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第五章 冥界の試練

月輪の光が消えぬうちに、誠は冷たい円環をくぐり抜けた。瞬間、周囲の景色は叩きつけるように乱れ、目映い白光と漆黒が渾然一体となって身体を包み込む。耳鳴りのような呻き声が遠くから聞こえ、視界の縁には歪んだ風景が鏡写しのように映っている。


やがて意識が戻ると、誠は無数の石板が不規則に並ぶ広間――まるで迷路のような空間に立っていた。板の隙間からは淡い緑色の瘴気しょうきが立ち上り、地面は弱い振動を帯びている。空間を取り囲む壁はないが、宙に浮かぶ文字が断続的に現れては消える。


紋章は鋭い脈動を送り、足元の紋様が光を帯びた。呼吸を整えながら、誠は一歩を踏み出す。


---


第一の試練:恐怖の幻影


踏み出すごとに、周囲の空気が凍りつくかのように冷たさを増した。遠くでかすかな子供のすすり泣き、砕けるガラスの音が木霊こだまし、やがて視界の中心に「死にゆく村」の幻影が現れる。


石造りの教会は崩れ、家屋は焼け焦げ、通りには血痕が長く伸びている。廃墟の町を進む誠に、かつて自分が助け損ねた町の記憶がとてつもない現実感を帯びて刷り込まれる。そして、ありもしない記憶の幻覚に苦しめられていると、目の前に助けられなかった面影を持つ町民たちが現れた。怯えた表情で「助けて……」と手を伸ばす老女、幼き兄妹。誠の胸に激しい痛みが走り、刹那「自分の力不足」を責める声が頭を引き裂くように響いた。


「俺は……俺は――」


言いかけた瞬間、幻影の老女が腕を伸ばし、誠の腕を乱暴に掴みにかかる。まるで実体を伴ったかのように、呼吸が止まりかける。だが、、、


「逃げない……!」


誠は剣を横一閃、幻影の老女と兄妹の姿を断ち切る。斬撃は瘴気を切り裂き、瓦礫の音だけを残して消え去った。周囲の煙が晴れ、遠くで呻く声もやみ、清冽せいれつな空気が戻る。


紋章が穏やかに光り、誠は一息をついた。第一の試練を越えたのだと、肌で確かめる。


---


第二の試練:後悔の牢獄


次に現れたのは、鋳鉄の格子に閉ざされた巨大な牢獄。壁は不気味に蠢き、牢の中では前世の記憶が具現化する。終電を逃した夜、理不尽な会社からの要望、家族との大事な約束を破ったときの映像――すべてが生々しく再生され、誠を嘲笑うかのように囁き続ける。


「お前は役立たずだ」「努力しても報われない」

「また失敗するさ」「ここで終わりだ」


壁を伝わる苔の触感がじわりと冷たく背筋を這う。誠の心臓は早鐘を打ち、自らを否定し、嘲笑する声に胸を抉られる。だが、そんな自分はもう嫌だ。失敗する自分が嫌なのではない。上手くいかない自分が嫌なのではない。


「前を向くことを諦めた自分が…嫌なんだ…!!」


「過去は変えられない。でも、ここで折れるわけには――」


誠は深く踏み込み、柄頭を格子に叩きつける。衝撃が指先を襲い、血が滴るが、痛みは力に変わる。再び打ち込むたびに鉄格子がきしみ、次第に亀裂が広がっていく。


「逃がさない……俺自身を、俺だけを――」


ついに大きな割れ目が走り、格子全体が砕け散る。中からは、霧のように消えゆく後悔の声だけが残り、誠は紋章を見つめながら静かに前へ進んだ。


---


最終の試練:闇炎の剣


迷宮の最奥、漆黒の闇にぽっかりと口を開ける祭壇の前に立つ誠。その丸石の台座には、一振りの大剣――黒い炎を纏う長剣が逆さに突き立っている。刃からは暗赤色の光が伝わり、周囲の瘴気を捻じ曲げているようだ。


誠が剣を見下ろすと、祭壇の縁に刻まれたルーン文字が淡く発光し、低く呟く。


「裁きの炎を受け容れよ。汝が真の刃となるべし――」


紋章が眩いほどに輝き、熱い鼓動が全身を駆け巡る。誠は柄に手をかけようとするが、その度に闇炎があおり立ち、大剣に近づけることを拒む。


「俺は――恐れなど知りたくない!」


覚悟を決めた誠は深く息を吸い、紋章が刻まれている右手を力強く握り締めた。紋章は銀色の光から金色へと移り変わり、炎の息吹を呼び寄せる。次の瞬間、周囲の闇が収束し、剣から伸びる炎が紋章へと跳び込んだかのように――刹那の閃光が走る。


白光に包まれた祭壇に、誠の姿だけが浮かび上がる。手には完全な黒炎の大剣ではなく、炎を纏った自らの剣が握られていた。かつてこの世界に来た時から身に付けていたあの頼りない錆びた剣が、真に運命を刻む刃へと変貌を遂げたのだ。


紋章は黄金の炎のように燃え盛り、誠は剣を高く掲げる。重厚な轟音が迷宮を震わせ、瘴気が一掃される。


「これが……俺の力……」


誠の声は静かながらも確固としていた。今、彼は「戦神の血脈」を継ぐ覚醒を果たした。冥界の試練は終わり、出口へと通じる道が明白に開かれている。


---


紋章は金色の輝きを宿したまま、誠は一歩を踏み出した。次なる盟約の刻と、仲間との出会い、そして迫り来る暗黒の大軍――真の戦いは、まだ始まったばかりである。

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