二話 魔王城
「なんだ、この廃墟は……」
黒城の目の前に最初に入ってきたのは、イキイキとした新緑の森と苔むし、石壁の一部は蔦と根に侵食され上階の大部分が崩れている廃墟だった。
「うぅ……わたしたちは帝国の人たちに見つからないように三百年ずっと秘密の部屋に隠れていたから、手入れなんて出来なかったんだよう」
「うぅ……前魔王様にも現魔王様にも申し訳ない……この俺が弱いばかりに」
「とりあえず行ってみよう」
そして、黒城たちは半壊し用を成さなくなっている門を通過し、無駄に大きな扉を開け、ホコリ臭い廃墟の中へズカズカと入っていた。
中は薄暗く、所々に穴が空いておりそこから外からの光が差し込んでくるほどのオンボロだった。
しかし、黒城はその内部を暗いとは感じなかった。
「意外と明るいな。暗視の特殊能力ってところなのかな? とりあえず手分けして色々と探して――」
そう黒城が言いかけたその時、彼は奥の大きな扉から『何か』大いなる波動を感じてその扉の方へと体の向きを変えた。
「ま、魔王さま、あの部屋に何か」
どうやら神崎と幽霊男爵も何かを感じたらしく黒城と同じ扉を見つめている。
「ああ、あそこに何かあるようですぜ、魔王様」
黒城たちは扉を開けた。
「おお、そういやこんな廊下あったな。生前の俺はここで死んだんだっけ」
「へえ、そうなんだ。わたしはここ初めて」
幽霊男爵は懐かしむように語る。
「そうなのか。まあ流石にもう死体は残ってないと思うけど」
扉の先には廊下が続いていた。
敷かれているボロボロの赤い絨毯や無造作に転がっている壺や変なオブジェが哀しみを漂わせている。
「うわぁ、オンボロだ。前の魔王って本当にすごかったの?」
「前魔王様が君臨されていた頃は……うぅ、よく憶えてはいないが朧にあの頃の栄華が頭に浮かんできて悲しくなるぜ……」
黒城は今は無残な姿となっている廊下を見て。
そして、二人が昔の魔王城の話を聞きながら、前魔王というものがどんな存在であったのだろうかと思いを馳せていた。
曰く――世界支配、666年の支配者、言語さえも統一、老獪な魔族すらも恐れる圧倒的な力。
全てが黒城の理想とする魔王の姿だ。
「前……魔王か。僕もそれだけ強くなれればいいのにな」
黒城は前魔王に対する憧れを膨らませると同時に、自身の心のなかにある不安も増大させていた。
圧倒的な力を持つ前魔王をしても逆に言えば666年の支配の後に滅んだ。
そしてその結果がこの城である。
黒城はそれを思い恐れる――ならば、未熟で弱かった自分はどうなるのだろうかと。
「だいじょうぶだよ、魔王さま。前魔王のようになんてなっちゃだめ。魔王さまはそれ以上を目指さないと」
そんな黒城の不安を悟ったのか神崎が彼に励ましの言葉をかける。
「はは、確かにそうだね。ここでヘタれてもどうにもなら――おっと、大広間についたな」
そこはとても大きな広間であった。
黒くて太い柱が何本も赤絨毯の道の側に規則正しく林立している。
そしてその絨毯道の先には、ややホコリでくすんではいるものの金の装飾で飾られた立派な王座があった。
「うわぁ、綺麗な椅子だ」
「ここが、魔王の間……」
黒城はオンボロでもなお消えていない王の間に対して驚嘆と畏敬の念を抱く。
しかし、波動の力はこの部屋からではなくもっと奥から来ていた。
「でも、ここじゃない。もっと先だ」
黒城は波動の力を流している元へと歩みを進める。
「たぶん、ここだ」
黒城は王座の後ろ側にある壁に近づいた。
すると、突如壁が動き出し地下への階段が現れた。
「うわあ、すごい」
「こんなところに……いや、俺も何回かは来たことあったかな」
そして三人は一歩一歩、地下への階段を下っていった。
暗い地下行きの階段には明かりがなかったが、黒城には光の下と同じくらいしっかりと物が見えていた。
「入った時から思ってたけど、これで確信に変わった。やっぱり暗視の力があるのか」
「わたしも暗くないから全然怖くないよ」
これは便利な力だと黒城は笑みを浮かべつつさらに階段を降りてゆくと、大きな赤黒い扉があった。
「たぶん、この先だ」
黒城は固唾を呑みながら扉の取っ手を握り――開けた。
「な、なんだ、あの変な石は?」
部屋はやや広く、そしてシンプルだった。
装飾品などは一切存在せず、代わりにあったのは赤黒い光を放つ一つの石。
その妖しく輝く石が黒城の視界に入った瞬間――彼は魔王の全てを理解した。
「ふ……ふふ……ああ、凄い、すごいぞ!! ははは、正に最凶の存在じゃないか。そしてなんというインチキ、努力なんてクソだね!!」
「どうされた、魔王様?」
「わぁ、楽しそう。いいなぁ、魔王さま」
そう、黒城はあの石を見た瞬間にこの世界の基礎知識、そして魔王の特権全てを理解した。
その瞬間、今まで黒城が抱いていた不安は全て吹き飛び、代わりに万能感が彼の心を満たした。
「ああ、何だったんだ、まったく今までの不安が全部無駄じゃないか。あっはっは」
彼は心の底から大笑いし、それは顔が歪むどころか崩壊と言っても差し支えないほどであった。
ちなみにあの石はダークストーンと言って、壊されない限り魔王はあの付近で蘇生するという代物である。
その反則じみた強さに黒城は呆れの感情すら感じていた。
「あはははは、ふふふふはははは。いい、とてもいい」
まったく、ここまで来てやっと魔王の力がわかるのかよ、石は最初の地下室に置いておけよ。
そのように黒城は思いつつ、まず最初にやることを彼は即決し、言葉にした。
「魔王城復活の儀式をやる。生贄を集めに行こう――さあ、楽しくなるよ」
僕はニヤリと笑った。
「やったー、魔王さまー、わたしどんどん殺っちゃうよ」
「御意、この辺りの地理は……まあ何とかなるだろう、任せておけ」
そして神崎と幽霊男爵の二人も黙示録めいた純真無垢な笑顔を浮かべた。