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序曲~ouverture~

「ウニ、イクラ、マグロ、サーモン、イナリ、タマゴ……これを喰って、そしてこの手で奴らを殺す。そして全て終らせてやる」


 高校一年生の黒城久秀は学校の屋上で一人寂しく夕食の寿司パックを開けながら、殺しの決意を極限まで練り上げていた。


「寒い……まあいいか、今日で全てが終わりだ。僕もあいつらも」


 冬の弱い太陽は傾き、空は血のように紅く染まりつつあった。


「だが、まずはその前に……食わないとね」


 黒城は開けた寿司パックからまずタマゴを取り出し、それを口にする。

 タマゴの甘みと酢飯の酸味が彼の腹を満たし活力を与える。


「どうして……こうなったんだろうか」


 黒城は思い出していた――幼い頃にこの田舎へと引っ越してきてから今日まで、虐められ続けてきた日々を。

 上履き隠し、落書き、机と椅子の消滅、文房具の消滅、列挙していけばきりのない苛虐が今まで彼に加えられてきた。

 理由は単純――彼は弱く、よそ者だったから。

 気弱で背は小さく童顔で男らしさなど一片もなく、またよそ者というのは田舎においてはそれだけで十分にいじめの理由となる。


「まあいいや……全てもう遅いか。僕はもう破滅へと歩むことをやめられない」


 ――――きっともう僕は壊れてしまったのだろう。

 そう黒城は思いつつ、マグロを口にしようとした。

 その時、突然屋上の金属扉が重々しい音を響かせて開いた。


「な、ナナ!」


 その時、黒城は何故かここに来たのが幼なじみの松永七海だと思い込んだ。

 おそらくは、こんな所にいる自分を見つけられるのは『もういない』彼女だけだろうから――


「やあやあ、こんな所で何やってるんだ。晩飯なら俺と一緒に食べようぜ、もちろんお前の金でな」


 しかし、現実はどこまでも無慈悲だった。

 扉から現れたのは、多数のマッチョと一人のメガネを引き連れ、身を高級ブランドで固めた一人の男――いじめの主犯、四条誠一郎だった。


「そんな……どうしてここが?」


 黒城は予定が狂って戸惑う。

 本来ならば、四条が野球部の活動を終えて、下校中に一人となったところを狙って殺すつもりだったのだ。

 だが四条は今まで黒城の隠れ場所であった立ち入り禁止の屋上にまでその魔の手をのばし、やって来た。


「学校の何処にもいないとなると、もうここくらいしかなかったからなぁ」

 

 一見すると善良な小市民にしか見えない四条の顔が悪意に満ちた笑顔で歪み、その後ろにいるマッチョたちが、ゲハハハハ、と下品に笑う。


「どうせ、お前は家にも居場所がないんだろぅ? 俺は何でも知ってるぜ」


 黒城は一度、四条たち虐めグループに万引きを命令された事がある。

 流石にこの時は黒城も四条たちに逆らったが、拷問的リンチによる説得の末に黒城は結局やってしまう。

 そしてそれは当然のごとくバレてしまった。

 それからは狭い田舎の事である――悪評はすぐに広まり、それまでは数少ない黒城の味方であった近所のおばちゃんも、八百屋のおじさんも、数人の友達も、そして家族も、全てが彼の敵となった――松永七海を除き。

 四条たちの命令だと、黒城が主張しようとも七海を除き耳を貸さなかった――四条誠一郎はこの辺りで一番の権力者である四条家の長男であり、表向きは善良で優秀な次期頭首であったから。


「だからよぅ、俺達と一緒に食べようぜ。もちろん、一緒に食べてやるんだからお代は全部お前持ちだけどな」

「黙れ、ぼ、僕はお前の財布じゃない」

「ほう、言ってくれるねえ」

「四条の兄貴が手を出すまでもありません。俺がちょっと絞めちまいますよ。で、あいつの財布をパパっと取ってきますよ」

「頼むよ」


 四条の取り巻きマッチョの一人が黒城をいつものように痛めつけようと、ニヤニヤと笑いながら一歩一歩、彼の方へと歩みを進めていく。

 黒城の背後には屋上のフェンス――逃げ場はない。


「…………」


 それを前にして黒城の心臓は激しく脈動する。

 もし、ポケットを弄られ凶器である小型ナイフが見つかれば一巻の終わり。

 故にここでやるしかない――黒城はついに腹を完全にくくり、小型ナイフの入ったポケットに手をのばしそれを取り出した。


「はは、脅しのつもりかよ。お前のような臆病者が人を刺せるわきゃねえだろ」


 マッチョが黒城を嘲笑う。


「黙れ……」


 その笑い声に対し、黒城は静かに、感情を押し殺した声で応じる。

 敵は四条誠一郎に加え、多数のマッチョ。

 たとえナイフがあろうともその全てを殺せる道理はないと、黒城は感じていた。

 故に向かってくるマッチョを殺し、みんなが動揺している隙に四条を抹殺するしかない。

 全員を殺せないならせめて奴だけでも殺す。

 そう即座に判断し、黒城は動き始める。


「うおおおおお!」


 黒城は咆哮と同時にナイフを向かってきたマッチョの左胸に突き刺す。


「が、はっ」

「は、はは……」


 この瞬間、黒城は名状しがたいほどに復讐の喜悦が脳髄を貫くのを感じた。

 だが同時に一切の躊躇いなく刃物をマッチョに突き刺せた事に、ほんの一瞬ではあるが疑問と恐怖を抱いた。

 普通ならば――たとえ自分の命が危機に瀕していようと、同じ人間を殺す事を一般的な人なら一瞬くらいは躊躇うのではないか。

 少なくとも大抵の娯楽小説や映画おいて軍人ならばともかく、自分のような一般的高校生が殺しをしなければならない場面に出会った時にそれに対して葛藤が発生し、それもまた物語を盛り上げる要素の一つとなるほどである。

