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第九章 暗黒竜の襲来

夜が明けきらぬうち、リヒテンシュタイン城外の農村から悲鳴が響いた。穀倉の屋根がきしみ、大地を揺らす咆哮ほうこうはまるで山をも砕くかのようだ。誠とセレナは、昨夜の情報を頼りに急ぎ馬車を飛ばし、村はずれの麦畑へと駆けつけた。


「これが…暗黒竜か」

薄霧の向こうに姿を現したのは、まだ成長途上の小型の竜──黒いうろこが月光を吸い込んだように鈍く輝く幼竜だった。翼はまだ頼りないものの、背中から滴る瘴気しょうきと、口から吐きかける灼熱の息は明らかに人智を超えている。農民たちは逃げ惑い、くわすきを手にしたまま立ち尽くすしかなかった。


「住民を避難させろ! セレナ、合図を!」

誠が駆け出すと、セレナは巻物から紋章を浮かべ、小さな結界を村道に展開した。瘴気を一部遮断する青白い障壁が突風のようにうねり、村人たちはその背後に集まって安全圏へと後退する。


幼竜の咆哮に呼応して、誠は鞘から剣を抜いた。銀白の刃には盟約の炎文が揺れ、先端が赤くにじむ。振りかざした瞬間、彼は肌が粟立つほどの熱を感じた。


「いくぞ!」

村はずれに立つ年老いた騎士団員たちとともに、誠は幼竜へと斬りかかった。幼竜は灼熱の炎弾を連射して応戦し、刃先は跳ね返される。最初の一撃は鱗を砕くには至らず、炎の熱波に吹き飛ばされそうになったが、誠は踏ん張って受け流す。


「奴の腹部が弱点だ!」

セレナが冷気の矢を放ち、幼竜の腹付近の瘴気を凍結させた瞬間、誠の剣は疾風のごとく舞い、炎紋を帯びた一閃で鱗を深くえぐり取った。亀裂から黒い血が滴り、幼竜は苦痛にのたうちつつも翼を広げて逆襲に転じる。


だが誠の動きはさらに鋭くなっていた。中世訓練場での木人斬りから、冥界の試練による覚醒、邪教との死闘を経て鍛え上げられた反射速度と判断力を存分に発揮し、彼はただ斬るのではなく「誘導」する。龍の動きを読んで軸をずらし、二度目の斬撃で翼の付け根を狙い撃つ。


「これで終わりだ!」

誠の一撃が、まるで意思を持つかのように龍の腹から背中へと裂け、灼熱の息は力を失って揺らめいた。幼竜は大地に倒れ込み、最後の咆哮と共に意識を断った。揺れる鱗の隙間から、真鍮しんちゅうのように輝く紋章入りの鱗片がこぼれ落ちる。


――これが、次の「印章」の手掛かりだ。


誠は穏やかな呼吸を取り戻すと、幼竜の側へと歩み寄り、鱗片を懐から取り出した包帯でそっと包み込んだ。紋章の形状は、かの古文書に描かれたものと微妙に合致する。


「セレナ、見てくれ」

セレナが近づき、紋章入りの鱗片をそっと撫でる。小さな水晶護符が同調するかのように淡い光を灯し、一瞬だけ紋様が立体的に浮き上がった。


「十二の印章の二つ目だわ。残りは十。これで一歩、確実に進んだ」

彼女の声に、誠はゆっくりと頷く。胸元の盟約の炎文も、いまや鋭い黄橙色の輝きを放ち、まるで次なる闘いへの準備を告げるかのようだ。


村に戻ると、住民たちは倒れた幼竜を遠巻きに見守りつつ、誠への感謝を述べていた。誠は剣を鞘に納め、揺れる朝陽の中、はっきりとした笑みを浮かべた。


「俺は──ただの“おじさん”なんかじゃない。これからも、守るべき人がいる限り、剣を抜く」


遠く空に消えゆく龍の影と、抱き締めるように包まれた鱗片が、次なる旅路をしっかりと示していた。

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