光
「そうなんだ、びっくりした」
「……それだけですか?」
「……? それ以外、何かあるの?」
すぐに気がついた。彼女は、確かに面食らっていました。けれど、それは私の姿に嫌悪感を抱いた訳では無く、単純に珍しい物を見た、程度の驚きでした。
「だ、だから……! 私は、貴方達の敵である魔獣と大差無いんですよ!? そんな私が、神の秘術たる神聖術を扱うなんて、許される訳……!」
「そう……貴女は、真面目な人なんだね。シスが気にかけるのも分かる気がする」
セロさんは私を見上げながら、その顔を綻ばせました。まるで、親が子にするような、優しい顔。辞めてください。そんな顔、しないでください。
「ユリ。私はね、心の底から信じられる信念があれば、人は生きていけると思うの。私にとってのソレは、『シスの価値を証明すること』。そのためになら、私は何だって出来る」
彼女の瞳は揺らぎ無く、確かに未来を見ていました。羨ましい。素直に、そう思いました。
「貴女の信念は何?」
「私の……信念」
聖教会の教えを、私は信じられません。しかし、その教えを否定することは、今までの私を否定することです。そんなこと、許される訳がありません。
教義は正しく、そこに歪みを見るのは私が未熟であるから。ずっと、そう思っていました。だから、私は決めたのです。教えを信じられぬ私が死ねば、全て終わると。
そんな私に、信念など無いはずです。教えを捨て、聖女としての道を捨て、人間であることすら捨てようとしているのですから。私に、信念、なんて……
「言い方を変えよっか。ユリは、どうしたいの?」
「……そんなの分かりませんし、例えあったとしてもそんな身勝手は許されません」
「良いから。貴女が夢見ること、貴女が欲するもの、貴女が恋い焦がれるもの。何でも良い。ユリが欲しいものは、一体何?」
「私の、欲しいもの……」
ふと、脳裏にシスさんが浮かびました。欺瞞と偽物だらけの世界で、私の心を溶かしてくれた私の光。そう思うと、もう止まりませんでした。
シスさんが私に笑いかけてくれる。シスさんが私を心配してくれる。シスさんが私を撫でてくれる。シスさんが私を抱きしめてくれる。シスさんが私を……愛してくれる。そんな、妄想をしてしまいました。
「……はぁ。貴女も、シスに惹かれてしまったのね」
「ななな、そんな、こと、は……!?」
「鏡見てるみたいだった。そんなにシスのことが欲しいの?」
分からない。この人は先日、私を威嚇してきたはずです。だというのに、何故私に肩入れをするのでしょう? セロさんにとって見れば、私は鬱陶しい害虫であるはずなのに。
「私はね、皆に優しいシスが好きなの。困ってる人を見捨てられなくて、自分に出来ることを精一杯頑張る、そんなシスが大好きなの。貴女はどう?」
「……好き、です。シスさんのおかげで、私は救われました。私がこんな風に悩めるのも、全ては彼が手を差し伸べてくれたからです」
「……じゃあ」
「でもっ……! それが、苦しいのです! 救われたことを疎むなんてこと、私はしたく無かった! あの人の献身が余計だったなんて、言いたく無かった!」
考えてしまったのです。あのまま、神聖術を扱えぬままだったら、私は神を信じ続けられたのかもしれないと。私の身が穢れているのだから、神は私を見限っただけだと、納得できたのかもしれないと。
そんなこと思いたくなかった。間違いなく、シスさんは私を救ってくれたと、胸を張って言いたかったのです。でも、それを認める度、ずっと苦しくて仕方が無かった。
「もう私は、何を信じれば良いのかも分からないのです! どうすれば良いのかも、分からないのです……!」
神を信じれば、醜悪な教会を信じられず、シスさんを信じれば、私の全てを疑ってしまう。どちらを選んでも、私は自らの棘に蝕まれる。こんなの、私には耐えられない。
「……ここまで、かな。私には、その悩みをどうにかしてあげることは出来ない。所詮、私は部外者だしね。だから、後は任せるよ」
「──え?」
「うん、ありがとう。後は、僕に任せてほしい」
そこには、シスさんが居ました。その顔を曇らせ、いつもの朗らかさは隠れていました。私が、そんな風にさせてしまった。なんと、罪深いことか。
「一つ、二人に謝らせて欲しい。さっき、君を引き留められなくてごめん。本当は僕がすべきことを、セロにさせてしまった。本当にごめん」
「ん、良いよ。貸し一つね」
「……私は、貴方を糾弾することなんて出来ません」
「いいや、僕のせいだ。だから、責任を取らせて欲しい」
そう言って、シスさんは私の手を取りました。こんな状況でも、私の胸は高鳴ってしまう。本当にどうしようもない人間だ、私は。
「ユリ、君は素晴らしい人だ。その身が穢れているだなんて、そんなことは絶対に無い。天地神明に誓って、そんなことはありえない」
「……それを、私は信じられません」
「なら、僕が信じさせてみせる。必ず君を、誰もが認める高潔な聖女だと証明してみせる。だから、お願いだ──」
「自分が穢れているだなんて、そんなことを思わないでくれ。僕の憧れた君を、君自身が否定しないでくれ。もう自分を貶めるようなことを、言わないでくれ……!」
……なんて、自分勝手な人。私は自分すら信じられないと言うのに、無茶な要求をするものです。私が聖女なんて呼ばれる資格が無いのは、自分が一番分かっているのに。それを認めるだなんて……
「──貴方を、信じてもいいのですか?」
そんなことが、本当に許されるのでしょうか? 私は神を信じられぬというのに、そんな私が、聖女になっても良いのですか?
