三話 ブラッドカーニバル(前編)
数日後、黒城たちはハゲた丘の頂上から、煙の上がる中規模の街を見下ろしながら、昼飯の寿司を食べていた。
魔王城の地下で石を見た後、彼らは探検を続けて隠し倉庫を見つけた。
そこに蓄えられていた寿司だ。地下空間と同じく、防腐のなんかがあったのか腐っていなかった。
「ハンバーグ寿司おいしいですね、魔王さま」
神崎は無邪気にハンバーグ寿司を頬張りながら笑った。
「邪道だけど意外とおいしいんだよね」
「しかし、未だに街が残ってるとはな。まったく、金鉱って奴はすげえな。ここは魔王城から近いのになぁ、欲望ってやつは恐怖を凌駕するもんか。いかかですか、魔王様。あの街は、これから可哀想な事になる鉱山都市のユルハリです。先代魔王様はここに多くの奴隷人間を投入し、それが魔王の世界支配を支えておりました」
ハッハッハと、時々笑いを挟みながら男爵は言った。
「ぼろっちい木の家、上がる煙。人間だった頃によくやったファンタジーのゲームに出てきたような典型的な鉱山都市だけど……ああ、早くこの力で壊したい」
ユルハリ――今、この世界を支配する魔導至上主義国家であるマギア帝国の財布を支える金鉱都市である。
そしてその事はダークストーンから与えられた世界知識によって黒城も知っている。
「ふふ……早くこわしたいな~」
神崎が寿司を食べていた時と同じくらい、無邪気に笑う。
「うん、確かにそうだね。僕も早くこの力を振るってみたい」
ゲームで強力な魔法や兵器などを手にれたら特に理由もなく使いたくなる。
おそらく今の高揚はそれに近いのだろう。
そんな事を思いつつ、黒城は最後のサーモンを食べ終えた。
「さあ、行こう――闇のアミュレットを満たすため。死と絶望が待っている」
黒城は魔王城を復活させるために必要なアイテム――闇のアミュレットを召喚し、それを手にとって高々と掲げて言い放った。
☆
昼飯を食べ終えた後、黒城たちは特に隠れることもなく堂々と岩々しい鉱山街へと歩みを進めていった。
歩いて数十分、視界に町の入口である関所が彼らの目に入ってくる。
「そこの旅人。手形をみせろ」
「はい」
黒城は警備兵に手のひらを見せた。
そして次の瞬間、関所兵の頭は黒城の闇魔法――ダークフレアによって爆散した。
「びゅーてぃふぉー、流石は魔王様です」
「これが力……やった、これだ僕が欲しかったもの」
魔力が体を走り、それが形となって邪魔者を粉砕――その感覚に黒城はかつてないほどの喜びを感じて、思わず顔が緩む。
「貴様――」
「ああ、これだ。僕だって奪われるだけじゃ嫌なんだよ!」
黒城は襲いかかってきたもう一人の兵士に先ほどと同じ魔法を同じように頭にぶつける。
暗黒の炎が兵士の頭を爆散させるのを見て、黒城は先ほどと同じく喜びに加えて――これで自分は誰にも奪われないという安心感をも得た。
逆に殺人に対する葛藤や罪悪は屋上の時と同じく、一切彼の心には起きなかった。
これに対して、黒城は謎の声の言った通りだなとすぐに納得し、そしてもはや彼にとってはどうでもいい事であった。
「盗賊だ! 二人やられた、至急応援を」
しかし、兵士も黙って殺られているわけではない。
当然、騒ぎになり僕の耳にも警備兵達の怒声と緊急事態を告げているのであろう鐘の音が黒城の耳に煩く入ってくる。
「チェストー!!」
一人の兵士が黒城の頭を訓練された動きで破壊しようとする。しかし――
「それは残像だ、いや分身かな」
それは黒城が闇魔法で生み出した分身、ダークアバター。
兵士がそれを殺した瞬間、既に黒城は兵士の背後に回り込み頭を鷲掴みにしていた。
「な、に………」
「これがただの訓練された人間と圧倒的力を持つ僕との差だ」
そして、そのまま黒城は魔王特権の一つである世界最強クラスの筋肉によって兵士の頭を握りつぶした。
そんな感じで、黒城は近づいてきた者を素手で殺し、遠くにいる者は時に火の魔法で焼き殺し、時に風の魔法で斬り殺し、時に水の魔法で凍死させ、時に土の魔法で召喚したゴーレムで殴殺し、時に闇魔法で闇に喰わせ、どんどん殺していく。
そして、どろどろでぐしゃぐしゃな肉の山が黒城の周りに形成されていった。
そして、強者であるはずの兵士を殺す度に黒城は万能感に酔い、安心感を得ていく。
そして狂気的な笑顔を浮かべる。
まるで兵士たちがなぶり殺されるために生まれてきたようだとすら、黒城は感じていた。
「あはは、初めての外の世界って楽しい。ねえ、そこの人――あなたの目ちょうだい、後で魔王さまとキャッチボールするから」
神崎も外世界は初めてらしかったが、かなりの人数を蹴散らしていた。
神崎も黒城と同じく、闇を含めたあらゆる属性の魔法を使い敵を蹴散らしていく。
これには黒城もとても驚いていた。
普通なら人も魔族も適正がない魔法は上手く使えないし、闇の魔法は発動さえ出来ない。
全ての魔法を上手く使え、そして闇魔法を使えるのは基本的には魔王だけである。
これも黒城がダークストーンから得た知識である。
