ルクス・ファフニールという男
「さて、言い分を聞こうか。俺を納得させるだけの理由が、貴様にはあるのだろう?」
ルクス・ファフニールは内心穏やかでは無かった。その理由はもちろん、目の前で正座をするこの男……シスのせいだった。
久方ぶりに再会した、元パーティメンバーの突然の訪問は喜ばしいことだ。この男がどう思っているかは分からないが、ルクスはシスのことを戦友だと思っている。
こうしてまた会えたことは嬉しいし、何より自分を頼ってくれるのはとても誇らしかった。セロが居れば、思わずマウントを取っていただろう。
だが、今は状況の説明が先だ。確かに、勇者セロと聖女ユリがこの男に好意を持っていることは、パーティメンバー間では周知の事実だった。
だが、セロはともかく、聖女ユリは奥手で感情の分別が出来る女性だった。決して、このような醜態を晒すような人ではない。
つまりは、この男が何かをした可能性が高い。事と次第によっては、自分は友を斬らなくてはならないだろう。
「い、いや……その、ね。セロとユリから、同時に求婚されてさ……」
「ほう……ということは、この記事の内容は本当だと言うことか?」
「……お、概ねは」
「……そうか。では、今からいくつか質問する。シス、貴様はイエスかノーで答えろ。良いな?」
記憶の中のシスは、人には優しく、自分は卑下する奴だった。その姿勢はあまり好ましいものでは無かったが、自分に出来ることを為そうとする行動は、中々眼を見張る物があった。実際、彼の献身によって救われたことは何度もある。
だから、彼が無意識のうちに彼女たちの地雷を踏んだ可能性は高い。あいつらは、シスを貶める奴らを、たとえそれが本人であろうと許しはしなかった。それを確かめるための質問だった。
「セロとユリ。二人に対し、劣情を抱いたことはあるか?」
「うぇ!? そ、それはどういう意味!?」
「質問を質問で返すな。イエスかノー、貴様に許された返答はそれだけだ」
「うぅ……い、イエス」
よし、自覚はあるようだな。ルクスは内心ホッとした。これで、二人に対し何の感情も抱いていない。それどころか、むしろ迷惑しているなどとぬかそうものなら、今此処で斬るつもりだった。
「では、次だ。二人を娶る気は、貴様にあるか?」
「…………それ、は」
「どうした、早く答えろ」
「……僕に、その資格は無いんだ」
「どうしてそう思う? 今だけ他の返答も許す。言葉にしてみろ」
勇者という責務を背負った、セロの重圧か? それとも、聖女ユリという偶像を壊しかねない、無意味な危惧か? いくつか思案したが、続いた言葉はそのどれでも無かった。
「僕は、二人がただ埋もれていくのを見過ごせなかった。でも、二人が勇者と聖女になったのは、僕の力じゃない。セロとユリが頑張ったからだ」
「……続けろ」
「僕がしたことは、ほんの少し手を貸しただけ……そんな僕に、二人はまるで人生を救われたみたいに感謝してくるんだ。その好意に……僕は後ろめたさを感じてしまう」
「…………」
「二人が頑張って、二人が掴んだ実績だ。そこに、何者でも無い僕がおこぼれを預かって言いわけ──」
シスが言葉を紡ぎ終わる前に、ルクスはその顔を殴っていた。それは、確かな苛立ちだった。昔からずっと感じていた、彼の自己嫌悪とも呼ぶべき悪癖に対してだった。二人が爆発した原因は分かった。コイツは、一度刺された方が良い。
「貴様は、セロが義務感で好いていると……ユリが義理で関係を続けていると、本気で思っているのかっ!?」
「っぅう……!」
「大馬鹿者め! 貴様は、あいつの道を示したんだろ!? 貴様は、あの人の道を照らしたんだろ!? その結果を貶めることは、たとえそれが貴様自身であっても、許されることではないっ!!!」
セロが、あの鉄仮面を崩して微笑んでいたのを思い出す。うざったいほど、何度も聞かされた。幼い日の、シスと出会った頃の話。彼女は確かに救われ、そして歪み、道を決めた。
それがたとえ、好いた惚れたのくだらない理由であろうと、その原点は侮辱してはならないものだ。彼女にとっては、それが勇者への始まりの一歩だったのだから。
そしてもう一人、聖女ユリ。普段は清廉潔白を体現したような存在だったが、酒を飲むとその顔を破顔させ、良く惚気を話していたものだった。シスのここが良い、でもここが駄目だ、けど良く考えたらそこも良い……なんて話を延々された。
