第七章 邪教の影
淡い朝焼けの空を背に、誠とセレナはリヒテンシュタイン城塞都市の北門をくぐった。城壁の石灰は夜露に濡れ、紫がかった影を道端に落としている。城内では昨夜から「異形の儀式を目撃した」という噂が飛び交い、街のざわめきはいつもより高かった。
「この辺りに、邪教団のアジトらしき建物があるはずです」
セレナが地図を広げ、小さな印を指先でなぞる。城壁の外郭に沿い、廃工房群の一角に――確かに妙な吹き出し口を持つ古い倉庫が記されていた。かつて武器製作所として栄えたが、十年前の飢饉以後、放棄された場所だ。
「裏口の入口は狭い路地沿い。見張りは最低でも四、五人いるだろう」
誠は剣を軽く抜き、柄を確かめながら頷く。胸の家紋は戦いの予感に呼応して淡く脈打っている。
路地は人影なく静まり返っていた。壁に残る血痕や古い呪符が、邪教団“暁の鐘”の雰囲気を醸し出す。セレナの呟きに、誠は細い窓から中を覗き込んだ。
――暗い室内にろうそくの炎が揺れ、黒いローブを纏った信者が輪を描いて座している。その中心には、祭壇めいた台座と、骨のように白い仮面が突き刺さっていた。
「見つけましたね」
セレナが囁き、ふたりは影に身を潜める。同時に、誠はくいっと息を詰め、刀身を鈍く輝かせた。合図は小鳥の鳴き声――誠は跳躍し、倉庫の低い窓から飛び込むように侵入した。
中の信者は驚きの悲鳴を上げる間もなく、誠の剣が一閃。火花のように散った刃は、最前列の者の袖を焼き切り、驚愕の叫びを引き出した。背後ではセレナが淡い蒼い光を手中に集め、空間に凍気の結界を展開。逃げ惑う信者を凍結寸前で拘束し、次々と誠の斬撃が交錯する。
「くそっ、魔術師ごと討つ!」
祭壇に居座った司祭風の男が黒い杖を掲げ、深紅のルーン文字を床に刻んだ。地面が震え、瘴気が一気に噴き出す。倒れた信者の呻き声が遠ざかり、祭壇の仮面が奇妙に微笑んだ。
「セレナ、あの儀式を止めないと――!」
誠は杖を狙って一歩を踏み込む。だが、地を走った瘴気の結界が彼を押し返し、剣を弾いた。振り向くと、セレナが杖先に魔力の矢を放ち、儀式陣の一角をけん引する。
「今よ!」
セレナの声を合図に、誠は全力の跳躍斬りを放つ。剣先には盟約で得た炎の紋様が踊り、瘴気の結界を貫通。祭壇の台座が大きく裂け、中心の仮面を落下させた。その衝撃で床に走った亀裂が、天井の一部を崩落させる。
瓦礫とほこりが舞う中、誠は仮面の脇を覗き込み、そこに挟まれた古文書を引き抜いた。羊皮紙に刻まれた文字は古代ルーンとオーディン崇拝の痕跡を併せ持ち、こう記されている。
「戦神の血脈に封じられし鍵なれば、暗黒の門を破りて――
十二の印章を集い、冥界の主を討つべし」
誠の胸の家紋が強く光り、文字の一部が浮かび上がる。まるで文書が彼を求めたかのようだ。
「これが、中盤の鍵になる……」
誠は古文書を巻き直し、腰の鞘へ丁寧に押し込む。外には警報の鐘が鳴り響き、邪教団の残党が咆哮を上げながら襲いかかってくる。
「急いで脱出しよう!」
セレナと背中合わせに斬り抜け、ふたりは瓦礫を越えて夜の路地へ飛び出した。街灯の下、誠の剣が蒼と紅の二重の光を放ち、夜闇を裂いていく。
遠ざかる鐘の音が響く中、誠は心中で誓った。
「この文書が示す“十二の印章”――必ず集めて、冥界の主との最終決戦へ繋げる」
城塞都市は再び静寂を取り戻しつつあったが、その闇の奥底には、より大きな陰謀が蠢いていることを、誠は確信していた。次なる試練は、自らの失われた記憶と向き合う場面――それを知らずに、ふたりは街灯の下を駆け抜けた。