聖女が自覚した日
「お、落ち着きましょう……あまり期待してはいけません。平常心! 平常心を保つのです!」
シスさんと出会ってから、気付けば一週間。その間、私は彼のことばかり考えていました。祈りを捧げようと、寒さに震えようと、頭の片隅には常にシスさんが居て、気がつけば彼の顔を思い浮かべている。明らかに、私はおかしくなってしまいました。
「ユリ、お待たせ。来てくれてありがとう」
「ひゃい! 全然待ってないのでお気遣い無く!」
「あはは……そんな固くならなくて良いよ。これは僕のためでもあるからね」
「……? それは、どういうことでしょう?」
「僕はね、見た人の能力を数値化出来るんだ。その人の名前、技能、精神状態、その他色々と。ユリのことも、少し見させて貰ったんだ」
彼は懐から青色に輝く石を取り出しました。拳大の大きさのそれを渡すと、彼はそれを握るように言いました。
「ユリ、君は神聖術が使えないことを苦にしているんじゃないかな?」
「本当に分かってしまうのですね。えぇ、その通りです。私には、どうやら才能が無いようで……」
「それは違う。むしろ逆だ。君には、溢れんばかりの可能性に満ちているんだ」
「ち、近いです……!」
「君の魔力量、才能だけでは片付けられない数値だ。恐らくは今の今まで、その人生の大半を修練に費やしたんだろう。凄まじい執念とひたむきさが生んだ結果だ。これを僅かなすれ違いで失うのは人類の損失なんだよ! 分かるかな!」
彼は眼をキラキラと輝かせながら、私が如何に素晴らしいかを語り始めた。私がいくら止めようと、その賛美が留まることは無い。人生でこれほど自分について熱弁を受けたのは初めてだ。
しかし、それが嬉しくもあった。これまでの私の人生は、無意味で無価値だった。そんなことは無いと否定したくて、でも結果は出なくて。いっそのこと、売られてしまえば何も考えなくて済むと思考を放棄しようとしていました。
そんな私を、彼は肯定してくれます。今までの禊ぎを、祈りを、修練を。ゴミ同然に扱われる私を、この人だけは認めてくれる。その事実が、堪らなく私を幸福にさせました。
「……っと、効果が出たか。ユリ、その石をそのまま握っていてくれ」
「ふぇ……? な、何故か光ってますけど、大丈夫なんですか……!?」
「弱まった今の状態なら、これで……!」
一瞬、閃光が走ったと思うと、その石は粉々に砕け散りました。一気に血の気が引いていきます。
「ご、ごめんなさ──」
「よし! 成功したぞ!」
「……へ? せい、こう?」
「君に施されていた封印を解くことが出来たんだ! これで、君は神聖術を使えるよ!」
「────」
頭が真っ白になりました。色々な情報が一気に流れてきて、処理しきれません。 封印とは何でしょう? 使えるようになったとはどういうことでしょうか? 疑問符ばかりが浮かんできます。
「……そんな嘘、やめてください。今更、そんなこと」
「嘘じゃない。試しに、『光照』の術を使ってみてくれ」
それは、習えば誰でも使える神聖術の初歩的な術でした。ただ、魔力を光へと変換するだけ。何百回と唱え、そして失敗してきた私を欠陥品と決定づける証。
「……『照らしたまえ』」
いつものように祝詞を唱え、魔力を流しました。本来であれば、この言葉を鍵として光が灯されます。しかし、私にはまるで通り道が塞がれたかのように、魔力が流れないのです。だから、今回も不発に終わ──
「え……? な、んで……?」
「ほらね。君は神聖術の才能が無いんじゃない。むしろその逆、誰よりも才に恵まれていたのさ」
私の手には、眩い光が煌々と輝いていました。私が羨望し、そして手に入らないと諦めかけていたその術が、私の手に。
「君には封印の術が何重にもかけられていた。おまけに秘匿の術式まで丁寧にね。この感じだと、何年にも渡って──」
シスさんが何かを話されていますが、私はただ呆然としてしまって、この手に灯った光を眺めることしか出来ませんでした。ずっと光を直視していたせいでしょうか、目の前が、滲んできました。
「っく……! わだ、わだし……! ほん、どうに……! でき、て……!」
「うん、そうだよ。全部、君が努力したおかげだ。本当に良く頑張ったね」
「しす、さん……!」
抑えていたものが決壊するというのは、今のような状態なのでしょう。声が抑えられませんでした。顔は溢れる雫によってとても見せられたものではありません。けれど、そんな私を彼は優しく抱きしめてくれました。
その時、私は理解しました。私が本当に欲しかったものを。
私はただ、誰かに認めて欲しかったのです。今までよく頑張ったと、頭を撫でて欲しかったのです。殴り蹴られるのではなく、優しく抱きしめて欲しかったのです。
その日、私はようやくそれを手にいれました。それと同時に、知ってしまったのです。
私という人間の、欲深さに。私は決して、神の道を歩んではいけない存在だったのですから。