「こんな私を、認めてくれるのですか?」
この身は邪神王の手勢と何ら変わりない。そんな穢れを身に纏っても尚、私のことをずっと変わらぬ瞳で見つめてくれるのですか?
「こんな、私がっ……! 自分を信じても、良いのですか……!?」
「もちろんだ。そのために、僕が居る」
今はまだ、難しいかもしれません。ですが、いつかは……いつかは、きっと。
「私は……貴方の盾となり、貴方の祝福となりましょう。どうか、私を連れて行ってはくれませんか?」
手を、差し出します。それは、誓いでした。今後一生、切れることの無い彼への恩寵。もう二度と、振り払ったりはしない。
「こちらこそよろしく、ユリ!」
これが私の原点。私の大切な、シスさんの思い出。
1
「──と、言うのが私とシスさんの馴れ初めでして……♡」
「うん。もう何回も聞いた。というか、最後の方は見てたし」
「セロさんの惚気だって、私は何回も聞いたのです! 私だって、自慢したいじゃないですか!!!」
「アンタら、あたしのこと忘れて無い? なんで、元パーティメンバーのゲロ甘恋バナをエンドレスで流されてんの? なんの嫌がらせ?」
陸の孤島には三人の姿があった。全くもって無傷なセロとユリ、そして地面に倒れ伏す、ボロボロのリチアの姿だった。
結果から言えば、リチアの完敗だった。もはや勝負にすらならなかった。彼女の魔法は悉くが防がれ、斬られ、無効化された。言い訳の余地すらないほど、圧倒的だった。
だが、そこは意地を見せたリチア。彼女は結界を最後まで解かなかった。もう、結界を解くにはリチアを殺すほか無い。そんな手段を、セロ達が取る訳がなかったのだ。
それ故、二人の足止めは成功した。しかしその代わり、彼女は永遠と二人の惚気話を聞かされる羽目となった。
「リチアさんはどう思います? こんなに情熱的に誘われて、十年も一緒に旅をして、それでハイさようならなんて、酷すぎると思いませんか!?」
「約束、守ったのに。シスはなぁなぁにして誤魔化そうとしてる。そんなの、許せない」
「……まぁ、気持ちは分かるけどさ。いきなりW逆プロポーズとか、ちょっと焦りすぎじゃん?」
「「そうでもしないと、責任取ってくれない(じゃないですか)!!!」」
「……ごめんて」
結局のところ、彼に逃げ道などありはしないのだろう。彼女たちはシスを諦めないし、シスもまた、そんな彼女たちを拒絶出来ない。この逃避行に意味は無く、結果は見えていた。
けれど、結果が決まっているからと言って、その過程を無視すべきでは無いのだ。
(ルクスの奴、少しはマシなアドバイスしてくれるかなぁ……あの堅物人間、マシになったとはいえ、マジで馬鹿真面目だからな)
リチアは思い出す。あの真面目という言葉を体現したような、堅物騎士のことを。
そして時を同じくして、シスは辿り着いていた。質素ながらも手入れの行き届いた、執務室。そこに、彼は居た。
「それで……これは一体、どういうことだ?」
「いやぁその……コレには深い事情がありまして……」
『勇者と聖女、失踪か!? 理由は痴情の縺れ!?』と書かれた新聞を手にしながら、茶髪の長身な男……ルクスは、かつての親友へ問いただすのだった。




