表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

喬木まことの短編

姉のいない家ー奪われる姉がトンズラこいた後ー

作者: 喬木まこと

逃げるが勝ち


エッセイ【 短編の後書きとか解説とか 】に、この話のあれやこれや、人物紹介などを公開しました。

「少し、大袈裟にしすぎではないか?」


公爵家からの抗議の連絡を受けた、侯爵家当主である男は言った。


「では、詳細のご報告をさせて頂きます」


対して、執事は恭しく答える。


先日、侯爵家の跡取り息子であるアニルは見合いをした。相手は公爵家の次女ジジョリアンナだ。まだ正式な婚約は結んでいないが、王家とも縁者でもある公爵家との縁組が叶えば、我が家も王家との繋がりが出来る。最高の縁談であった。


しかし、息子と令嬢の交流のための茶会に末の娘が現れ、令嬢と諍いを起こしたという。娘は()が出来ると喜んでおり、親しくなりたい感情が抑えられなかったのだろう。可愛らしいことだ。にも関わらず、抗議をするなど、公爵家は随分と娘を甘やかしているのだなと侯爵は呆れた。


「庭園の東屋でお茶をしているお二人の前に現れたチュチュリーナ様は、ジジョリアンナ様の髪飾りを要求致しました」

「待て、なんだ、それは?チュチュは自分も一緒に茶会に交ざりたいと言ったのではないか?」


大方、未来の姉と親しくなりたいという気持ちがはやり、少々無作法を働いてしまった程度だと考えていた侯爵だったが、娘の行動は予想とかなり違っている。


「いいえ。ご挨拶もなく、突如として現れると“髪飾りが欲しい”とおっしゃいました」


チュチュリーナは侯爵夫妻の末娘で目に入れてもいたくないほど可愛がっている。ニコニコとした笑顔が曇ることのないよう、娘の願いは全て叶えてやってきた。


だが、上の娘のアネリッタはそんなチュチュリーナを妬んでおり、侯爵夫婦にとっては悩みの種であった。しかし、アネリッタは知らぬ間に、隣国に嫁いだ侯爵の姉に連絡を取り、親である自分達に無断で、養女となる約束を取り付け、家を出て行ってしまった。


当時は勝手な事をと憤ったが、侯爵は昔から姉に頭が上がらない。姉は姪のアネリッタを非常に可愛がっており、絶対に手放さないだろう。仕方なく問題児が自らいなくなったと考える事にしたのだ。それが3年前。


しかし優しいチュチュリーナは突然いなくなった姉を恋しがっていた。だから、今回の事件は可愛らしさが誤解を呼んだのだと思っていたのだが……


チュチュリーナは兄のアニルに婚約者が出来ると聞いて楽しみにしていた。兄の未来の妻は、つまりはチュチュリーナの姉だ。3年前、伯母の家に養女になってしまった姉のアネリッタのようにチュチュリーナを可愛がってもらおう。


家庭教師からの難しい宿題は全部やってもらおう、礼儀作法としてやらされている手紙の清書もやってもらおう、チュチュリーナは字が汚いのだ。新しい姉は公爵令嬢だという、優秀だと父が言っていたから、もう自分はつらい思いをしないで済む。


「早く新しいお姉様に会いたいわ」


その日、兄がジジョリアンナと茶会をすると言うので見に行くと、ジジョリアンナの髪にそれは美しい髪飾りが留めてあった。


キラキラと輝くそれは宝石かと思ったが、繊細なガラス細工の花で、それを身に着けるジジョリアンナは水の妖精のよう。でも、チュチュリーナの方が似合う!


