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四話 ブラッドカーニバル(後編)

 黒城たちは殺し、壊し、粉砕し続けながら住宅街へと向かっていった。

 血が、絶望が、そして死が、この場には溢れていた。

 この場は正に血の宴。

 嘆き、悲しみ、そして絶望と恐怖――それら黒き協奏曲が彼らのアルマゲドンを讃えているようであった。

 それに加えて普段なら清々しい程に美しい夕日までもが、今は彼らが垂れ流す絶望を暗く祝福するライトアップのようであった。


「クックック、ハーハッハッハ!!」


 街が燃え上がる煙が、鼻をくすぐるこの焼ける臭いが、耳を震わす悲鳴と嘆きの声が、その全てが黒城にとって素晴らしいものであった。


「さあ、もっと楽しむぞ――ダークメガムーン」


 『ダークメガムーン』――強大な闇の魔力で全てを押しつぶす漆黒の闇玉。

 黒城は喜びで声と身を震わせながら、歓喜の一声にて闇魔法の中でも強大なモノの一つを発動させる。


「な、何だ……うわあああ」


 空には絶望を讃える黒き月とでも言えるような、巨大な暗黒球が出現し、人々はより深い恐怖と絶望に陥る。

 その混沌とした地獄絵図もまた黒城の感情を高ぶらせた。


「魔王さまー、わたしもかなり殺しましたよ。アミュレットはどうですか?」

「アミュレットは黄色から赤に変わった。あと少しだ。流石は魔王の使い魔、神崎だね」

「えへへ、ありがとう」


 流石は神崎だな、と黒城は使い魔である彼女の優秀さに感心しつつ、所々が血で染まっている彼女を褒め称える。


「でも、住民の動きが変わってきたな。本格的な避難指揮が始まったみたいだ。男爵、次こそ住宅街なのか?」


 男爵の言った住宅街の候補地は全部外れだった。

 無論、黒城達は外れだった場所にいた人も皆殺しにして、建物も全て破壊したが。


「あ、ああ、申し訳ありません。ですが次こそはきっと。おっ、見えてきました」


 黒城達にとっては幸いなことに男爵の言葉は真実となった。

 その証拠に今まで彼らが壊してきたような工房や鉱山入り口ではない、平凡な平屋が並んでいた。

 魔王ほどの力があれば中規模サーチ程度ならば詠唱は必要ない。

 黒城は無詠唱で風属性のサーチ魔法を使ってどれだけ生贄がいるのか、その気配を探知する。


「おそらくは、僕らが入り口でちょっとばかり皆殺しにした時は、一般市民はここに避難したんだろうな。まだ退勤時間じゃないだろうに、人がたくさんいる。とは言え、こいつを満たすためにはさっさと動き出さないと逃げられる」


 この住宅街は黒城達が想像していたより広かった――だが問題はない。

 神崎菜々――見た目こそ幼い少女であるが、その実力は正に小魔王とも言えるもの。

 今までの戦いからそう黒城は判断し、効率よく魂を集めるために彼は二手に別れて殺しをする事を提案する。


「神崎、お前は向こうのを。僕はこの辺りで殺る」

「ええ、わたし魔王さまから離れたくないよう」

 

 不安そうにそう言った神崎に、黒城は優しく返した。


「心配はいらない。僕は死なない。大丈夫だ、また一緒に寿司を食べられるから」


 黒城は確信をそう持って言う――魔王は無敵だ、負けはしないのだから。


「うん、そうだね。じゃあ、行ってくる。魔王さまのために、みんなみんな八つ裂きにしてくるから任せてね」


 そして、神崎は背中の小さな羽で黒城たちとは別の方向へ飛び立っていった。


「はっはっは、護衛は心配するな。この俺、幽霊男爵がいるからな」

「お前……戦闘に関しては何も出来ないだろ……」


 まあ、おっさんの言葉が役立つこともあるだろう。

 そう黒城は思いつつ――まずは彼の隙を突いて何かしようとしている敵を排除する事にした。

 黒城は振り向き、後方の建物に手をかざし炎弾を発射する。


「ひゃ、いやぁ…………」


 黒城の炙り出しは成功――建物の陰から、間一髪で直撃を免れた一人の少女がボロ雑巾のように転がり出てきた。

 

「わ、私は……ま、まけま、ません……」


 所々に穴が空き、薄汚れた白いゴスロリを着た少女が剣を持って黒城の前に立ちはだかる。

 もっとも、その剣はぷるぷると生まれたばかりの鹿のように震えていた。

 たとえ、逆立ちしようとも黒城を止められるような剣術は使えないだろう。


「僕に勝てるとでも思っているの?」


 しかし、黒城は不思議な点に一つ気がつく。

 そのオーダーメイドらしきゴスロリと壊れた蛇口の水のように溢れ出る魔力から考えるに、おそらく彼女は魔法を使える人間――貴族であるはずだ。

 にも関わらず、魔法ではなく剣を振るおうとしている。

 一体何故だろうか、剣に魔法をのせて戦う魔法剣士なのか? 