つまり四属性に加え、魔王専用であるはずの闇魔法を使いこなしている神崎は小さな魔王と言えるほどの力を持っていると言える。
先代魔王が作り上げた次世代のための使い魔――神崎の恐るべき優秀さに黒城は先代に対する畏敬と憧れを更に膨らまる。
そして、同時に自分もそのように、否それ以上になりたいと願う。
もっと、もっと高みへ――その念は黒城の中で渇望といえるほどになっていた。
「やれやれ、俺も体があれば暴れたいぜ」
一方、幽霊男爵はやや離れた所から僕達の戦いを見守っていた。
彼には道案内という重要な仕事がある。
もっとも、彼が死んで地下に篭ってから何百年も経っているのに役立つのだろうかと黒城は疑問に思っていたが。
「でもまあいいか、とりあえず闇のアミュレットが黒に染まるまで暴れるだけだ」
黒城が首にかけていたアミュレットに彼と黒城に殺された犠牲者達の魂がいくらか集まっていた。
その証拠にアミュレットの宝石部分は最初緑だったのが、黄色に変化していた。
「意外と早いね。これなら街が死都になる頃には黒く染まるかな?」
「うん、頑張ってはやくお城を復活させよ」
「さあ、住宅街へ乗り込むぞ。たしかこっちだ」
こうして向かってきた兵士を全て殺した黒城たちは、更なる生贄を求めて一般市民のたくさんいる住宅街へと向かうために街中へと動き始めた。
☆
「敵襲だ、敵襲だ、またブラックキャット盗賊団の連中が金の強奪に来たのか」
「ち、違う……や、やつは、ば、ばけも……」
黒城たちの襲撃によって、この地を治める貴族である島村家の豪邸内もまた混沌とした状況に陥っていた。
「お、おい、しっかりしろ、伝令の武田だぁああ!!」
そんな中でも、この家の末妹である島村葉月は静かに本を読んでいた。
彼女は貴族にも関わらず魔法がまともに使えない落ちこぼれであった。
故に末妹であるという事もあり、島村一家の中では一番地位が低く家族の皆から虐げられてきた。
こんな環境で育ってきた事もあり彼女の心は冷め切って、読書しながら笑うことのない生活を続けていた。
「うでが……で、でんれい……」
また、全身を火傷し片腕がない兵士が駆け込んできた。
「守備隊はほ……とんど全滅……」
一人の貴族の模範とも言えるほどに絢爛豪華な衣装を身にまとった男――葉月の父である島村龍が彼女に話しかける。
「な、なんだと……くっ、おい、葉月!!」
その呼びかけに対し、島村葉月は答えない。
否、聞こえていなかった。
――相変わらず鐘の音がうるさい。役立たずで恥知らずらしく静かに暮らしたいのに。
それだけを思いながら、彼女は現実から目を逸らすためにひたすら使えもしない魔法知識の書かれた本を読み続けていた。
「おい、葉月、何座ってやがる。返事しろ、仕事だ」
「ひっ……ご、ごめんなさい……役立たずで」
「だまれ、いいから黙って聞け!!」
龍がベトベトな唾と怒声を葉月に飛ばす。
葉月はそんな父親の暴虐に対し、心のなかでひたすら謝り続ける――ごめんなさい、と。
彼女の背後では従者だけでなく彼女の兄達が、なにやら高価な壺を梱包し、絵画を取り外している。
明らかに避難の準備である。
「いいか、よく聞けよ能なし。謎の連中がこの街の守備隊を壊滅させた。もう、この街はダメだ。だが、まだ市民たちの避難が終わっていない。だから、行って避難誘導を手伝え。貴族の生まれのクセに魔法がまともに使えない能なしのお前でも、それくらいは働け!」
島村龍は誰よりも貴族の使命に忠実であった。
優れた知性と魔法を使って、悪を罰し、地を治め、民からは悪くない評判を貰っていた。
一方で統治のためには多少の『泥』を被ることをもいとわない――高貴なる者の責任を体現する存在である。
その事を葉月もよく知っていた。
そして貴族として致命的な欠陥品としか言いようのない、魔法を使えない自分が父親に、そして父を理想とする家族たちには邪魔で不要なゴミである事も。
「はい……お父様」
葉月は龍の怒声に対して、小さな声で答える。
「いいか、儂は別の仕事をしておる。迎えに行くまでは仕事を放棄するなよ」
「はい……お父様」
「うう…妻よ兄弟たちよ民達よ……どうか、この儂を許してくれ。この惨劇も全て、こんな能なしを作ってしまう儂の不徳のせいだ」
龍が悲しみの声をあげる。
それに対し、葉月は心のなかで再び謝る――ごめんなさい。
「いえ……これも定め。たとえ末妹が無能の屑だとしても、これとは関係ありません」
龍の妻が夫を励ます――葉月を罵倒することで。
そんな夫婦を尻目に葉月はボソッと呟く。
「もう、私は終わりなんだ……きっとこれは本で読んだ『あれ』だから」
彼女は特に根拠はなかったが確信していた――300年の時を経て、魔王が復活したのだと。
そして、魔王が屑で能なしである自分も含めて全てを滅ぼすのだと。
きっと父にとっては一石二鳥なのだろう――一家の恥である私を始末し、同時に一人でも多くの民を守ることが出来るのだから。
葉月はそんな諦観を抱きながら、そして心の底から首をもたげそうになる■■■■を封じ込めながら父、村上龍の言いつけ通りに住宅地区へと歩き始めた。