよろしくね」

「はい、魔王様


 島村葉月は改めて、もう一度魔王である黒城に忠誠の証として跪いた。


「ところでその首のアミュレットが黒くなっておられます」


 いつの間にかアミュレットが漆黒に染まっていた。


「やった、贄が満たされた。これで魔王城を起動できる。島村、ついて来て。魔王城に帰る」

「はい、魔王様」


 そして魔王黒城、幽霊男爵、闇の申し子島村葉月は作り出したゾンビと共に屋敷から出た。


             ☆


 黒城たちが屋敷の門の前にたどり着くとそこには神崎と、その背後に沢山のオークやゴブリンやチュパカブラや小悪魔と言った魔族がいた。


「魔王さまー、わたし殺している途中にこんなのを見つけたよ。確か奴隷地区っていうところにみんないたよ」


 魔王と別行動していた神崎が、奴隷にされていた魔族を解放したのだ。

 そういえば、石の知識に現在では多くの魔物が奴隷化されてるというのがあったことを黒城は思い出す。

 


「よくやったぞ、神崎」


 黒城は使い魔の優秀さに心の底から感謝し、褒める。

 それに対して、神崎は無垢なる笑顔で以って返す。


「えへへ、ありがとう、魔王さま」

「奴隷解放……取る道は一つか」


 彼ら解放された奴隷魔族たちを配下に加え、そして魔王軍を再興する。

 黒城は当面の目標をそう決める。


 こうして、黒城は金で賑わっていた鉱山都市を約半日で滅ぼし、新たな仲間の島村葉月と共に魔王城へと帰ることにした。

 魔王城へ帰る彼らの背後には、燃え上がり薄暗くなった空を照らす破滅の鉱山都市があった。


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