十話 魔王は死なず
「ダークフルメガムーン!」
黒城は天空に手を掲げ、いきなり強力な闇魔法であるダークメガムーンを放った。
「ふん、流石は鬼畜外道。仲間ごと俺たちを消す気か」
相変わらず四条は見下した態度で話す。
それに対し、黒城はニヤリと笑って返した。
「悪が仲間を捨てると誰が決めた? 悪は欲しいものは全部、何をしようとも手に入れる。世のため、人のための妥協なんて一切しない。それにな、もう奪わせないって言っただろ――神崎、甦れ」
神崎菜々は魔王の使い魔――故に二者の繋がりは深く、魔王が健在ならば彼女の回復力もかなりの物となる。
もっとも、その逆はないが。
「なっ……があああ」
目覚めて即時に神崎は四条の顔面に闇魔法で強化された強烈なストレートの一撃を与える。
それによって、流石の勇者四条も顔を手で隠してうずくまってしまた。
「せ、セイ様!」
四条の仲間たちがそれを見て動揺し、注意を彼に向けてしまう。
おそらく、勇者である彼がこれほどのダメージを受けることなど無かったからであろう。
「島村ちゃんは返してもらうね」
そして、神崎はその隙を突き、島村をお姫様抱っこしているメガネ男へ迫る。
黒城が召喚した巨大な暗黒球が空から迫っているが、黒城には自身に一切の慌ては存在しない。
何故ならば黒城は神崎を信じているからだ――彼女は最強である自分の爪であり牙、故に彼女は必ず成功すると。
「くらえ!」
そして黒城の想いは真実となり神崎は闇の片手剣を召喚、メガネ男を切りつける。
「ぐっああああ!」
島村を抱えていたため、メガネの男は何も出来ずに左腕を切られてしまう。
それによって島村は地面に打ち捨てられ、それを神崎は拾った。
それはほんの数十秒の出来事――
「やったー、取り戻したよ」
「ごめんなさい……」
神崎は笑い、島村は泣いていた。
そして、神崎は自分よりも大きな島村を抱えその場を離脱。
そしてその直後に暗黒球が勇者たち一行を飲み込む直前まで迫っていた。
普段ならばこれですら勇者は対処出来ていたであろうと黒城は直観的に感じていた。
だから、いきなり大技を使わずに剣による地味な近接戦で以って対処した。
だが今は、神崎の奇襲攻撃によってそれは出来ない。
そう判断し、黒城は一気にカタをつけようと大技を使ったのだ。
「ぐっ……だが、それまでだ!」
しかし、この時点で勇者四条は彼の仲間による回復魔法が効いてきたのか再び立ち上がり両手を暗黒球にかざす。
「聖絶――ホーリーフィールド!」
その瞬間、ドーム状の白い光の壁が勇者たち一行を守るように覆った。
「ぐっ……うおおおおお!」
しかし暗黒球は凄まじく、勇者の顔が苦痛にゆがみドームは少しずつ軋み歪んでゆく。
「ふん、ふあははははは」
黒城は天にも登りそうなほど愉快な気分で高笑いする。
勇者は滅び、暗黒の力が勝つ――まさに黒城の望んだアルマゲドン。
「これで終わりだ」
そして、辺りの瓦礫をすべて吹き飛ばし地面に大穴が開くほどの凄まじい大爆発が発生し、辺りの空気を激震させ砂埃が辺りを覆う。
「……どうだ」
黒城は気配察知の魔法で砂埃内部に人がいるかを確認する。
結果は誰もいない、であった。
しかし、先ほどのように隠蔽の可能性もあるので黒城達は視認するまでは安心出来なかった。
「ち……砂埃め……」
「どうなってるのかな?」
そして、砂埃は徐々に晴れてゆく。
「ふふ……ははは」
そして晴れた後には一つ、地面にクレーターのような大穴が開いているだけであった。
勇者一行は肉の一欠片さえもいない。
黒城達魔王軍の勝利である。
「やった……やったぞおおおお!! はは、これで我は真に最強となった。すべてをここで、我が弱さは全て死んだ!」
黒城は当然のごとく歓喜に打ち震え、感動のあまり危うくイキそうになるほどであった。
「魔王さまー、やった! やったね」
「ああ、そうだ。これで世界は我らのものだ」
そう喜び、勇みながら黒城は島村の側に行き手枷と足枷を壊した。