そこに後ろめたさや、弱みにつけ込まれたなんて意識は全く無かった。ただ、想い人について、幸せそうに語っていた。
二人は確かにシスのことを心から愛していた。そして、その感情が邪神王の討伐に際し、重荷となることを理解していた。その10年の蓄積は、決して軽んじられて良い物ではない。
「しっかりと向き合え! そして答えろ! それがどちらかを、もしくはどちらも不幸にする回答だとしても! 貴様にはその答えを出す義務があり、彼女達に伝える責務がある!」
「っ……! 君に、何が分かるって言うんだ!」
「……何だと?」
「僕がシスやユリに、素直な気持ちを話したら一体どうなるか分かるの!? きっと、二人は僕の望む通りにしてくれる。勇者の地位も聖女の地位も捨てて、僕と結婚してくれと言えば、きっとそうしてくれる。そんな結末を、彼女達に強いろって言うのか!?」
その自惚れとも取れる発言は、確かに現実味のある未来だった。
シスはずっと、二人に偉大な人物になって欲しいと願っていた。それは英雄であり、勇者であり、聖女であった。そして、セロとユリは歴史に名を残す人物となった。その名は未来に語り継がれ、些細な逸話であろうと、永劫に残り続ける。
彼はそんな二人の歴史に、自分が汚点となることを恐れているのだ。勇者と聖女はその情欲のみで動き、晩年は責務を放棄して出奔したなど、シスにしてみれば到底許されないことなのだ。
だが、彼女達の気持ちは一体どうなる? セロはああ見えて義理堅いから、シスがそう望むのなら、彼の理想の勇者として振る舞い続けるだろう。ユリもまた、己を自罰しながら聖女として生きるはずだ。そんな人生が、本当に幸せなのか?
「それは貴様の都合だ! セロとユリの幸せを、何故第一に考えない! 彼女達には貴様が必要なのだ! そのためにはお前の夢など、捨ててしまえ!!!」
「っぅ……! そんな風に思えたら、どれだけ良いことかっ……! 僕は彼女達に相応しくないんだよ! 君みたいにカッコ良くて、強くて、才能にも恵まれたのなら、僕だってその手を取れたかもしれないけど……! でも、そうじゃないんだよ!」
「シス……! 貴様は、貴様のしてきた全てを否定するのか!? 貴様の献身が、サポートが、全て無意味で無価値だったと言うのか!?」
ルクスは憤怒した。彼の行いは、他の誰にも行えないことだった。金の管理、道具の手入れと購入、仕事の選別。パーティメンバーを誰よりも献身的に支えてきたのは、いつだって彼だった。この旅路で彼の行いは、確かに有益だった。
その成果が、英雄の偉業とは釣り合わないだと? その功績が、彼女たちの歴史に泥を塗るだと? 馬鹿にするのもいい加減にしろ。
その手が腰に差した愛剣を抜きそうになるのを、奥歯を噛み締めて制止する。深く息を吐いて、ゆっくりと、ルクスは吐き捨てた。
「もういい、出て行け。これ以上貴様と言い争っていると、それだけでは済まなくなりそうだ」
「……分かった。迷惑、かけたね。本当にごめん」
「謝るな。別に貴様が憎い訳じゃ無い。貴様のその過ぎた謙遜が、不愉快なだけだ」
「ふふっ……ルクスはいつもはっきり言い切るなぁ。君はやっぱり良い奴だ」
何を笑っているのだ、こいつは。思わず手が出そうになったルクスだが、そこは彼も大人だった。少し深呼吸をして、出口を指さした。
「何度も言うが、俺はセロとユリの幸せを願っている。だが、それは貴様に対してもだ。俺は貴様にも……幸せになって欲しいと、そう思っている」
「……ありがとう、ルクス」
「あぁ……今度はこんな話ではなく、もっと良い報告をしに来い。良い酒も用意しておいてやる」
「君、下戸じゃん」
「黙れ……! 良いから、早く出て行け!!!」
彼は机から小包を取り出すと、それをシスに渡して部屋を追い出した。彼がその包みを見ると、1枚の書状と何枚かの金貨が入っていた。
「……君は本当に良い奴だな、ルクス」
シスはその場から立ち上がると、そのままファフニール家の邸宅を後にした。
彼が向かう先は、最後のパーティメンバー。盗賊王、ブラッドの潜伏するとある街。彼と別れるその直前、困ったことがあれば此処に来いと言われていた、その場所だった。
そして……それはシスがファフニール家を訪れてから、3日後のことだった。
「ルクス、シスを出せ」
「おい……! 貴様は常識というものが無いのか……!? 何故、窓ガラスを割って入ってきた!?」
彼女達もまた、少しずつ彼の背を見据えていたのだった。