そう思ったチュチュリーナはさっそく行動に移す。


「お姉様、その髪飾り、チュチュがもらうわ!」


突然現れた妹に驚いたアニルは、こんな無作法を許すなと、周囲に視線を送るが、使用人達は誰一人動かない。


「アニル様、こちらは?」

「い、妹のチュチュリーナです……」


ジジョリアンナはほんの少し目を細めるとアニルに尋ねる。その落ち着いた対応に、かえって自分の妹のマナーの悪さ、常識のなさ、遠慮のなさが際立ち、酷く羞恥を覚えた。


ジジョリアンナは14歳、チュチュリーナは13歳、二人は1歳しか違わないのだ。


「チュチュリーナ、こちらは公爵家のジジョリアンナ様だ。ご挨拶を……」

「そんな事より、早く!早くその髪飾りをちょうだいよ!」


なんて事だ、妹はこんなにも頭が悪く非常識なのか?父や母が甘やかしていると思っていたが、これは酷い。驚き過ぎて声も出ないアニルであったが、ジジョリアンナは冷静だった。


「これは母から譲り受けたものなので、お渡し出来かねますわ」

「へ?」


チュチュリーナは驚いた。この人は姉のくせに妹が欲しがっているものをあげないと言うのだ。


その瞬間、チュチュリーナは「キャー」とも「キョエー」とも「キィー」とも聞こえる高音を発した。


「その後、お嬢様はジジョリアンナ様に飛び掛かり、お二人は床に倒れ込みました。そのままお嬢様はジジョリアンナ様にのしかかると拳でお顔を殴打。すぐさま公爵家の護衛に取り押さえられましたが、ジジョリアンナ様の髪飾りを掴み離しませんでした。そのため、引き離された際に、髪飾りをむしり取る形となってしまいました」

「な、なんて事だ……」


侯爵家の使用人達は何をしていたのだ。

当主の考えを察した執事は言う。


「日頃より、チュチュリーナ様を咎めてはならぬと旦那様にも奥様にもきつく申し付けられております故に、お止めすることは出来かねました。それから」

「まだ、何かあるのか!?」

「はい、アニル様が髪飾りを返すよう言われますと、チュチュリーナ様はお怒りになり」


地面に髪飾りを叩きつけ、踏み付けにして粉々にしてしまったという。


「あの良い子のチュチュがそんな事をするなど信じられぬ……」

「お言葉ですが、チュチュリーナ様は以前から、そうしておられましたでしょう」

「なんだと?」


アネリッタとチュチュリーナが幼い頃。アネリッタの持ち物や服を欲しがり、拒絶すると暴れ、アネリッタの髪を引っ張り、殴っていた。


その度に侯爵夫婦は「姉なのだから妹に譲るべきだ」「妹に優しくするべきだ」「妹の願いを叶えてやるべきだ」とアネリッタを叱っており、ある程度、成長した長女は抵抗をやめ、妹の欲しがるものは全て与えていた。そのため、チュチュリーナは暴れる事もなかっただけだった。


「チュチュリーナ様は幼少の頃と同じ事をしたに過ぎません」

「そ、そうか……まあ、幼い子供のやった事だからな」

「恐れながらチュチュリーナ様はすでに準成人となっておりますので、幼い子供とは言えぬかと愚考します」

「むう」


非を認めるしかあるまいか。このまま、公爵家、引いては王家との繋がりを断ち切ってしまうのは惜しい。


「仕方あるまい。まずはチュチュの壊した髪飾りと同じものを造らせよう。製作された工房を調べてくれ」

「は、それは既に把握しております」

「そうか、すぐに手配を」

「不可能でございます」

「何だと」


ジジョリアンナの母、公爵家に降嫁した王妹である夫人が娘に贈った髪飾りの元の持ち主は、夫人の母である前王妃だ。前王妃は隣国の王女で、輿入れの際、隣国一、いや大陸一と言われる今は亡き名職人の制作したガラス細工を多数持ち込んだ。


その職人のガラス細工は、水よりも透き通り、宝石よりも輝く。隣国では芸術作品として扱われており、その職人の死後、幾つもの作品が国宝と指定された。


前王妃が輿入れする際、製作されたガラスのジュエリーは複数あり、前王妃が亡くなった際、国宝指定され国庫に納められた。ジジョリアンナの髪飾りは前王妃の形見分けとして公爵夫人が譲り受けたものの一つであり、国宝に近しい価値を持つ名品である。