「ご苦労、まあ流石に勇者には勝てないだろうから仕方ないと思うよ」
「ごめん……なさい……私が無能な屑だから」
「いや、だから流石に人類では最強の勇者には――」
黒城は自分を卑下する島村を慰めようとするが効果はなかった。
「ひぅ……いえ……それでも……ごめんなさい」
泣きながら謝り続ける島村葉月。
残念ながら魔王としての力の中には彼女を慰めるような能力はなく、黒城もどうすればいいのだろうかと困惑する。
「ねぇ……大丈夫?」
神崎も彼女を励まそうとしているが、やはり泣き止まない。
「おお、何だか爆発があったようだが一体何事だ?」
その時である、幽霊男爵が騒ぎを聞きつけてやって来た。
「いや、ちょっと勇者を退治し終えたところだ」
「な、なんと! 魔王様、まさか勇者をもう始末なさるとは……流石」
幽霊男爵は黒城の言葉を聞き、驚きの表情を浮かべていた。
それも当然――歴代魔王は勇者によって最終的には敗北しており、男爵の仕えていた先代魔王ですら何人もの勇者を殺してきたものの、最終的には先代勇者に敗北しているからである。
「いやはや、先代魔王を殺した勇者では無いにしてもやはり勇者を殺していただき、とても感謝、いや感激しております」
「あ、うん。でも、まずは島村を何とか……」
「おっと、そうでしたな。ですが、この俺も女心については何とも……とりあえず、勢いで何かしてみてはいかがでしょうか?」
「うぅ……うおおおお、くそ、唯一の頭脳派な男爵でも無理かぁ!!」
もうどうすれば良いのかわからなくなった黒城はとりあえず、ノリで行動してみる事にした。
「ごめんなさい……ごめ――きゃっ!」
黒城はとりあえず島村の頭に手を置いてみた。
「えっ……えっ……」
「魔王さま、わたしも何とか頑張ってみる」
そして神崎は島村の後ろ側から抱きついた。
「あっ、あの……魔王様……神崎さん?」
島村は何がなんだかわからないといった感じで、困惑の表情を浮かべていた。
「わ、我だって……ぐむうう。ふははははは、我が名は魔王黒城! 魔王は最強! 出来ないことなんてない!」
一方、黒城も自分の行動についてはよく考えておらず、数ある方法の中からどうしてこんな方法を選んだのかよく分かっていなかった。
ただ、我は魔王――故に何とかなると言うノリと、勇者に勝利しテンションが高く、喜びの勢いでやったのである。
「えへへ、島村ちゃん……いい匂い」
そして、神崎の方はいつも通り無邪気な笑顔を浮かべている――彼女もまた何か特別な事を思ってやったのではないのだろう。
「…………うぅ、私、私!」
「ほえっ!」
突如、島村は黒城に抱きつき彼の胸に顔を埋めた。
「えちょ、いきなり何を!」
「ひぅ……魔王様……どうして、父上や兄たちみたいに殴ったり馬鹿にしたりしないの」
泣きながらそう訴えかけるように言った島村に対し、黒城は気恥ずかしさを誤魔化すために高笑いしながら答えた。
「ふははははは、ならば次なる機会で勝てばいい。今回の我のようにな。おっと、今回はもう奴は消えてしまったが」
黒城は弱かった――しかし、幸運によって次のチャンスが与えられついに復讐を果たすことが出来た。
それに比べれば彼女は自分と違い、生来の天才にしてイレギュラー。
確か、世界最強は自分だ。
しかし彼女は人類の枠組み内ならば最強になれる素質がある――魔王としての力がなければ、ただの人ならば雑魚にすぎない自分とは違い。
そう思っているが故に黒城は島村を高く評価している。
そして、だからこそ自信を持って、次に勝てば良いと島村に伝える。
「そうだよ、島村ちゃん。今行きているんだから」
神崎も何とか島村を励まそうと、彼女の背中に抱きつきながらそう言った。
それに対し、島村は涙声で静かに答える。
「うん……わかりました、魔王様。私、さらに強くなります――勇者よりも、誰よりも」
そう言って、島村は顔を上げた。
その顔は涙で濡れていたが、安らかな笑顔であった。