 しかし、剣をまともに使えるとも思えない。これは策略なのか。

 黒城は何となくそれが気になり、その疑問をそのまま口にする。


「お前、それだけ魔力があって魔法を使わないのか?」


 そう言った瞬間、少女の顔が悲しみと憎しみが入り混じった怒りの表情へと変わった。


「わ、私は、負けない……もう、もう、私は魔法を使えない屑、無能なんて言わせない。私がみんなを守る! 私は役立たずなんかじゃない!!」


 魔法が使えない――それは明らかにおかしな発言であった。

 少女はその体から神崎に匹敵するほどの膨大な魔力を垂れ流していた。

 にも関わらず彼女は魔法が使えないと言う。


「へえ……よくわからないけど、何だか面白い人だね」


 黒城の心はこの時一種のときめきを感じていた――言うなれば学者が大発見に繋がりそうな何かを見つけた時のような。

 それ故、黒城は剣を持ってイノシシのように直進突撃してくる少女の足元に闇魔法を発動した。


「ひゃっ……あぁ……いや……」


 闇の召喚魔法――粘着性のある液を纏った邪悪な触手が少女の手足に巻きつき、その動きを封じる。

 少女は何とかそこから脱出しようと、もがくが全く無意味であった。

 その哀れと言えるような抵抗は黒城の暗黒心を満たすのに十分であった。


「い、やだ、私は……ま、負けない……もう役立たずなんて、言われたくない」

 

 少女はもがき続け、そして苦しみながら大粒の涙を流していた。

 だがその表情には他の者と違って、これから死ぬ恐怖よりもやるせない悲しみがあったように黒城には思えた。

 そして、それが黒城の好奇心を先ほどの魔力の件と合わせて、より一層彼の好奇心を沸き立たせる。

 そして、その好奇心が黒城に新たな試みを行わせた。


「本来なら王道に従って、このままエロいことでもしようかと思ったが……予定を変えてみるか」

「えっ……」

 

 少女はより深い絶望を予感したのか、その身を震わせ、顔に恐怖を露わにする――もっとも、もはや逃げられはしないが。


「変われ――黒魔反転」


 黒魔反転――人の心に潜み隠れし暗黒面を顕現させる闇魔法。

 黒城は闇魔法の中でも精神に干渉するらしいそれを、触手を通して少女に注ぎ込む。

 具体的にどんな効果が現れる魔法なのか、石の知識からの情報では黒城にはよく理解出来なかった。


「でも、まあこれで何が起こるかはっきりとわかるかな?」

「うぅ、ああぁ! あっ、い、いや、私の、私の中に!」


 少女は呻き、苦痛と恐怖と艶やかさが混じった熱い吐息を吐く。

 だが、黒城にはそれでもまだひと押し足りない思えた。

 それ故に、彼は触手で縛られた少女に少しずつ歩みよってゆく。


「仕上げだよ――裏返れ《めざめよ》」


 そして仕上げに黒城は笑顔を浮かべながら少女の頭を鷲掴みにし、そこからも闇の力を注ぎ込んだ。



             ☆



 ――島村葉月は夢を見ている。

 灰色の空からはドロドロとした黒い雨が降り注ぎ、足元はその雨によってもたらされた汚水が溜まって墨汁のように漆黒に染まっている。

 そんな混沌とした闇世界に島村葉月はただ一人で立っていた。


「こんにちは」


 葉月の目の前に少女の形をした黒い影が現れる。


「だ、だれ?」


 葉月は思わず口にしてしまうが、本当は誰か既に知っている気もしていた。


「知ってるくせに――私はあなた。あなたがどれだけ、罵倒され続け、虐待され続け、傷つけられ続け、否定され続けられ、それでも悲しみと苦しみと絶望を吐き出せず、そして生まれた歪みし者。本当のあなた」


 そう言いながら、影が葉月に一歩一歩近づいてくる。


「い、いや……来ないで」


 でも、影は蠱惑的に語り続ける。


「ねぇ、それが本当の心? だって私はあなた。魔王のあれは洗脳とは違う、心の闇を表へ引きずり出すだけ。ねえ、本当に『憎く』ないの? 悲しくないの? 不安から逃げたくないの? 何よりも『認められたく』ないの?」

「そ、それは……でも……これを解放したら……」


 そう、葉月はこの時はじめてはっきりと理解した。

 自分の中にある混沌を解き放てば、その先にあるのは死で舗装され血で彩られた道のみ。

 そして、それを無意識は理解しており、だから今まで『本当の自分』を封じていた事に。

 それ故に葉月はどうすればいいか分からずに迷う。

 しかしその間にも影はどんどんと葉月に近づいていき、いつの間にか彼女の目の前に立っていた。

 そして、影は静かに、しかし夢界を揺らすほどに力強く語りかける。


「ねえ、じゃあ認められるの? 自分を殺してまで、自分を罵倒し続けるだけの家族を、自分を認めない世界を守りたいの?」


 そして、次の瞬間――力強い語りは涙の声に変わった。


「ねえ――生きたいって思うのって罪なの? たとえ恐怖という形だって他人に認められたくないの?」

「私……だって……」


 いつの間にか葉月は影に押し倒されていた。

 だが影の言葉のうち、どれのおかげだろうか。

 それは彼女自身にもよくわからないが、ともかく既に葉月の心には始めに感じていたような影に対する忌避感はなかった。

 むしろ、白馬の王子さまが迎えに来たかのような不思議な高揚感と幸福感でいっぱいだった。


「さぁ、私と一緒になって堕ちなさい――永遠の闇へ」


 もう――何のためらいもない、何の恐怖もない。

 本当の自分を受け入れよう。

 そう思いながら、葉月は影を祝福するかのように両腕を大きく開いた。


「うん、そうだね――本当の私」


 そして、いつの間にか不定の影から、黒いゴスロリ衣装を着た少女へと変じていたもう一人の自分を、葉月は強く抱きしめその唇にキスをした。

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