「同等の物をご用意するのは厳しいかと存じます」

「あ、ああ、そうか……そうだな」


侯爵はやっと気が付き始める。娘がやらかしたのは、子供の癇癪ですまない事を。


チュチュリーナは王位継承権を持つ令嬢に暴行を加え、王女の称号を所有する公爵夫人から譲り受けた髪飾りを破損させたのだ。その髪飾りは王家より賜ったジュエリーだ。さらに元を遡れば、隣国の王家が王女の輿入れに準備した花嫁道具。


そこへ慌ただしく、扉を叩く音が聞こえ、侍従の悲鳴のような声が耳に入る。


「王家より登城せよとの事で御座います!」


その後。


侯爵家は爵位を一つ落とし伯爵となった。また、国宝級の髪飾りを破損させた賠償として、所有する銀鉱山を公爵家に譲渡する。


チュチュリーナは貴族籍を抜かれ平民となり、修道院へと入る事になったのだが、母である夫人が大反対した。


「こんな小さくて可愛らしいチュチュをそんな所に入れるなんて!あなた、どうにかして下さいまし!」

「では、お前も一緒に入るが良い」

「何ですってぇ」

「母親も一緒ならチュチュも心強いだろう」


チュチュリーナと夫人は最後まで抵抗していたが、強制的に馬車に押し込められ修道院に連れて行かれた。


「チュチュは悪くないもん!お姉様のバカァァ!何でお父様は叱ってくださらないの!?」

「イヤー!もう、離婚するわ!実家に帰るわ!」


夫人の実家は受け入れ拒否をしていると伝えると、次は息子に縋り付いた。


「アニル、母様を助けてちょうだい!」


そんな母を息子は無言で見つめつつ。もう一人の妹の言葉を思い出していた。


「ご自分には関係ないと思っているようですが、いずれ後悔しますよ」


アネリッタが隣国の伯母の家に行く日、見送りをするつもりはなかったが、たまたま外出するタイミングが重なったので顔を合わせたのだ。


その時は、家族との関係を上手く構築できなかった妹の僻みだと思って聞き流してしまったが、アネリッタはこうなるだろうと分かっていたのだ。


チュチュリーナが問題を起こせば、責任を取るのは当主である父と自分だ。


今回の件で、公爵家や王家と繋がりを持つどころか不敬罪として罰せられる結果となった。父はそのショックで老け込み老人にしか見えない。抜け殻のようになりつつも、チュチュリーナの後始末をしている。


自分はこれから父の跡を継ぎ、この家を存続させていかねばならない。しかし、公爵家や自国の王家だけでなく他国の王家にも不敬を犯し、爵位を落とし、主要な収入源であった銀鉱山を失い、他家貴族からは距離を置かれた我が家を守っていけるのだろうか。


「結婚も難しそうだな」

ガラスのジュエリーは様々なものがあり、ジジョリアンナが付けていたのはローティーンの令嬢が茶会に付けていても派手ではなく、華奢で品の良い意匠でした。とは言え、その価値は値段を付ける事はできないもので、さらにチュチュリーナは暴行もしたので、賠償と弁償も兼ねて、公爵家に銀鉱山を渡しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
素手とはいえ身勝手な理由で故意に襲撃してるのにこの程度で済むのは奇跡でしょうな 公爵家だからこその温情込みかもしれませんが・・・
国王の姪が嫁ぐのなら、縁付く相手の事を国が徹底的に調べていそう それで、この侯爵ヤバいじゃんってなって公爵にも共有されるから、チュチュがやらかすのは想定の範囲内だった気がする
まぁ妥当な処遇ですね。 なろうの過激派に慣れている方々はいつでも命を御所望されるので物足りなくなってしまっているかもしれませんが、冷静に考えるとそのくらいが妥当のように思います。 しかし婚約の場にそん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