 だが自分にはそれが一切存在しなかった――これはどういう事なのか、壊れてしまった結果なのか。

 しかし、そのような黒城の疑問は極度の緊張と至高の喜悦により一瞬で流された。


「ねえ、次に死にたいのは誰?」


 赤い夕陽に照らされながら血に塗れた姿で黒城は押し殺したような低い声、なのにとても楽しそうな声でそう呟く。


「ひ、ひえええええ」


 マッチョ達と一人のメガネが黒城の狂態に怯えゆっくりと後ずさってゆく。

 しかし、四条は強がりなのだろうか、それとも権力者としての矜持か、一歩も動かず涼しい顔で黒城を見据えていた。


「俺は今、とても怒っている。そうには見えないだろうがなぁ」

「黙れ! お前もあいつの仲間入りだ、四条誠一郎」

「ふん、そんな女みたいな顔と声で言われても怖くないぜ。大体、素人がナイフを使っても俺のような護身術の達人には勝てないよ」

「黙れ、黙れ、死ねば終わりだ、全て終わり!!」


 黒城は怒りに身を任せて突撃。狙いは無論、四条誠一郎の心臓。

 夕日を反射してキラリと光る金属の刃が四条誠一郎の身に迫る。


「終われ――」


 殺った――そう黒城が確信した刹那、彼は自分の体が浮くのを感じた。

 四条誠一郎が刺される直前に黒城を投げ飛ばしたのだ。

 そして黒城の体は老朽化していたフェンスに強くぶつかり、それは崩壊。

 壊れたフェンスの残骸と共に彼は虚空へと投げ出された。


「そんな……嫌だ……」

「正義は勝つんだぜ。まあ、本当はフェンスにぶつけてから囲んで殴るつもりだったが。まあ、事故ってやつだ」


 地へと落ちゆく中、黒城が最後に目にしたのは勝ち誇った顔をした四条と死んだ魚のような目をしたメガネ少年の視線だった。

 そしてその数秒後、黒城は黒き炎獄の如き憎しみと恨み、そして諦めを抱きながら地面に頭を叩き割られ死んだ。


                 ☆


「ほう……これは予想外だ。いったい何があったのか――だが、転生素材には素晴らしすぎる逸材だ」


 死んだはずの黒城の耳に男とも女ともわからない声が入ってきた。

 最初、彼は疑問を抱いたが、すぐに死後の世界だと考え――ならばこの声は、死者を天国と地獄に分別する超越的存在なのかと思った。


「お前は弱い。故に今まで後悔し、嘆き続けてきたのだろう――その、弱さを」


 まるで全てを見通しているような響きを持った声が厳かに黒城へと語りかける。

 それに対して黒城は強く想う――そうだと。

 そして、声は言葉を続ける。


「だが、お前には才能がある――殺しの才能が」


 えっ、と黒城はその言葉に対して疑問を抱く。

 彼は体は貧弱で殺しの技術など持っていないし、実際そのおかげで死に今ここにいる。

 

「いや、技術の問題ではない。心だよ」


 その疑問を察した――否、『はっきりと知った』のであろう謎の声がその疑問に対して答え、言葉を続ける。


「お前には『何の躊躇もなく人を殺せる』という極上の才能がある。そもそも、普通ならばいじめられっ子というものは加害者ではなく自分を殺すものだ――そのほうが楽だからな。それほど他人を殺すという事は大変な事なのだよ」


 なるほどな――普通ならば一蹴するようなその言葉を、黒城は声が含む神秘的な力強さと実際に屋上でマッチョを刺した時に何の忌避感も無かったという先ほどの経験から容易に受け入れられた。


「そして――それ故に魔王に相応しい」


 魔王――その陳腐だが力強い響きに黒城の心はざわめく。

 彼もこの言葉が意味する事は知っている。

 ラスボス、悪の親玉、善なる者の敵、悪逆非道――そして最強最悪の存在。

 そして謎の声は決定的な一言を告げる。


「まあ、一言で言うならば――魔王となれ、黒城久秀。そして血と暴虐の限りを尽くし、欲の限り喰らい尽くすがいい」


 その言葉を聞いた瞬間、黒城の心のざわめきが止まった。


「ははっ……そうだよね」


 代わりに心を染め上げたのは黒き欲望と支配からの解放に対する渇望。

 そのおかげだろう、黒城は自身でも知らずのうちに顔を歪ませ笑っていた。

 社会、ルール、道徳、秩序――全ては役立たずで、代わりの力こそが正義だと生きている時に四条誠一郎という存在が証明した。

 そして、謎の声によって黒城の奥底にあった黒き才能と渇望は掘り起こされ、心は闇に染まった。

 故に黒城にもはや一片の悔いも迷いもない。


「力を……力をくれ! もう、二度と誰にも奪わせはしない! いや、僕が奪う側だ!!」

「闇の受け入れが早いな。ふむ、これもまた才能というわけかな?」


 黒城は生涯一度も発したことがないほどに、強く、そして大きな声で自分の心を自身の口で紡ぐ。

 ――ああ、これからは奴のように。否奴に奪われた以上のものを手にいれる。

 もはや、外道としか言いようのない感情が黒城の中で嵐のごとく吹き荒れる。

 そんな黒城の激情に対し、謎の声は厳かに答えた。


「無論、約束は違えない。我が世界で最強の力を与えよう――新魔王、ようこそインフェルナルへ」

 

 そして、黒城の意識は再び闇へと落ちた。


             ☆


「準備は再び整った――さあ、我が舞台で存分にその生き様を見せてくれ」



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